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斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロス ~異世界からの侵略者~  作者: ニート鳥
斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロスⅡ ~眠り姫の目覚め~
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11 勝ち筋

 旧大坂府庁舎、現合衆国亡命政権政府所在地。議論は紛糾していた。


「我々が生き残るには先制攻撃しかない! これは自衛のための戦争だ! 核による戦略攻撃でツクバを灰にする! その後我らが陸軍の攻撃で、関東から黄色い猿どもを一掃するのだ!」


 合衆国陸軍一の強硬派、カスター大将は語気を荒げて机をバンバンと叩いた。カスター大将はテキサス生まれの白人系で、とにかく気性が荒い。障害があれば鉛弾を二、三発ぶち込んで黙らせばいいというシンプルな思考の持ち主だ。


 大統領も含めた亡命政権の首脳陣は広い会議室で一堂に会して机を囲み、討議を続けていた。二者択一の議題である。開戦するか、否か。


 空軍のキング少将は真っ黒な肌にうっすら汗を浮かべながら、カスター大将を諫める。


「しかし大将、ツクバを潰しても我々は日本軍に勝てません。あそこは核シェルターが完備されています。核の一発や二発では日本の首脳は生き残るでしょう」


 この痩身のアフリカン・アメリカンはカスター大将とは真逆で、何事においても慎重派として知られる。酒は飲まず、博打もしない。日曜日には欠かさずミサに出席し、少しのパンと野菜で満足する。自宅にはささやかな農園を営んでいて、休みの日は一日中土いじりをして過ごす。軍人としての敢闘精神を疑われ、長く補給部隊での任務に従事した。


 そんなキング少将がこの地位にあるのは勇猛果敢を自認する指揮官たちが、九年前の日本占領作戦で焔北極星に尽く討ち取られたからだ。キングが前線指揮官に選ばれ消極策をとったことで合衆国空軍の損害は最小限に抑えられ、合衆国亡命政権優位での停戦が実現したという点では功労者である。


 しかしキング少将の姿勢はカスター大将には弱腰、軟弱にしか映らない。


「ファック! 一撃離脱で自衛に徹すればいい! 要はやつらが西日本の奪還を諦める程度に打撃を与えればいいのだ! 核さえ投下しておけば可能だ!」


「一撃離脱など不可能です。どうやって日本空軍のGDから陸軍を逃がすのですか」


 キング少将の指摘にカスター大将は顔を真っ赤にする。


「貴様ら空軍が働けばいいのだ! 核の炎で弱った日本空軍が相手だぞ!? 貴様ら腰抜けでも多少はやれるはずだ! 二十四時間でいい! 関東の制空権を確保しろ!」


「無茶を言わないでください……! 筑波の核シェルターには相当数のGDが隠されているはずです。だいたい陸軍が勝てるかも怪しいじゃないですか。前の戦争での苦戦を忘れたとは言わせませんよ」


 キング少将はため息をつく。前大戦の初期、箱根を越えて東京を攻略したまではよかった。しかし合衆国軍はそこで日本軍の猛反撃に遭い、東京を維持することができなかったのである。



 そもそもアメリカ亡命政権が西日本を円滑に占領できたのは合衆国陸軍、海兵隊が日本陸軍より戦力的に優位だったからだ。



 陸軍は異世界から重力子関連技術がもたらされた後も、大きな進歩はなかった。サイズやコストの問題で、グラヴィトンドライブを搭載した陸戦兵器が現れなかったからである。むしろ「黒い渦」の影響で高度化しつつあったセンサー系やネットワーク戦闘システムが使えなくなり、技術的には後退した。陸軍には空軍のように、グラヴィトンドライブの高出力を背景とした大火力を迅速に戦場へと投射する能力はない。


 しかしGDの登場で陸軍の役割が消失したわけではない。GDであっても滞空時間には限界があるため、制空権を常時確保とはいかないのだ。またいくら空から爆撃、砲撃を加えても、陸上を支配できるわけではない。だが陸軍は進撃した地点に留まり、占領するということができる。


 最後に戦いを決着させるのは、必ず陸軍なのだ。「黒い渦」の影響で広域的な戦場監視ができない現在、空軍は自らの発着陸場確保の意味もあって、突出したりせずに陸軍の周囲30キロ程度の空域に留まるのが普通である。それ以上離れて行動すると自分はもちろん、陸軍も危険に晒すことになる。空軍などいくら強力でも陸軍の付属物に過ぎない。



