0.5 北極星の軌跡
1st world:2030
一周目の世界における最終局面。保村成恵は〈ヴォルケノーヴァ〉の肩に立って煌進と対峙していた。
とうの昔に地球は木星級重力炉から解き放たれたブラックホールに飲み込まれ、消滅している。成恵は間に合わなかった。成恵が反乱を起こした秋山の軍勢と戦っている間に進は筑波の木星級重力炉に到達し、指輪を強奪してグラヴィトンイーターとなったのだ。
そして進は時間遡行が可能なくらいのエネルギーを得ようと、木星級重力炉のワームホールをより大きなブラックホールと接続した。この段階でようやく成恵は筑波に帰還し、必死の呼びかけを行った。馬鹿なことはやめろ、他にしなければならないことがあるはずだ、と。進は成恵を無視して、作業を続行した。
ところが接続したブラックホールは進の手に余る大きさであり、巨大なブラックホールが重力炉の外に放り出されるという最悪の事態が起きてしまう。グラヴィトンイーターとして未熟な上、スペックの低い試験機を使ったため進は失敗したのだ。
一瞬で地球はブラックホールに飲み込まれ、全ては無に帰した。成恵は自分が逃げるのが精一杯で、何もできなかった。この世界はもうだめだ。〈ヴォルケノーヴァ〉の力で他の世界に逃れる他ない。
そう考えて宇宙空間を飛行している途中で、成恵は進を発見した。進は世界を滅ぼしてしまったというのに反省の色もなく、何度地球を滅ぼしても2018年の東京攻防戦で死亡している美月を助けに行くと宣言した。
ここにきて成恵はようやく進を倒すことを決意し、宇宙空間において交戦する。専用GD同士の射撃戦は成恵優位で展開されるが、進は強引に距離を詰めて〈ヴォルケノーヴァ〉の腕に乗り移る。進がコクピットを直接狙うことを予想していた成恵は自らも外に出て、〈ヴォルケノーヴァ〉の腕を昇ってくる進を肩から迎撃した。
「進!」
「成恵!」
空気なんか一切ないはずなのに、グラヴィトンイーター同士の交感で成恵と進はお互いの叫びを聞いた。両者とも拳銃を構えていて、同時に引き金を引く。
勝ったのは成恵だった。成恵の放った銃弾は進の右腕を撃ち抜き、進の放った銃弾ははずれた。進は銃を取り落とすも走り続け、素手で成恵に挑み掛かってくる。しかし成恵は腰の軍刀を抜いて峰打ちで進を跪かせた。
成恵は進の頭部に銃を突きつけ、降伏を勧告する。
「無駄な抵抗はやめろ。悪いようにはせぬ。ただ、美月ちゃんのために過去へと遡るのをやめると誓ってくれればよい」
普通なら有無を言わさず撃ち殺してしまうところだ。それだけのことを進はやらかした。しかし成恵には引き金を引くことができなかった。
進は生まれてから今日まで、成恵と苦楽を共にしてきた仲なのだ。どこに行くのも、何をするのも成恵と進は一緒だった。これまでの人生を振り返れば、必ず隣に進がいた。成恵にとって進は自分の半身に等しい。撃つことなんてできるわけがない。
進は投げやりに言う。
「撃てよ」
「……」
成恵は何も答えられない。
「俺は何を犠牲にしても、美月を助けるって決めてるんだ……! 俺がグラヴィトンイーターになったのは、最初から美月を助けるためだったからな……!」
進の言葉に、成恵は絶句する。成恵は進が小さい頃のように、成恵の背中を守るためグラヴィトンイーターに志願したのだと思っていた。成恵の理想を理解し、必死に追いかけてきてくれているのだと思っていた。成恵は進が何を考えていたか全く理解していなかったのである。
進が「俺もグラヴィトンイーターになりたい」と成恵に相談を持ち掛けてきたとき、成恵は天へと昇るような幸せを感じた。これから先、歳を取らない成恵は親しい者たちと次々に死に別れ、一人になる。でも進は時間に抗う道を選んでくれた。永遠が成恵と進を祝福してくれる。
でもそれは、成恵の勝手な勘違いだった。進が見ていたのは死に別れた美月との過去で、成恵との永遠に続く未来などではなかったのである。
「俺のことが憎いだろ……? だから撃てよ……! でなきゃ俺は、何度だって……!」
成恵は進の悲痛な叫びに何もできなかった。銃を降ろし、震える声で告げる。
「……今は貴様に構っている場合ではない。生き残った人間を助ける必要がある」
