22 緒戦
1st world:2018
「進! 美月ちゃんを連れて逃げろ!」
一瞬の逡巡は致命的なタイムロスになった。成恵が叫んだ直後、飛んできたGDから爆弾は投下される。両方を助けるのはもう無理だ。どちらかだけでも助けなければ。その思いだけで進の体は動く。
すぐに爆弾は炸裂して進の視界は真っ白になり、ただただ堪え忍ぶ時間だけが続いた。暴力的な爆風が通り抜けた後、進は体を起こす。
「大丈夫か、成恵……?」
進は体の下に成恵を隠して、自動車の影に退避していた。進が受けたのは掠り傷程度。成恵はすでに足を怪我していたが、今の爆発による怪我はなかった。
「私は大丈夫だ……。しかし早く逃げなければ火に巻かれる……!」
冷静に成恵が告げた。爆弾によって周囲の可燃物は尽く燃え上がり、辺りは火の海である。これだけの経験をしても全く動じる様子がない成恵がとても頼もしい。進は足を負傷していて歩けない成恵に肩を貸して立ち上がろうとする。
「そうだな……。でも、まず美月を……」
そこまで言って、進は足下に落ちている黄色いリボンに気付く。薄汚れているが、間違いなく美月のリボンだ。リボンを握りしめて顔を上げ、進は愕然とした。
「お兄ちゃん、助けて……」
瓦礫の下敷きとなって炎に囲まれた美月は、弱々しい声を上げる。美月の側にあったブロック塀が崩落したのだ。小さな美月の体は瓦礫にすっぽりと埋まっていて、わずかに頭と右手が隙間から出ているだけである。自力で逃げ出すのは不可能だ。
「すぐに助ける!」
そう叫んで駆け出そうとして、進は動きを止めた。進は今、怪我で歩けない成恵を肩で支えている。なんとか美月を瓦礫から救出したとして、怪我した美月と成恵を連れて逃げられるのか。共倒れになるとしか思えない。
成恵は覚悟を決めたような顔をして言った。
「進、私たちを置いて逃げろ。このままでは全滅だ」
「そんなこと、できるわけあるか……!」
進は辛うじて声を絞り出す。「痛いよ……。熱いよ……」。美月はうわごとのようにつぶやき続けている。もうほとんど意識がないのだろう。美月は目の焦点が合っていない。瓦礫と炎は美月の幼い体に致命的なダメージを与えていた。
「美月を頼むぞ、進」。ふいに父が出征する前に言った言葉が脳裏に甦る。進は美月を守れなかった。
体の震えが止まらない。何をすべきかはわかっている。成恵は連れて行けるが、美月は助けようがない。でも、一歩を踏み出す勇気が出なかった。美月を見捨てるなんて、できるわけがない。
進は成恵の顔をちらりと盗み見る。成恵は真っ青な顔でうつむき、今にも泣きそうな声でぼそりとつぶやいた。
「……死にたくない」
進は動揺する。いつもの強気でかつ冷静な成恵はどこにもいない。進の隣にいるのは、死の恐怖に怯える一人の少女だった。震えているのは進だけではなかったのだ。成恵だって、進の隣で震えている。
今、成恵を助けられるのは進だけだ。そう思うと体の震えがピタリと止まった。
「大丈夫、成恵を死なせたりしない……!」
後から思えば、成恵が着実に近づいてくる死を恐れ、震えていたのは演技だったのだろう。演技は言い過ぎかもしれないが、彼女なら平静を保つこともできたはずだ。成恵はあえて弱いところを見せることで、進を動かした。
「進……!」
ハッと成恵は進の顔を見る。進は青ざめながらも、成恵を支えて立ち上がる。そして美月に背を向け、進は成恵とともに歩き出す。
「お兄ちゃん……置いていかないで……」
掠れた美月の声が何度も進の頭蓋でリフレインする。しかし、進は歩みを止めなかった。
○
2nd world:2025
「夢か……」
ファウストは南関東方面軍司令部の仮眠室で目覚め、独りつぶやく。もう何度見たかわからない、美月を置いて逃げたときの夢だった。
