26 手にした力は
「……! ここは……!」
進はゆっくりと目を開けて、現状を確認する。進はコクピットのシートに座っていた。コクピットブロックのある胴体上部だけが木星級重力炉施設内の建物にめり込んでいるという状態だった。
外装はほとんど崩壊していて、コクピットに座っていながら外の様子がよく見える。進の目の前では〈疾風〉の残骸がいくつも燃えていて、明々と地面を照らしていた。墜落しながら空中分解したらしい。
この具合だと確実にグラヴィトンドライブは停止していたはずだ。進は体を確かめる。服のあちこちが焦げてはいたが、大きな怪我はなかった。
「おまえが助けてくれたのか……」
進の手の甲に埋め込まれたグラヴィトンシードが淡く光っていた。宿主の危機を察知して、重力軽減をかけてくれたのである。
幸い機体は自爆装置が稼働する間もなく大破したようで、ただちに爆発することはない。成恵によると、指輪は第三試験所の地下にある。進は指輪を手に入れなければならない。
胸ポケットで携帯電話が震えていた。こんな状況なのに電波は生きているようだ。
美月からの電話だった。進は電話に出る。美月が発声するのを待たず進は尋ねた。
「……美月、今どこにいる?」
『? 家だけど? エレナちゃんも来てるよ』
美月の声を聞いて進は安心する。自宅ならばよほどのことがない限り安全だろう。まだアメリカ軍の本格的な空爆はない。
『お兄ちゃんこそ、どこにいるの? 今、外で凄い音がして……!』
「俺は成恵を助けに行かなくちゃいけないんだ……」
うわごとのように進は言う。電話の向こうで美月が眉を潜めたのがわかった。
『成恵さん……? お兄ちゃん、何言ってるの?』
「北極星を……俺は助けるんだ……」
言い直した進を、美月は質問責めにする。
『もしもし? お兄ちゃん? 本当にどこにいるの? 何をする気なの? 北極星さんに、一体何があったの?』
反射的に進はつぶやいた。
「重力炉で……北極星が閉じ込められて……俺がいかなくちゃ……!」
『重力炉!? それって爆発があったところじゃない! だめだよお兄ちゃん、危険だよ!』
「でも……俺じゃなきゃ助けられない……! 助けないと、また成恵がいなくなってしまう……!」
『いい加減にしてよ! お兄ちゃんは、いつまで九年前にいる気なの!?』
電話口から美月に怒鳴られて、進は顔を上げた。美月は続ける。
『私、言ったよね!? 成恵さんと北極星さんは違う、って! 成恵さんと北極星さんは別人なんだよ!? そんな気持ちで助けられても、北極星さんが辛いだけじゃない! そんなに昔のことを気にしてるならお兄ちゃん、今すぐ帰ってきてよ! 昔、いつも私と一緒に居てくれるって言ってたでしょ!?』
「……今すぐは無理だ。でも、絶対帰る」
『どうして? 冷たいようだけど、北極星さんは出会ってすぐの人だよ?』
幾分か落ち着いた様子で美月は問いただす。
「あいつは……北極星は、俺がいて嬉しいって言ってくれたんだ!」
進がそう叫んだ瞬間、電話が切れた。どうやら電波状況が悪化したらしい。あまりのんびりとはしていられない。進は指輪を手に入れるべく行動を起こすことを決意する。
進はエレナに渡されたミニミ軽機関銃を背負い、搭乗口を開けて背中側の建物の中に入る。ここはどこだろう。目指す場所は第三試験所の地下だ。進は廊下を走り、階段を駆け下りる。背中のミニミがやたら重かった。そして階段に張ってあった案内図を見て、第三試験所の位置を確認する。すぐ隣の建物だった。
途中で窓から、木星級重力炉にとりつく〈エヴォルノーヴァ〉の姿が見えた。ファウストはプラズマレンチで周縁部の施設を破壊している。すぐにでもファウストは木星級重力炉のコントロールを掌握し、目的を果たそうとするだろう。もうほとんど猶予はない。進は目的地へといっそう息を切らして加速する。
進が飛び込んだ第三試験所の地下は狭い廊下の両側にいくつかの部屋が配置されているという作りで、廊下の奥には机やら椅子やらでバリケードが張られていた。バリケードの向こうには銃を構えた警備兵と、施設の研究員と思しき人たちが、合わせて十数人いる。進は彼らの前で声を張り上げる。
「俺は特務飛行隊所属、煌進大尉だ! 俺に指輪を渡してくれ!」
進の声に、白衣を着た研究者らしき白衣の女性が答える。
「焔元帥から話はうかがっています! しかし我々はあなたに指輪を渡すわけにはいきません! あなたは必ず世界を滅ぼす!」
彼らはファウストが前の世界を滅ぼした例に鑑み、進が同じ事を繰り返すのではないかと警戒しているのだ。誤解である。
