29 戦いの行方
午前四時半、〈ヴォルケノーヴァ〉と〈プロトノーヴァ〉は利根川近辺に到着していた。北極星は軍に総攻撃の命令を下した後、進とともに先陣を切って敵軍に襲いかかる。
敵も夜襲を警戒していたらしく、すぐに迎撃に上がってきて戦闘となった。北極星と進はノーヴァシリーズならではの圧倒的な機動性を活かして、次々と敵機を撃墜していく。
〈プロトノーヴァ〉の側面への動きは〈エヴォルノーヴァ〉相手ならもの足りなく感じたが、量産機相手には充分すぎるほどだ。進は先行する北極星をフォローする形で、北極星が討ち漏らした敵機をレールカノンで撃墜していく。
『このまま突っ切るぞ! 後ろは軍に任せろ!』
「了解!」
敵将にチェックメイトをかけるため、進と北極星は敵陣を突破する。
進たちは最前線の敵機を振り切り、南関東方面軍司令部直上の空域まで侵入する。司令部付きの部隊が慌ててスクランブルをかけてくるが、北極星はそれをピンチではなくデモンストレーションの絶好の機会だと捉えた。
『進! 荷電粒子ビームカノンを使え!』
「わかった!」
進は北極星の言葉通り、右肩に下げられているライフル状の巨砲を取り外して両手で持ち、敵機編隊に向ける。試験機である〈プロトノーヴァ〉だけに積まれている最後の切り札、荷電粒子ビームカノンだ。
ずっと疑問に思っていた。ノーヴァシリーズの出力であれば既存のGDよりずっと強力な武装を装備できるにもかかわらず、〈ヴォルケノーヴァ〉も〈エヴォルノーヴァ〉も装備しているのは量産GDと同じ武装だけだ。
その答えが〈プロトノーヴァ〉と、この荷電粒子ビームカノンである。ハワイの〈スコンクワークス〉は平和主義者の集団だ。彼らは北米大陸の「黒い渦」を消すためノーヴァシリーズによるグラヴィトンイーターの能力増幅は研究しても、ノーヴァシリーズに搭載する兵器の研究については積極的でなかった。
そこで日本政府は試験機である〈プロトノーヴァ〉を〈スコンクワークス〉から譲り受け、ノーヴァシリーズ専用の武装を筑波で研究していたのである。ところが〈プロトノーヴァ〉の使い手が一年前、ファウストに暗殺されてしまったため、研究がストップしていたのだ。
実戦配備中でオーバーホールも必要だった〈ヴォルケノーヴァ〉を試験に使うわけにはいかず、北極星は〈プロトノーヴァ〉を使うことを嫌がった。北極星は最初から進にこの機体を送るつもりだったのである。
なぜならファウストが使っていた〈ノーヴァ・フィックス〉こそが改修を繰り返された〈プロトノーヴァ〉のなれの果てであり、進が使える可能性が大きかったからだ。北極星が使用することで北極星の影響を受け、機体の搭乗条件が変わることを嫌ったのである。
もう一人の進たるファウストは世界を滅ぼしているが、ハワイの〈スコンクワークス〉は名前も顔も同じ人間がいても別人であり、自分たちは「異世界人」であるというスタンスであるため、何も言えない。特務飛行隊で成長した進は、いずれ〈プロトノーヴァ〉のパイロットとなる予定だった。
荷電粒子ビームカノンはまだ発展途上だが、試射が可能なレベルには達していた。大気中では荷電粒子の減衰が激しいため、射程はわずか一キロメートルしかなく、巨大な出力を要するので進に掛かる負担が大きいという欠点もある。
それでも頼りになる相棒が周囲を警戒し、仮にはずしてもフォローしてくれる。進は遠慮なくビームカノンを撃つことができる。
「ターゲット、ロックオン……! 荷電粒子ビームカノン、ファイア!」
進が引き金を引くと、砲身から白い閃光が放たれ、十機ほどはいた敵機を包んだ。直撃を受けた数機は大爆発を起こして弾け飛び、射線から離れていた敵機も高熱のビームが周囲の空気をプラズマ化させて作り出したプラズマ渦流に巻き込まれて墜落する。
進のビームを辛うじて免れた機体もいたが、機を逸することなく前に出た北極星が次々と撃ち落とし、すぐに全滅させる。これで司令部は丸裸だ。北極星は持ってきていた〈エヴォルノーヴァ〉の首を司令部に向けて投げつける。〈エヴォルノーヴァ〉の首は勢いよく地面を転がり、司令部の上部建築を破壊して止まった。