ファウストはベッドから起き上がろうとするが、あのときの罪悪感が甦り、胸を押さえてうずくまる。胸に心臓を鷲掴みにされたような激痛が走り、鞭を入れられた馬体のように動悸が速くなる。呼吸もうまくできない。
美月を見捨てて逃げたというだけなら、まだファウストの罪は軽かったかもしれない。しかしそうではないのだ。特務飛行隊にいるとき、力を得るため、自分が生き残るため、ファウストは何人も殺している。挙げ句、ファウストは美月を助けようとして失敗し、何十億という人間の命を奪った。この期に及んで立ち止まるわけにはいかないのだ。
「もうすぐなんだ……! 俺は歩き続ける……!」
ファウストは苦痛を押し殺してベッドから降り立ち、仮面を被る。美月をこの手で助け出すまで、ファウストは誰であろうと何人でも殺すと決めた。己の傷など、今さら気にしていられない。
反乱を起こした南関東方面軍がようやく臨戦態勢に入れたのは、ファウストが〈エヴォルノーヴァ〉を手に入れた次の日の午前中だった。部下たちの動揺は大きく、いくら秋山でもすぐには部隊を掌握できなかったのだ。
援軍となるアメリカ軍の進出はさらに遅れていた。「黒い渦」のせいで通信が通じなかったというのもあるが、空軍はともかく陸海軍を一日で関東まで移動させるのは物理的に難しい。アメリカ陸軍主力が大坂から東京に移動し、筑波に進撃する態勢を整えるまで少なく見積もっても三日はかかる。
アメリカ空軍のGD部隊はすでに来ているが、GDによる爆撃だけでは筑波までにいくつも設けられてある地下陣地を抜くことは不可能である。GDは戦争に革命を起こしたが、あくまで空戦兵器だ。陸を占領するためには陸軍が必要だというテーゼは健在である。
よって秋山にやれたのは、自軍主力を利根川まで移動させて、首都防衛軍と向かい合うことだけだった。利根川を挟んで両軍はにらみ合うが、どちらもうかつに仕掛けることはできない。このままアメリカ軍の到着を待つのが秋山たちの戦略となる。
「海軍は動かないのかね?」
南関東方面軍司令部の通信室で秋山はファウストに尋ねた。この部屋にははファウスト、秋山、稲葉の三人に加え、十数人の幕僚や通信兵が詰めている。幕僚たちを指揮して命令書を作らせ、今後に備える稲葉を視界の端で捉えながら、ファウストは答えた。
「陸軍の進撃と協調して日立方面に上陸作戦を行うそうだ。やつらは虎の子の空母を失いたくないからな。簡単には動かない。航空支援くらいは期待できるだろうがな」
現段階でアメリカ海軍自慢の原子力空母を茨城沖まで進撃させれば、焔北極星の〈ヴォルケノーヴァ〉により手痛い損害を受ける可能性がある。せいぜいGDの航続距離を活かして、静岡沖から飛行隊を送り込んでくる程度だろう。
海軍が動けるようにするためには〈ヴォルケノーヴァ〉を別の戦線に拘束しなければならない。米海軍の空母戦隊をもってしても〈ヴォルケノーヴァ〉には対抗できないのである。
逆に言えば〈ヴォルケノーヴァ〉さえ片付けられれば、難なく筑波を落とせるということだ。水陸からの多正面作戦に対応するだけの兵力は筑波にはない。日本側が兵力を分散すれば各個撃破し、筑波に籠城すれば包囲して日本政府が音を上げるのを待つ。
すでにファウストと秋山は、日和見を決め込んでいる東北や北陸の日本軍と、連絡を取り始めていた。地方の日本軍を裏切らせて筑波を後詰めなき籠城戦に追い込めば、勝ったも同然だ。どんな要害も援軍の見込みがなければ落ちる。ましてや筑波には戦争と無関係でいることを望む一般市民が大勢いるのだ。筑波を包囲して物資の供給を遮断し、日本軍から裏切り者が出ていることを喧伝すれば、厭戦気分が蔓延して一週間ともたないだろう。
