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斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロス ~異世界からの侵略者~  作者: ニート鳥
斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロスⅡ ~眠り姫の目覚め~
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23 女の戦い

 筑波、木星級重力炉の近く。エレナは落ち着かない時間を過ごしていた。


 エレナたちは今、重力炉にほど近い林の中で待機している。GDの数はたったの四機で、半年前まで特務飛行隊に籍のあった初期型〈疾風〉ばかりだ。


 エレナたちの機体は特務飛行隊解散後、修理せずに放置していた機体を、東京周辺のゲリラから接収した部品で再生したものである。いざというときに備えた予備機なのだが、こんなに早く引っ張り出すことになるとは思わなかった。


 質的にも数的にも侵攻してきた敵と正面から戦えるだけの力はない。無論そんなこと、北極星は百も承知だ。なので北極星はこう命令していた。「流南極星が重力炉のコントロールを奪おうとしたら、全力で阻止せよ。それ以外の敵は全て無視するのだ」。


 いくら専用GDの性能が高くても、重力炉への接続中には無防備になるため、そこを狙えという命令だった。うまく隙を突くことができれば、初期型〈疾風〉四機でも戦果を上げられるかもしれない。


 そのために肝心なのは、伏兵の存在をアメリカ軍に気取らせないことだ。林に駐機している機体には擬装用のネットをかけ、一見しただけではGDだと分からないようにしている。ちょっとした偵察程度なら発見できないだろう。


 しかし当然ながら、機体を動かせばたちまち敵に見つかってしまう。エレナたちは筑波が爆撃を受けても、迎撃に出ることは許されない。たとえ進が窮地に陥っても、救出に向かえば命令違反だ。


(進さんは大丈夫でしょうか……)


 林に設営された天幕の中で椅子に腰掛け、エレナは小さく息を吐く。林は軍が予備役の人員を配置して封鎖しており、エレナが警備に気を遣ったりする必要はない。


 そろそろ進と北極星が出撃して三時間になる。目の前にある通信機はノイズ音とともにボソボソと戦況を伝えているが、二人の続報は全くない。まだ流南極星との戦いは決着がつかないのだろうか。


 状況は芳しくなかった。詳細はわからないが、アメリカ軍は利根川の防衛ラインに攻撃を仕掛けている。ついに土浦で待機中だった第305飛行隊に出撃命令が出たらしい。


 第305飛行隊はアメリカ海軍の空母に備えていたはずだが、最前線では背に腹は代えられないという状況になっているのだろう。どこにいるかわからない敵より、今にも防衛線を突破しそうな敵を優先するのは致し方ないことだ。


 進と北極星さえ帰ってくれば、戦局は逆転するのに。あの二人なら撃墜されていることはないと思うが、苦戦しているのは間違いない。にもかかわらず、エレナのところには情報が全く入ってこないのがもどかしかった。


 いっそ、命令を無視して進に加勢しようか。ふとそんな案がエレナの頭に浮かぶが、エレナは首を振って打ち消す。グラヴィトンイーター同士の戦いに量産機で首を突っ込んでどうするのだ。流南極星は多数の量産機を引き連れている可能性もある。二十機は連れて行かなければ戦力にならない。


(でも、進さんは同じことをしたのですよね……)


 春の戦役において、進は〈疾風〉一機でファウストに立ち向かった。あのときはファウストが単機で筑波に侵攻することが確実視されていたため、今回とは情勢が異なっているが、それでも進の勇気は驚嘆に値する。


 エレナも同じことをすべきかといえば、冷静に考えて違うとしか思えない。エレナがここを離れたら、もしものときに重力炉を守る者がいなくなってしまう。南極星を進たちが捕捉しているという保証もないのに、任務を放棄するわけにはいかなかった。



