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斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロス ~異世界からの侵略者~  作者: ニート鳥
斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロス ~異世界からの侵略者~
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21 足跡の行き先

 意識のない進を治療して自宅へと送った後、エレナと北極星は明野町にある特務飛行隊の格納庫に移動していた。格納庫にはエレナと北極星以外誰もいない。この格納庫は用があるときだけ開けて、普段は閉め切っている。北極星は特務飛行隊の構成員に招集を掛けていないので、必然的に二人だけになる。


 昨日のうちに稲葉さんは格納庫に残っている〈疾風〉の修復を命令していて、一機だけだが使えるようになっていた。この一機で、エレナに何かさせる気なのだろうか。北極星はエレナに命令した。


「この〈疾風〉で進をハワイまで送れ。〈ノアズ・アーク〉の〈スコンクワークス〉なら進の亡命を受け入れるであろう。グラヴィトンシードを持つ進は研究材料として価値があるからな」


「ハワイ……ですか」


 エレナは北極星の言葉に、微妙な気持ちになる。要は日本を捨てて逃げろということだ。生き残ることができるエレナや進にはありがたい話だが、空軍のトップである北極星がわざわざGDまで用立ててそんなことをさせるというのはどうなのだ。


 エレナの表情を見て察したのだろう、北極星は淡々と説明を始めた。


「……おそらく私はファウストに勝てぬ。日本は負ける。これを見ろ」


「……!」


 手渡されたタブレット型端末を見て、エレナは息を飲んだ。そこに表示されていたのは北極星の〈ヴォルケノーヴァ〉とファウストが手に入れた〈エヴォルノーヴァ〉の性能比較図である。〈ヴォルケノーヴァ〉は全ての項目で〈エヴォルノーヴァ〉に負けていた。



 〈ヴォルケノーヴァ〉は前の世界で開発時点において最高の飛行性能を目指して作られた機体である。電子機器や武装は量産機のものを流用し、電気推進系に機体のリソースを注力した。コンピュータの容量はほとんど推進系、機体制御に使われ、機体に積まれたグラヴィトンシードも影響を受けてしまう。


 結果、〈ヴォルケノーヴァ〉は「常に頂点を目指す者」しか認めない厄介な機体になった。扱える者は北極星しか現れず、量産化は見送られた。


 対照的に〈エヴォルノーヴァ〉は最初から量産化を企図して作られた機体である。専用武装こそないものの火器管制、電子戦装備、推進系など全ての項目にバランスよくリソースを注ぎ込み、扱いやすい機体に仕上げたのだ。


 〈エヴォルノーヴァ〉は「常に冷静でいられる者」なら認めるという機体になり、すでに量産(といっても十機ほどだが)されて〈スコンクワークス〉に所属するグラヴィトンイーターの標準装備になっている。



 乗り手を選ぶ事実上のワンオフ機である〈ヴォルケノーヴァ〉だが、初の実戦投入からすでに二十年近く経過していた。近代化改修は行っているが、最も力を入れたはずの飛行性能さえ最新型の〈エヴォルノーヴァ〉には敵わない。火器管制システムや電子戦システムなどは悲惨なほどの差がある。パイロットもベテランのファウストで、いくら北極星が腕利きのパイロットでも機体性能の差を逆転するのは難しい。


 北極星は続ける。


「おまけに東北、北海道の日本軍は出撃を拒否した」


 南関東方面軍が裏切った時点で、彼らは日本の勝ち目が薄いと判断したのだ。今はまだ様子見をしているが、関東で日本軍の劣勢が明らかになれば、彼らはあっさり寝返るだろう。筑波は裏切り者が北からも進軍してくるという事態に見舞われる。


「もちろん私は最後まで戦うつもりだ。私がやつらに屈すればこの世界は滅びるし、そうならなくても筑波はアメリカ軍に蹂躙される。……しかし、後を託すことを考えねばならぬ状況なのは事実だ」


 ファウストが仮に過去への転移を成功させたとしても、筑波の木星級重力炉はダウンして筑波を守る陣地は機能しなくなる。無論失敗すれば世界の危機だ。ファウストを討ち取って旗色を鮮明にしない東北、北海道の日本軍を味方につけることだけが北極星の起死回生ルートである。ただ、勝ち目は薄い。だから北極星は進に後を託す。


