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斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロス ~異世界からの侵略者~  作者: ニート鳥
斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロスⅡ ~眠り姫の目覚め~
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10 つい、盛り上がってしまいまして

 教室で胸のボタンをはずした北極星を前に、廊下から美月とエレナが近づいてくるという危機的状況で、進は危機回避のため行動した。


「クソッ……! こうなったら……!」


「むっ? 何をする気だ?」


 進は北極星を掃除用具用ロッカーに引きずり込み、扉を閉めた。こうして美月とエレナをやり過ごすしかない。


「失礼しまーす。あれ? 誰もいない」


「少し出ているのでしょうか? 待ってみましょう」


 美月とエレナは進たちがロッカーに退避したと同時に入室する。間一髪セーフだ。あとはこの狭い空間で息を潜めていればいい。


 北極星は小声で感心したように言う。


(……貴様もなかなか大胆だな)


(はぁ? 手段を選んでる場合じゃ……うおっ!)


 進のすぐ目の前に北極星のキリッとした顔があって、進は驚きで転げそうになるのを必死に堪える。狭く薄暗いロッカーの中で進と北極星は向かい合ってほとんど抱き合うように密着していた。進と北極星は身長がほぼ同じくらいなので、この態勢だとお互いの唇が接触しそうになってしまう。


(……大人しくしてくれると助かる)


(大人しくとは、どうすればよいのだ?)


 北極星はいたずらっぽく微笑む。そうやって喋られるだけで北極星の甘い息が進の頬に掛かり、くすぐったい。


(いや……その、普通に……)


 進は消えそうな声で言う。今さらながらとんでもない態勢にあることを実感したのだ。


 北極星の胸は進の胸板に押し付けられていて、控えめに形を変えている。北極星の体温はしっかりと伝わってきていて、もう肌寒い季節なのに熱いくらいだ。顔は息が触れあうくらいに近いし、進の片足は北極星の股の間に入っていた。


 北極星の太ももはほどよく弾力があって、ストッキング越しでもカモシカのようにしなやかな筋肉を感じることができる。下に身につけているスーツ用のスカートはめくり上がっていて、進の大腿部と上部が接触していた。つまり進には北極星の股間の感触が伝わっていた。


 当然であるが男にはあるものがついていない。そこはわずかに盛り上がっているかもしれないという程度で、何があるかは観測できない。シュレディンガーの猫だ。観測できない分、無限の可能性を感じる。


 いくらなんでも北極星に悪いので、進はそろりそろりと足を北極星の股間から引き抜こうとする。じりじりと太もも同士がこすれ合う。すると北極星は顔を赤く上気させつつ、せつなげな表情を浮かべ始めた。心なしか呼吸まで荒くなり、北極星は進にしがみついてくる。


(おい……! 何考えてるんだ)


 美月とエレナが教室から出た気配はない。激しく動くと気付かれる可能性がある。


 北極星は顔を赤らめたまま余裕の笑みを浮かべ、言う。


(ここまでされると私も我慢できぬなぁ)


(バカ、何言ってるんだよ)


 進の抗議もなんのその、北極星は進の体をしっかりとホールドし、体を預ける。


(進、私の唇を塞げ。声が漏れてしまいそうだ)


(塞げって言われても……手が使えないんだけど)


 北極星は進の腕を巻き込んで進の背中まで手を回していた。北極星の口を塞ごうにも進は手を動かせない。


(唇で塞げばよいだろう?)


 北極星の提案に、進は顔をしかめる。


(ハァ? それじゃあキスじゃないか……)


(よいではないか。貴様が木星級重力炉に落ちた私を助けに来たとき、してくれたであろう?)


