30 絆
『進が行っちゃった……。また私を置いて……』
流南極星は茫然と姿を消した進を見送る。立場は逆転した。今度は北極星たちが、南極星の転進を阻止しなければならない。
『楠木エレナ……! 死ぬべき者が死んでいれば、進は私のところに来てくれたのに! 私と一緒に〈スコンクワークス〉と戦ってくれるはずだったのに! 絶対に許さない! あなたを殺して世界を正常化する!』
南極星はエレナの機体に襲いかかる。エレナはグラヴィトンイーター専用GDの最大戦速に反応できない。しかし、この場には北極星がいた。
「小さいな、流南極星! 男の業を全て受け止めるのが女の仕事だ!」
『死ね、泥棒猫! あんたは黙って私に殺されればいいのよ!』
北極星は〈エヴォルノーヴァ〉にプラズマレンチで横合いから斬りつける。機体性能では向こうが上だ。南極星は北極星の斬撃を避け、素早く北極星の後方に回り込む。
北極星はコクピット内でフッと笑う。
「猫は猫でも……私は虎だぞ?」
即座に北極星は振り向き、盾で放たれたレールカノンを防いだ。推進器が後方に集中しているため、基本的にGDは前進しかできない。故に振り向くという動作は難易度が高いのだが、北極星には容易いことだ。
『あなたたちがいなければ! 私は……私はっ……!』
南極星はプラズマレンチを抜刀し、北極星に斬りかかった。北極星は剣の勝負を受け、〈ヴォルケノーヴァ〉と〈エヴォルノーヴァ〉は空中でぶつかったり離れたりを繰り返しながら、何度も刃を交える。
北極星は南極星の剣を華麗に捌くが、反撃には移れない。機体性能差もあるが、南極星の技量は北極星に引けを取らないのだ。二人は同じ人間なので同じだけの才能があるということだろう。
だが、北極星には南極星にないものがある。北極星は通信回線を開いた。
「稲葉! 支援を頼む!」
『任せてくれ』
グラヴィトンイーターを捕捉するという困難な命令を受けながら、稲葉は落ち着いていた。稲葉は即座に連れてきたGDに指示を出しつつ、自らも南極星に仕掛けてゆく。
『α1、α2は三時方向から目標を攻撃! α3、α4は目標の後方に機動!』
稲葉自身も南極星の包囲に参加し、南極星は同時多方向からの攻撃を受ける。南極星は圧倒的な機体性能で攻撃を全て避け、後方に回り込んだ一機に襲いかかる。南極星の後方を狙ったα4が、エレナのコールサインだった。
『まずはあなたから地獄に送ってあげる! 進に近づく女は皆殺しよ! あなたも、美月ちゃんも、もう一人の私も、みんな殺してやる! そうすれば進は私のものだ!』
南極星の〈エヴォルノーヴァ〉はエレナの機体にレールカノンを撃ち込み、続けてプラズマレンチで襲いかかる。エレナは辛うじて盾でレールカノンを受けるが、〈エヴォルノーヴァ〉の驚異的な加速でスピードが乗っていた砲弾は盾を貫通して腕を破壊し、胸部装甲でようやく止まる。
このままいけば、戦闘力を喪失したエレナは南極星に八つ裂きにされるところだ。だが、まだ北極星が控えている。
「だから貴様は小さい女だというのだ! 貴様が進を自分のものにしようとするなど、おこがましいを通り越して滑稽だな!」
北極星はエレナと南極星の間に割って入り、プラズマレンチでプラズマレンチを受け止める。その間にエレナ機は後方へと退避し、稲葉は攻撃命令を出す。
『α1とα2、六時方向に攻撃! α3、九時方向に機動!』
また南極星は回避機動をとらざるをえない。北極星は追撃しようとするが、南極星は自分を狙った砲弾が盾となるコースをとって逃れる。
『一対多数くらい、どうってことないわ! 私にはもう一人の自分以上の才能がある!』