 エレナが悶々としていると、外で何やら言い争う声が聞こえた。エレナは天幕から出て、様子を見に行く。


 林の周囲を警戒していた軍OBの歩哨が、一人の少女ともめていた。


「ここは立入禁止だ。事情はわからないが、出て行きなさい」


「何が立入禁止よ! どうせここにGDを隠してるんでしょう! お兄ちゃんはいるの?」


「軍機だ。民間人に答えるわけにはいかない」


「いいからお兄ちゃんの居場所を教えてよ! どうせ危ないところに行ってるんでしょう!」


 ヒステリックに騒いでいたのは美月だった。歩哨のおじさんは困った顔をして美月に小銃を向ける。


「これ以上ここに留まるなら、発砲する。これは脅しではない」


 銃口を目の前にしても美月は止まらない。


「撃ってみなさいよ! お兄ちゃんに会えないんだったら、私は死んでも構わないわ!」


 美月は興奮した様子でここを狙えと自分の胸を叩く。歩哨のおじさんは冷や汗を垂らしつつ引き金に指を掛ける。慌ててエレナは割って入った。


「やめてくださいまし! 彼女は煌中佐の妹です! 私が話をしますから……」


 歩哨のおじさんは銃を降ろす。


「楠木准尉。くれぐれも、ここには近づかないように言っておいてください。……我々の巻き添えを食う可能性があります」


 おじさんはエレナに耳打ちして去っていった。おじさんの言うことは全くもって正しい。美月には早くここから離れてもらわないとならない。エレナは美月と向き合い、尋ねた。


「進さんは今、ここにはいません。どうしてここに……?」


「私はお兄ちゃんが居そうな場所を虱潰しに探してるだけだよ。お兄ちゃんはどこに行ったの? 教えてよ、エレナちゃん!」


 今にも泣き出しそうな美月を見て、エレナは少しうつむく。機密であるため、どうしても教えるわけにはいかない。


 おそらく美月は進が筑波に残っているなら重力炉周辺だと当たりをつけて、林の中を走り回っていたのだ。美月の靴は泥で汚れ、細い足には小さな傷がついていた。美月は軍人でもグラヴィトンイーターでもない。美月が進のことを追おうと思えば、自分の足を使うしかなかったのだろう。


 進と美月はよく似た兄妹なのだとエレナは気付いた。進は世界の悲しみを見過ごせず外向きに暴走するが、美月は家族の、進のことを思って内向きに暴走する。マニュアル通りの警告は美月に効果がない。


 エレナは言葉を選んで言う。


「進さんは今、戦っています。詳細は言えません。わかったなら、帰ってくださいまし。ここは戦場になるかもしれません。危険です」


 これで「はい、わかりました」と帰ってくれるなら、美月は最初から進を捜し回ったりしないだろう。案の定、美月はその場を一歩も動こうとせず、重ねて質問する。


「成恵さんと戦っているの?」


「……」


 機密なのでエレナは回答できない。沈黙を肯定と捉えた美月はさらに訊く。


「お兄ちゃんは無事なの?」


 進が無事なのか、エレナだって知りたい。乾いた言葉が、かさかさの唇を撫でた。足下の落ち葉が無機質な音を立てる。


「……わかりません。でも、進さんはみんなを守るために戦っています。負けるはずがありませんわ」


 進には北極星もついている。負けているわけがないと思いたい。しかし、それはエレナの願望だ。


 敵だって馬鹿ではないのである。画期的な新兵器かもしれないし、思いも寄らない作戦かもしれない。二人のグラヴィトンイーターを相手に勝つ方法を用意してきたはずだ。こうして進たちが帰ってきていないという事実そのものが、苦戦を強いられているという証拠だった。


 エレナが歯切れの悪い回答をしたことで美月は戦況が芳しくないことを察したのだろう、とんでもないことを言い出す。


「私をお兄ちゃんと同じグラヴィトンイーターにしてよ! 私がお兄ちゃんを助けに行くから!」


 美月の目はどこまでも真剣で、耳を疑うエレナの胸を容赦なく突き刺す。そういえばエレナは、自分もグラヴィトンイーターになりたいなんて思ったことは一度もなかった。それは何故だろう。


