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斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロス ~異世界からの侵略者~  作者: ニート鳥
斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロス ~異世界からの侵略者~
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20 消せない足跡

「進さん、起きてください、進さん!」


「ハァ……ハァ……これで……大丈夫のはずだ……! すぐに目覚めるだろう……!」


 エレナが進の名を呼んで泣き叫んでいる。北極星は苦しそうに息をついていた。


 体が鉛のように重かった。すぐに起き上がって二人を安心させたかったのに、神経がストライキを起こしているのか、体が反応してくれない。


 そのうち霞がかかったかのように、頭がぼんやりしてくる。俺はこのまま死ぬのだろうか。いや、きっと北極星とエレナが助けてくれたはずだ。いつしかそんな自問自答さえ曖昧になって、進は夢の中にいる気分になる。



1st world:2017


「煌少尉……! 何をボォッとしている!」


 薄汚れたブリーフィングルームで、目の前には強面の秋山大佐がいた。


「はい! すみません!」


 進はパイプイスから立ち上がり、返事をする。そうだ。俺は秋山大佐の率いる特務飛行隊のパイロットで、今から作戦が始まるのだ。


 秋山大佐のブリーフィングを聞きながら、進は特務飛行隊の隊長は稲葉さんではなかったかと首を傾げたが、すぐに作戦行動が開始されて余計なことは頭から吹き飛ぶ。進は自分の〈疾風〉に乗り込み、筑波の基地から東京の集合地点まで飛行する。


 今日の作戦はいつものように、ゲリラの殲滅だった。進は同僚とともにゲリラの本拠地となっている館を空から急襲する。


 ゲリラどもは地上配備型のレーダーなど持っていないので、空襲は簡単に成功した。ゲリラ自慢のGDが、倉庫の中で次々と燃え上がる。数機がふらふらと空に上がってくるが、進は僚機の〈疾風〉と連携してすぐに全機を撃ち落とした。


『我々にはなぜ質量があるのか。なぜ質量に縛られているのか。我々の意識は遙か十一次元から投影されるホログラムに過ぎない……。本来我々はもっと自由なはずなのだ……。我々はその意味を考えなければならない……。我々が争う必要はない……』


 〈スコンクワークス〉の反戦演説がオープンチャンネルから垂れ流される。命乞いのつもりだろうか。誰も聞く者はいない。戦場で交わされるのは言葉ではなく、銃弾だけなのだ。


 なおも敵の反撃を空から警戒していると、秋山大佐から命令が来る。


『煌少尉、人手が足りない。館の捜索を頼む』


「了解しました!」


 ちゃんと陸戦用の迷彩服を着て武器も用意し、進は地上戦に備えていた。進は館のすぐ近くに機体を着陸させ、アサルトライフルをかついでもはや瓦礫の山と化した館に踏み込む。爆弾を使わずにショットカノンで榴弾を撃ち込んだためそこまで燃えず、こうなったのだ。進はアサルトライフルを構えて、生き残りがいないか慎重に捜索する。


 やがて進は地下に続く階段をみつけた。やはりGDの砲撃だけでは崩せなかったらしい。榴弾の在庫が余っているからと砲撃だけしかさせなかった上層部に不満を抱きつつ、進は地下室に足を踏み入れる。


 狭い地下室は牢獄となっていて、牢の中には一人の少女がいた。金髪で肌が白い、外国人のような少女だ。少女はどういうわけか服を着ていなくて、進は一瞬目を逸らしそうになる。しかしどんな格好をしていようが敵かもしれない以上、見ないわけにはいかない。進は理性で心臓の動悸を押さえ込んで少女を真っ直ぐ見据え、銃を向ける。少女は細い腕で前を隠して進の方に駆け寄った。


「助けてください! ここの人たちに誘拐されて……!」


 少女の言葉を聞き、進は迷う。人質だろうと特務飛行隊の存在を秘匿するために殺すのが決まりである。とはいえ進が実際に人質を殺さなければならない場面に遭遇したのは初めてだった。


