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斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロス ~異世界からの侵略者~  作者: ニート鳥
斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロス ~異世界からの侵略者~
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3 帰り道には難がある

「進さん、絶対に見ないでくださいよ?」


「ああ、絶対に見ないよ」


 後ろから掛けられる声に、進は努めて平静な声で応じた。もう何度も同じやりとりをしている。


 離陸して十数分でエレナは催し、処置が必要になった。グラヴィトンドライブが稼働したことにより重力が弱まり、上半身への血流が増えて脳が水分過多のシグナルを出したのだ。脳は当然、水分を膀胱から排出しようとする。


 エレナが後席で進が前席なので、進が振り返らない限りは決定的瞬間を目撃することはできない。逆にいえば隠すものがないので、進は振り返りさえすれば全て見ることが可能ということだ。エレナは「進が後ろだと覗かれてしまう」と言っていたが、考えようによっては前の方が危険である。


「絶対、絶対に見てはいけませんよ?」


 エレナは本気で恥ずかしがって、なかなか行為に及ぶ決断ができないようだった。そりゃそうだろう。いつもは際どい線を攻めて進をからかうエレナだが、今回は明確にレッドゾーンで、しかも主導権は進の方にある。進はちょっといつものお返しをしてみたい気分になる。


「う~ん、ちょっと見てみたい気もするし……」


 進がそんなことを言ってみると、エレナはいつもの強気が嘘のように狼狽する。


「ええっ!? そんな殺生な!? ああっ、この世に神はいないのですか……!?」


「ちょっと振り返るだけだからな~。どうしよっかな~?」


 進は前を向いたままニヤニヤする。いよいよ我慢できなくなったエレナはパイロットスーツのジッパーを降ろす。そして消え入りそうな声で進を罵倒した。


「進さんの、変態……」


 ペットボトルの底を叩く水音が響き、微かに臭いが漂ってくる。さすがにかわいそうになったので、進は言った。


「大丈夫、絶対見ないよ」


 当然、進は前だけを見て後ろを一切振り返ったりはしない。聴覚や嗅覚はシャットアウトできないが、それは仕方ない。


 エレナも開き直ったのか、いつもの調子を取り戻す。


「この辱めをどうしてくれましょうか。貸しは高くつきますわよ……?」

 ちょっと涙声になっているエレナがかわいくて、進は微苦笑を浮かべた。



 ハワイまではGDで三時間ほどで、エレナと操縦を交代しながら飛ぶことになっている。こうやって負担を少なくできるのも複座の利点だ。


 オアフ島に近づく頃には進も疲労困憊していたが、オアフ島沖で海上に浮かぶ異世界人の巨大戦艦〈ノアズ・アーク〉を目にして元気を取り戻す。〈ノアズ・アーク〉は船を二つ繋いだような双胴船で、オアフ島と同じくらい大きい。異世界人は空中航行も可能なこの船で、こちらの世界にやってきたのである。


 〈ノアズ・アーク〉が見えると言うことは、もうすぐ到着ということだ。こちらに来るときに機能を停止した〈ノアズ・アーク〉は異世界人たちの住処代わりになっていて、甲板の一角にはまだ取り込まれていない洗濯物が潮風にはたはたとひらめいていた。


 進は空港に着陸した後、機体を降りて皆が集まっている格納庫前に向かう。


 時差の関係で空港にはすっかり夜の帳が降りて、少し肌寒くなっていた。進は少し手をさすりながら稲葉さんのところへ駆ける。


「……これですか?」


 進が稲葉さんに手渡されたのは小ぶりのトランクケース一個である。進の問いに稲葉さんは答える。


「そうだ。そのトランクに全てが詰まっている」


 進は言った。


「このトランクの中の『指輪』を使えば最強のGD〈ヴォルケノーヴァ〉を呼び出せる……。そうでしたよね?」


 稲葉さんはうなずく。


「その通り。この『指輪』は重要なものだ。何があっても、日本に届けるんだ。予定通り私たちの編隊が先行して君たちは少し遅れて出発する。頼んだよ、進君」


 何度か、稲葉さんに聞かされたことがあった。大戦末期、単機で何度もアメリカ軍の猛攻をはね返したGD〈ヴォルケノーヴァ〉。その能力をフルに発揮すれば、過去に遡ったり、平行世界間を移動することも可能とされる。


