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斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロス ~異世界からの侵略者~  作者: ニート鳥
斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロス ~異世界からの侵略者~
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25 生と死の狭間で

1st world:2030


 筑波山に見下ろされているような場所に、霊園はあった。まるで筑波山が霊園を静かに見守っているようにも見える。この場所に墓地を構えられたのは、死者にとってせめてもの救いだったかもしれない。


 進は持ってきた花束を美月と母の眠る墓石に供える。この下に母の遺骨はあるが、美月のそれはない。東京で失われてしまった。


 遺品も美月がいつも着けていたリボンしか残っていなかった。美月のリボンは、進が常に肌身離さず持っている。


 しゃがみ込んで手を合わせる進に、後ろから声が掛けられる。


「来ていたのか、進」


 やって来たのは成恵だった。進は立ち上がって成恵に訊く。


「いいのか? 軍の方は?」


「問題ない。一日くらいなら部下に任せられるのでな」


 成恵は首都防衛を担当する305飛行隊の隊長になっていた。まだ二十三歳だがここ数年に起きた軍閥の反乱で力を発揮し、全世界で数人しかいないグラヴィトンイーターの一人ということでトントン拍子に出世していたのだ。


「そっか。来てくれてありがとう。きっと母さんも美月も喜んでるよ」


 進はそう言って墓を見下ろす。真新しい墓石は汚れ一つなく、鈍く陽光を反射していた。この墓も成恵の金銭的な援助なしには建てられなかった。


「うむ。進の母上には私も世話になったからな……」


 成恵は花束を供えて墓前で手を合わせる。しばらくそうしてから、成恵は進に尋ねた。


「まだ気にしているのか?」


「ああ……。俺がボヤボヤしてなけりゃ、美月は助かってたかもしれないんだ……」


 美月が死んだときのことを、進は今でも悔いている。もっと自分が強ければ。そう思って成恵とともに航空学校に入ったのに、自分は退学になって秘密部隊の一員。一方、成恵は正規部隊の隊長である。気付けば成恵との差は果てしなく広がっていた。


 深刻に落ち込む進を見て、成恵はいつものように明るく言った。


「貴様がそんな風だと美月ちゃんも悲しむ。そうそう、貴様のグラヴィトンシード取得申請は上に上げておいた。予備検査での適性はかなり高かったので、おそらく通るだろう。だから喜べ」


「おまえの手を患わせて悪いな……」


「よいのだ。私のためでもあるからな。貴様が背中を守ってくれると心強い。貴様のように戦争で家族を失う者が出ないように、私は戦う。戦い続ける」


 成恵は強い決意を秘めた目をしていた。成恵は進とは違う。


 思わず進は目を逸らしそうになるが堪えて、作り笑いを浮かべて言う。


「おまえはやっぱりすごいな。全員がそんな軍人なら戦争なんて起きないんだろうな……」


 現状では地方の軍は中央から下りてきた予算で事業を行い私腹を肥やす軍閥と化し、新たな火種となっていた。地方がそのような状態なので、西日本のアメリカ亡命政権は虎視眈々と筑波を狙う。仕方なく中央政府は戦闘を行ってでも軍閥を解体し、地方の首脳を入れ替える。しかし三年も経てば中央から派遣された指揮官が腐り、また軍閥化するという繰り返しだった。


「私は全てのみちしるべとなる。そしてこの暗黒の世界を明るく照らす。そう、北極星のようにな」


 成恵は満面の笑みを浮かべていた。進は成恵に聞こえないように小さな声でぼそりとつぶやく。


「おまえはいいよな……」


 進には、成恵ほどの力はない。進にグラヴィトンイーターの力があれば、本当にやりたいこと──美月を助けに行くことができるのに。


「? 何か言ったか?」


 ピンと来ない様子の進を見て、成恵は小さく首を傾げた。進は苦笑する。


「いや、おまえのスケールの大きさに驚いただけだよ。おまえが北極星なら、俺は何になろうかな、って思って」


「私は貴様が何者であれ、同じ目的に向かって共に歩いて行けると思っているぞ」


 成恵は疑問を差し挟む余地がないくらいズバッと断言した。進は話を打ち切る。


「……そろそろ帰ろうぜ」


「うむ。せっかくだからどこかに食事に行くか」


「そうだな……久しぶりだしな。どこがいいかな……」


 進は成恵の誘いを受け、何を食べるかを考えつつ歩き出した。どうせ何を食べてもおいしくは感じないのに、無駄に律儀だった。



 進の様子がおかしいことに、成恵は気付いていた。秋山大佐に聞いた話では、今になって自分が戦う理由について悩んでいるということらしい。自分で見つけてもらわなくては意味のない事柄なので、成恵は何も言わない。ただ、こうして悩んでいる進を見ると筑波に逃げてきた直後の進を思い出す。