 西日本を守る日本陸軍の装備は貧弱で、合衆国軍の敵ではなかった。当時の日本陸軍は大規模な再編の最中で、戦車を九州と北海道に集中、本州には装輪戦闘車を配備しようとしていた。高価な上に重たくて運用に難のある戦車を本州から引き上げ、舗装された道路でなら戦車以上の機動性を発揮し、旧式戦車並みの火力を持つ装輪戦闘車で穴埋めする構想である。


 ところがこの構想の胆となる機動戦闘車は装輪装甲車としては過大な能力を求められたため開発が難航、コストは上昇し配備は遅々として進まない。首都近辺の師団以外では近畿におよそ二十両のみというお粗末さだった。


 一方で二十世紀末から続く日本政府の財政難のため戦車の削減計画は予定通りに進行し、本州には戦力の空白が生じていた。木星級重力炉の本格稼働やメタンハイドレート採掘、戦争による高齢層の激減で財政難が有耶無耶になるのは戦後のことである。


 いざ合衆国軍が侵攻してみれば、日本陸軍は戦車や装甲車を充分に備えた合衆国の機甲部隊にほとんどまともな抵抗ができず散っていった。


 いくら日本が山がちな地形で歩兵による待ち伏せが有効といっても限度がある。日本軍の歩兵は携帯式対戦車ミサイルで勇敢に合衆国軍を迎撃したが、対戦車ミサイルは射程が短い上に歩兵に防御力などない。日本軍の歩兵たちは一発撃てば即座に反撃を受けて吹き飛ばされる。


 頼みの機動戦闘車は数が少ないし、装甲車は所詮は装甲車だ。旧式戦車の砲弾を流用している主砲の105ミリ砲は戦車の装甲には通じない。装甲も戦車の120ミリ砲には耐えられない。西日本で唯一戦車を備える九州を奇襲により失陥した日本陸軍は、合衆国軍に有効な装備がなかった。日本軍は空で一時的な優勢を確保できても陸での反撃が続かず、敗走を繰り返した。



 逆にいえば、装備の差さえ埋まれば勝負はわからないということだ。日本に上陸したアメリカ軍の数は日本陸軍と同程度だったし、近代的な教育・訓練を受けた日本軍の兵士は質という意味で決してアメリカ軍に引けを取らない。日本軍は世界一下士官が多い軍隊だ。指揮官が死傷しても簡単に抵抗力を失わないし、損害を受けても復活は早い。


 アメリカ軍が東京に到着した頃、ようやく北海道にいた日本陸軍の機甲部隊は筑波・宇都宮まで移動してきていた。戦車運搬用の大型トランスポーターが少なかったため移動に時間が掛かっていたのだ。


 日本陸軍機甲師団は改良型〈疾風〉の支援を受けてすぐさま東京に進撃し、アメリカ軍に襲いかかる。戦争により石油の輸入が滞り、また物資の輸送ルートを日本軍に脅かされていたため補給が遅れていたアメリカ軍は敗走し、あっけなく東京を奪還された。


 余勢を駆って日本軍はアメリカ軍を追撃するものの、同様に日本軍も燃料不足により足が鈍り、箱根から先には進めなかった。そうこうしている内にメタンハイドレート採掘の本格化により両陣営の燃料不足は解消される。


 アメリカ軍は関東への侵攻を諦めず、何度も関東平野で戦車戦が展開された。しかし筑波と宇都宮という北関東の二大都市は南関東へと戦力を送り込む拠点として機能し、日本軍はしぶとく抵抗する。


 アメリカ軍はこの二大都市を攻略しようとするが利根川沿いの陣地──特に筑波と宇都宮の結節点である古河を突破することができず、日本軍に押し負けた。そして関東平野に拠点を作れなかったアメリカ軍は最終的に箱根以西に撤退。以後九年間膠着状態は続いたのである。