 すぐにエレナは答えを導き出す。


「……進さんはそんなことを望んでないでしょう?」


「だから何だって言うの!? 私はお兄ちゃんを助けたいの! 私がお兄ちゃんを助けるのは、いけないことなの!?」


 美月はヒステリックにわめき立てる。エレナは静かに首を縦に振って、反論を重ねていく。


「そうです。悪いことです。人殺しなんて、悪いことに決まってます。進さんはあなたにそんなことをしてほしくないと思っているはずです」


 きっと進はエレナにも同じ事を思っている。エレナを今の位置に留まらせているのは自分の命を進のために捧げる覚悟と、GDを操る技術だった。美月には両方とも身につけて欲しくない。


「進さんは罪を背負って戦っています。いつか代償を払うときが来るかもしれません。私は美月さんにそんな立場になってほしくありません」


 きっと進は畳の上では死ねない。進だけでなく、エレナや美月も巻き込まれてそうなる可能性がある。それだけのリスクを冒しても進には戦う理由があり、戦う力があった。


「それに……私たちまで人間じゃなくなってしまったら二十年後、三十年後、進さんはどうなるのですか。多分、進さんを人間社会につなぎ止められるのは私たちだけですわ」


 何十年経過しても、グラヴィトンイーターである進の外見は今のまま変わらないだろう。確実に進は一般社会で生きてはいけない。


 進のパートナーとして北極星はいる。だが彼女は立場もメンタリティも、半分神様の領域に入り込んでしまっていると思う。進と違って、北極星は迷いを絶対に表に出さないし、出すことができない。北極星の孤独な戦いに進は参加することを選んだ。


 しかしエレナの勝手な願いかもしれないが、進には超越者ではなく人間として生き抜いてほしい。進は人間のために本気になれる人間だ。雲の上の戦いなんて、進にとって虚しいだけだろう。進が人間であるために、進には人間のパートナーが必要だ。


 エレナの言葉を聞いて、美月は小さな手を握りしめる。頭ではわかっているのだろう。でも、感情が抑えきれない。


「……お父さんも、そうだったわ」


 美月は涙を流した。


「そうやって戦場に行って、戻ってこなかった。今度はお兄ちゃんなの? 私は何もできないの?」


 美月はうつむいてさめざめと泣く。


「私は力がほしい……。お兄ちゃんを助けられるだけの力……。それだけでいいのに、どうして私はこんなにも弱いの……? 私は強くなりたい……! お兄ちゃんを待って泣いているだけじゃ、嫌なの……!」


 エレナは美月の肩を抱いて、慰める。美月の肩は震えていた。


「何を言っているのですか。あなたがいるから、進さんは戦えるのです。どうか、進さんを待っていてあげてください。進さんには戻る場所が必要です」


 戦う力がなくても、美月には役割がある。美月は進にとってたった一人の家族なのだ。美月のためなら進は地獄からでも戻ってくるだろう。そういう二人だから、エレナもその仲間に入りたいと思った。


 美月は泣き腫らした顔を上げて言う。


「エレナちゃん……お兄ちゃんを助けてあげて……。無茶なお願いなのはわかってるけど、私には他に頼れる人がいないの……」


 美月のお願いを聞いてあげたい。美月の役割が進の帰る場所なら、エレナの役割は人間として進と肩を並べ、戦うことだ。エレナがほとんど無条件に進を慕っているからこそ、進は世界の優しさをわずかでも感じることができる。進は世界のために戦うことができる。


 しかし勝手に持ち場を離れるのも進や北極星への裏切りだ。司令部は進たちが戻ってこないことを、不審に思っていないのだろうか。上官の命令があれば進のところに向かえるのだが……。

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