〈スコンクワークス〉の双胴型空中戦艦〈ノアズ・アーク〉はブラックホールから脱出し、こちらに向かってきていた。〈ノアズ・アーク〉のグラヴィトンイーターたちは助けられるだけの人を救出して、宇宙空間へと逃れていたのである。
〈ノアズ・アーク〉は〈ヴォルケノーヴァ〉に通信を送ってくる。地球を飲み込んだブラックホールから民間人を救出する際に、〈スコンクワークス〉のグラヴィトンイーターは力を使い果たした。別の地球へと脱出するため、北極星の力を貸してほしい。
耳につけっぱなしにしていた通信機で成恵は〈スコンクワークス〉の要請を聞き入れ、進を宇宙空間に放置して〈ヴォルケノーヴァ〉で〈ノアズ・アーク〉に乗り込む。
〈スコンクワークス〉技術者による調整を受けてから〈ヴォルケノーヴァ〉は〈ノアズ・アーク〉の舳先に立つ。成恵は〈ノアズ・アーク〉が搭載している二基の木星級重力炉による補助を受けて、脱出口の作成を開始する。
やろうとすることは進と同じだ。目の前で口を開いている巨大なブラックホールの重力を操作して自分が望む時間、空間へと繋げる。
さて、成恵は脱出口をどこに繋げればいいのだろう。正直なところ成恵の力ではピンポイントに行きたいところを狙って繋げるのは無理だ。繋げた先に地球があればそれでいい、と思う他ない。成恵はブラックホール越しに重力子を探り、行き先の選定を始める。
甲板にはボロボロになった進の機体が着陸して、機体から降りた進は〈スコンクワークス〉のグラヴィトンイーターにより拘束されていた。機体のカメラで進の様子を見ていた成恵は思う。
(どうしてこんなことになってしまったのだ……)
成恵はどうしようもない無力感に苛まれる。美月が死んだ後も、成恵は進とともに生きてきたのだ。なぜ今なお美月にこだわる。
力を得るため、進と一緒にパイロットになった。「誰かのために力を使える戦士となる」という理想も示してきた。成恵は進が美月の死から立ち直ったと思っていたが、何一つ届いていなかったのだ。
(やりなおせば、進は戻ってくれるのだろうか……? 元の、誰かのために立ち上がれる進に……!)
その未練が、探り当てたのかもしれない。成恵は移住できそうな世界を見つけた。
(この世界なら、進は……!)
見つけたのは平行世界でなく、過去の地球である。二十年ほど時間を遡ることになり、日米が戦争を始める前に出ることが可能だ。
グラヴィトンイーターは転移した先にグラヴィトンイーターたる過去の自分がいれば、対消滅を起こしてしまう。しかし2011年であれば、ほとんどのグラヴィトンイーターはまだ生まれていない。〈スコンクワークス〉の首領ただ一人が、グラヴィトンイーターとして存在しているのみだ。彼は過去の自分を眠らせるので大丈夫だ、と言ってきて成恵にゴーサインを出す。彼ほどの力があれば、そんなことも可能なのだろう。
選択の余地はない。成恵は過去への出口を開いた。
○
成恵の淡い期待は、あっさりと裏切られた。二周目の世界に転移してすぐ、進は〈ノアズ・アーク〉から脱走し、行方をくらましたのだ。
数年が経って日本と在日米軍の戦争が始まってから、進はファウストの名で表舞台に現れる。黒い悪魔の仮面を被った進は名前を捨て、在日米軍に協力して東日本侵攻に参加していた。
ファウストの目的は東京攻防戦において、自らの手で美月を救うことだ。東京攻防戦を回避することで結果的に美月を助けるという方法は一顧だにしなかった。故にファウストはアメリカ軍に従軍して現場に居合わせるという手段を選んだ。日本軍に入るという手もあったが、日本政府は〈スコンクワークス〉との関係に気を揉んでファウストの受け入れを拒否した。
日米の戦争は一周目の世界より二年早く始まっている。ファウストは歴史が変わって東京攻防戦が起きない可能性を恐れたらしく、積極的に戦場へと出撃した。ファウストの専用GDは空戦で猛威を振るい、一周目よりも早く西日本は陥落する。
いよいよアメリカ軍が関東への侵攻を開始するに及び、成恵も決断した。日本軍に加わり、東日本を守り抜く。そのためには進、いやファウストを殺さなければならない。そうしなければファウストは何度でも同じ事を繰り返すだろう。
だが、保村成恵は煌進を殺せない。成恵はあまりに進に近すぎて、かつ何も見えていなかった。自分の隣にいる進だけを見ていた。
(私は変わらなければならない。世界のために、理想のために……!)
