表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロス ~異世界からの侵略者~  作者: ニート鳥
斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロスⅡ ~眠り姫の目覚め~
38/147

1 〈スコンクワークス〉

 ハワイ・オアフ島沖。海に浮かぶのは人工島と見間違わんばかりの巨大船である。その名は〈ノアズ・アーク〉。ファウストの時間遡行失敗により崩壊した未来から〈スコンクワークス〉の技術者たちを救った箱船だった。


 〈ノアズ・アーク〉は全長40キロを超える巨大な空中戦艦だ。ほとんどオアフ島に近い大きさである。


 船を二つ繋いだような双胴船型の船体は白亜の外装に覆われ、科学の万能性を誇示している。船体には筑波にあるそれと同等の出力を誇る木星級重力炉が搭載されていて、完全であればこの巨体は音速に近い速度で空を飛ぶことが可能だ。単独で時空を歪めて、時間旅行や平行世界を移動することさえ視野に入れている。


 遠くからであれば甲板に屹立する雑多な構造物は、まるで一つの都市のようにしか見えない。実際、甲板上の建物はほとんど居住スペースであり、数千人に昇る未来からの移民たちに余裕のある生活空間を提供していた。


 しかし〈ノアズ・アーク〉はあくまで戦艦だ。周縁部には三連砲塔の対空レールカノンが無数に並び、双胴に並ぶ船体の舳先にはそれぞれ木星級重力炉の最大出力で放つ荷電粒子砲が備え付けられている。船体の底は爆弾槽になっていて、核兵器なしに日本全土を焼け野原にできるくらい爆弾を積むことが可能だ。


 広い甲板には至る所にGD(グラヴィトンドライバー)の発着場があり、大きな船体にはGD(グラヴィトンドライバー)の生産工場さえも備えている。そして何より〈ノアズ・アーク〉には、重力からの自由を得た超人、グラヴィトンイーターが十三人も詰めていた。


 グラヴィトンイーター専用GD(グラヴィトンドライバー)が四機あれば〈疾風〉や〈バイパー〉のGD(グラヴィトンドライバー)一個飛行隊を簡単に殲滅できるといわれる。現在、最強の戦闘力を持つグラヴィトンイーターとされる焔北極星は〈スコンクワークス〉と完全に縁を切って日本へ渡ってしまったが、それでも充分過ぎる戦力だ。


 仮に〈ノアズ・アーク〉が往事のように空中を航行できるとすれば、世界は〈スコンクワークス〉のものになっていただろう。今の〈ノアズ・アーク〉は海面に漂うだけで精一杯で、とても飛行できる状態にない。過去への時間遡行は〈ノアズ・アーク〉に致命的なダメージを与え、二基の木星級重力炉のうち一基は未だに稼働不能だ。


 修復作業は停滞していた。こちらの世界ではまだ開発されていない技術が使われている箇所が多すぎるのだ。原理自体はわかっていても、実用化するまで時間が掛かるのが技術というものである。使用するに当たって浮上する思わぬ困難を洗い出し、克服するには必ず無数の試行錯誤が要求される。


 いくら〈スコンクワークス〉が未来でも有数の技術者集団でも、その人数は一万人に満たない。残念ながらリソースには限界があった。なので試行錯誤の段階を外部に委託する必要がある。どうせ委託するなら最も効率よく技術が研鑽される環境が望ましい。そして有史以来、人間の持つ技術が一番発展するのは戦争中と決まっている。


 つまり、戦時下の国がベストということだ。



「しかし失敗でしたね。ミスター・ファウストがあそこまで事を急ぎ、まさか戦争が一日で終わってしまうとは……」


 〈ノアズ・アーク〉艦内中央部にある艦長室でのことである。ジュダ・ランペイジは戦争の顛末について、艦長席に掛けている男に語りかけた。



 ジュダ・ランペイジはグラヴィトンイーターだ。銀色に染まった髪は短く切り揃えていて、容貌は中性的。スーツ姿も相まって一見小柄な男性に見えるが、わずかに膨らんだ胸から彼女が女性だと判別できる。


 着込んでいる真っ黒なスーツは皺一つなく、引き締まった表情とともにジュダの性格を伝えていた。左手に埋め込まれたグラヴィトンシードはその年季を物語ってか鈍いプラチナ色に輝いている。ジュダ・ランペイジは眼前に腰掛けている男に次いで、二番目に長く生きているグラヴィトンイーターだった。



「ミスター・ファウストにも困ったものです。あそこまで無様に敗れるなら、最初から大人しくしていればいいのに……」


 ジュダはファウストを嘲笑する。しかしジュダの言葉を最初のグラヴィトンイーターであるその男はにこやかに否定した。


「ジュダ、それは違う……。我々の目的は日米の均衡状態に一石を投じることだ。その意味で我々の目的は達成されたといえる……。我々が企図したとおり、筑波政権の圧倒的優位が完成したのでね……」


 痩せ形でいかにもインテリといった容貌の初老の男は滔々と語る。歳をとって落ち着いた性格俳優のような雰囲気だ。


 元々〈エヴォルノーヴァ〉の指輪を日本に送ったのは、大坂に拠るアメリカ亡命政権を軍事的に圧迫するためだった。アメリカ大陸の「黒い渦」が放つ強烈な電磁パルスによりレーダーの探知距離が大幅に減衰している今、ステルス性を持つ〈エヴォルノーヴァ〉は単機で戦局を左右しかねない強力な機体である。


 焔北極星のプラン通り、〈エヴォルノーヴァ〉が煌進(かがやきすすむ)の手に渡っていれば、アメリカ亡命政権は窮地に追い込まれただろう。戦略的にはグラヴィトンイーターが二人いれば核兵器に比肩する脅威である。日本においては新型量産機も開発中であり、五年以内には通常戦力でも日米の軍事バランスは逆転する計算だった。


