26 陸軍の進撃
遅れていた補給が完了するのを待たずに、カスター大将は機甲部隊を率いて北へと向かった。神奈川での主力壊滅の報を受けて東京、埼玉の日本軍はすでに千葉、茨城に撤退している。カスター大将は日光街道を北上するルートをとり、抵抗らしい抵抗を受けることなく埼玉を進んだ。
東京~埼玉に掛けては焼け跡の中に小さな集落ができて、普通に人が住んでいる。とはいえ東京が政治経済の中心ではなくなり、インフラも寸断されているため往事の賑わいに比べればささやかなものだ。カスター大将は住民に紛れたゲリラ的攻撃を懸念していたが、アメリカ軍は無事に埼玉を通過する。
埼玉を抜ければいよいよ茨城に入るのだが、ここに最大の障壁があった。日本軍の手で入念に要塞化が施された軍事拠点、古河である。
古河は利根川に面している茨城県の西端だ。関東平野の中心にあり、戦国時代には古河公方が本拠地を構えて上杉氏や後北条氏と関東の覇権を競った場所である。
古河は茨城を扇に見立てればちょうど要の位置であり、筑波も近い。そのまま日光街道を下っていけば東北への入り口である宇都宮に到達する。すぐ南には利根川と江戸川の分岐点である関宿もある。古河を制するものが関東を制するといっても過言ではないほどの要衝なのだ。
それだけに古河の守りは堅い。利根川に沿ってレールカノンの固定砲台が設置されていて、川を渡ろうとすれば猛烈な砲撃を受ける。利根川を渡れてもトーチカや地下陣地が張り巡らされていて、簡単には制圧できない。
逆に古河を攻略できれば、日本を王手飛車取りの状況に追い込める。日本軍は筑波を守らなければならない一方、人口集積地であり東北へと通じる宇都宮も放棄できない。
カスター大将は利根川が近づくと機甲部隊の進軍を停止させた。陸軍だけでこの陣地を抜くのは無理である。筑波の木星級重力炉から電力を供給されて稼働しているレールカノンの陣地があるのだ。
利根川沿いのレールカノンは砲撃を始めていて、カスター大将は反撃を禁止して部隊を散開させることで被害を最小限に抑える。もしも撃ち返せばこちらの位置が露見して、割に合わない反撃を受けることになるだろう。
既存の陸上兵器が持つ火力では絶対にレールカノンには勝てない。単純に、射程も威力も違いすぎる。155ミリ榴弾砲の射程は四十キロ程度だが、艦載砲を転用した陣地のレールカノンは専用の砲弾を使えば軽く射程二百キロを超えるのだ。
空戦でGD同士が撃ち合うレールカノンの有効射程はわずか八キロ前後であるが、これはGD同士ならそれくらい近づかないと当たらないからである。またGD用のレールカノンは携帯可能なように小型化されているため性能的に艦載用には及ばない。
威力にしてもGDと違ってグラヴィトンドライブを持たない陸戦兵器はレールカノンの破壊力をまともに受けるため、直撃すれば耐えることは不可能である。「黒い渦」の影響で索敵が制限されるため最大射程での攻撃はほぼあり得ないものの、戦車や自走砲で敵う相手ではない。
いずれはレールカノンを装備した戦車や自走砲も現れるのかもしれないが、今は無理だ。電源を確保できないのである。高価なグラヴィトンドライブを使えるなら空を飛べるGDにして、決して陸戦兵器には留まらせない。
この状況を打破するには、腹立たしいが空軍のGDに頼るしかないだろう。GDの火力、機動性、装甲なら地上に据え付けたレールカノンなど的のようなものだ。
カスター大将の要請に応じ、空軍のGDが古河を守る陣地に攻撃を仕掛ける。現れた〈バイパー〉の一個飛行隊はあっという間に二、三のレールカノン砲塔を破壊した。しかし日本側もGDを出してくる。
「近衛飛行隊か!」
拾い上げた通信からやってきた部隊の正体を知り、カスター大将はうなる。筑波周辺の陣地を抜けない理由がこれだった。地上の陣地などGDの敵ではないが、地上からの支援を受けたGDは別だ。味方GDとのデータリンクで地上のレールカノンも精度が上がり、一転して侮れない敵となる。
一個飛行隊同士、数は互角だ。他に四機ほどが陸軍の護衛についてきているが、こちらは空爆に備えるため動かせない。同数の戦いであれば、ノーヴァシリーズ抜きでも練度の高い日本空軍近衛飛行隊にアメリカ空軍は勝てない。近衛飛行隊は茨城沖のメタンハイドレートから精製される燃料を使い放題で、世界有数の飛行時間を誇るのだ。
メタンハイドレートの採掘は西も東も行っているが、双方インフラの整備はまだまだである。インフラの整った首都周辺の部隊以外は燃料を湯水のごとく使うというわけにはいかないのだ。必然的に練度の差が生まれる。合衆国空軍の〈バイパー〉たちは陣地からの対空砲火と近衛飛行隊の〈疾風〉に翻弄され一機、また一機と数を減らしていく。
質で勝てないなら量で勝負と行きたいところだが、春の戦争による損害がそれを許さない。台風に乗じた緒戦の奇襲で多少は日本空軍の戦力を削ることができたが、まだ数では負けているはずだ。今は双方様子見の段階なので敗走には至っていないが、このまま普通にやっていれば負ける。