南極星の動きは見事なものだ。一瞬で安全なコースを見つけ出し、迷うことなくそちらに逃げた。北極星以上のグラヴィトンイーター適性と、ファウストの判断力を兼ね備えている。
しかしこの場には技量と経験を積み重ねたパイロットがもう一人いた。南極星が逃げた先で、稲葉が待ち構えていたのだ。稲葉は他の機体が戦っている間にすかさず上昇し、高度を稼いでいた。稲葉の〈バイパー〉は急降下しながら両手に装備したショットカノンとハンドバルカンを乱射する。
いくら量産機たった一機の攻撃でも、これだけの弾幕を全て避けるのは南極星といえど不可能だ。南極星は盾を頼みに強引に上昇し、弾幕の元を断とうとする。稲葉のパイロット技能はなかなかのものだが、年齢から来る反応速度の衰えはごまかしが利かない。南極星は〈エヴォルノーヴァ〉の加速力で、稲葉の反応を超えた一撃を見舞おうとしているのだ。
だが、稲葉はまだとっておきの一発を残していた。稲葉はレールカノンを放ったのである。最新式の〈エヴォルノーヴァ〉の盾は稲葉の重たい一撃を本体には届かせなかったが、着弾点を中心に割れ、後ろに飛んでしまう。
南極星はわずかにひるみ、減速と急旋回で稲葉の側面に回り込もうとする。そうしてできたわずかな時間は、北極星が攻撃をねじ込むのに充分だった。北極星は南極星の背面からレールカノンを叩き込み、左腕を吹き飛ばす。
「貴様の才能程度、私は軽く凌駕してみせる! 貴様と私では生きてきた時間が違う! 積み上げてきたものが違う! 私には……進がいる!」
北極星は気勢をあげて南極星に猛追を掛ける。腕を一本奪ったくらいでは〈エヴォルノーヴァ〉と〈ヴォルケノーヴァ〉の性能差は埋められない。南極星は残った右腕でショットカノンを操り、北極星を牽制しつつ〈ヴォルケノーヴァ〉では追いつけない速度で距離をとる。
北極星は進がいても時間稼ぎに徹する南極星を仕留めきれなかった。まともに一対一でやりあえば、北極星でも手こずるに決まっている。だから北極星は、南極星にはない自分だけの武器を使って勝負に出た。
「各機、各々の判断で目標を攻撃せよ!」
北極星の司令に従い、味方機は南極星への攻撃を始める。稲葉の指揮で行われていた計算ずくの十字砲火とは違う、散発的な攻撃。しかしそれ故に読みにくい。統制されていた攻撃からいきなりランダムな射撃に切り替わり、動揺した南極星の動きが鈍る。
その隙を見逃さず、北極星の射撃が南極星を貫いた。〈エヴォルノーヴァ〉は右足を失いつつ機体性能に任せて上昇し、北極星の追撃をかわす。
南極星は急降下からの射撃で北極星に反撃しようとするが、ここでまた稲葉は命令を発する。
『α1、九時方向に上昇! α2、α3はショットカノンで目標を攻撃!』
弾幕を張られた上に後ろをとられそうになった南極星は、上昇して対処するしかない。北極星は勝利を確信した。
「指揮官としての経験と優秀な副官の存在……! どちらも貴様にはないものだ。貴様では私に勝てぬ!」
北極星が眼前の敵との格闘戦に専念していても、指揮官としての役割は稲葉が代行する。適確な命令を出せる指揮官さえいれば、量産機も囮以上の役割をこなせる。南極星が追い詰められるのは必然だ。
「降伏するがいい。進は貴様が死ぬことを望んでいないし、貴様には利用価値がある」
南極星は北極星の不遜な降伏勧告を無視した。南極星は雲の近くまで高度を上げて態勢を立て直し、なおも抵抗の構えを見せる。
『馬鹿にしないでよ! 腕の一本、足の一本でも残っていれば戦えるわ!』
南極星の言葉を受けて、雲の中から南極星を倒すための最後のピースが姿を現す。