(あのときは緊急事態だったから……)


 当時はファウストが今にも過去に飛ぼうとしていて、北極星は木星級重力炉に封印された上グラヴィトンシードの暴走で動けないという状況だった。他に手段がなかったので進はキスによってグラヴィトンシードの暴走を収め、北極星を復活させたのである。


(今も緊急事態だぞ? 今にも声が漏れそうなのだ)


 そう言いつつも北極星の声はしっかりとしていて、切羽詰まっている様子はない。


 北極星は進に唇を差し出した。ここまでされると進も自制しきれない。後は野となれ山となれだ。進は緊張で汗をかきつつも北極星と唇を重ねる。


 唾液で湿った北極星の唇はマシュマロのように柔らかく、唇に触れているだけで気持ちよかった。進はこのまま快楽に身を任せたいと思うが、北極星はこれくらいでは満足しない。


 北極星は進の口に舌を入れ、唇の内側を舐める。進はびっくりして口を離そうとするが、しっかりと北極星は追いかけてきて捕まえられる。進はゾクゾクする快感を覚え、自らも舌を差し出した。北極星に奉仕してもらうだけで終わっては男の名が廃る。ここは攻守交代と行こうではないか。


 しかし北極星は進の舌を自分の舌で絡め取り、進の攻勢を止めた。しばらく進と北極星はそのままお互いの舌を絡め合っていたが、進は次第に押し込まれていく。北極星は進の奥まで探ろうとするかのようにどんどん舌を伸ばしてきて、進の歯茎を舐める。進は強烈な快感を覚え夢中で北極星の痩身にしがみついた。北極星も進の背中に爪を立てる。


 北極星はもっと密着しようと進に全体重を預け、進は北極星を支えきれず仰向けに倒れる。ロッカーの扉が開き、進は床で強く体を打った。


「痛てて……」


 進は後頭部を押さえながら体を起こす。北極星はしばらく進の胸に顔を埋めて余韻に浸っていたが、やがてすっくと立ち上がった。


「ほら、立て」


 北極星はハンカチで口元を拭きながら、座り込んだままの進に手を差し出す。進は北極星の手を握り、立ち上がった。


 美月とエレナの姿はなかった。あまりに遅いので進と北極星がロッカーに隠れている間に進たちを探しに出たようだ。


 北極星は進と目を合わそうとしない。進も恥ずかしかったのであえて北極星を見ようとせず、両者とも沈黙したまま時間が過ぎる。


 しばらくしてから、北極星は口を開いた。


「……実はグラヴィトンシードが暴走しそうになっていてな。助かったぞ、進」


「そ、そうか……。役に立てて何よりだ」


 指輪をはめていれば〈ヴォルケノーヴァ〉に搭載されたグラヴィトンシードと交信して暴走を抑えることができるのだが、指摘するのは無粋というものだろう。


 しばらくすると北極星は復活し、顔を上げる。


「しかし進、少しは性欲を抑えぬと女子には引かれるぞ?」


 北極星はニヤニヤとそんなことを言う。お互い様のような気もするが、途中から進も夢中になっていたので、何も言えない。流れ的に仕方なかったと進は自分に言い聞かせる。


 実際、エレナに同じ事をすればエレナはドン引きだろう。エレナが積極的なのは、進が何もしないのをわかっているからだ。その上で進とのちょうどいい距離を掴みかねているため、猛烈なアタックを仕掛けている。


 なら北極星はどうなのだろう。進は訊いてみた。


「おまえはいいのかよ? 引かないのか?」


 進は少し不安になり、表情を強ばらせる。雰囲気に乗ってディープキスを楽しんでしまったが、手順をいくつも飛ばしている気がする。小動物のように縮こまった進を、北極星は鼻で笑った。


「私は貴様の本性を知っているからなぁ。今さら何も感じぬ」


 北極星に断言されて、進は脱力する。女はもっと男の汚いところに厳しいのかと思っていた。


「そんなもんなのか……?」


「では貴様は私に引いたか?」


 逆に問われ、進はふるふると首を振る。


「俺も、おまえのことだったら何となくわかるから」


 北極星の悪ノリに際限がないのはわかりきっていることだ。また北極星はどんなにとんでもないことでも相手が進なら受け入れてくれる。だから進も北極星に安心して甘えられる。恋人というより、家族に近い関係だろう。今日は恋人同士のような激しいことをしてしまったが、お互いがお互いに甘えた結果だ。


 そんなことを考えると、どうしてもエレナの顔を思い出してしまう。エレナは進の恋人になることを望んでいるはずなのに、進もべつにエレナのことが嫌いなわけでもないのに、絶対にエレナと激しいキスなどできない。


