33 宇宙へ
四キロにも及ぶ光の柱は高熱のプラズマを発散し、周囲を焼き尽くした。進は躊躇することなく二射目もアメリカ陸軍に見舞い、ほぼ全滅に近い損害を与える。筑波を目前にして、アメリカ陸軍機甲部隊はこの世から姿を消した。
「さすがに限界か……」
冷却が追いつかず、オレンジ色に発熱している荷電粒子ビームカノンの砲身を見て、進はつぶやく。護衛のGDを倒すのに三発、地上の敵軍に向けて二発。計五回の射撃は、ビームカノンを使用不能にするには充分だった。
さて、これからどうしよう。〈プロトノーヴァ〉は武装と装甲をほとんど全喪失した状態だ。金星級重力炉からの重力子供給があるため進はまだまだ元気ではあるが、今から北極星の加勢に向かうのは無理がある。
進が悩んでいると、越智から通信が入った。
『進君、土浦基地に戻ってきて~。ミサイルの迎撃準備をするわ』
「ミサイル? 何かあったんですか?」
『うん。中国軍が核を撃ちそうなの』
「はぁ!?」
進は思わず素っ頓狂な声を上げる。アメリカ軍と戦っている最中なのに、どうして中国軍が出てくるのだ。
越智は簡潔に説明する。
『アメリカ軍が西を空っぽにして東日本に攻め込むでしょ? そしたら中国はチャンスだから台湾と沖縄に攻め込んだの。アメリカは日本と和睦して、中国と戦う流れになってるわけ』
確かに理屈の上ではそうなるかもしれない。しかし、展開があまりに早すぎて進はついていけない。国際情勢は奇々怪々なり。
「……それで、どうして日本が中国の核に備えなきゃならないんですか?」
『沖縄は日本固有の領土だから。日米首脳が話し合って、共同戦線を張ることになったらしいわ。今、北極星が南東北方面軍を率いて沖縄に向かうことが決まったって』
この手際の良さからして、交戦中にも政府同士は着地点を捜して交渉していたのだろう。戦争は外交手段の一つでしかないのである。
南東北方面軍もちゃっかりしている。旗色が鮮明になると同時に、筑波に馳せ参じて来たのだ。対中戦では主力となるため、北極星は出撃拒否の責を問えない。政府のみならずアメリカ軍とも密に連絡を取り合い、絶妙なタイミングで現れた南東北方面軍の政治的勝利だった。
「だからって核はいきなり飛躍しすぎじゃ……」
『北極星がそう言ってるの。時間がもったいないから、さっさと戻ってきて。上官命令よ』
進は納得がいかなかったが、そう言われては仕方ない。進は土浦基地に帰投した。
基地に着くと、すぐに越智は整備要員に指示を出して〈プロトノーヴァ〉の修理を始める。三十分ほどで〈プロトノーヴァ〉は新品同様に生まれ変わった。
「さすがイカルス博士が作った機体ね。装甲は全取っ替えになったのに、フレームは全然傷ついてなかったわ。金星級重力炉はちょっと怪しいけど、今回限りなら保つでしょ」
格納庫の中で、越智は満足そうに修復が終わった〈プロトノーヴァ〉を見上げる。厚い複合装甲のおかげで、直接熱や衝撃に晒されることがなかった〈プロトノーヴァ〉の素体は無事だった。そのため修理といってもモジュール式装甲の張り替えと左手、推進器の入れ替えだけで済んだ。
「で、俺はどうしたらいいんですか?」
進が越智に訊くと同時に、後ろから声が掛けられる。
「宇宙まで上がってもらおう」
振り向けば北極星が不敵な笑みを浮かべ、天に向かって指を突き出していた。
「北極星……!」
進は北極星の姿を見て安堵する。ちゃんと帰ってきてくれた。反対に南極星はどうなったかという考えがちらりと頭をもたげるが、進は考えないことにする。進と北極星は守るべきものを守り切れた。それだけで充分だ。
聞けば、試験飛行隊は誰一人欠けることなく南極星を撃破したという。エレナは傷ついた機体で戦ったため消耗が激しく、現在治療を受けている最中ということだ。心配であるが、今の進にはやるべきことがある。
「私は稲葉とともに沖縄へ向かう。今はその準備中だ」
北極星は自らの予定を語る。滑走路では、東北からのGD部隊が続々と土浦基地に降り立っていた。これから第305飛行隊の残党や千葉方面から引き抜いた部隊とで再編を行い、沖縄遠征軍を編成するのだ。
「貴様には中国からの弾道ミサイル迎撃を任せる。〈プロトノーヴァ〉のスペックならやれるはずだ。絶対に中国は核兵器を使ってくる。使わぬ理由がないからな。進、貴様だけが頼りだ」