敵地で補給に不安のあるアメリカ軍としても、地方の日本軍と手を結ぶことができれば後顧の憂いなく戦えるようになる。もっともファウストは悠長に待つことなくさっさと筑波に乗り込み、自分の目的を果たすつもりだったが。
「さて、歴史は繰り返すかな?」
秋山はつぶやくように言い、ファウストは鼻を鳴らした。
「フン……原因があって結果がある。歴史が繰り返すとすれば、原因が同じだったというだけだ。俺たちの世界もこの世界も、根は同じなのだからそういうケースもある」
秋山がファウストと組んで反乱を起こし筑波への進軍を開始するという歴史は、ファウストの世界でも同じだった。そこからファウストが時間遡行に失敗して、世界を滅ぼしたのがファウストの世界だ。
このようにこちらの世界と異世界は、非常によく似た歴史を辿っている。細部に差はあるが北米大陸を失った在日米軍が蜂起して、日本との間で戦争になるという歴史も同じだった。
違いは異世界が独自に作った木星級重力炉の暴走で北米大陸が不毛の地と化したのに対し、こちらの世界は異世界人と呼ばれる人々が「黒い渦」を持ち込んで北米大陸を崩壊させたという程度だ。要するに重力子関連の技術が独自のものか持ち込まれたものかという差しかないのである。
しかし重力子関連技術は実のところ、こちらの世界でも極秘裏に研究されていた。こちらの世界の日本でも、筑波において学園都市への改装という名目で木星級重力炉の建造が進められていたのである。アメリカでも同じだ。異世界人の襲来がなくても遠からず重力子制御技術は実用化されただろう。こちらの世界と異世界はよく似ているというが、この事情を鑑みると丸っきり同じだ。
答えは単純である。異世界人をこの世界に脱出させたのは北極星だが、北極星は異世界に移動したわけではなく、時間を遡ったのだ。
顔も名前も同じ人物が何人もいるのは当然である。ファウストたち異世界人と呼ばれる人々からすれば、この世界は過去なのだから。ファウストたちは未来人といえる人種なのだ。未来人が来たことによってこの世界は本来の歴史から分岐し、ファウストの世界とは違う歴史を辿った。
在日米軍と日本の間で戦争が起きたのは北米大陸に住めなくなったという原因が同じだからであり、在日米軍が結局日本を滅ぼしきれず東西に別れる形になったのも二つの世界の在日米軍に日本全土を制圧する力がなかったからに過ぎない。一見繰り返しに見える必然だった。歴史の大きな流れは未来人の侵入程度では変わらなかったのである。
未来人の技術によって本来より早く歴史が進行しているのがこの世界だ。本来であれば北米大陸の崩壊と日米戦争は進が小学五年生のときの出来事であり、秋山の謀反は進が二十三歳のときに起こるはずだった。これに伴いいくつかの軍閥の反乱など、前の世界で起きていたことが起こっていないケースもある。
細部はすでに食い違いがかなり発生しているのだ。秋山が南関東方面軍の司令官となり、稲葉が特務飛行隊隊長となっているのもその一つである。前の世界では逆だった。ファウストたちは未来人ではあるが、もはや異世界人といって差し支えないだろう。同じ人間であっても、同じ人生は歩んでいないのだ。
(そう……だから俺は二回目も失敗した)
一般には異世界人が未来人であるという知られていないのは、このように細部の差異が大きいからというのもある。しかしもっとも大きな原因は未来人がこの世界の人間と比べれば少数で、ほとんどハワイに固まっているためだ。未来人が過去の自分と出会うことは稀なのである。
北極星はファウストが失敗したことを、数倍の規模でやってのけたのだといえる。〈スコンクワークス〉も協力したようだが、だとしても比較にならないだろう。グラヴィトンイーターとしての純粋なパワーは、ファウストより北極星の方が遙かに上だということを認めざるをえない。ファウストが北極星に勝てるのは限られた条件の下でのみだ。