 〈ヴォルケノーヴァ〉を使うためにはこの『指輪』をはめなければならない。そして『指輪』を使用できるのは、その体にグラヴィトンイーターの種を宿らせた者のみ。進には資格があった。


「任せてください」


 進はトランクケースを受け取ってまじまじと眺め、今朝見た夢を思い出す。


 炎の中に消える成恵。成恵に背を向けて置き去りにした自分。成恵の背中を守るなんて格好をつけていたくせに、成恵に守られて自分だけ生き長らえた。進が〈ヴォルケノーヴァ〉に乗れば、あの日に戻って成恵を救うこともできるのだろうか。


 進はトランクケースをコクピットに積み込んで離陸した。



 ハワイから日本への帰りは気流の影響で行きより長く、四時間かかる。懸念されていたアメリカ空軍の襲撃もなく、進たちは順調に日本に近づいていった。


 ちなみに、部隊を先導しているのは稲葉さんだ。エレナはレーダーでしっかりと先行する稲葉さんの部隊を捉え、距離二十キロを保って追いかけられるよう進に指示を出してくれる。


 「黒い渦」の影響でGPSや無線航法はもちろん、方位磁針さえ機能しない現在、当てにできるのはジャイロコンパスと天体、地形といった目視情報だけである。フライトコンピュータは飛行距離を記録してルートを推測してくれるが、気流の影響などで誤差は出る。短距離なら問題ないが、長距離飛行だと誤差は無視できないものとなる。


 九年前の戦争ではGDの航続距離を活かして太平洋を通過することで前線を迂回し、敵地後方を爆撃するという戦術がとられることがあったが、大抵は悲惨な結果に終わった。移動距離が長くなりすぎて、フライトコンピュータのナビが機能せず、未帰還機が続出したのだ。


 少しでもミスすれば進たちも同じ運命を辿るだろう。わずかでも方角を誤れば敵地に迷い込みかねない中、長距離を正確に目的地を目指して飛行できるだけの技量があるのは、稲葉さんしかいなかった。


「……明日学校出なきゃいけないのかなぁ」


 進がぽつりとつぶやく。すでに暗闇の中で伊豆諸島が見えてきていた。この分だと、午前三時までには家に帰れそうである。五時間くらいは休めそうなので、学校に出るよう指示されるかもしれない。


「そうですね。無事に着いてから考えましょう」


 エレナはそう言って笑ってから、


「……ゆめゆめ油断はなさらないようにお願いします」


 と付け加えた。もちろん進も気が抜けているつもりはないが、長期飛行で疲れているのも事実だ。ごしごしと目を擦ってから進は計器に目を落とし、息を飲む。レーダーから稲葉さんたちの編隊が消えて、別の編隊が接近してきている。


「……! 見間違い……じゃないよな!?」


「ええ……! 北西より複数の所属不明機が接近しています! 注意してください!」


 エレナが通信機に叫び、進はすぐに武装を使えるよう、サイドスティックを強く握る。


「アメリカ軍だな……! みんな、突破するぞ!」


 進は僚機に声を掛け、ついに視界に入ってきた敵編隊に向けて発砲した。



「あと少し……! あと少しで合流ポイントです! 頑張ってください!」


「わかってる!」


 後部席に座るエレナに声をかけられ、進は興奮気味に答える。


 接敵からものの数分で、進たちは窮地に立たされていた。味方機のほとんどが撃墜され、残る機体はわずかだ。味方は必死に進を逃がそうと戦ってくれているが、限界は近い。


『煌大尉! 草薙少尉が!』


 入ってきた通信に進は後ろを振り返る。味方の一機が敵機から逃げ切れず、低空に追い詰められていた。思わず進は反転しそうになるが、エレナに止められる。


「ダメですわ、進さん!」


 進の任務は『指輪』を運ぶことだ。他の機体を助けることではない。後席に座っていることでエレナは状況を客観的に見られているようだった。


 燃料も心許なくなっている。機体に電力を供給しているのはグラヴィトンドライブだが、推力を生み出しているロケットエンジンには燃料が必要である。ハワイからここまでの飛行で燃料は空に近づきつつあったし、グラヴィトンドライブも連続稼働は八時間程度が限界だ。寄り道をする余裕はない。


「くっ……!」


 味方機体は爆散し、小さな花火となって進の視界から遠ざかっていく。バラバラになった機体は暗い海に消えていった。


「なんなんだよ、あの機体は!」


 進は絶叫する。


 機体性能でいえば、進たちの乗っている〈疾風〉も襲撃してきたアメリカ軍の〈バイパー〉もほとんど差はない。機体に電力を供給するグラヴィトンドライブの性能は同じだ。重力・慣性制御能力も同等である。