「わかった。やれるだけやってみる」
北極星に直接言われて、進は考えを改める。核兵器を使わない理由がない。言われてみればその通りだ。
アメリカが強かった頃、北米大陸が「黒い渦」に覆われる前なら、日本はアメリカに守られ、中国は軽々しく手を出せなかった。しかし今、西日本アメリカ亡命政権と日本が組んだところでどれほどの抑止力があるのか。
アメリカ亡命政権が保持している核兵器は、原子力潜水艦一隻分のみと見られている。日本侵攻作戦に賛同、参加した戦略ミサイル原潜は一隻だけだったのだ。
原子力空母も若干は核兵器を搭載していたと思われるが、有用性があまりない。艦載機が目標まで運搬し、投下しなければならない空母の核爆弾を中国相手に使うのはほとんど無理だ。物量にものを言わせた中国の防空網を突破できない。
亡命政権のオハイオ級一隻は大きな核戦力である。戦略ミサイル24基に約192発の核弾頭を積んでいるのだ。中国の核弾頭保有数は多く見積もっても300程度である。数だけなら中国に引けを取らない。
しかし問題は、今でもこの核戦力が使える状態にあるかということだ。日本には原潜専用の設備もなければ、技術者もいなかったのである。ほぼ稼働できない状況に追い込まれていると見て間違いない。
積んでいる弾道ミサイルの核弾頭にしても同じだ。設備もノウハウもない状況で、果たして適切な管理がされていたのか。最悪の場合、核弾頭が自らの熱で溶けている可能性もある。
もし管理できていたとしても、核弾頭の核分裂は爆発させずとも徐々に進んでいくため、時間が経ちすぎると核弾頭は不活性化して使えなくなってしまう。地下実験で核反応を調べようにも設備がない。欧州や豪州からの圧力で新規の核開発も行っていないため、古い核弾頭を入れ替えることもできない。撃ったところで爆発しない弾頭がいくつか含まれると予測される。
それでも核で首都燕京を焼け野原にされるというのは、中国としても避けたいところだろう。なので中国も西日本アメリカ亡命政権に核を撃つことはためらう。よほど緊迫した事態になればわからないが、小競り合いの段階で先制核攻撃を仕掛けることはないだろう。この二国間においては相互確証破壊が成立し、核の投入は抑止される。
ところが中国と日本ではどうか。アメリカ亡命政権は貴重な核を出し惜しみせざるをえず、国際社会の圧力も受けている。おまけに日本はつい先程まで争っていた敵国だ。日本のために核の傘を提供するとは思えない。中国は日本に対して、一方的に核攻撃を行える。
中国は台湾、沖縄に日本が介入するなら、有利な条件で停戦するために東日本に核の雨を降らせることを躊躇しないだろう。
かといって沖縄、台湾のアメリカ軍を見殺しにすれば次は日本本土が中国の脅威にさらされる。亡命政権の支配地域では反日感情が高まり、東西統一にも暗雲が立ちこめる。中国と戦って勝つ以外に道はない。
「貴様が凌いでいる間に、私が決着をつける」
北極星は断言した。かなり厳しいがすぐにでも台湾、沖縄から中国軍を駆逐し、早期停戦を実現するしかない。まるで太平洋戦争の日本だ。
「専用の武装も用意したわ。きっちりデータをとってきてね!」
越智はニコニコしている。進がしくじれば筑波に核が炸裂するというのに越智は相変わらずマイペースで、実戦が待ち遠しいようだった。進は苦笑しつつ越智を見てうなずく。
「はい、任せてください!」
○
中国軍の核攻撃はいつ始まるか分からない。進は沖縄に出発する北極星を見送った後、すぐに〈プロトノーヴァ〉に乗り込んだ。進は越智が作った見慣れない巨大武装を持たされて困惑する。
「なんですか、これ……?」
六門の砲身を纏めたその武装は一見、ガトリング砲に見えるが、縮尺がおかしい。〈プロトノーヴァ〉の全長より大きいのだ。
通信機を使って越智が答える。
『艦載用で開発中だったガトリングレールカノンよ! 〈プロトノーヴァ〉の出力なら充分扱えるわ。そのガトリングレールカノンで弾道ミサイルを撃ち落とすのが進君の仕事になるの』
「んな無茶苦茶な……」
進はコクピットであきれ顔を浮かべた。中国が日本に使用すると思われる中距離弾道ミサイルの速度はマッハ十を超える。確かに〈プロトノーヴァ〉が高々度で最高速度を出せばもっと早く飛べるが、撃ち落とせるかは話が別だ。多数のミサイルが遠く中国本土から放たれるのである。ミサイルを発見できないし、対処しきれない。