「君は今回、成功する確信があるのかね?」
秋山は尋ねる。穏やかな調子ではあったが、殺気を隠しきれていない。
ファウストが失敗すればこの世界も滅び、この秋山も死ぬ。そのためファウストが失敗しそうならファウストが北極星を葬り去った後で、ファウストを退場させるつもりなのだろう。秋山ならファウストの目的地である筑波の木星級重力炉に工作員を潜り込ませる程度のことはしているに違いない。
ファウストも時間遡行の準備に入ればわずかな時間とはいえ無防備となるので、決して秋山を無視できない。ファウストは、自分にしては懇切丁寧に答えた。
「問題ない……。前回に比べれば俺はグラヴィトンイーターとして進化しているし、〈エヴォルノーヴァ〉は前に使った〈ノーヴァ・フィックス〉よりかなり進歩した機体だ。俺一人が過去に遡るくらいなら、余裕だろう」
「ふむ、君がそう言うのなら間違いないだろう……」
秋山はファウストの回答で納得してくれたらしい。秋山も〈エヴォルノーヴァ〉のスペックくらいは知っているのだろう。それ以上はこの話題を続けなかった。
秋山は思い出したように話を変える。
「ところで君はまだ出ないのかね?」
「勝負は夜間だ……。昼間から派手にやるとすぐに北極星が出てくる」
ファウストが言ったのとほぼ同時に一人の通信兵が立ち上がり、報告する。
「群馬方面から日本軍のGD部隊が仕掛けてきました! 苦戦しているようです! 援軍を求めています!」
秋山はあごに手を当てて稲葉の方を一瞥する。間髪入れず稲葉は具申した。
「おそらく陽動だろう。ここは我慢するべきだ」
稲葉の予想は正しい。まともに攻めれば勝てないのは向こうも同じだ。違うのは日本側は待てば待つほどアメリカ軍の態勢が整い、不利になることである。
だから北極星は膠着状態を打破しようと動く。大方陽動に乗せられてこちらが動いた隙をつき、陸軍に利根川を渡らせる気なのだろう。陸軍同士の混戦に持ち込まれれば、航空支援が難しくなるため勝負はわからなくなる。
わざわざ乗ってやることはない。秋山は稲葉の意見通り、援軍を出さないことを決めた。
秋山に対し、ファウストは小声になって尋ねる。
「稲葉を信用してもいいのか? スパイに足下をすくわれて負けるのはごめんだぞ」
秋山は淡々と答えた。
「監視は付けてあるが、怪しい動きはない」
加えて稲葉の部下である特務飛行隊諜報部の連中が東京に侵入しているようだが、指輪を捜しに来て取り残されただけだと稲葉は言っていた。頭である稲葉がいなければ何もできないので、放置である。今の南関東方面軍にそこまで手を回す余裕はない。稲葉が彼らと連絡をとっている様子もないので、普通に考えれば問題ない。
しかしファウストは懸念を示す。
「やつが政府に忠実なのは、おまえも知っているだろう? 何かたくらんでいる可能性がある」
前の世界では、稲葉は好条件を提示されたからといって簡単に寝返るような男ではなかった。事実、前の世界における稲葉は反乱を起こした秋山を説得しようとして失敗し、秋山に殺されている。
だが秋山はファウストの意見を受け入れなかった。
「だとしてもこの状況では何もできないだろう。それに私は、稲葉がこちらにつくのに足りる条件を提示したつもりだ。克也君のことを、稲葉はずっと後悔していた。無論、私もだ。私は稲葉を裏切らせない」
常に冷静沈着な秋山にしては珍しく、拳を握って興奮気味に語る。士官学校の同期で、稲葉の息子が死んだ一件でも当事者だった秋山。これ以上はファウストも立ち入れない。
秋山の判断が間違っているとも言い切れなかった。現実に稲葉は反乱軍勝利のために全力を尽くしている。そもそも稲葉がいなければ、司令部の仕事が回らないのだ。
