表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロス ~異世界からの侵略者~  作者: ニート鳥
斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロスⅡ ~眠り姫の目覚め~
46/147

9 ご褒美を要求する

 北極星がポッキーの箱を全て空にする頃には、日が沈み始めていた。


「そろそろ終わりにしないか? いい加減疲れたよ……」


 座ったまま進は大きく背中を伸ばす。ほとんど休憩なしの四時間ぶっ続けである。こんなに勉強したのは久しぶりだ。恥ずかしながら高校に入ってからは、仕事が忙しくて授業以外ではほとんど勉強などしていなかった。


「貴様の疲労など知らん。四の五の言わず頭に詰め込め」


「適度に休憩を入れた方がはかどるだろ」


 進はそう言ったが、北極星は否定した。


「普通の人間ならそうだ。しかし貴様はグラヴィトンイーターだろう? 並みの人間よりずっと集中力は続くはずだ」


 進は嘆息する。グラヴィトンイーターの研究もしている越智教授からそんな話は聞いたことがない。


「無茶言うなよ……。精神力じゃどうにもならないのは、軍人なら知ってることだろ。そもそもおまえ教員免許持ってるのか?」


 進の質問に北極星は自慢げに言った。


「免許などなくてもハンドルを握ってアクセルを踏めば車は運転できるであろう? それと同じ事だ」


「無免許かよ……。そもそもなんでおまえは教師を続けてるんだよ」


 元々北極星がこの高校に潜り込んできたのはファウストから進を護衛するためだ。その目的は果たされ、当分進を襲撃してくる敵もいない。北極星にはもう教師業を続ける理由がないのだ。


 言葉を選んでいるようで、北極星は少し考えてから答えた。


「ふむ……。私の本業は人殺しだ。どう取り繕おうとそれは変わるまい?」


 北極星は〈ヴォルケノーヴァ〉のパイロットであり、空軍の最高指導者だ。北極星が引き金を引けば人は死ぬし、北極星の命令で空軍は動いて人を殺す。


 北極星の願いは戦争で死ぬ人間を一人でも減らすことだ。進はファウストの記憶に触れた際、一緒に北極星の思いに触れ、そのことを知っていた。戦争で死ぬ人間を減らすために北極星がやるべきことは、敵をすみやかに撃破することである。


 北極星は、守るために殺すことを厭わない。漫画やアニメのように、敵を殺さずに無力化することなど不可能だと知っているからだ。相手も遊びで挑んできているわけではなく、おいそれとは引けない相応の理由がある。それぞれに守るべきものがあり、必死に戦っているのだ。


 北極星の空戦技術なら、パイロットを殺傷することなくGDを破壊することもたやすいはずだ。しかし兵器を破壊した程度で敵は引かないということは自明である。また武器を手に、戦場へと戻るだけだ。


 北極星は軍人として、国のお墨付きを得て戦っている。なので北極星の戦いは国の戦いであり、罪に問われることはない。しかしいくら北極星が戦うに当たって筋を通していても、やっていることは結局人殺しである。


 進はどうにか北極星を擁護したいと思ったが、何も言うことができない。半端な慰めは北極星に失礼だし、自分の覚悟も傷つけることになる。進たちは人を殺してでも譲れないものがあるからグラヴィトンイーターになったのだ。


 北極星は話を続ける。


「教師というのは人を生かす仕事だ。この社会で生きるために必要なことを、学校で教えるのだからな。貴様が心配だったというのもあるが、私はやってみたかったのだろうな。人を殺すのとは正反対の仕事を……」


 北極星の目はどうしようもなく憂いを帯びていて、進は自分を恥じる。進は漫然と学校に通っていただけで、ここでやっていることの意味など全く考えていなかった。


 進は少しの間だけ目を伏せてから元気よく顔を上げる。


「……よし、次の問題やるか」


「うむ、この問題は先程の公式を応用するのだ。三分以内に解け」


 北極星は気合いを入れ直した進を見て笑い、嬉しそうに指示をくれた。



 進はそれからさらに二時間ほど勉強して、さすがにシャーペンを止めた。


「いい加減もういいだろ」


「何を言う。まだ範囲が終わっていないぞ」


 北極星の言葉を聞いて、進はげんなりする。北極星の教師への思いを聞いてねじを巻き直した進だが、さすがに限度がある。


「今日中に全部やる気なのかよ……」


 北極星はわりとスパルタな方ではあるが、それにしてもきつすぎないだろうか。


「知らぬのか? 台風が近づいているため、明日は休校になる可能性が高いのだ」


 北極星はお天気情報が表示された携帯のディスプレイを見せてくれる。確かに関東に台風が上陸するという予報が映されていた。もう冬に差し掛かろうというこの時期に台風とは珍しい。