『大丈夫。〈プロトノーヴァ〉と私を信じなさい!』
自信満々に越智は言った。宇宙空間まで上がれば「黒い渦」の影響はかなり軽減される。〈プロトノーヴァ〉の次世代ハイパワーレーダーはそのポテンシャルを最大限に発揮できるし、人工衛星との通信も可能だ。つまり〈プロトノーヴァ〉はかつてアメリカが打ち上げた早期警戒衛星の情報を受け取って、弾道ミサイルの発射を察知できるのである。
「いや、衛星とのデータリンクの試験なんか全然してないでしょう?」
『まあ何とかなるわよ。というか何とかしなさい』
進は越智のいい加減な回答に嘆息するが、試作品を投入せざるをえないような末期的な状況なので仕方ない。むしろ目まぐるしく情勢が変わる中、試作品でも中国の核への対抗策を用意した越智を褒めるべきだろう。
進はいよいよ離陸する。越智はいつものおふざけを封印し、一転して真面目な声で言った。
『筑波、仙台、札幌にはミサイル防衛システムが配備されてるわ。GDも待機させる予定よ。もし進君が弾道ミサイルを撃ち漏らしても、地上は大丈夫だから。慌てたりせずに、できることを確実にやりなさい』
「了解です」
進はそう答えたが、主要都市に配備されているパトリオットPAC-3では中距離弾道ミサイルに対処できないということを知っていた。「黒い渦」のせいで弾道ミサイルを察知できないし、射程も短すぎる。
GDにしても地上近くの弾道ミサイルの速度に対応するのは難しいだろう。かといって量産GDでは宇宙空間での待機はできない。
地上の守りは気休め程度だ。進が弾道ミサイルを阻止できなければ、日本は壊滅する。日本の運命は進の双肩に掛かっている。
そう考えると体が震え、心臓が破裂しそうになる。背中は嫌な汗でじっとりと濡れ、呼吸も自然と荒くなった。こんな調子で任務を完遂できるのだろうか。
進は緊張と不安に押し潰されそうになりながら、越智の脳天気な声を聞き流す。
『大丈夫、大丈夫。進君が失敗したなら仕方ないって、私は割り切ってるから。そうそう、美月ちゃんが出発前に話したいことがあるって!』
「えっ……?」
可愛い妹の名を聞いて、進は反応する。すぐに通信機から懐かしい声が響いた。
『お兄ちゃん! どうせ怖くて震えてるんでしょう! 私にはわかるんだからね!』
「み、美月……! どうしてここに……?」
進は混乱する。美月は筑波の自宅にいるのではないのか。
『決まってるでしょう! お兄ちゃんを捜してたの! そしたらここに連れてこられて、越智さんがお兄ちゃんとお話しろって……』
大方美月は進を捜して筑波を駆け回り、市内に待機していたエレナたちと遭遇したのだろう。エレナたちは稲葉さんの指示で進、北極星の救援に向かったが、美月を置き去りにするのも具合が悪い。なので美月は土浦基地に移送された、という流れだと思われる。
『お兄ちゃん、今から危ないことするんでしょう?』
進は肯定する。
「……ああ」
迎撃の際、ミサイルの破片に当たるかもしれない。中国軍が弾道ミサイルを改良した衛星破壊兵器を撃ち込んでくる可能性だってある。
万が一〈プロトノーヴァ〉の重要区画が損傷すれば、宇宙空間ではどうしようもない。重力に身を任せるのみだ。いくらグラヴィトンイーターでも、宇宙空間から地上へと落下すれば衝撃や摩擦熱を消しきれない。助かる術はないだろう。
それでも進は宇宙へと向かう。
「でも、俺にしかできないことなんだ」
進がそう言うと同時に、〈プロトノーヴァ〉の足下に美月が現れた。美月は通信機を片手に息を荒げながら〈プロトノーヴァ〉を見上げる。いてもたってもいられず、美月は基地から出て来たのだった。
美月は通信機を使うことなく、進に向かって叫ぶ。
「私、待ってるから! 絶対無事に帰ってきてよ!」
進は〈プロトノーヴァ〉の首の付け根にある搭乗口から身を乗り出し、大きな声で言った。
「絶対、帰ってくる! 絶対、みんなも守ってみせる!」
自然と体の震えは止まり、勇気が漲っていた。
日本に核兵器など落とさせはしない。美月もエレナも、絶対無事でいてもらう。
進は定刻通り、宇宙を目指して離陸した。