 美月を失った後の進は、見ていられなかった。後悔と自責に駆られ、水さえ飲まず疎開先の筑波で毎日を幽鬼のように過ごす。一介の小学五年生には戦争に立ち向かう力などない。徹頭徹尾、彼は戦争の被害者だった。


 成恵だって進と何も変わらない。東京で行方不明になった両親を捜す手立てはないし、連絡のつかない友人は多数いた。成恵にできるのは、侵略してきたアメリカを憎むことくらいだ。


 成恵も本当はわかっていた。戦争に善悪など存在しない。アメリカ人も生活の場を失い、ただ必死だったのだ。だから正義をこじつけて日本の半分を奪った。


 どんな理由があっても進や成恵が家族を奪われたのは事実だ。「仕方なかった」で済まされていいはずがない。だが声なき声は無力だ。成恵たちは受け入れる他に方法がなかった。


 なので成恵は進を誘った。「一緒にパイロットになろう」と。まずは力を手に入れなければ何もできない。戦場と化した東京で成恵が学んだことだった。


 進は美月の死を振り払うように試験に全身全霊を傾け、無事に成恵と一緒に航空学校に入学する。決して平坦な道ではなかった。日本は海外からの輸入途絶による未曾有の食料危機に見舞われていて、生活するだけで大変だったのだ。筑波でも食料を巡る殺し合いが起きることさえあった。


 航空学校に入校した成恵は一年生にして現役パイロットを遙かに凌ぐ成績を出し、その適性の高さからグラヴィトンイーターの被験者に選ばれた。進も成恵ほどではなかったものの成績は上位にランクインしており、パイロットへの道は開けたかに思えた。


 事態が急転したのは一年の冬だ。進の父親が西日本で生きていることが判明したのである。大坂での会談に同席した空軍関係者が、大統領官邸で進の父を目撃した。


 ただ生きているだけならめでたい話だ。しかし進の父は命惜しさにアメリカ側に寝返っていたのである。進の父は空軍の人脈を使って筑波にスパイ網を築き上げ、日本の情報を提供していた。


 進は航空学校を退学になった。進の父も軍の放った刺客によって暗殺され、進は全てを失った。進は失意に沈むが、成恵の口添えもあって特務飛行隊に入隊し、活躍の場を得る。


 一方、成恵は戦争によって人材が払底していたため、早くも東北軍閥の討伐作戦に参加し実戦を経験する。成恵の撃墜スコアはダントツの一位であり、期待の若手として注目されるようになった。


 パイロットも不足していたが、資質が要求される士官の人材の薄さはさらに深刻だった。戦時特例を適用されて成恵は異例のスピードで昇進し、望んだ力を手に入れた。軍への忠実さが評価されて近衛飛行隊を任され、ある程度は政治に意見を出せる。無理矢理でよいなら、グラヴィトンイーターとしての力を使えばいい。


 問題はただ一つ。この力を使って何をするかだ。


 住処を得るために戦争を起こして西日本を奪ったアメリカ人。食料不足で殺し合いをした日本人。処刑を免れるためにスパイに身を墜とした進の父。誰にとっても、一番大事なのは自分の命だ。皆、自分の命を長らえるために力を使った。


 ならば自分は、自分だけは、自分ではなく他人の命のために力を使おう。力こそが全てだという現実があるからこそ、誰かのために力を振るう理想があってもいいはずだ。


 そうして成恵がみちしるべになる。嵐の夜でも涙の夜でも、世界をあまねく照らし、全てのみちしるべとなる北極星のように。全ての力を持つ者が他人のために命を使えるのなら、生き残るための戦いで摩耗する世界はきっと変わる。


 そして叶うなら、進にも同じ目標に向かって歩いてほしい。成恵にとっては、進が永遠に最高のパートナーだから。



「俺は……死んだのか……?」


 気付けば、進は暗闇の中を漂っていた。ふわふわした浮遊感を感じるばかりで、まるで現実感がない。何かまた夢を見ていた気がするが、全く思い出せない。思わず口にした独り言も、闇に消えるばかりだ。


「進は死んでないよ」


「成恵……」


 闇の中から現れたのは成恵──北極星だった。進は生きていて、ここはグラヴィトンイーターがつながる精神世界らしい。昨日来たときにはもっと明るい場所だったはずなのに、今は小さな光さえない。どうしてこんなに暗いのだろうか。


 成恵は目を伏せて言った。


「それはあの人が、暴走しているから」


 進はハッと気付く。昨日もこの空間には黒いもやもやが出現していて、成恵はそれをファウストだと言っていた。ファウストの黒いもやが、この世界全体に広がっているのだ。


「進……あの人を止めて」


 進の胸にすがりつく成恵の背中にぎゅっと手を回し、進はうなずいた。


「ああ、絶対にやつを倒す!」


「指輪は第三試験所の地下にあるわ……。進、お願い……」


 進は成恵の言葉をしっかりと脳に刻みつけ、意識を肉体に戻す。

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