だから成恵も名前を捨て、焔北極星と名乗った。焔北極星は世界をあまねく照らし、全てのみちしるべとなる武人だ。戦争の犠牲者を一人でも減らすため、障害となるものは容赦なく薙ぎ倒す。たとえそれが、かつての盟友であり愛する男だったとしても。成恵は仮面の代わりに、正義で自分の心を塗り固めたのである。
二周目の世界における2016年の春。北極星はアメリカ軍の関東平野侵攻を阻止すべく、箱根防衛ラインの攻防戦に加わる。
ここで北極星は奮戦した。北極星はパイロットとして百機撃墜ともいわれる大きな戦果をあげると同時に、指揮官として数個の飛行隊を手足のように操ってアメリカ空軍の箱根以東に寄せ付けない。アメリカ空軍の大エースとなっていたファウストでさえ北極星に全く歯が立たないのだ。すぐに北極星は「女帝」の異名で敵味方から畏怖の対象となった。
空で優勢になったことにより、空からの攻撃で押されっぱなしだった日本陸軍も息を吹き返す。グラヴィトンドライブを積んでいない陸戦兵器は、北極星たち未来人の襲来以後も大きな革新はない。むしろ「黒い渦」で情報通信技術が死んだことでデータリンクによる組織的な戦闘が不可能となり、後退したくらいだ。情報軍事革命に乗り遅れていた日本陸軍であったが、北海道から機甲戦力を移動させることで、関係なくアメリカ陸軍と互角に戦うことができた。
このままいけば勝てる。現場の誰もがそう思い始めたとき、悲報が届けられる。中山道、甲州街道の防衛ラインが突破されたのだ。もはや東京の防衛は不可能であり、日本軍は民間人を見捨てて撤退するしかなかった。
一周目の世界と同様に、東京攻防戦は始まってしまう。日本軍の一部は撤退命令を無視して東京に残り、アメリカ軍に決死の市街戦を挑んだがいたずらに被害を拡大しただけだった。北極星にはこの世界の美月を気にする余裕などなく、空軍の再編作業に追われた。
ただ、ファウストが失敗したということだけはわかった。東京陥落後、ファウストは筑波上空への侵入を繰り返したのである。ファウストの狙いが筑波の木星級重力炉であることは明らかだ。ファウストはもう一度過去に飛ぼうとしている。
(世界のために、絶対に阻止しなければ……!)
北極星は筑波を拠点に日本空軍の反攻作戦を指揮して、南関東の確保に尽力した。南関東さえ確保できていれば、ファウストの筑波侵入は格段に難しくなる。やがて終わらない戦争に嫌気が差した日米は停戦条約を結んだ。
戦争が終わってからも、北極星とファウストの戦いは水面下で続いた。箱根と冨山を結ぶ非武装停戦ライン上でファウストは暗躍し、虎視眈々と筑波を狙う。北極星は特務飛行隊をはじめとする非正規部隊を使ってファウストの企みを潰していく。いたちごっこがいつまでも続き、十年近くが経った。
二周目の進が生きていることを北極星が確認したのは、進の父親によるスパイ事件が発覚したときである。そのときまで北極星はこの世界の自分たちについて、意識的に調べようとしなかった。知ることが恐ろしかったのだ。同時に北極星はこの世界では成恵に代わり、美月が生き残っていることを知った。
(美月ちゃんは生きているのにだめなのか、進……!)
ファウストはあくまで自分の手で美月を救うことにこだわっているのだった。ファウストはその自分勝手な欲求を満たすために、いつまでも戦いを続ける。
そして北極星はあえて見ないようにしていた、この世界の進に興味を持った。今なら、まだ間に合うのではないか。この進が、北極星の背中を守る相棒になってくれるのではないか。
反対に、進を信じられない気持ちもあった。浅ましい自分に幻滅もした。そんなことをして意味はあるのか? 結局最後は、この進も北極星を裏切るのではないか? 進のことになると北極星の心は揺れ、一貫した対応がとれなくなる。
特務飛行隊に入った進にグラヴィトンシードを与えた。一周目の進が世界を滅ぼした事実から反対する者が大勢いたにもかかわらず。この世界の進が北極星の永遠のパートナーになってくれることを期待して。
それでいて進を正規軍に転属させてほしいという、稲葉からの要請を拒否する。進を正規軍で自分の手元に置いて育てるというのは、普通に考えればベストな選択肢だ。こちらの成恵を守れなかった進は、北極星のために一生懸命になってくれるだろう。正規軍の恵まれた環境で訓練、実戦、休養のサイクルを繰り返せば最も効率よく実力を伸ばせる。実戦、実戦、また実戦の特務飛行隊では潰れるのを待つばかりだ。
だが北極星は進を特務飛行隊に留め置いた。進を騙すようで気が引けたのだ。いざ戦いとなればどんな手を使っても勝ちに行くのが北極星の信条なのに、実に滑稽である。
心のどこかでは、特務飛行隊の過酷な任務で進が死んでしまえばいいと思ってたことも否定できない。そうなれば北極星は何も悩まずに済むのだ。一方で進が本当に死んでしまうと思うと夜も眠れず、気まぐれを装って状態のいい機体をポケットマネーで進に回したりもした。
結果として進は生き残り、ついには指輪の輸送任務で北極星、ファウストと接触した。この期に及んでも北極星は結局進にどうしてほしいのかはっきりしない。グラヴィトンイーターについて教えたかと思えば、「グラヴィトンイーターにはなるな」なんて言ってみたりする。
いずれにせよ、北極星が悩んでも仕方ないことだ。全ては進が決めることである。北極星は進が間違えないように生き様でみちしるべを示す。それでも進が道を誤れば殺す。北極星にできるのは、結果に対して責任をとることだけだ。
なのでファウストは絶対に殺さなければならない。でも、いざファウストを前にすると迷いが出てしまう。勝ってはいけない。進を殺したくない。戻ってきてほしい。
そして北極星は敗れた。