『貴様らが頼りにしていたファウストは死んだ! 降伏しろ!』
北極星の呼びかけに、司令部サイドからの返答はなかった。進は北極星に訊く。
「どうする? もう一発くらいはビーム撃てるけど」
『たわけ。やつらが降伏せぬということは、まだ戦力が残っているということだ。大方、アメリカ海軍の空母が進出してきているのだろう。我々はそちらを叩く……!』
北極星の言いたいことはわかるが、ここには秋山がいる。敵将の首を討ち取らずに帰るというのか。
「いいのか……? ここまで来て何もしないなんて」
釈然としない進を、北極星は笑った。
『秋山がまだここにいるとは限らぬのでな。すでに合図は送り終えた。それに、我々が手を下さずとも秋山の命運はすでに尽きている。稲葉がいるからな』
○
〈プロトノーヴァ〉とともに〈ヴォルケノーヴァ〉が現れたとき、南関東方面軍司令部は騒然となった。
〈プロトノーヴァ〉が随伴しているということは、進がうまくやったらしい。稲葉は少しだけ彼を称えたい気持ちになる。
『貴様らが頼りにしていたファウストは死んだ! 降伏しろ!』
秋山の本拠地まで乗り込んできた北極星は不遜な降伏勧告を行い、〈エヴォルノーヴァ〉の首を投げつけてくる。建物の上部が破壊され、地下の司令室までが揺れに見舞われた。稲葉は立っていることができず壁に手をつく。
「もうだめだ! 降伏しましょう! 勝ち目はありません!」
恐怖に駆られた幕僚の一人が絶叫した。秋山は幕僚を一喝する。
「うろたえるな! ファウストがやられた程度、どうということはない! 戦線を建て直して持久すればアメリカ軍の救援がある! アメリカ軍が来れば我々の勝利は堅い!」
秋山は正しい。〈ヴォルケノーヴァ〉も〈プロトノーヴァ〉も強力な機体ではあるが、たかだか二機に過ぎない。アメリカ軍の到着を待って、同時多方面からの攻撃で筑波を蹂躙すれば、日本政府は降伏せざるをえなくなる。戦術では戦略を逆転できないのだ。
ただ、筑波攻略の過程でアメリカ軍に許容できない損害が見込まれるなら、アメリカ軍は手を引くだろう。アメリカ軍を引き留める策が必要だ。
秋山は稲葉の方を向き、真剣に尋ねる。
「稲葉、何とか〈プロトノーヴァ〉を取り込めないか?」
稲葉は少し驚きながらも自分の見解を伝えた。
「進君を? それは無理だろう。彼が焔を裏切ることはありえないよ」
〈プロトノーヴァ〉に乗っているのは進でほぼ間違いない。日本にいるグラヴィトンシードの被験者は、進だけだったからである。本人だけがこの事実を知らない。
重力炉からのグラヴィトンシード回収は、作業に莫大な費用が掛かる上に、成功率も決して高くない。この十年間で日本が行えた作業の回数はわずか八回で、回収できたグラヴィトンシードはたったの一個だった。
その貴重な一個が進の元に回ってきたのは、北極星が是非進にと推薦したからである。実際、前の世界の進たるファウストがグラヴィトンイーターとして覚醒したことを考えれば、貴重な一個を与えるのは理に敵っている。
当時進はすでに特務飛行隊に入隊していて、実戦も経験していた。北極星は進の父がスパイ活動をしていた一件を知っていながら介入せず、進を連座で退学させて特務飛行隊に回したのだ。
航空学校での成績も悪くはなく、まともな部隊に異動させることを稲葉は北極星に提案したが、北極星に却下された。北極星曰く、「この程度の任務で死ぬならそれまで。実戦で成長せよ」。グラヴィトンイーターとして、軍人として、実戦でしか学べないことはたくさんある。北極星はまだしばらく進を特務飛行隊で鍛える方針だった。
にもかかわらず〈プロトノーヴァ〉が現れたということは、ファウストは北極星を破ったものの、自力で指輪を手に入れた進に倒されたということだろう。そして進がそこまでやる理由は普通に考えて北極星を助けるためであり、故に進が北極星から寝返ることはありえない。
「後のファウストでも、今はただのガキだろう! 何とかならないか!?」
秋山にも焦りがあるのか、苛立たしげに壁を殴る。稲葉は諭すように言った。
「そう、煌進はただのガキだ。だからこそ、絶対に君の味方にはならない」
