5 越智教授のありがたくない講義
越智はコンテナの留め具をはずし、ゆっくりと扉が開いた。進はついに公開されるコンテナの内部を凝視する。じゃらりと音がして、コンテナから中身が漏れ始める。
コンテナの中に詰まっていたのは、無数の金属片だった。金属片はいくつかの金属が混ざったもののようで、鈍い光沢を放っている。おそらくこれは何かの金属を精錬したときに出た廃品だ。純度が低く使い物にならないため、捨てられるものである。
「工場の廃品じゃないか……。俺はゴミを運ばされてたのかよ……」
進は何ともいえない微妙な気分になる。重要任務だと呼ばれて来たのに、どういうことなのだろう。
「ゴミですって~!? 失礼しちゃうわ! 進君、あなたの目は節穴よ!」
越智はほっぺたを膨らませてぷりぷりと怒り、進は助け船を求めて北極星を見る。北極星は解説してくれた。
「ガリウムスクラップというやつだな。この廃品からガリウムを回収できるのだ。重要な戦略物資だぞ」
「ガリウムって……青色発光ダイオードに使うアレか? 何に使うんだ?」
進はがんばって記憶をまさぐってみるが、それくらいしか出てこなかった。進の化学の知識は中学生レベルである。青色発光ダイオードを生産してどうするのだろう。まさかクリスマスツリーの飾り付けにでも使うのだろうか。
進の鈍すぎる反応を見て、越智は幼児のように地団駄を踏む。
「キーッ、信じられない! 進君、私が渡した〈Xヴォルケノーヴァ〉の開発計画書読んでないでしょ!」
〈Xヴォルケノーヴァ〉とは現在構想されているグラヴィトンイーター専用GDのコードネームだ。〈スコンクワークス〉の力を借りずに完成させる予定で、実現すれば初の国産専用GDとなる。今は開発の前段階として〈Xヴォルケノーヴァ〉に実装する予定の新技術を研究している最中だ。当然それは量産機にも転用される。
ちなみに、純国産にもかかわらず〈ヴォルケノーヴァ〉の名が冠されているのは、〈ヴォルケノーヴァ〉が専用GDの代名詞のようになっているからだ。諸外国の軍隊にわかりやすくその戦闘力を伝えられるというわけである。
「一応読みましたよ……」
「開発計画書をきちんと読んでるなら青色発光ダイオードなんて言わないでしょ!」
進は答えたが、即座に越智のツッコミが入る。残念ながら進の頭では読んでも理解できなかったのだ。進の仕事はGDを動かすことであって作ることではない。どういう機体を目指しているかはどうにか読み取り、それで問題ないと思っていた。具体的にどんな素材をどこに使い、その素材にどういう意味があるかなど進にはわからない。
「いやぁ、正直わからなくて。第一なんで純国産にこだわってるのかも謎ですし」
進はそもそも〈プロトノーヴァ〉が試験している武装にあまり興味がない。一刻も早く「黒い渦」を消すためには搭載する武器の開発より、機体そのものを性能アップする方が重要だからだ。
わざわざ素体から国産するより〈スコンクワークス〉の新型機開発に参加した方がよいのではないか。その方がGD本体の進化は早まるし、コストも安く済む。武装など、今まで通り量産機のものを転用すればよいのだ。
〈Xヴォルケノーヴァ〉の開発資金は税金である。削れるとことは削って、協力できるところは協力するという姿勢が必要ではないだろうか。兵器をある程度国産化するのは危機管理として普通のことだが、輸入や共同開発と組み合わせてコストを削減しなければお金がいくらあっても足りない。意地でも全部国産というのは、税金の無駄だ。
北極星は嘆息する。
「平和ボケも大概にしろ。〈スコンクワークス〉など信用できるはずがなかろう。やつらは戦争を起こすためならなんでもやるぞ」
「えっ? 〈スコンクワークス〉は平和主義の技術者集団だろ?」
進の知識とは逆のことを言われ、進は軽く混乱する。いつも戦場に流れる〈スコンクワークス〉の反戦演説。争いをやめ、手を取り合うことを求めていた。