若い幕僚たちには実戦経験が少ない。前の戦争を経験している稲葉は幕僚として貴重な戦力だった。起用しないわけにはいかない。
まぁいい。何かたくらんでいるのだとしても、稲葉が行動を起こす前に決着をつければいいだけだ。ファウストは部屋から出ようとする。秋山はファウストを呼び止めた。
「待て。どこに行く気だ」
「北方面が援軍を求めているんだろう? 俺が出る」
「陽動の相手をするのか?」
秋山の問いにファウストは言った。
「肩慣らしにはちょうどいい。〈エヴォルノーヴァ〉を試運転してくる」
ファウストは司令部の建物から出て広い道路で〈エヴォルノーヴァ〉を呼ぶ。
「来い、〈エヴォルノーヴァ〉!」
青い巨人が影の中から身を起こした。ファウストは巨人を操り、跪かせる。
デザイン自体は〈ヴォルケノーヴァ〉とほぼ同じだが、心なしか〈エヴォルノーヴァ〉の方が一回り大きい。搭載されている武装も〈ヴォルケノーヴァ〉と同じだ。赤い装甲を纏っている〈ヴォルケノーヴァ〉とは対照的に青基調でペイントされている。「PROJECT NOVA」、「PLAN EVOLTION」、通称〈エヴォルノーヴァ〉。世界最強のスペックを持つGDが、ファウストの前に立っていた。
ファウストは〈エヴォルノーヴァ〉のコクピットに乗り込む。真新しいシートは座り心地がよく、アナログ計器に代わって設置されているタッチパネル式液晶ディスプレイは傷一つない。
ファウストはサイドスティックに薄汚れたピンク色のリボンを結ぶ。
「美月、待っていてくれ……」
ファウストはひたすら北上する。やがてレーダーには激しい戦闘が行われている空域が映った。敵の数はおよそ二十。一個飛行隊を陽動に投入するとは北極星も大胆だ。
『我々にはなぜ質量があるのか。なぜ質量に縛られているのか。我々の意識は遙か十一次元から投影されるホログラムに過ぎない……。本来我々はもっと自由なはずなのだ……。我々はその意味を考えなければならない……。我々が争う必要はない……』
攪乱のつもりか、オープンチャンネルには〈スコンクワークス〉の反戦演説が飛び込んでくる。ファウストは無視した。
〈エヴォルノーヴァ〉は淡い光を放ちながら低空を飛行し、敵編隊に忍び寄っていく。通常の機体が敵機のレーダーに捉えられる30キロ以内に近づいても敵は気付かない。
〈エヴォルノーヴァ〉と〈ヴォルケノーヴァ〉の最大の差異が、このステルス性だった。〈エヴォルノーヴァ〉は機体表面に電波を吸収する低温プラズマ膜を展開して、レーダーから逃れることができる。
目視圏内に入ったところでようやく敵機は〈エヴォルノーヴァ〉を感知して、慌ててレールカノンを向けてくるがもう遅い。同じ武器を持っている者同士が戦うのなら、先に撃った方が圧倒的に有利なのは自明だ。
〈エヴォルノーヴァ〉が手にしたレールカノンの引き金が引かれ、弾丸が閃光となって前面の〈疾風〉を貫く。同時にファウストは味方に呼びかけた。
「おまえたち、何をモタモタしている……! 編隊を立て直せ。反撃するぞ」
『みんな、ファウスト大尉が来たぞ! 反撃だ!』
この空域に展開していたのはファウストが指揮していた合衆国空軍第442飛行隊だ。裏切り者の日本人が集められたこの部隊は、旺盛な士気と高い練度で知られる。押されていた第442飛行隊はファウストの登場で息を吹き返し、敵機を次々と叩き落とした。
ファウストはヒットアンドアウェイに徹し、レールカノンを撃つ度に敵のレーダーの捕捉圏内から姿を消す。神出鬼没の〈エヴォルノーヴァ〉に敵は混乱し、壊走が始まる。
敵の敗走を見届けてから、ファウストは一人つぶやいた。
「ようやく会える……。美月……!」
関東の空に、〈エヴォルノーヴァ〉に対抗できる機体はなかった。