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斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロス ~異世界からの侵略者~  作者: ニート鳥
斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロスⅡ ~眠り姫の目覚め~
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18 小田原の戦い

 南極星が前線に到着したのは予定の一時間遅れ、もう夜が明けようとしているときのことだった。


 原因はトレーラーの不足だ。GD部隊は名古屋から暴風の影響を受けないギリギリの地点、静岡市まで自力で飛行し、そこで大型トレーラーに乗って箱根を目指す予定だった。


 ところが集結地点に行ってみれば、先に集結しているはずのトレーラーがまだ揃っていなかったのである。仕方なく南極星はとりあえず来ていたトレーラーだけをさっさと出発させるように具申した。少しでも火力を前線に届けることが優先だと思ったのだ。


 補給部隊の責任者も同意見で、まずは先発隊として〈バイパー〉八機を送り出した。軍に加入したばかりで立場の弱い南極星は残らざるをえず、すっかり遅くなってしまったのだった。


 陸軍は芦ノ湖畔を占拠したところで一旦進軍を停止し、空軍が来るのを待っていた。わずかな空軍先遣隊を伴うだけでは、とても敵主力が集う小田原を攻略できないとカスター大将は見たのだ。小部隊を小手調べに旧小田原市内に侵入させていたが、あくまで攪乱が目的である。


「馬鹿野郎! 作戦の要である貴様が遅れてどうする! 小便チビって震えてたのか!」


 嵐で今にも吹き飛びそうな天幕の中で、顔を合わすなりカスター大将は南極星を怒鳴り上げた。南極星は言い訳することなく「申し訳ありません」と謝ったが、頭は下げなかった。カスター大将は南極星をにらみつけるが、南極星は負けることなく強い視線で返す。


 こういう反応をした方がカスター大将の機嫌が直るのが早いという計算があった。たとえこれから戦場に向かうのだとしても、南極星の心は全く平静そのものだ。北極星を倒し、イカルス博士も倒す。最終目標までの道筋はすでに完成している。つまらないところで失敗するわけにはいかない。


 カスター大将は大声を上げたことでスッキリしたようで、幾分か冷静になる。


「事情は聞いている。大方あのクロンボサック野郎が日和ったんだろう。これだから空軍は信用ならんのだ」


 カスター大将は鼻を鳴らす。南極星自身は先発隊の加わることを望んだが、キング少将が却下した。協調性を重んじる彼としては、いくら能力があっても新参者の南極星を優遇するわけにはいかなかったのである。


「……ここからが本当の勝負だ。我々は小田原を突破する。敵もGDを持ち出していることだろう。貴様が何とかしてみせろ」


 カスター大将は尊大に言い放ち、南極星も胸を張って答える。


「当然です。私はそのためにここに来ました」



 空軍主力の到着とほぼ同時に陸軍も小田原攻略に向け、芦ノ湖周辺から進軍を再開する。日本軍は市内西部を放棄して市内東部、酒匂川沿いと曽我丘陵に着陣し、アメリカ軍を待ち構えていた。


 焦点となるのは、アメリカ軍が市内を流れる酒匂川を渡れるかどうかだ。酒匂川は取り立てて水量が多い川ではないが、この台風で氾濫状態にある。戦車が通過できるような橋は限られているため、当然日本軍が待ち伏せしている。あるいは、橋を落としてしまっているかもしれない。


 架橋戦車、あるいは工兵を使って橋を架けるのが現実的な作戦だが、日本軍の反撃を受ける可能性が高い。まずは対岸の敵を掃討してしまうことが前提となる。これがGD部隊の仕事だ。


 まずは徹底的な砲撃の後、陸戦部隊が市内西部の旧市街地に入り、瓦礫の隙間に潜んでいる日本軍を掃討する。日本軍の主力はすでに河の東側に退避していたが、命令なのか取り残されたのか、残っている部隊もいた。瓦礫を盾代わりに絶望的な抵抗を続ける日本軍歩兵を、戦車や砲兵は無慈悲な一撃で消し炭に変える。