「うむ、やつらは気持ち悪いくらいに平和主義者が集まっている。だが、頭までそうとは限らぬぞ? イカルス博士は我らに戦争をさせたがっている」
これが一時期〈スコンクワークス〉に身を置いていた北極星の見解だった。
〈スコンクワークス〉の一般構成員は、去勢されているのではないかと思えるほどに大人しい。〈ノアズ・アーク〉艦内が食糧難にみまわれても粛々と等分に配給を受け、人から盗んだり奪い取ったりは絶対にしない。意気地なしと北極星に罵倒されても決して怒らず、ニコニコしている。手を取り合って仕事に励む木訥な善人ばかりだ。
ただし、彼らの指導者であるイカルス博士は同じようなお人好しではない。何らかの目的を持って日本政府に駆け引きを仕掛けてくる。
「春の件など最たるものだな。〈ヴォルケノーヴァ〉の指輪を私に取りに来いと言ってきたのだぞ?」
当初、〈スコンクワークス〉は北極星が直接ハワイに来て指輪を受け取ることを提案していた。西日本アメリカ亡命政権への抑止力である北極星が、日本を離れられるわけがない。北極星は拒否し、〈スコンクワークス〉のグラヴィトンイーターが指輪を日本まで輸送しろと逆に要求した。
〈スコンクワークス〉は北極星の要求を呑まず、結局指輪の輸送に特務飛行隊を使うはめになった。案の定ファウストは輸送路を襲撃し、指輪の争奪戦をきっかけに日米は大規模な武力衝突に雪崩れ込んだのである。
「もし俺たちが負けてたら世界が滅びてたかもしれないのに、いったい何がしたいんだ?」
進は首を傾げる。進と北極星が勝ったからいいものの、一歩間違えれば世界は滅びていた。故障中の〈ノアズ・アーク〉では逃げることもおぼつかず、〈スコンクワークス〉も世界と運命をともにすることになってしまうのではないか。普通なら全力で北極星を支援するはずだ。
ファウストを勝たせたいにしても不可解である。〈ヴォルケノーヴァ〉の指輪を北極星に返還しなければいい。〈エヴォルノーヴァ〉の指輪をファウストに直接プレゼントしたっていい。
北極星は進の疑問に首を振った。
「わからぬ。だからこそ、やつらと戦える力が必要だ。やつらが仕掛けてきても勝てるようにな」
相手の意図ではなく能力に備えるというのが国防の鉄則である。相手がその気になったときに対応できなければ終わりなのだ。その意味で〈スコンクワークス〉対策として国産専用GDの開発は急務なのだった。
「そっか、がんばらないとな!」
進が気合いを入れ直すと、越智がニッコリと笑う。
「進君には開発計画書くらい理解しててもらわないとね!」
なんだか越智の笑顔が怖い。越智は進が持ち帰ったガリウムについての解説を始める。
「進君は一ミクロンも理解してなかったみたいだけど、窒化ガリウムを使って新型レーダーを作るのよ~!」
GDに積まれているレーダーはフェーズド・アレイ方式で、簡単にいうと平板に極小のアンテナ素子を無数に取り付けたものだ。従来型のようにアンテナ本体を首振り式で動かさなくても電気的に電波の方向を変えられるので、構造を簡素にできる。また複数のアンテナを持っているのと同じなのでより広範囲を探査でき、一方向に電波を集中して探知距離も伸ばすことも可能だ。
窒化ガリウムが使用されるのはアンテナ素子である。一般にアンテナの素材として使われるのはシリコンやヒ化ガリウムだが、窒化ガリウムはこれらと比べて耐熱性、耐圧性に優れ高電圧にも耐えうる。つまり窒化ガリウムでアンテナ素子を作れば、より強力な電波を発せられるということだ。
すでにプラズマステルス機能を持つ〈エヴォルノーヴァ〉はロールアウトしている。これから登場するであろうステルス量産GD対策として、窒化ガリウム使用のハイパワーレーダーを実用化することは急務なのだった。
「もうすでに〈プロトノーヴァ〉にはこのタイプのレーダーを積んでるのに、進君はどうしてわからないのかな?」