「愛とは貫き通すこと、か……」


 進はクラスの劇での台詞を思い出し、北極星に聞こえないようにつぶやいた。今さらながら、自責の念が持ち上がる。


 進が考えていることに気付いてか、北極星は言った。


「私は少しトイレに行ってくる。今日はこれで終わりにしよう。貴様は帰ってもよいぞ」


「ああ、わかった」


 北極星は進の返事を聞くとすぐに退出していった。


「……違うんだよな」


 進は確認するようにつぶやく。北極星と進は同志であり、幼馴染みである。少なくとも北極星は、進と恋愛したいなんて思っていないだろう。あくまで進は、家族のような存在だ。家族なので、ついついやりすぎてしまうこともある。


 では進自身はどうなのか? そこに思考が及ぶ前に美月とエレナが教室に入ってきた。


 美月は肩をいからせ、進に詰め寄る。


「お兄ちゃん! どういうこと!?」


「は? 何が?」


 進はすっとぼけるが、ごまかせるはずもない。


「何がじゃないわよ! 掃除用具入れから喘ぎ声が聞こえてたんだよ!? 北極星さんも北極星さんだけど、何を考えてるの!? お兄ちゃんは北極星さんが好きだったの!? 私は認めないからね!」


「いや、それはその……大人の事情だよ」


 進は苦しい言い訳をするが美月に通用するはずもない。美月は進の頬をバチンと叩いた。


「お兄ちゃん、どうせ流されただけなんでしょ! 私にはわかるんだからね!」


 美月の言う通りである。進はなんとなく流れで北極星とキスしただけだ。今回だけではなく、前回も。


「本気で好きになったわけでもないのに、みんなにいい顔して! お兄ちゃんは誰にでも優しくて、誰のためにも一生懸命になれる人だっていうのは知ってるよ? それは凄いことだと思う。でもだからこそ、ちゃんとけじめをつけなきゃだめじゃない! でないと、みんなかわいそうだわ!」


 みんながかわいそう。美月の言葉が進の胸にずしりと響いた。


 例えばこのまま進がなし崩し的に北極星と男女の付き合いを始めたとして、エレナの気持ちはどうなるのだ。恋愛ゲームのようにハーレムルートを選択します、というわけにはいかない。理由なんてないも同然なのにエレナは傷ついてしまう。


 当のエレナは美月を諫めようとしていた。


「まあまあ美月さん、何か事情があったのでしょう。進さんはそんな不誠実な人ではありませんわ」


 エレナは傷ついているだろうに、自分はわかっていると進に目配せをしてくれる。グラヴィトンシード暴走の件で仕方なくキスしたと思っているのだろう。機密でもあるのでグラヴィトンイーターについて、エレナにはほとんど何も教えていない。


 罪悪感で体中がちりちりと痛んだ。血液が硫酸にでもなったかのようだ。


「……悪い」


 進は美月に背を向け、教室から出る。


「お兄ちゃん、逃げるの!?」


 美月は追いかけようとするが、エレナが止めてくれていた。進はエレナに甘え、美月の元から逃れる。どこからどう見てもどうしようもないクズ男だ。



 一人になりたい気分だった。進はとぼとぼ廊下を歩く。


 どう考えても全面的に美月が正しい。雰囲気に流された進が悪い。本当なら進がこれから先、北極星とどうなりたいかを考えてから受けなければならなかったのだ。家族のような関係だから、なんてただの言い訳だ。北極星との口づけがどんな意味を持つか、進は気付かなければならなかった。


 なぜ進は自分が流されてしまったのかを思索する。それは間違いなく、進が何も考えていなかったからだ。だから進は自分の欲望を抑えようともせず、北極星に唯々諾々と従ってしまった。


 それではなぜ進が何も考えていなかったのかと考えれば、進が現状に満足しているからだろう。学校に通えばみんながいて普通の生活ができて、仕事でもグラヴィトンイーターの力で周囲の役に立てる。去年のことを思えば夢のようだ。