 北極星の言葉を、エレナは心して聞く。


「楠木エレナ。私が死んだ後の世界を頼むと、進に伝えよ。私が後を託せるのは進だけだ」



 すでに非常事態宣言が発令されていて、バスは動いていなかった。町は不気味なほどに静かで、人通りもないがアメリカ軍の攻撃もない。進は仕方なく自転車を引っ張り出し、倉庫に向かうことにする。


 自転車だと明野町の倉庫まで一時間以上掛かる。進が自転車を漕ぎながら考えるのは、倉庫に行ってどうするかということだった。


 とどのつまり、進は何がしたいのか。これがはっきりしないことには、何も始まらない。


 美月だけでも逃がそうと思うのなら、ハワイに亡命しろという北極星の指示に従うのが得策だ。逆に北極星を助けたいと思うのなら、北極星の指示は聞けない。


 また、仮に北極星を助けに行くとして、いったい進が何の役に立つだろう。進にできるのは、量産型GDを操縦することだけだ。たった一機で進が加勢して、意味があるだろうか。


(いや……意味がないわけがない)


 北極星といえど、同時に二ヶ所に存在することはできない。おそらく北極星は今、反乱を起こした南関東方面軍への対応に追われているはずだ。軍を纏めて千葉あたりに進出しているかもしれない。


 だとすれば、この筑波の警戒態勢は非常に薄いことになる。進が筑波に残り、ファウストの襲来に備えるべきではないだろうか。進一人でも、時間稼ぎくらいはできる。〈ヴォルケノーヴァ〉の巡航速度なら、進が一分でも二分でもファウストを食い止められれば、北極星が東京から駆けつけられる可能性があるのだ。


 ここまで考えて、進は最初から北極星を置いて逃げる気がなかったことに気付く。


(そりゃそうか、俺はずっとあいつを求めてたんだから)


 進は十年間、成恵の喪失に苦しんだ。もう二度とこんな思いは味わいたくない。進がどれだけやれるかはわからないが、何もしないという選択肢はなかった。



 倉庫の中ではエレナが待っていた。エレナはファウストが指輪を手に入れた後北極星に拾われ、〈ヴォルケノーヴァ〉で東京を脱出して戻ってきたのだった。一応エレナはパイロットスーツに着替えていて、倉庫に入ってきた進を不安そうに見る。壁際に固定されたGDはざっと四機だが、全てを使えるとは限らない。進は尋ねた。


「〈疾風〉は何機使える?」


「使えるのは一機だけです。無理をすれば三人くらいは乗れます」


 整備班は壊れたまま放置されていた機体の使える部品を集め、〈疾風〉を一機だけ再生することに成功していた。


「一機か……!」


 エレナの答えに進は顔をしかめる。整備班を招集して残る三機のどれかを直してもらうというのは非現実的だ。進に整備班を呼ぶ権限はないし、見たところ予備のパーツも残っていなかった。一機を生き返らせるのに使い切ってしまったらしい。


 二機あれば一機でエレナに美月をハワイの〈ノアズ・アーク〉まで送ってもらい、自分はもう一機でファウストと戦う気だった。しかし一機であれば、どちらかを諦めなければならない。


 進の表情があまりに深刻だったせいだろう、エレナはおずおずと進に訊く。


「進さんは焔元帥の命令を聞く気は……」


「ない」


 進はきっぱりと言い切った。成恵を見捨てて逃げれば、成恵と別れたあの日の繰り返しである。それだけは嫌だった。


「……焔元帥から預かっているものです」


 エレナはタブレット型端末を進に渡す。端末に表示されているのは、ファウストが強奪した〈エヴォルノーヴァ〉のデータだった。〈ヴォルケノーヴァ〉を超える機体性能に、至れり尽くせりの最新型アヴィオニクス。さらにはGDでは初となる本格的なステルス性。〈疾風〉が百機あっても勝てないのではないかと思えるほどのスペックだ。