 敵の〈バイパー〉は無骨な装甲で身を覆っており、中世のプレートアーマーをまとった騎士のような外見だ。バックパックから伸びた兵装を釣り下げるためのデルタ翼がマントのようにも見える。〈バイパー〉の方が〈疾風〉より一回りサイズが大きく、装甲も分厚いため強そうに感じられるが、それは単に両軍の持つ技術の差でしかない。


 アメリカ軍は〈疾風〉に使われているような小型軽量のセラミック製複合装甲を作れず、劣化ウラン材で代用したため、〈バイパー〉は大型化した。重量の増加分は日本には開発できない大推力のロケットエンジンで補い、結果として〈疾風〉と〈バイパー〉は互角の機体となった。


 パイロットの練度は当然向こうの方が上だろう。しかし正規軍の活動時間は基本的に昼だ。夜間ならコウモリのようにこそこそと夜の空を飛び回る事に慣れた、経験豊富な進たちにも勝ち目がある。


 よって進たちはアメリカ空軍に一方的に敗れるという展開にはならないはずなのだが、現実に進たちは追い詰められていた。なぜなら見慣れない機体が一機、敵軍の中に参加していたからである。


 青紫の塗装を施されたその機体は、〈疾風〉と同程度の小さな胴体に〈バイパー〉の巨大な手足をぶらさげ、〈疾風〉が及びもつかないような機動性を発揮して次々と進の僚機を撃墜していった。


『こちら、〈ノーヴァ・フィックス〉。大人しく投降せよ。さもなければ、撃墜する……』


「糞っ! おまえら何者なんだよ!」


 通信機から降伏を呼びかける声に、進は叫んだ。〈ノーヴァ・フィックス〉というのは、あの胴体に不釣り合いな大きさの手足をつけた機体の名前だろう。手足と胴のコントラストで、かえってマッシブに見える機体だ。敵からの回答はない。〈ノーヴァ・フィックス〉という名前に、進は心当たりがあった。進の懸念が正しければ、〈疾風〉では絶対に勝てない相手だ。


 敵はすでに、こちらの編隊の動きから、『指輪』を運んでいるのが進とエレナの機体だと気付いている。だとすれば、撃墜するなんて脅しだ。このトランクを持っている自分を撃ち落とせるわけがない。進は足下のトランクに目を落とし、自分に言い聞かせる。


「頼むぜ、〈疾風〉……! もう少しだ……!」


 眼前には伊豆諸島が見える。もう少しで日本軍の勢力圏だ。正規軍もそろそろスクランブルをかけてくるだろう。しかし〈ノーヴァ・フィックス〉は進とエレナの〈疾風〉を射程圏内に捉えようとしていた。このままではやられる。


 進はサイドスティックを円を描くように動かす。〈疾風〉は漆黒の機体を反転させて、右手に装備したレールカノンを〈ノーヴァ・フィックス〉に向ける。


 次の瞬間、発砲。〈疾風〉のグラヴィトンドライブは一瞬の最大稼働を見せ、射撃の反動を殺した。初速マッハ十を超えるレールカノンの砲弾は摩擦熱でプラズマの尾を引きつつ〈ノーヴァ・フィックス〉に突進する。反動で進の機体が大きく揺れた。当たってくれ。


 無情にも砲弾は〈ノーヴァ・フィックス〉の脇をすり抜ける。同時に、敵の右手のレールカノンが火を吹いた。


 とっさに進はサイドスティックを左に倒して回避機動をとりながら左手の盾を向ける。しかし、敵の射撃技術はこちらの想定を完全に上回っていた。


「だめです、避けて!」


 エレナの警告も虚しく砲弾は盾を掠めて右肩に着弾し、腕が吹き飛ぶ。盾越しに、わずかな隙間を狙われたのだ。被弾を感知してグラヴィトンドライブが全力で重力子を喰うが、焼け石に水である。


 右腕と一緒にバックパックの翼までもげ、メインエンジンに異常が発生。右肩スラスターのロケットエンジンが誘爆しなかったのだけが救いである。続けて左足にも砲弾が命中した。もはや機体は進の言うことを聞かない。完全に機能停止した〈疾風〉は仰向けの姿勢で墜落した。

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