頬を膨らませながら越智は講義を続ける。
窒化ガリウムを用いた次世代ハイパワーレーダーの本体はすでに完成していたが、量産化には課題が山積みだった。無論試作品にありがちな不具合も多いのだが、最大の原因はその出力の強さにある。
電波を強くすればその分探知距離が増え、ステルス機の捉えられるという簡単な話ではないのだ。電波が強い分映り込むノイズも多くなってしまうので、ノイズの除去処理をしなければならない。要は電波の反射が昆虫程度のステルス機を発見できるよう出力を上げれば、本物の昆虫やゴミまでレーダーに映り込んでしまうという話である。余計なものを除去しないととても使い物にならない。
ここで機体のコンピューターの性能が問題になる。ハードの性能も必要だが、最も開発が難航しているのはノイズ除去ソフトの開発だ。こればかりは実際にレーダーを使用してみて、最適なプログラムを組み上げるしかない。
現状、新型レーダーを積める出力があるのは〈プロトノーヴァ〉だけなので進はレーダーを実戦で運用し、その貴重なデータでプログラムの改修を行っているというわけだった。
「わかった! もっと俺がうまくレーダーを使えればいいんですね? じゃあこの話は終わりってことで……」
進は去ろうとするが、越智に首元を掴まれる。
「チッチッチ。話は終わってないよ、進君! 次は〈Xヴォルケノーヴァ〉に搭載する小型木星級重力炉について! 本来重力炉はマイクロブラックホール発生装置とグラヴィトンドライブを組み合わせたものだけど、専用GDなら後者はいらないわ。それでも小型化するに当たっていくつかの障壁が……」
進が開発計画を全く理解していなかったことが、越智には許せないらしい。これは長くなりそうだ。
「さて、作戦の報告書を書くか……」
付き合っていられないと思ったのだろう、北極星が進を置いて退出する。進は夜が明けるまで越智に話を聞かされた。
○
「酷い目にあった……」
進はげっそりとした表情を浮かべながら、研究棟の廊下を歩いていた。窓からは朝陽が差し込んでいる。早くも出勤している職員とばったり出会う度に顔を背けられるのにもうんざりする。
結局、進は徹夜させられてしまった。これから学校に行かなければならないというのに、全く脳が回転してくれない。先程まで越智が連呼していたライトスピードウェポンだの、量子テレポーテション通信によるクラウドシューティングだの、プラズマフィールド形成によるアンチビームバリアシステムだのという横文字の専門用語ばかりが頭の中で渦巻いている。
いっそ学校を休もうかな……と思いつつ進は自分の個室に向かう。一応佐官である進は基地に自分のオフィスをもらっているのだ。
オフィスといっても四畳半ほどの狭い部屋で、自分のデスクと来客用のソファーが置いてあるだけである。〈プロトノーヴァ〉で試験している装備は最重要機密であり、報告書の作成などのデスクワークも家に持ち帰ってやるわけにはいかない。パイロットである進も案外この部屋を使う機会は多いのだった。
部屋に入るとエレナがソファーで眠っていた。エレナには進の秘書のような仕事もしてもらっているので、部屋の鍵を渡してある。進を待ち疲れて寝てしまったのだろう。
進はエレナの肩を揺らして起こす。
「エレナ、もう朝だぞ」
「あら、進さん……? 恥ずかしいですわ、寝顔を見られてしまうなんて」
エレナは半身を起こし、手で顔を隠す。
「み、見てないよ。それより、時間がもうないんだ。学校行く? 俺は休もうか迷ってるんだけど……」
進に尋ねられてエレナはけろりと顔を見せ、答えてくれる。
「今日は休めないでしょう?」
鈍い頭で進は反射的に訊き返した。
「えっ、どうしてだよ?」
「今日から中間テストですわ、進さん」
「な、なんだってー!」
進の絶叫が狭い部屋の中に木霊した。