 ここでファウストは動く。死んだ妹を助けるために過去に行きたいというごく私的な理由で、指輪の強奪作戦を決行したのである。


 結果、指輪争奪戦の末に日米はなし崩し的に開戦し、西日本アメリカ合衆国亡命政権は日本軍に大敗した。


 自分の目的のみを追い続けたファウストはアメリカ軍の展開を待たずに筑波を目指して焔北極星、煌進(かがやきすすむ)に敗れ戦死する。アメリカ海軍はこの二人の反撃を受けて二隻の空母を含む自慢の機動部隊を失う大損害を被り、アメリカ空軍も停戦ライン付近に貼り付けていた五個飛行隊が壊滅するという大打撃を受けた。


 なるほど、結果だけ見れば目的は達成したといえる。南関東方面軍をそっくりそのまま失った日本軍も無傷とは言い難いが、海空戦力の四割を失ったアメリカ軍と比べれば掠り傷のようなものだ。アメリカ軍の弱体化は著しく、日本軍が西日本のアメリカ軍に奪われた領土を奪回しようと動いてもおかしくない状況ができあがった。


 しかしジュダは首を振る。


「ですがこの状況では、腰抜けの日本軍が自ら行動を起こすことはないでしょう。アメリカ軍にしても、ミスター・ファウストが戦死して強硬派は消沈しています。双方が動かず、アメリカ軍が日本に膝を屈して平和的に東西統一がなされる可能性が出てきたのでは?」


 ファウストはそのパイロットとしての技量と過激な行動で、亡命政権内において対日強硬派の旗印となっていた。そのファウストが亡き今、亡命政権強硬派は拠り所がない。今後、和平派が主流になる公算が大だ。


 ジュダの言葉を聞いて、男は楽しそうに微笑を浮かべる。


「ところが、そうはならないのだよ。この事象で我々〈スコンクワークス〉は神の高みにまた一歩近づける」


「何か見えたのですか、ドクター・イカルス!?」


 目を見開くジュダに、男──イカルス博士は大きく頷く。


「ああ、すぐそこまで来ている」


 イカルス博士の発言と同時に艦長室のドアが勢いよく開き、一人の少女が飛び込んでくる。即座にジュダは立ち上がり、イカルス博士を守るように前に出た。ジュダは腰のホルスターから拳銃を抜き、少女に向けて構える。


「マーシャル・ホムラ! いや、おまえは……!」


 幼さを残したかわいらしい顔に、狼のような鋭い目つき。長く伸ばした整っていない髪は青紫色で、魔笛な雰囲気を醸し出している。顔立ちは焔北極星にそっくりだが体格は一回り小さく、肌は病的に青白い。少女には今にも散ってしまいそうな花びらのような、危うい魅力があった。


 その手には当然のようにサファイアブルーのグラヴィトンシードが(きら)めいているが、専用GD(グラヴィトンドライバー)の指輪はない。この少女は指輪の補助なしにグラヴィトンイーターへの進化を果たしているのだ。


 少女はニッコリと笑ってイカルス博士の前に進む。まるでジュダの構えている拳銃が見えていないかのように。


「そうね……私はミス・セカンド、流南極星とでも名乗らせてもらおうかしら」


 構わずジュダは発砲した。乾いた音が空気を叩き、硝煙の臭いが漂う。しかし銃弾は見えない壁に阻まれたかのごとく、空中で停止していた。流南極星と名乗った少女──二週目の保村成恵は周囲の重力子を分解することで銃弾に込められた運動エネルギーを止めたのである。


 ジュダは次弾を撃ち込もうとするがイカルス博士は手で制する。ジュダは冷や汗を垂らしながら銃を降ろした。生身で銃弾を止めるような芸当ができるのはファウストくらいだと思っていた。末恐ろしい小娘だ。


 イカルス博士は流南極星は立ち上がって手を叩き、南極星を歓迎する。


「〈ノアズ・アーク〉にようこそ。何の用だね?」


 南極星は笑顔を崩さず、イカルス博士に尋ねる。


「北米大陸の崩壊に始まるアメリカ軍の日本侵攻と分断。それに伴う数々の紛争。七年越しの日米本格再戦。全て裏で糸を引いていたのはあなたたち〈スコンクワークス〉よ。何か申し開きはある?」


「いや、ないな。全て私が起こしたことだ」


 イカルス博士はあっさりと認めた。


 〈スコンクワークス〉は陰謀、工作と呼ばれる程の活動はしていない。イカルス博士が指示したことといえば、せいぜい戦争の火種になりそうな日本側の要請を受諾する。あるいは逆に拒否するといった程度のことだ。


 しかし魂領域(ソウルテリトリー)と交信し断片的に未来を知ることのできるイカルス博士には、このレベルの行動でも充分過ぎる。ブラジルでの蝶の羽ばたきが、やがてテキサスでトルネードを引き起こす。いわゆるバタフライエフェクトだ。わずかな誤差は時間経過につれて有意な差へと変化してゆく。


 ほんのちょっとしたことでも未来を変えていくには充分なのに、イカルス博士は日米に直接影響力を行使できる。イカルス博士は戦争の黒幕といって差し支えない存在だった。


「どうしてこんなことを?」


 南極星の問いにイカルス博士はいたって平静に答える。


「決まっているだろう。世界のためだ」


「そう。なら、死んで」


 ジュダも、イカルス博士も反応できなかった。南極星は西部劇に登場するガンマンの早撃ちのように、目にも止まらぬ速さで腰のホルスターから銃を抜き、引き金を引く。


 時間が静止しているようだった。銃弾は、寸分の狂いもなくイカルス博士の眉間を貫く。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