「前の戦争は貴様ら空軍の働きが悪かったからだろうが! 空軍の航空支援が不充分だったから我々陸軍の動きに支障が出た!」


 カスター大将は怒りを露わにして机から身を乗り出す。キング少将は首を横に振った。


「我々は日本空軍の相手で手一杯でした。日本空軍の航空支援を防いだだけでも、我々は役割を果たしたといえます」


「イラクやアフガニスタンではもっと空軍が働いたぞ! 貴様らが陸軍に丸投げするから苦戦したのだ! ジャップ相手に情けない戦いぶりを見せた貴様らが悪い!」


 カスター大将は身振りも交えて熱弁する。キング少将は声を荒げたくなる気持ちを抑え、平静な声で抗弁した。


「イラクやアフガンのときとは状況が違います。『黒い渦』さえなければ我々も日本空軍を殲滅できていたでしょう。今の我々は日本空軍を抑えるのも難しい」


 「黒い渦」による電波障害が発生する前なら、アメリカ空軍は日本空軍を一ヶ月もあれば全滅させられただろう。イラクやアフガンと比べれば遙かに強大な空軍戦力を持つ日本だが、アメリカ空軍の前では五十歩百歩である。戦力など、使わせなければいいだけなのだ。


 電波が生きている環境であればアメリカ軍に勝てる軍隊は存在しない。衛星、無人偵察機、AWACS等様々な情報収集ユニットとのデータリンクを利用した正確な空爆や巡航ミサイルの投射で、日本軍はあっという間に重要施設を破壊される。ネットワークを利用して緻密な連携をとるアメリカ軍に対し、日本軍は満足に通信すらできず各個撃破されただろう。


 かつてのアメリカ軍は相手を丸裸にした上で目と耳を塞ぎ、一方的に殴るということができていたのだ。ところが今は「黒い渦」の電波障害でアメリカ軍も目と耳を塞がれた状態で戦わざるをえない。苦戦するのは当然だ。



「だから核で先制攻撃を仕掛けろと言っている! その上で貴様らが働けば、関東の日本軍を殲滅できる! 工業地帯のツクバさえ潰してしまえば日本は復活できないだろう!」


 カスター大将の甘い見通しを、キング少将は否定する。


「四月の戦勝で自立傾向にあった地方の日本軍は中央に従うようになってきています。核を使えばナショナリズムに火がついて、日本側を団結させるでしょう。東北か北海道に逃げられて泥沼になるだけです」


「しかし何もしなければこちらの負けだ! 黄色い猿に降伏しろというのか!」


 カスター大将は青筋を立てて主張する。議論は完全に平行線を辿っていた。その決断はキング少将にはできないため、お伺いを立てる。


「いかがでしょう、大統領」


 中央の座席に腰掛け、今まで発言がなかったリンドン大統領は重たい口を開く。


「降伏は難しい。条件は決して悪くないが、合衆国民が納得しない」


 四月の戦争で軍出身の前大統領が失脚し、かつて駐日アメリカ大使を務めた知日派のリンドンに白羽の矢が立った。亡命政権初の文民大統領として五月に当選。数ヶ月に渡る激務と重圧で、元々痩身のリンドン大統領はすっかりやつれていた。白い肌は今や心労で青白く、自慢の金髪も艶を失い薄くなってきている。


 四月の敗戦は亡命政権に大きな動揺を与えた。合衆国民は日本軍の侵攻におびえなければならなくなったのである。ファウストの暴走に乗っかって開戦のゴーサインを出した前大統領は支持を失い、タカ派は消沈した。


 代わって就任した中道派のリンドン新大統領には西日本の堅持が求められる。国民は日本との合併を望んでいないのだ。自治区として日本国内に合衆国を残す案は国民に伝えられたものの、反応は芳しくなかった。売国奴呼ばわりされ、さっそくリンドンの退任を求める声が上がるほどである。


 リンドン自身は降伏もやむなしと考えていた。すでに戦勝により日本国民の間には統一の声が高まっている。今は合衆国が降伏交渉に応じているため武力統一を唱える強硬派は大人しいが、合衆国民の反発により決裂するのは時間の問題だ。そのときに何が起きるかなど、火を見るより明らかである。


 リンドン大統領は、新たに市民権を取得している日系の国民が世論を変えることを期待していた。ところが彼らは戦ってでも合衆国が西日本を確保すべきと声高に主張する。彼らは東日本人に裏切り者扱いされるのを恐れているのだ。尻馬に乗る格好で国内右派は勢いづき、リンドンは進退窮まっていた。