「焔元帥は言っていました。私が死んだ後の世界を頼む。後を託せるのは進さんだけだ、と……」


 北極星が死んだ後。ファウストが過去への転移に成功していれば、木星級重力炉は高負荷でダウンしているだろう。筑波を守る陣地は機能せず、日本政府はアメリカ軍に敗れ去る。その状態から日本を取り戻すのが、進の仕事だ。


 ファウストが過去への転移に失敗すれば、前の世界がそうなったように、この世界は滅びる。進の仕事は、次の世界でファウストを止めることだ。


 だが、今ここでファウストを倒してしまえば済む話でしかない。北極星はこのデータを見せることで、進にとてもファウストには敵わないと思わせたかったのだろう。しかし進は、北極星が期待するほどに冷静ではなかった。


 進は〈疾風〉を見上げて宣言する。


「俺はこいつで北極星を助ける」


 全てを北極星に任せて逃げるのが一番簡単だ。しかし満点回答ではない。進がファウストを止めることで世界の危機を救い、北極星も美月も守るためには戦うしかなかった。北極星が死を覚悟して戦うなら、進もそれにならうのみだ。


「進さん、あなたは焔元帥が……」


 北極星の正体に言及しようとするエレナの言葉を進は遮る。


「わかってる。それでも俺は、北極星を助けたい」


 エレナは天使のような微笑みを浮かべて言う。


「それでこそ、私の好きな進さんです……」


 エレナはちょこんと背伸びをして、進の頬にキスをした。


「ちょ……! エレナ!」


「帰ってきたら続きをしましょう……」


 進は慌てるが、エレナはどこ吹く風で進を見上げ、目を潤ませながら言う。その姿は女の子としてとても魅力的で、思わず進も惑わされそうなくらいだった。


 進は視線を宙にさまよわせながら答えた。


「悪い……遠慮しておく」


 エレナは顔を茹で蛸のように真っ赤にして口を尖らせる。


「ど、どうしてですか! かなり思い切ったのに! 奥手な進さんのことだから、ファーストキスでしょう!?」


「いや、昔幼なじみとキスしたことあるから」


 しかもあのときはマウス・トゥ・マウスだった。つくづく保村成恵という女は恐ろしい。


 思えば、あのときに進は報酬の先払いを受けていた。報酬分、しっかりと働かなくてはなるまい。


 進は続ける。


「エレナの気持ちは嬉しいよ。でも、今俺が答えを出すのは不誠実だと思うから……」


 一転エレナはジト目になって顔を膨らませる。


「さすが進さん、優柔不断ですわね……」


 エレナの拗ねた子どものような表情に、進は乾いた笑いを浮かべる。


「ハハハ……」


 エレナはやれやれとため息をつきながら、言った。


「全く、進さんは仕方のない人ですわね……。美月さんは危なくなったら私が責任を持って最寄りのシェルターに避難させますので、進さんは安心して戦ってきてください」


 シェルターは非常時にならないと開放されない。開けっ放しだとホームレスが住み着くからだ。


「わかった。絶対に勝つよ」


「当たり前です。死んだら承知しませんからね。……これは私からの餞別です」


 エレナに差し出されたものを見て、進はギョッとする。


「ちょ……ミニミなんてどこから持ってきたんだよ……!」


 エレナが持ってきたのは、ミニミ軽機関銃だった。車載したり陣地に固定したりして使う普通の機関銃より口径は小さいが、れっきとした機関銃である。たまに進が使うアサルトライフルなどよりずっと強力な火器だ。


「補給班から失敬しました。どうぞ」


 進はエレナからミニミを受け取る。初めて手にするミニミは、ずっしりと重かった。十キロ近くあるのではないだろうか。


「今さら規則がどうとか、気にしないでください。では、健闘を祈っています」


 エレナの言葉に進は苦笑いしつつ、倉庫を去るエレナを見送った。キスよりもずっと嬉しい餞別である。一人になった進は、自分を鼓舞するつもりで独り言を口にする。


「さあ、勝負は夜だな……!」


 ファウストはもう一人の進だ。自分ならば北極星に勝つために夜襲を選ぶだろう。きっとファウストも同じに違いない。


 進は乗機の最終チェックを行い、ミニミやその他の白兵戦用装備をコクピットに積み込んで、出発の準備を済ませた。

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