「俺はそんなことしない! 俺は北極星を助けるだけだ!」
進は叫ぶが、なしのつぶてだ。
「信用できません! これ以上近づいたら撃ちます!」
施設サイドのヒステリックな返答を聞き、進は壁の影に身を隠す。今にも向こうは撃ってきそうな勢いだった。こうなっては仕方あるまい。強行突破だ。進は持ってきたミニミの安全装置をはずして、バリケードの正面に躍り出る。
「だったら力尽くで突破させてもらう!」
進は宣言し、ミニミの引き金を引いた。口径が小さいとはいえ、ミニミは機関銃の端くれだ。机や椅子のバリケード程度は貫通してしまう。銃を構えていたはずの兵士たちは数発を撃ち返すもののそれ以上は無理で逃げ惑い、施設職員も慌てて廊下の脇の部屋に飛び込む。
進は崩れたバリケードを飛び越え、施設職員や兵士たちが退避した部屋にスタングレネードを放り込んだ。凄まじい音と光が兵士たちの行動力を奪う。これでしばらくは大丈夫だろう。
廊下の隅では逃げ遅れたのか、先程激しく進を拒絶した白衣の女性職員が頭を伏せて震えていた。進は女性職員に銃を突きつけ、要求する。
「命が惜しければ俺を指輪の在処まで案内しろ!」
まるっきりファウストと同じやり方だ。自分でやっていて笑ってしまいそうになる。だが、北極星を助けるためならたとえ悪魔になっても構わない。最後は進が世界を滅ぼすとしても、進は今北極星を助ける。
女性職員は言うことを聞いてくれた。
進は女性職員の誘導で地下四階まで降りて、机の上にたった一個の指輪ケースだけが置かれた小部屋に辿り着いた。
進は指輪ケースを手に取り、女性職員に尋ねる。
「……こいつを使う条件は?」
「どんな状況でも諦めずに立ち上がれる者、です」
ならばきっと進は、この指輪を使えるはずだ。指輪さえ手に入ればもうここに用はない。
進は女性職員を人質にして戦うことなく地上へと上がり、指輪を左手の薬指にはめる。
「きやがれ! 〈プロトノーヴァ〉!」
脳の配線が焼き切れるような激しい頭痛が進を襲った。痺れるような頭痛は数秒間続き、ぱたりと止む。同時に進の左手のグラヴィトンシードが輝きを放ち、全身が燃えるように熱くなる。進の体が、指輪の補助を受けてグラヴィトンイーターに進化しているのだ。進の目は青色に変化し、進は周囲の重力子をなんとなく感じられるようになる。
全てが終わったとき、月明かりを背にした進の影が前へと伸び、真っ白な巨人が体を起こした。
大きさは〈ヴォルケノーヴァ〉とほぼ同じくらい。背中の大型バーニアと、右肩から下げられた巨大なライフルが外形的には〈ヴォルケノーヴァ〉と違う。白い素体に白い装甲の機体はどこか上品さがあり、古き良き騎士のようである。肩に刻まれた文字は「PROJECT NOVA」、「PROTO TYPE」。〈プロトノーヴァ〉と呼ばれるグラヴィトンイーター専用GDが、その雄姿を見せる。
進は北極星がやっていたように重力軽減して跳躍し、〈プロトノーヴァ〉に乗り込む。〈プロトノーヴァ〉は空へと舞い上がり、まだ破壊活動を続けていたファウストの〈エヴォルノーヴァ〉を背後に回った。即座にファウストは反応し、こちらに向き直りながら飛び上がる。
『ほう……その機体を手に入れたか』
ファウストからの通信に、進は応える。
「これでおまえと同じ土俵に立てたぜ……!」
『笑わせるな。グラヴィトンイーターになったくらいで俺に勝てると思ったら大間違いだ』
確かにファウストの言うとおりだ。所詮試験機でしかない〈プロトノーヴァ〉は最新鋭量産型の〈エヴォルノーヴァ〉に性能的には全く及ばない。パイロットの技量も進よりファウストの方が上である。
なので進は言った。
「んなことはわかってるよ! 俺の狙いは……おまえじゃない!」
進は背部大型バーニアを噴かして、腰の裏にマウントされたレールカノンをファウストに向けながら、猪のようにファウストに猛進した。この背部大型バーニアのおかげで〈プロトノーヴァ〉の直線加速は他のノーヴァシリーズを超える。重力軽減が効いているはずなのに、進は強く座席に押し付けられるような感覚を覚え、歯を食いしばった。バーニアを背部にまとめている分、旋回性能はよろしくないが今は関係ない。
思わず回避したファウストを尻目に、進はまっすぐ流れ弾で開いた穴から、木星級重力炉内部のブラックホールに飛び込む。
自分一人の力で勝てないなら、勝てる人間を連れてくるまでだ。すなわち、北極星を救出することである。
午前三時三十三分、進は木星級重力炉のブラックホール内部に突入した。




