エピローグ 成恵
南関東方面軍の叛乱から一週間が経った。叛乱自体は進と北極星がファウストを倒し、稲葉さんが秋山を殺した日で終結している。そのためメディアはこの一連の事件を「二十四時間戦争」と呼んでいた。
進は北極星に従い、西日本アメリカ合衆国亡命政権の首都、大坂に来ていた。
叛乱を起こしたのは秋山だが、首謀者の一人であるファウストはアメリカ軍所属であり、アメリカ軍が南関東に兵力を展開したのも事実だ。北極星と進は米海軍と交戦し、空母まで沈めている。そのため大坂で停戦交渉が行われることになり、進と北極星は使節団の護衛として大坂を訪れることになったのである。
停戦交渉の場所は旧大坂府庁舎だった。今は西日本アメリカ合衆国亡命政権の政府所在地として機能している。
護衛といっても交渉の場に同席することはなく、別室待機だ。亡命政権側はファウストでグラヴィトンイーターの恐ろしさをよくわかっており、北極星が空母を沈めたことも当然知っている。進と北極星は腫れ物に触るように扱われた。
赤い絨毯にふかふかのソファーと、無駄に高級感溢れた一室で進と北極星は待機させられていた。こんな綺麗な部屋に入った経験など進にはないので、どうにも気後れする。
窓からは大坂城がよく見えた。大坂は前大戦でほとんど戦いらしい戦いなしに無血開城して西日本アメリカ亡命政権の手に渡ったため、戦前の建物がそのまま綺麗に残っている。荒れ果てていた旧皇居とは対照的に、充分な手入れを受けている大坂城は荘厳だった。
部屋の雰囲気に、亡命政権側の進への猛獣でも扱うかのような対応。着慣れない軍服が体を締めつけるのも相まって、非常に居心地が悪い。我慢しきれず進は北極星に尋ねた。
「なあ、なんで俺まで大坂に来なきゃいけなかったんだ? いい加減教えてくれよ」
南関東方面軍の叛乱収束から一週間の間に、筑波に潜入していたファウストの拠点が判明し、筑波でのファウストの活動が明らかとなった。その結果、ファウストの活動の中から進にも関連するものが発見され、進も大坂に同行することになったのだ。
しかしファウストの活動で進に関わっていたものなど皆目見当が付かないし、進が大坂に行かなければならない理由もさっぱりわからない。
「この後、すぐにわかる」
北極星は前に同じ質問をしたときと同様に、具体的には答えてはくれなかった。もしかしたら進にファウスト関連の事案があるというのは嘘で、ただ進を大坂まで連れてくる口実なのかもしれない。もし進と北極星が大坂で暴れたら一大事である。西日本アメリカ亡命政権にプレッシャーを掛ける策なのではないだろうか。
思索に耽る進の顔を見て北極星はあきれたようで、小さく息をつく。
「また馬鹿な勘ぐりをしているのだろう? 本当に用があるから、私は貴様をここに連れてきたのだ」
進は首をひねる。
「え……? でも、俺がファウストと関係してることなんて……?」
「ファウストは貴様でもあるからな……。楽しみにしているがよい」
北極星の言葉を聞いて、進は少し静かにしていることにした。
会談が終わったのは午後三時過ぎというところだった。両国の代表は改めて停戦条約に調印し、西日本アメリカ亡命政権が少額だが賠償金を払うことも決まった。日本の使節団は明日に筑波に戻る予定で、夜までは空き時間となる。これで進は晴れて自由の身ということになり、北極星とともに大坂の町に出ることになった。
北極星はわざわざ筑波から持ってきたポッキーを咥えたまま大坂の商店街をうろつく。通りを歩いているアメリカ人と日本人は半々くらいなので、進と北極星が目立つということはない。聞こえてくる住民の会話も英語と日本語が半々くらいだ。
西日本アメリカ亡命政権の占領地域では日本人は二等市民として扱われ、アメリカ人居住区に進入することは許されない。しかし日本人でも国家への一定の貢献が認められれば、アメリカ市民権を取得することは可能である。市民権取得によりアメリカ人となる日本人は年々増えていた。
土産物屋に寄ったりと、どうにも北極星が物見遊山しているようにしか見えないので、進はたまりかねて訊く。
「なあ、どこへ行くんだよ……? そろそろ教えてくれてもいいだろ?」
「もうすぐだ。その前にここに寄ろう」
北極星が入ったのは花屋だった。北極星は花束を買い求め、進に持たせる。
「これをどうするんだ……?」
進には全く意味がわからない。北極星は穏やかに笑い、「すぐにわかる」と言って進の前を行く。仕方なく進は北極星の後ろからついて行った。
着いた先は病院だった。北極星は受付で何やら話をしてから、進とともに入院患者の病室へ向かう。
ある病室の前まで来てから、北極星は進に道を譲った。
「開けてみろ」
「はぁ? いったい病院に何の用があるっていうんだよ……」
進は戸惑いながらも、病室のドアを開ける。病室の真ん中には真っ白なベッドがあり、青紫色の髪を伸ばした美しい少女が横たわっていた。
「え……? 成恵……?」
思わず進はベッドに横たわる少女と、北極星を見比べる。髪の色こそ違うが、二人はそっくりな顔をしていた。
北極星は、優しい笑みとともに種明かしする。
「ファウストは、この世界の私を助けていたのだ」
事情を記した手紙が、筑波におけるファウストの隠れ家に残されていた。ファウストは自分の時間遡行が成功したときに備えて、進か北極星に後を託そうとしていたのだ。
「じゃあ……!」
進は持ってきていた花束を取り落とし、成恵の元に駆け寄る。
ファウストは進が置いて逃げた成恵を、救出していた。ところが重傷を負っていた成恵は危篤状態になる。そこでファウストは成恵の命を助けるため、グラヴィトンシードを与えた。グラヴィトンシードは自己が生存するために宿主の体を修復しようとする。結果、意識は戻らなかったものの、成恵は命を長らえた。
「生きていて……こんなになっても、俺を助けてくれていたんだな、成恵……!」
度々精神世界で進に指針を与えていた成恵は、北極星ではなく正真正銘、進の幼馴染みの成恵だった。その証拠に成恵の右手にはサファイアのような蒼いグラヴィトンシードが埋まっていて、髪の色がファウストと同じ青紫色に変化している。
成恵の右手を覗き込み、北極星は言った。
「グラヴィトンイーターとしての力は、私より上のようだな……。自力でグラヴィトンイーターに進化している」
成恵の細い指には、指輪はつけられていなかった。まさに奇跡である。成恵は、ずっと進を待っていてくれたのだ。
「ありがとう、成恵……!」
進は成恵の手を取り、涙を流す。成恵の手は小さくて、冷たかった。
「進、また守るべきものが増えたな……」
北極星の言葉に、進は笑顔を作ってうなずく。
「ああ、望むところだ……!」
「頼りにしているぞ……」
北極星は微笑む。進は立ち上がる。
「おまえの背中は、俺がずっと守る……!」
真っ赤な太陽が病室を夕焼け色に染めていた。進の目の前にあるのは、太陽よりも眩しい北極星の笑顔。
「ならば私は世界をあまねく照らし、全てのみちしるべとなろう……」
北極星はそういってゆっくりと北の空を差した。その大仰な仕草が北極星らしくて、進はニッコリと笑った。
以上でラノベ新人賞に投稿した部分は終わりです。
次回から統一戦争編となります。
統一戦争編は9/19(土)から更新予定です。