 長く日本の公権力が進入を禁止された停戦ラインに指定され、小田原はずっと無法地帯だった。春の戦争で日本軍が進駐し、治安が回復したのは最近のことである。数千人の部隊が駐屯したことで彼らが生活するための需要も発生し、近隣からは商社も進出して小田原はささやかながら活気を取り戻していた。つまり、民間人が市内に多く残っていた。


 今のアメリカ軍に捕虜をとる余裕などない。アメリカ軍は発砲して市民を適当に追い散らし、市民を町に残したまま南極星たちに攻撃命令が下った。


 南極星の〈Aエヴォルノーヴァ〉は味方GD部隊とともに徒歩で旧市街区域に進出する。日本軍のGDもすでに徒歩で展開していて、前代未聞のGD同士による地上戦は開始された。


 台風による暴風雨で満足に歩くこともできない中でも、ちょっとしたビルよりも大きいGDはよく目立つ。どちらのGDも隠密行動など不可能なので、両軍は真っ正面から激突することになった。これに南極星が参加するのは効率が悪すぎて馬鹿らしい。南極星はしばらく様子見することにして、戦いを後方から観察する。


 双方盾に身を隠しながらレールカノンを撃ち合うが、なかなか致命傷を与えられない。空戦時のように敵の側面、背面に回り込むことができないので当然だ。


 GDにあるまじき緩慢な射撃戦が続く中、突然被弾もしていないのに〈バイパー〉が一機燃え上がる。いつの間にか敵歩兵が接近していて、足下にパンツァーファウストを撃ち込まれたのだ。不幸にも脚部ロケットエンジンの中にロケット弾が飛び込み、燃料に引火したらしい。


 パンツァーファウストは使い捨ての肩撃ち式携帯対戦車ロケット弾だ。派手なバックブラストで撃てば位置が露見するという問題はあるが、予算の問題で日本陸軍には大量に配備されている。弾薬扱いで火器の定数に含まれないため、数に縛られず調達できたのである。お役所仕事の弱点を突いた武装なのだった。


 射程も短くほとんど特攻兵器だが、手軽に戦車を狩れる。もちろん今回のように地上に降りているGDにも効果的だ。


 慌てて味方の歩兵が飛び出し、勇敢なパンツァーファウストの射手を撃ち倒した。やはり歩兵には歩兵だ。ぽつりぽつりと敵にも味方にも歩兵にやられる機体が出ていた。


 当然ではあるが、GDの地上運用は割に合わない。軽く百億円を超える機体が歩兵の安価な一撃で破壊されてしまう。今回は特殊な運用をしたが結局の所、GDは空でなければ本領を発揮できない。


 日本軍歩兵は逃げ遅れた市民に紛れてGDに接近し、捨て身の攻撃を仕掛ける。アメリカ軍は砲撃で市民ごとゲリラ化した日本軍を吹っ飛ばした。


 悪天候による視界不良と日本軍の攻撃による混乱で、同士討ちも起きている。うまくいっている作戦に、暗雲が立ちこめる。



 このままでは埒が明かない。もたもたしている間に台風が通過してしまえば敵の航空戦力が自由になり、勝ち目はなくなる。南極星は近くの歩兵部隊に自機近くの警戒を依頼し、自ら動くことにした。


 〈Aエヴォルノーヴァ〉は戦局を打開する切り札だ。カスター大将の指示で、陸軍は万全な警備態勢を敷く。他のGDの倍ほどもの部隊を引き連れ、南極星は射撃位置を捜す。


 ちなみに〈エヴォルノーヴァ〉に実装されているプラズマステルスは発動させていない。プラズマステルスの淡い光は目立ちすぎるし、ステルス化させずともこの嵐ではレーダーなどまともに機能しない。