空軍のキング少将もその点については認識していて、なけなしの予備兵力である一個飛行隊を古河に投入した。東京方面から送り込まれた一個飛行隊はさっそく戦闘に参加し、合衆国空軍の数的優位が生まれる。日本側には質的優位と地上からの支援があるので、まだ戦況を覆すには至らない。これでようやく互角といったところだ。
ここで陸軍の出番である。陣地のレールカノンが空を向いている間に、地上から陣地を攻略するのだ。自走砲の火力支援を受けながら、機甲部隊は利根川に殺到する。
機甲部隊は合衆国陸軍の最精鋭だ。血気盛んな対日強硬派が集まっているため、非常に士気は高い。前大戦から機甲部隊はGD以外には無敗なのである。自然とタカ派が純粋培養され、カスター大将を中心とする対日強硬派へと育っていった。
「合衆国民を排除しようとした差別主義者のジャップを許すな!」
「卑怯者のジャップを皆殺しにしろ!」
「イエローモンキーは血祭りだ!」
半分が生き残って利根川を越えられれば御の字という作戦だが、臆することなく合衆国陸軍は渡河を試みる。
利根川の橋は全て事前に落とされていた。台風で氾濫を起こしている川に、合衆国陸軍の架橋戦車が数ヶ所で橋を作る。ほとんどは即座に撃破されるが、残った橋から戦車部隊は陣地に侵入した。
日本軍のGDやレールカノン砲塔は合衆国空軍の相手に忙しく、対地支援する余裕がない。しかしいくつもの塹壕、トーチカに身を潜めた日本陸軍は連携して機甲部隊に十字砲火を浴びせる。火砲だけでなく対戦車ミサイルも交えた攻撃に晒されながらも、カスター大将は構わず機甲部隊を進軍させる。
「雑魚に構うな! 目標はレーダーサイトとレールカノンだ!」
カスター大将自身も戦車を改造した指揮車両に乗り込んで川を渡っている。普通は最高指揮官がやることではないが、経験不足の若手将校には任せられない。
カスター大将は日本軍の空戦を支える地上施設の破壊を目論んでいた。陣地内の日本軍の制圧は後回しだ。カスター大将は手近なレールカノン砲塔を目標に定めて、リスクとリターンを瞬時に計算して攻撃ルートを決定する。歴戦の勇士であるカスター大将であるからこそ可能な最短ルート選択だ。
機甲部隊の機動力を活かし、カスター大将は次々とレーダーサイト、レールカノン砲塔を破壊していく。M1A3戦車にM2ブラッドレー歩兵戦闘車が随伴するという組み合わせは陸上では無敵である。地形に拘束されない機動戦闘が可能なのだ。
M2ブラッドレーは歩兵戦闘車である。歩兵を輸送し、戦車を支援する。他の部隊に配備されているストライカー装甲車と何が違うかといえば、一にも二にも足回りだ。装輪式のストライカー装甲車はタイヤより大きな段差を越えられない。しかしM2は自慢のキャタピラでどんな地形も走破し、戦車に追随できる。
火力も装甲車としては最高クラスである。砲塔には25ミリ機関砲と対戦車ミサイル発射機が装備され、ちょっとした戦闘車両なら独力で撃破してしまう。湾岸戦争では戦車より車両撃破数が多かったくらいだ。下車歩兵を支援できる程度の火力しかないストライカー装甲車とはレベルが違う。
接近されると脆い戦車の死角を埋めるのが歩兵の仕事であり、歩兵を運ぶのが装甲車の仕事だ。そして歩兵は装甲車から降りないと戦闘できない。
防御力が皆無である歩兵は地形を利用して敵の攻撃を凌ぐ必要があるため、かなり行動が制限され、展開にも時間が掛かる。また普通の装甲車は戦車と共に戦うというのは荷が重く、戦車に張り付かせるのは無理だ。戦車のスピードについていけないし、火力が足りない。事あるごとに歩兵を下車させて戦うしかないのだ。
ところがM2の戦闘力なら充分に戦車の支援をこなせる。歩兵を下車させるのも本当に必要なときだけでよくなるので、余計な時間も掛からない。戦車の機動力、打撃力を十全に発揮させられる。
M2はすでに生産が中止され、日本に持ち込まれた数が少ないためストライカー装甲車で間に合わせている部隊がほとんどだ。M2を組み込んだ重旅団戦闘団は今のアメリカ陸軍にとって切り札である。カスター大将は損害覚悟で切り札を投入し、勝負に出たのだった。
地上配備のレーダーサイト、レールカノン砲塔が合衆国陸軍によって壊滅したことにより、合衆国空軍は航空優勢を確保した。やがて日本空軍近衛飛行隊は敗走に追い込まれ、合衆国陸軍歩兵部隊は利根川を何の障害もなく渡る。陣地に籠もる日本軍の抵抗は続くが、すぐに合衆国陸軍歩兵部隊は地上の日本軍を掃討した。日本軍は地下に封じ込められ、合衆国は古河を占領する。
筑波は目と鼻の先だ。もう利根川を渡って撤退することはできない。ここから筑波を占領できれば合衆国の勝ちである。できなければ、カスター大将の率いる合衆国陸軍主力は撤退することもできず壊滅し、合衆国は敗れ去る。ここが正念場だった。