煌進はナイーブで頑固な激情家だ。一度決めたことは何としてもやり通す一方、過去の失敗をいつまでも忘れられない性格でもある。よくも悪くも進は子どもなのだ。
その性格が世界にとって悪い形で出たのが、ファウストによる前の世界の滅亡だった。逆にこの世界では進はファウストの企みを阻止し、世界を救っている。
「そんなガキが、グラヴィトンイーターの力を得て、我々を打倒しようとしているだと……!? ふざけるな! 糞ガキめ、いつか世界を滅ぼすぞ! ファウストのように!」
秋山は半ば八つ当たりのように激昂する。稲葉は静かに目を伏せる。
「そんな子どもに頼らざるをえなかった我々大人にも責任はある……。前の世界の君が、ファウストに指輪を渡して、世界を滅ぼしたようにね」
もちろん、子どもなら何をやっても許されると言いたいのではない。もしもこの先、進が力の使い方を誤るようなことがあれば、それは当然本人に責があるだろう。自分の危うい性格を理解せず、暴走した結果に違いない。大人になりきれなかった子どもの哀れな末路だ。大人になるのは、子どもの義務である。
だが、周囲に責任がないかというとそれもまた別の話だ。彼の危うさを知りつつ、彼を利用しようとした者は、同罪といえよう。大人にもまた、子どもを導く義務がある。
「だから私は、罪滅ぼしをしなくてはならない。この戦いを終結させることでね」
稲葉の言葉に、秋山は呆然とする。
「どういう意味だ、稲葉……!」
次の瞬間、頭蓋にまで響くような轟音とともに司令室の壁が爆破されて、完全武装した一団が踏み込んできた。
稲葉は答え合わせをする。
「君は私がスパイではないかと疑っていたようだが、それは違う。いくら僕を洗っても、スパイの証拠なんて見つからない。最初から、僕は君を殺すためだけに送り込まれていた」
一発で事態を収拾できるようになるこの一瞬のために、稲葉は秋山に今の今まで協力していた。指輪を探すという名目で東京に潜入させていた特務飛行隊諜報部の面々は司令室内の幕僚たちに銃を突きつけ、次々と拘束していく。
稲葉は特に指示を出していない。北極星が東京の空に現れるのが合図だったのだ。
秋山は稲葉に拳銃を向けられ、狼狽する。
「待て……! まだ我々の利害が一致するはずだ! 煌進はいつか世界を滅ぼす……! 今の内に排除できるなら、それに越したことはない……! アメリカ軍とともに筑波に進軍すれば、煌進を倒せる!」
秋山はもはや目的を見失っているようであったが、言っていることはうなずけるものだった。怪物が成長しきる前に倒せというのは間違っていない。
前の世界の秋山は進の中の怪物を見抜けず、ファウストに過ぎた力を与えて自滅した。ファウストは一つの世界を滅ぼした後も、大人になりきれない子どものまま亡霊のようにこの世界を彷徨い、世界を危機に陥れた。
北極星はそのことがわかっていたから、秋山ではなく稲葉を特務飛行隊の隊長に任じた。そして北極星の目論見通り、事情を全く知らなかった稲葉は進を拾ってしまった。
一年間、上司として進に接してきて、稲葉は確信する。進は最高の戦士にはなれるかもしれないが、最高の兵士にはなれない。過去に囚われる質やすぐに頭に血を昇らせる性格は、戦士としての進に力を与えるだろう。しかし兵士として役割を果たすには邪魔にしかならない。社会の一員としてやっていく上でも同じだ。
煌進には理想がない。進は過去を振り返っても未来は見ない。理想がないので目の前の事象のみに左右され、一本通った芯がない。善も悪もなく、感情のままに行動する男。それが稲葉が進に抱いた感想だった。
このまま行けば、高い確率で進は将来破滅の火種となるだろう。だが、この世界には進を導こうとする大人がいる。北極星が、進にとってのみちしるべとなろうとがんばっている。善にも悪にもなじめない戦士も、目指す場所がわかっていれば道を誤ることはない。
なので稲葉は秋山に言った。
「そのときに煌進を倒すのは焔北極星だよ。彼女は責任のとり方がわかっている。君も、この騒ぎの責任をとることだね……」
これまでの対話で秋山を翻意させることができなかった稲葉も、責任をとらなければならない。稲葉は秋山に向けていた拳銃の引き金を引いた。