 進ははたと思い当たる。


「あれ? ひょっとして文化祭の準備やばくないか?」


 北極星はあごに手をやる。


「ふむ……。委員長からの報告ではギリギリというところだったな」


「そろそろ俺も手伝いに戻った方がよくない?」


 進は都合のいい申し出をするが、北極星は却下する。


「それはできぬな。私は美月ちゃんとエレナに、追試が終わるまで貴様を文化祭に参加させないと約束してしまったのだ」


「じゃあ俺、文化祭に参加できないじゃん……」


 追試は文化祭終了後の予定だ。それまで勉強漬けとは、ほとんど拷問ではないか。


「私が先生方と掛け合って、明後日にでも追試を受けられるようにしたのでそこは問題ない。貴様は追試で失敗しないようにせいぜいがんばることだな」


 となると追試までの猶予は今日を入れて二日しかない。これはこれできつい。どうして進の前には茨の道しかないのか。


「おまえはどこまで俺を追い詰めたら気が済むんだ……」


 進は頭を抱えるが、北極星の反応は冷淡なものだ。


「追い詰められないと力を出せない貴様が悪い」


「俺だってご褒美がないとやってらんないぜ……」


 進はふて腐れた態度をとるが、北極星は相手にしない。


「くだらぬことを言うな。貴様は自分のためにがんばっているのであろう」


「俺だってこんだけがんばったんだから、何かもらっても悪くないだろ? ご褒美がないとこれ以上できない」


 ご褒美を要求するとは、我ながら名案だ。少なくとも進がごねている間は勉強しなくて済む。


 そんな進の目論見を看破したのか、北極星はあきれ顔を浮かべる。


「貴様は小学生か?」


「何とでも言えよ。俺は正当な扱いを要求してるだけだ」


「よかろう。教科書のここまでやれば褒美を与えよう」


 つまらないやりとりで時間を浪費したくないと思ったのだろう、北極星はあっさりと進の主張を認めた。


「……後からやっぱりナシっていうのはだめだぞ?」


「私は世界をあまねく照らす全てのみちしるべだぞ? 約束を違えることなどない」


 北極星はキッパリと断言した。大方帰りに夕食でもおごってくれるのだろう。それはそれで楽しみだ。


「わかった。もう少しだけがんばってみる」


 進はシャーペンを握り直し、再度教科書に向かった。北極星が提示した目標は、やってやれないことはないという絶妙な量だ。あとは進がどれだけやれるかである。



 一時間後、進は見事に北極星が設定した量をクリアした。心地のよい疲れで頭がぼぉっとする。進は背もたれに体重を預け、達成感の余韻に浸る。


「ふむ……正答率は九割か。これなら合格だな。約束通り、褒美をやろう」


 北極星の言葉でようやく進はご褒美の件を思い出す。進は訊いた。


「褒美って何なんだ?」


 北極星はニヤリと笑い、立ち上がった。


「貴様が絶対に喜ぶものを考えておいた」


 そう言って北極星は上着を脱いで、ワイシャツのボタンに手を掛ける。北極星の意味がわからない行動に進は慌てた。


「おい! いきなり何やってんだ!」


 進は思わず椅子から立ち上がり、後退る。いったい服を脱ぐことに何の意味があるというのだ。


 北極星は愉快そうに頬をゆるませる。


「保健体育の補習を受けさせてやろうと思ってな。童貞野郎はこういうプレイが好きなのであろう?」


 放課後の教室で、憧れの美人教師に迫られる。確かにグッと来るシチュエーションだ。中学生の頃はよくそんな妄想をしていた気がする。しかしいざこうやって迫られると、嬉しさより戸惑いと恐怖が先に立つ。絶対に北極星はろくでもないことを考えているに違いない。


 北極星は構わず進の前まで来て、顔を近づける。いつの間にか進は壁際に追い込まれていた。進は北極星から逃れようとじりじりと壁際を歩いて教室の隅、掃除用具の入ったロッカーの隣に到達する。これ以上は逃げられない。


「遠慮することはないのだぞ? 私が許すと言っている。一線を越えない程度なら、私は貴様の好きになってやろう」


 北極星は進の耳元で囁きながら、また一つボタンをはずす。北極星の黒いブラジャーが見えた。


「……ちなみに一線を越えたらどうなるんだ?」


「もちろん軍法会議の時間だ」


 北極星の目が赤く輝き、ガラスが割れるように背後の空間にヒビが入る。あそこからいつでも〈ヴォルケノーヴァ〉を呼び出せるというサインだ。


 まさか北極星も教室の中で〈ヴォルケノーヴァ〉を暴れさせたりはしないと思うが、機体と交信できる状況を保てば北極星のグラヴィトンイーターとしての能力はかなり強化される。進に一発入れるだけなら負担も小さいだろう。


「一線って、どのあたりからがアウトなんだ?」


「それは試してみればよかろう?」


 北極星はニヤニヤと笑う。威圧しているようにしか見えない。


「んなこと言われてもなあ……」


 進は尻込みしつつも、北極星の胸から視線をはずせない。セクシーな黒いブラジャーに包まれた推定Cカップの乳房は陶磁のように白く、なめらかそうだ。北極星が少し前屈みになって胸を強調するような態勢をとっているため、綺麗に谷間ができている。この胸に顔を埋めれば、きっともの凄く気持ちいいだろう。


「どうした? 早くせぬか」


「いや……今日は都合が悪いというか……」


 北極星は進を急かし、進はうろたえる。手をついているロッカーがやけに冷たかった。そんな進を見て北極星は楽しんでいるようで、さらに追い討ちを掛ける。


「ちなみに何もしなくても処刑だぞ?」


 もう選択肢がないじゃん……。進は冷や汗を垂らしながらも何とかごまかす手を考える。「おっぱいと同じ感触だから」などと二の腕でも揉んでみようか……。



 悪いことというのは続くものだ。廊下から足音がして、美月とエレナの声が聞こえる。


「お兄ちゃん、ちゃんと勉強してるかな?」


「大丈夫でしょう。焔先生がちゃんと見ていれば進さんも真面目にやりますわ」


「そうかしら……? 北極星さんも悪ノリしそうで怖いのよね。ま、お兄ちゃんが大人しく言うことを聞きそうなのは北極星さんだけだから、仕方ないんだけど……」


 美月とエレナの足音はどんどん近づいてくる。上着を脱いで胸をはだけた北極星と向かい合っているというこの状況。二人に見られると非常にまずい。


 もはや考える余裕もなくなった進は手っ取り早い解決策を取る。


「クソッ……! こうなったら……!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