 ゲリラ組織が捕まえた人質を本拠地に監禁しているというのはよくあることだ。売春婦や奴隷、はたまた臓器売買の需要を満たすため、人間狩りを生業としているゲリラは、非武装停戦ライン内に大勢いた。


 大抵の場合、哀れな人質たちは特務飛行隊の爆撃によって牢に繋がれたまま死んでしまう。今回は砲撃だったため、生き残ってしまったのだった。


 爆撃で殺すのと面と向かって銃で殺すのでは心理的に全く違う。進は自分の手で引き金を引いて人を殺したことは、まだなかった。


 少女が全裸であることもあり、進は少女をまともに見られない。少女は恥ずかしそうに顔を伏せながら言った。


「逃げられないようにって、服をとられたんです……」


 少女は地下室の埃で薄汚れていたが、乱暴された様子はない。商品価値が落ちるので、何もされなかったのだろう。進は上着を脱いで少女に着せた。


「……君、名前は?」


 進は尋ね、少女は答える。


「楠木エレナ……。エレナと呼んでください」


「エレナさんか……。何とかなるといいけど。どうして捕まってたの?」


 事情を少女から訊きながら、進は少女を自分のGDに乗せた。ともかく、このまま彼女を戦場から離れたところに連れて行こう。ここで見逃しても張っている仲間に殺されるだけだ。進は秋山大佐に生存者は館にいなかったと報告しつつ、GDを発進させた。



 秋山大佐は館にほど近い平地に本営を構えていた。幸い本営の人員は忙しいのか進が着陸しても誰も来なかった。進は本営に帰投しただけと見せかけつつ、エレナを機体から降ろす。何とかなりそうだと進はほっとする。


 しかし、秋山大佐はそんな甘い男ではなかった。


「じゃあ、見つからないようにここから離れて……」


 進がそう少女に言った瞬間、規律正しい足音が進と少女の周囲に響き、進と少女は銃口に包囲される。包囲を指揮しているのは、秋山大佐その人だった。


「大佐……! 違うんです、これは……!」


 向けられた銃の中に秋山大佐の姿を見つけ、青ざめた進は釈明しようとする。秋山大佐はギロリと進に隻眼を向け、言った。


「君の様子がおかしいから来てみれば……。なんだこのザマは! 君は我が隊の規則を覚えているかね?」


 進はたじろぎながらも秋山大佐を説得しようとする。


「し、しかし女の子ですよ? 一人くらい見逃しても……」


「だめだ。例外は認めない。さっさと処分しろ」


 秋山大佐の冷たい様子を見て少女は殺されると思ったのだろう、少女は進の傍から逃げ出そうとする。秋山大佐は警告もなく発砲し、少女は倒れた。


「やめて……殺さないで……! 何でもしますから……! 私はお父様に会うまで……!」


 少女は足から血を流し、恐怖で顔を歪めながら訴える。秋山大佐は進に銃を持たせて、言った。


「保村大尉に免じて、今回だけは君を見逃す。撃て」


「でも……!」


 撃ってしまえば、もう後戻りできない気がした。進は渋るが、秋山大佐は氷河のように冷たい目を向け、言い放った。


「撃てないなら、私は君を命令不服従で撃つ」


 秋山大佐は、言ったからには本当に撃つ人だ。進は震える手で銃を構える。


(ごめん……。俺は、生きて成恵のところに帰らなきゃならないんだ……!)


 歯の根が合わず、奥歯がカチカチと音を立てた。進は、引き金を引いた。



「やめろ! エレナを撃つなぁっ!」


 進は思わず叫び、ハッと気がついた。進は光がぽつりぽつりと瞬いている、真っ暗な空間に浮かんでいた。一度来たことのある、グラヴィトンイーター同士が無意識下で繋がった世界だ。