 南極星は手頃な丘に機体を移動させ、背部のデルタ翼型兵装ラックから一門の火砲を選択した。火砲は太ももの補助腕が〈Aエヴォルノーヴァ〉の両腕まで運び、〈Aエヴォルノーヴァ〉は機体に不釣り合いな大きさのその火砲を構える。


 M201A1 203ミリ榴弾砲。多連装ロケット砲等に押され、姿を消しつつある恐竜的火砲だ。現用の陸戦火砲としては最大級の代物である。韓国で退役した自走砲が装備していたものを、トーマスが入手してGD用に改造した。


 射程は十六キロメートル程度で大したことはないが、威力は他の火砲と比べものにならない。装甲目標への貫通力だけならレールカノンの方が高いだろうが、この203ミリ榴弾砲は核砲弾さえ撃ち出せるのだ。その炸薬量でちょっとした爆撃程度より遙かに広範囲を攻撃できる。


 さすがにトーマスも核砲弾は用意してくれなかったが、最新の技術で作った専用榴弾を開発してくれた。南極星は一機の敵GDに照準を合わせ、大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせてからトリガーに指を掛ける。


「大丈夫……。私はあの人の戦いをずっと見ていた……!」


 南極星は〈Aエヴォルノーヴァ〉のコクピットで一人つぶやく。病院のベッドから動けなかった頃、南極星はグラヴィトンイーター同士が無意識下でリンクするのを利用して、よくファウストの戦いを見せてもらっていた。


 イカルス博士ほどではないにしても、南極星はグラヴィトンイーターとしての力がかなり強い。長い間寝たきりだったため、外の世界を見たいという欲求が強かったせいかもしれない。他のグラヴィトンイーターが入り込むことさえ苦労するグラヴィトンイーターの精神世界──グラヴィトンイーターたちの十一次元からのホログラムが、お互いに干渉しつつ別の次元に投影された世界──に、南極星は自由に出入りできた。


 南極星は無意識下で本人に拒否されない限り、グラヴィトンイーターの記憶を覗くことが可能だ。アクセスを拒否されることがほとんどであるため、他のグラヴィトンイーターの記憶を覗いたことはほとんどないが、南極星はファウストの記憶をいくらでも見ることができた。


 また春の戦争では北極星の記憶も取り込むことができた。南極星はファウストにより北極星が意識を失って重力炉に閉じ込められている間に、北極星の記憶をハッキングしたのである。吸い出せたのは空戦の記憶がほとんどであり、他の情報は得られなかったが充分だ。ベッドで寝たきりでいながら南極星は、GDの使い手として最強クラスに成長できたのである。


 二人の記憶から南極星はあらゆる火器の取り扱い方を経験として知っている。南極星の射手としての資質がファウストを超えているというのもあるのだろうが、演習での成績は量産機に乗っても南極星がファウストの記録さえ破りアメリカ軍トップだった。大丈夫、砲弾は南極星がイメージしたとおりに飛んでくれる。



 203ミリ榴弾砲が火を吹いた。


 機体がバラバラになりそうな程の反動が〈Aエヴォルノーヴァ〉を襲う。南極星は重力子を瞬時に分解して反動を抑えた。炸薬量百キロを超える砲弾は敵GDの直上で炸裂し、破片と爆風を撒き散らす。


 レールカノンの直撃に耐えるGDだが、分厚い複合装甲を備えているのは基本的に正面だけだ。側面や背面が想定しているのはせいぜい30ミリ機関砲による射撃程度である。どうしても装甲を張れない推進器系は弱点として剥き出しになったままだ。


 空戦なら問題ない。GD同士の戦闘であれば、広範囲に破片や爆風を撒き散らすような攻撃を受けることはまずないからだ。GDの機動性なら榴弾の類は気休めにしかならない。それをやってくる高射砲の類に立ち向かうとき、GDは装甲の厚い正面を向けられるし、そもそも当たらない。