 エレナには優柔不断な態度を取り続けているのに、愛想を尽かされることもなく、去年と同じ距離を保っている。美月と過ごす時間も随分増えた。そして、成恵が、北極星が生きていてくれている。皆とこのままの関係をずっと続けられれば、進には最もストレスが少ない。



 幸い北極星はでっち上げでも「グラヴィトンシードが暴走しそうになっていた」という理由を作って、この一件が尾を引かないようにしてくれた。進に与えられた猶予期間はまだまだ続く。しかし永遠ではない。


 進はいい加減真剣に考えるべきなのだ。人間関係の問題だけでなく、いったいどういう未来を目指すのかということを。北極星の相棒として戦い続けるというだけでは、漠然とし過ぎている。自分なりの目標が必要だが、進はうまくイメージできない。進は今のこの状態に不満ではないからだ。


 西に取り残された成恵のことはあるが、進の一存でどうにかできるものではない。勝手に一人で暴走すれば、進はファウストになってしまう。進は北極星に従い戦うことで一歩ずつ東西統一に近づくしかないし、それが最上と思える。


 そこまで考えて進は気付いた。


(なんだ……。結局俺は、現状維持しか考えていないんじゃないか)


 やはりそれが進にとって一番の望みなのだろう。男女関係の清算(ここまで言うと大袈裟だが)は別にして、万事うまくいくように考えた上で全力を尽くすことだ。


 曖昧で身も蓋もない結論に達してしまったが、グラヴィトンイーターである進は正義を掲げてはならない存在である。求められたときに力を使えるように、己を鍛えることだけが進に許される唯一のことだ。まずは追試と文化祭をがんばろう。



 そう思って顔を上げたところで、正面からクラスメイトの男子が歩いてきた。クラスメイトは進に声を掛ける。


(かがやき)、焔先生知らないか?」


「まだ学校にはいると思うけど……。何かあったのか?」


 進は訊き返し、クラスメイトは深刻な顔でうなずく。


「実は文化祭の衣装を急遽取りに行かなきゃならなくなって……」


 文化祭の演劇で使う衣装は水戸にある衣装屋から借りることになっていた。明日にでも北極星と進が車を使って取りに行く予定だった。ところが台風が接近している上に予定が立て込んでいるということで、すぐに取りに来られないかという連絡があったのだ。


 今取りに行かなかった場合、衣装が来るのは文化祭の直前になってしまうので、衣装合わせやリハーサルに支障が出る。無理を言って衣装代を負けてもらった経緯もあるので、これ以上相手に便宜を図ってもらうのも難しいだろう。どうにか北極星を見つけて、衣装を取りに行かなければならない。


「そういうことなら俺に任せてくれ。ちょっと水戸まで行ってくる」


 進は申し出た。北極星の手を患わせなくても、進なら筑波と水戸を往復するのは難しくない。


「煌って車持ってるのか? つーか免許は?」


 クラスメイトに訊かれ、進は適当な嘘をつく。


「北極星から学校の車を使っていいって言われてる。免許は持ってるよ。夏休みに取得したんだ。家庭の事情があるから学校の許可ももらっている」


 全て嘘だが、明日北極星とともに車を使うというのは事実だ。すでに車の鍵も預かっている。


 免許は軍の伝手で特別に許可をもらった。学校にも某所からの圧力で進の運転免許取得が黙認状態だ。土浦基地には基本的にバス通勤なので、利便性や安全面から自家用車の購入を勧められてもいる。


 もっとも進は今回、車を使うつもりはなかったが。


「そうか。じゃあ任せるぜ。みんなには煌が取りに行ったって言っておく」


「おう!」


 進は力強く返事をして、さっそく屋上に向かう。屋上には台風襲来の前兆か、生暖かい風が吹いていた。


「きやがれ、〈プロトノーヴァ〉!」


 進の声に応えて〈プロトノーヴァ〉は進の影から立ち上がる。あまり風が強くなりすぎるとGDでも飛べなくなるが、今はまだ大丈夫だ。超音速巡航を楽々こなすGDなら、風が酷くなる前に余裕で戻ってこられる。


 進は〈プロトノーヴァ〉に乗り込み、水戸へ向けて飛び立った。

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