『奇遇ですわね……! 私もそう思いますわ。腕の一本、足の一本でも残っていれば戦える……! 愛する人のためであれば!』
『なっ……!』
雲の中に潜んでいたエレナは大破した〈疾風〉を操り、南極星に向けて突撃を掛ける。エレナは撤退したわけではなく、雲に身を隠して攻撃を仕掛けるチャンスを待っていたのだ。
エレナが乗っている初期型〈疾風〉は片腕がもげ、正面装甲にも損傷がある。これだけのダメージを受けていれば、火器管制システムは停止しているはずだ。エレナに可能なのは目視によるマニュアル射撃だけである。超音速機動を当たり前にこなすGD同士の戦いではいささか心許ない。
だがマニュアル射撃でも完全に後ろをとった状態で高空を占位していれば、急所には当てられなくても、命中弾を出すくらいはできる。エレナは背後からショットカノンを撃ちまくり、南極星は慌てて降下して逃走しようとする。エレナの攻撃は数発命中し、〈エヴォルノーヴァ〉から戦う力を奪い取る。
『楠木エレナ……! やはりあなたさえいなければ……!』
最後までエレナを否定する南極星に、北極星は言う。
「貴様が認めなかった九年間で、進は貴様の知らない者たちを味方にした。貴様は受け入れるべきだったのだ、進が戦った九年間を……」
進の九年間だけでなく、南極星は北極星の積み上げた時間も認めるべきだった。ファウストとの戦いで北極星も南極星にない武器をいくつも手にしていたのである。日本空軍元帥の地位=空軍の指揮権。優秀な副官とその部下たち。指揮官としての経験。そして何より、「世界をあまねく照らし、全てのみちしるべになる」という決意。
北極星はレールカノンで下から〈エヴォルノーヴァ〉の推進器を撃ち抜く。回復不能なダメージで〈エヴォルノーヴァ〉はコントロールを失う。
『それでも私は、進の隣に居たかった……! 私はどこで間違ったというの……?』
南極星を乗せた〈エヴォルノーヴァ〉は黒煙を上げながら墜落する。もう聞こえてはいないだろうが、北極星はもう一人の自分に言った。
「貴様に足りなかったのは強い心だ。貴様は結局、自分のために戦っていただけなのだ。だから簡単に惑わされて、手段を間違える」
南極星が北極星を敵視せず、アメリカ軍に参加しなければ北極星、進と南極星が手を組んで〈スコンクワークス〉に挑む未来もあり得た。北極星も〈スコンクワークス〉の裏工作については苦々しく思っていたのだ。
ところが南極星は単独でイカルス博士を暗殺しようとして失敗し、何を間違ったのかアメリカ軍とともに北極星たちに挑んできた。イカルス博士はおそらく南極星が本当にやりたかったことこそ最良の手段だと説き、南極星は信じたのだろう。南極星は心の弱さから、ぶら下げられたおいしそうなエサにとびついてしまった。
結局、南極星は憎しみに突き動かされていただけなのだ。南極星の体をズタズタにした戦争への憎しみ。自分を選ばなかった進への憎しみ。二人の進を奪った北極星への憎しみ。南極星の戦いは掲げた理想がついていかず、自分の憂さを晴らすための戦いになっていた。
「私は一人目の進から理想をもらった。二人目の進には理想を支えてもらっている。私の魂には、進が寄り添っている。私が貴様に負けるわけがない。私は貴様を否定する!」
進はファウストを受け入れることで成長したが、北極星が選んだのは、もう一人の自分を否定する強さだった。
一人目の進──ファウストのような犠牲者を出さないために、北極星は二人目の進とともに戦う。そして世界をあまねく照らし、全てのみちしるべになる。決意がある限り、進がいる限り、北極星は負けない。
南極星の乗る〈エヴォルノーヴァ〉は推進剤に引火して大爆発を起こし、太平洋に消えていった。




