22 決断は遅すぎた
北極星と南極星の戦いを傍観していた進だが、北極星の危機に体が反応する。進は二人の戦いに割って入り、南極星の攻撃を妨害する。進は荷電粒子ビームカノンを構えて南極星を牽制した。
いかに〈Aエヴォルノーヴァ〉が分厚い装甲を装着していても高速、高熱のビームを受ければ木っ端微塵である。〈プロトノーヴァ〉の荷電粒子ビームカノンは当たりさえすれば〈Aエヴォルノーヴァ〉を一撃で破壊できるのだ。南極星は進を無視できない。
『やっぱり進はこの女を選ぶんだ……! 私を選んではくれないんだ……!』
オープンチャンネルを開いたまま南極星はブツブツとつぶやく。
「相手なんか関係ない! 俺だって俺が守りたいもののためなら誰とでも戦う! 俺はたとえ成恵……いや、流南極星が相手でも、北極星のために、みんなを守るために戦う!」
これは、進としては最後通牒のつもりだった。しかし南極星はそう受け取ってくれない。
『進は変わってしまったわ! 昔の進だったら、黙って見てるだけなんて絶対にしなかった! 私が危なくなったら、何をしてでも助けてくれたのに! 全部、あの女が悪いのね……!』
「それはこっちの台詞だ。成恵は人の迷惑を顧みず、こんなことをするやつじゃなかった!」
進も成恵も変わってしまったのだろうか。それとも幼い日々の記憶を美化していたのだろうか。南極星は、進が知る成恵とはほとんど別人に思える。
きっと、そう思えるのが普通なのだ。進だってファウストがもう一人の自分だとは全く信じられなかった。進が知る成恵のままで成長した北極星と、ベッドで寝たきりだった南極星。まるで別人に育って当然だ。進は自分の勝手なイメージを捨てなければならない。
南極星は進の〈プロトノーヴァ〉の側面に回り込むべく機動する。進も南極星に対応して旋回機動をするが、〈プロトノーヴァ〉の旋回性能は低い。〈Aエヴォルノーヴァ〉は無理に回り込もうとせずに〈プロトノーヴァ〉と平行な位置をキープしつつ、高度を上げていく。
充分に高度を稼いだところで南極星は急旋回して〈プロトノーヴァ〉の進路に対して直角になるコースをとり、レールカノンを構える。〈Aエヴォルノーヴァ〉は進の回避位置を予測して次々とレールカノンを発射した。進は避けきれない。上空から急降下し、充分に加速がついた攻撃だ。進は一発ではあるが、被弾してしまう。
〈プロトノーヴァ〉は大きく揺れてバランスを崩す。幸い装甲が厚い胸部に当たったので即墜落はしない。しかし進が機体を立て直している間に南極星はプラズマレンチを抜いて接近する。
『私を忘れてもらっては困る!』
北極星はすかさずカットに入り、〈Aエヴォルノーヴァ〉の側面にレールカノンを撃ち込む。北極星はボォッとしていたわけではなく、しっかりと進に追従して後方の安全を確保し、射撃位置にもついていたのだ。
〈Aエヴォルノーヴァ〉の増加装甲が砲弾を弾き返すが、南極星は〈ヴォルケノーヴァ〉の射線から逃れる機動をとらざるをえず、進に追い討ちを掛けられない。
北極星が前で進が後ろのフォーメーションに入れ替わり、戦闘は続いた。進は北極星の後方で高い高度を維持して飛ぶ。南極星が高度を上げようとすると進はレールカノンやショットカノンを撃って牽制し、自由に戦わせない。
やはりこのフォーメーションの方が安定する。技量に劣る進でもバックアップなら過不足なくこなせるのだ。北極星は前衛で存分に暴れ、南極星を徐々に追い込んでいく。
いくら〈Aエヴォルノーヴァ〉がレールカノン三丁の火力、GDの常識を越えた何重もの装甲、専用GD水準の機動性を併せ持つ存在でも、一機は一機だ。進と北極星によるノーヴァシリーズによる連携には勝てない。
高度を稼げない南極星はブレイクを繰り返して〈ヴォルケノーヴァ〉を振り切ろうとするが、進には丸見えだ。進は南極星の進路を邪魔するように射撃し、北極星は〈Aエヴォルノーヴァ〉の機動が乱れたところを狙ってレールカノンのトリガーを引く。
南極星に反撃の暇などない。北極星がプラズマレンチを持ち出したときにレールカノンを乱れ撃ちして追い払うのが精一杯だ。
やがて〈Aエヴォルノーヴァ〉は何発もの被弾でボロボロになる。全身を覆う増加装甲は砲弾の衝撃と熱で割れて溶け、内部の鉛色に光る劣化ウラン材が露出しているという有様だ。
背部に装備されていた近接防御火器システムは弾切れで稼働を停止し、ただの重りとなっている。左側の翼型兵装ラックは北極星の攻撃で根元から吹き飛ばされ、無残な姿を晒していた。
未だに〈Aエヴォルノーヴァ〉が墜落していないのは、南極星が急所への被弾だけは避けているからだ。南極星の腕は確かだったが、ここからの逆転はまずあり得ないだろう。北極星は降伏勧告する。
『ここらへんにしたらどうだ? 貴様はよくやった』
南極星がでたらめに逃げ回ったため、いつしか進たちは太平洋上に出ていた。筑波からはかなり離れている。進一人だと帰れなくなりそうな距離だが、北極星がいるので大丈夫だろう。
進は軽い疲労感を覚えつつ、南極星を降伏させる手順を頭の中で確認する。武器を全て捨てさせ、飛行場まで連れ帰って強制着陸させる。
その場に着陸させてもよいのだが、あいにくここは広い洋上だ。南極星を土浦飛行場まで連行せねばならず、最後まで気は抜けない。筑波への侵入を狙って途中で暴れ出す可能性は考慮すべきだ。
ここまで散々に追い立てられたにも関わらず、南極星は強気だった。
『冗談でしょう? 勝負はまだこれからよ』
南極星の自信に満ちあふれた言葉を聞き、進は思考する。はったりだろうか? いや、彼女の性格上あり得ない。成恵は、目的のためなら自分の面子など気にしない女だった。チャンスを作れるとでも思っていなければ、虚勢を張ることなどしない。
もし南極星が完全に勝ち目がないと観念したなら、南極星は無駄な抵抗をせず降伏するだろう。そして連行された先で隙を見て行動を起こす。ならば今、不敵な態度をとっているのは根拠があってのことだ。
すぐに理由はわかった。コクピットに耳障りな警告音が鳴り響き、レーダーがいくつもの光点を映し出す。
「これは……!」
『空母か……!』
北極星が苦虫を噛み潰したような顔をしたのがわかった。進たちはまんまとアメリカ海軍の空母機動艦隊が進出している海域に誘い出されていたのだ。
十数機の敵はこちらに急速接近していて、すぐにでも攻撃を仕掛けてくるだろう。味方を呼ぼうにも、「黒い渦」のおかげで距離的に無線が届きそうになかった。進と北極星は、二人だけでこの難局を乗り切るしかない。
進は自分に言い聞かせる。この間の横浜では、二十対二で勝ったのだ。今回は正規軍が相手とはいえ、横浜のときよりは数が少ない。大丈夫、進たちは勝てる。
『行くぞ、進! 背中は任せた!』
「ああ……!」
〈ヴォルケノーヴァ〉と〈プロトノーヴァ〉は二機編隊を維持して、敵編隊に立ち向かう。ひとまず南極星は優先目標からはずし、うるさい小バエを叩き落とす。南極星を倒すのはそれからだ。