「俺は、夢を見ていたのか……?」


 進は一人つぶやく。しかし、そこに成恵が現れた。綺麗な黒髪の成恵は言う。


「夢じゃないよ……。それは、本当にあった出来事。あれを見て……」


 成恵は下方を指さす。真っ暗な中で、さらに黒いもやのような塊が蠢いていた。


「あれは……あの人の記憶。進はあの人の記憶に触れたの」


「あの人って……ファウスト?」


 成恵は悲しげな顔でこくりとうなずいた。


 記憶の中で、ファウストはエレナを殺害していた。進にあんなことがあれば、きっと立ち直れないだろう。そしてそれはファウストも同じだったはずだ。


「お願い、進。あの人を救って……」


 成恵の姿が遠くなっていく。進は、覚醒した。



「……っ。ここは……」


 頭を押さえながら進は体を起こす。自分の部屋のベッドの上だった。意識を失った自分を、誰かが自宅まで運んだようだ。


「そうだ! 俺は撃たれて、指輪を奪われて……!」


 暑いくらいに日の光が差し込んでいて、部屋はすっかり明るい。進がファウストと戦っていたのは、夕方に差し掛かる頃だったはずだ。慌てて進は携帯電話を見る。


「えっと……十二時!?」


 ディスプレイに表示された日付と時刻を見れば、翌日の昼になっていた。どうやら撃たれた後、ずっと眠っていたらしい。


 進は自分の体を確かめる。ファウストに撃たれたはずの右手と左足は傷一つなく、学校で撃たれた右肩の傷だけが残っていた。北極星が時間を戻して治療したのだろう。


「一体あの後どうなったんだ……?」


 おそらく失った血は戻っていないのだろう、進はふらつきながら立ち上がり、階段を降りて居間に向かう。居間には美月がいて、テレビを見ていた。


「お兄ちゃん!? 気がついたの? 仕事中に倒れたって聞いてたけど、覚えてる?」


「ああ……」


 進は心配して声を掛けてくる美月の言葉も上の空で、テレビを覗き込む。報道はアメリカ軍が南関東に進出しつつあるということを伝えており、アナウンサーは「冷静に落ち着いて行動してください。ただちに危険はありません」とお決まりの台詞を繰り返していた。


「美月! 北極星とエレナはどうしてるかわかるか!?」


 美月は進の剣幕に驚きながらも、答えてくれる。


「北極星さんはお兄ちゃんを送ってくれた後、仕事があるって帰っちゃった。エレナちゃんは、お兄ちゃんが目を覚ましたらすぐに連絡してって……」


 美月が言い終わるか終わらないかのうちに進は再び二階へと駆け上がり、携帯でエレナに電話を掛ける。エレナが電話に出るまでの十秒間がもどかしかった。


『もしもし進さん、目を覚ましたのですか!?』


 エレナの声を聞くなり、進は口早に尋ねた。


「状況はどうなってる!? 特務飛行隊に指示は!?」


 電話の向こうのエレナは面食らった様子で一瞬黙るが、すぐに答えてくれた。


『焔元帥は寝返った南関東方面軍と戦っています。もうすぐアメリカ軍が加勢するそうで、戦況は芳しくありません。私たちへの指示は……』


 エレナはためらいながらも進に伝えた。


『進さんが目を覚まし次第、特務飛行隊に残っているGDでハワイの〈スコンクワークス〉に亡命せよとのことです』


 進は自分の耳を疑うと同時に、納得する。〈エヴォルノーヴァ〉をファウストに奪われた時点で、日本の勝算は限りなく薄くなった。北極星が成恵なら、まず進を逃がそうとするだろう。ハワイに亡命しておけば、世界が崩壊しても〈スコンクワークス〉のグラヴィトンイーターによる時空転移で逃げられるかもしれない。


 進は声を絞り出す。


「……エレナ、今どこにいる?」


『明野町の格納庫ですけど……』


「すぐに向かうから、待っててくれ」


 進はそう言って電話を切り、一階に駆け下りた。


「美月! 出かけてくるから、絶対に家を出るんじゃないぞ!」


「えっ!? お兄ちゃん、目が覚めたばっかじゃないの!?」


 美月は進の言葉に驚くが、残念ながら構っている余裕はない。


「緊急事態なんだよ!」


 進はそれだけ言って乱暴に足を靴に突っ込み、玄関から飛び出た。

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