 軍によるクーデターの気配はないが、予断を許さない。気性は荒くても政府に忠実なカスター大将が今は強硬派を抑えてはいるが、暴走の危険は日に日に大きくなっている。リンドン大統領には開戦以外の選択肢がなかった。



 そら見たことか、とカスター大将は声を上げる。


「ならば核しかない! 核だけが合衆国勝利の鍵だ!」


 しかしリンドン大統領は却下する。


「核も使えない。EUやオーストラリアからの支持を失えば我が国は終わりだ」


 EUやオーストラリアに食料禁輸措置をとられれば、合衆国は一ヶ月保たないだろう。たとえ戦争に勝てても合衆国は終わる。肥沃な関東平野の占領を前提に開戦するわけにもいかない。


「キング少将、彼女を呼んでくれ」



 リンドン大統領の命を受け、キング少将は一人の少女を連れてくる。流南極星だ。青紫色の長髪を靡かせ、南極星はリンドン大統領の前に出る。


「流大尉、君は本当に合衆国のために働いてくれるのかね?」


 大統領の問い掛けに、南極星はうなずく。


「当然です。東で好き勝手をやっているもう一人の私──焔北極星は倒さなければなりません。彼らは異世界からの侵略者です。この世界の人間として、私は放っておくわけにはいかない。いずれはハワイの〈スコンクワークス〉も……!」


 少々熱が入りすぎているようにも見えるが南極星の目は真剣で、戦いを望んでいることは確かだと誰もが感じられる。キング少将は言う。


「流大尉に焔北極星と煌進を抑えてもらいます」


 カスター大将は顔をしかめる。


「そんな小便臭い小娘に何ができる! 男の一人でも作ってから出直してこい! それともキング! 貴様が寝てやったのか?」


 南極星はカスター大将の暴言をスルーして、説明する。


「私は囮になります。私が二人のグラヴィトンイーターを引きつけている間に、陸軍が侵攻する。日本政府に打撃を与えるだけなら、これで充分でしょう」


 南極星がファウストと同じように筑波の木星級重力炉を狙えば、北極星と進はそちらに対応せざるをえなくなる。


 カスター大将は嘲笑した。


「半端な作戦だな! グラヴィトンイーターを除いてもこちらは空軍戦力では負けているんだぞ! 押され負けるのがオチだ! 核による打撃がなければ勝算などありえん!」


 カスター大将の目算はおおむね正しいだろう。普通に戦っていればやがて合衆国空軍は壊滅し、空爆により陸軍も敗退する。カスター大将が核の使用を声高に叫ぶのも、根拠があってのことなのだ。


 しかしその程度のことは南極星もわかっている。


「なので接近している台風を利用します。台風に乗じた奇襲で南関東を占領し、続いて筑波を落とす。日本政府は逃走すると思われるので、後はEUの仲介を受けて講和します。日本の上層部が考えているのは自己の保身だけです。北関東さえ返還すれば講和に応じるでしょう」


 GDも風が強すぎると飛べなくなる。自重の小ささが災いしてダイレクトに風の影響を受けてしまうのだ。普段はパイロットの神経系を利用した直接姿勢制御が働くので問題ないが、絶え間なく多方向から強風が吹き込むとまっすぐ飛ぶことさえできなくなる。通常の航空機が飛べない状況ではGDが飛行するのも無理だった。


「この作戦は陸軍がどれだけがんばれるかで決まります。まさか、できないとは言いませんよね?」


 南極星は静かな微笑でカスター大将を挑発する。カスター大将はやけくそのように言った。


「上等だ! 二十四時間で東京を占領してやろう!」


 思惑通りの結論が出てホッとしたのか、キング少将は少し表情を緩める。


「我々には合衆国の自由と栄光の歴史を継承する義務があります。生き残るために、戦いましょう!」


 リンドン大統領が満足そうにうなずき、場を閉める。


「再びアメリカ大陸に星条旗を立てるその日まで、合衆国を終わらせるわけにはいかない。諸君の健闘を祈る」

 実在する兵器が本格的に登場しますが、あくまでフィクションなのであまり本気にしないでください。


 機動戦闘車もそんな悪いものではないはず。ユニットコストはともかく、運用コストは戦車より格段に安いだろうし、何より使いやすい。ただ、戦車の代わりにはならない(と私が思っている)。本土決戦なんて起きそうもないという前提を考慮すれば、戦車を減らしてこちらを配備するというのはベターなんでしょうね。

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