 だが飛べないGDは榴弾を避けることができない。装甲車両なら上部には砲弾の破片に耐えられる程度の装甲が張られていて、GDの上部も同じくらいの防御力はある。ところが無用の長物となったはずの巨砲はそのハードルを楽々跳び越えた。


 炸裂した砲弾の破片はGDの弱い上部装甲や側面装甲を突き破り、ロケットエンジンに誘爆して大爆発を起こす。もちろんパイロットは即死だ。直上での一撃を受けた機体だけでなく、その周囲に陣取っていたGDや装甲車両も破片と爆風を受け、燃え上がる。もちろん榴弾砲に備えて敵も散開していたが、203ミリ榴弾砲の加害範囲は常識を越えていた。


 グラヴィトンイーターである南極星による重力低減を前提として開発された203ミリ榴弾砲用の新型榴弾は従来より炸薬量を多く調整していて、弾殻も厚い。破片も爆風もかなり強化されているということだ。敵がこちらの真似をしてGDを地上運用するという戦術をとったときに備え、南極星は203ミリ榴弾砲を用意したのだった。


 この一撃で敵GDを四機程度は葬れただろうか。戦場に現れているGDは丘陵地帯に隠れているものも含め二十機前後。敵GDは慌ててもっと散開しようとのろのろ動き始めるが、もう遅い。南極星は二発目を放つ。たちまちさらに四機が撃破された。


 すぐに三発目を放ちたいところだが、この203ミリ榴弾砲はコンパクト化した自走砲のものを転用して作っているため、装填弾数が二発しかない。自走砲であれば砲弾装填用の専用車がついてきているところだが、あいにく〈Aエヴォルノーヴァ〉は単機でやってきた。かさばるので予備の砲弾さえない。


 なので南極星は精神を集中し、グラヴィトンイーターの力を発動する。203ミリ榴弾砲は青紫色の光に覆われて時間を巻き戻され、装填された砲弾は二発に戻った。


 敵も南極星が射撃体勢をとるのを待ってはくれず、〈Aエヴォルノーヴァ〉に砲撃が集中する。南極星は増加装甲と盾で凌ぎ、第三射を敵に浴びせる。この大嵐でこれ以上敵が増えることはないだろう。南極星は次々と敵のGDを破壊していき、やがて敵軍は抵抗力を失う。陸軍は酒匂川を渡って市内東部を制圧し、小田原旧市街を支配下に置いた。


 丘陵地帯で敵は粘っていたが、南極星らGD部隊が砲撃により掃討する。南極星は203ミリ榴弾砲を155ミリ榴弾砲二門に持ち替え、重力子の変動から敵を察知して正確に榴弾を炸裂させていく。


 もう敵はGDがないので155ミリで充分だ。こちらであれば弾薬を普通に補給できるので、南極星がグラヴィトンイーターの力で消耗しないで済む。反動も小さいので二門同時使用も可能だ。レールカノンのように砲身冷却で時間が掛かることもない。


 仕上げに陸軍は丘陵に乗り込み、隠れている歩兵たちを殲滅した。南極星も陸軍に続いて丘陵へと侵入し、なおも踏みとどまって抵抗する敵のGDを潰していく。たちまち丘陵はGDの残骸だらけとなった。


 やられたふりをしている機体がないか注意しつつ、南極星は進み続ける。死んだふりを見抜くのは難しいが、気をつけていれば動いた瞬間に撃破できるだろう。本当なら全ての機体を調べるべきだが、そんな余裕はなかった。死んだふりで生き残るパイロットが何人かは出るかもしれない。


 この丘陵地帯を制圧すれば、東京までは平野が続くばかりで遮るものが何もない。陸軍は多少の抵抗を鎮圧しながら進撃し、風雨が少し弱まる頃には千代田区の南関東方面軍司令部には星条旗が立てられていた。

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