表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロス ~異世界からの侵略者~  作者: ニート鳥
斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロス ~異世界からの侵略者~
17/147

14 人質

 それは、少なくともエレナの視点から見れば全くの突然だった。いきなり爆音とともに窓ガラスが割れ、校舎が揺れる。エレナは耳を塞いで床に伏せ、音と揺れはすぐに収まった。


「おい! 校庭にGDがいる!」


 男子生徒の一人が窓から身を乗り出す。エレナが外を見ると砂煙の中、赤いGDが校舎に背を向け立っていた。北極星が〈ヴォルケノーヴァ〉を使ったらしい。


 すぐに〈ヴォルケノーヴァ〉は別の世界に消え、教室の中には担任が飛び込んでくる。男子生徒は「GDが消えた!」と騒いでいたが、窓の外を見ていたのはこの教室でエレナを除いて彼くらいだ。後でいくらでもごまかせる。


「校内に不審者が侵入した! 不審者は廊下を徘徊しているから、落ち着いて教室で待機だ! すぐに軍の救援が来る!」


 走ってきたのか、息を切らせながら担任は言った。教室はざわめき、ほどなくして注意を促す校内放送まで流れ始める。


『生徒、教師の皆さん……! 現在、校内にテロリストと思われる不審人物が侵入しています! 絶対に教室から出ずに落ち着いて騒がず、冷静に行動してください!』


「この声、お兄ちゃんだ……! 先生、お兄ちゃんが……お兄ちゃんがいません!」


 放送を聞いた美月が青ざめた顔で言った。


「煌進が? 煌がどうして放送室にいるんだ!?」


 担任も慌てて生徒たちに尋ねる。


「進さんなら焔先生と一緒に教室から出て、戻ってきていません」


 エレナは一応担任に報告する。北極星と一緒にいるなら進は安全だろうが、その可能性は低いように思われた。GDまで出せば北極星自身も狙われるからだ。


「焔先生……!? 私が会ったときには一緒にいなかったぞ……!?」


「放送室に迎えに行かなきゃ……!」


 担任の言葉を受けて美月が青い顔のまま立ち上がり、ふらふらと教室から出ようとする。慌ててエレナも席を立ち、美月の腕を掴んだ。


「落ち着いてください。危険です!」


 エレナは進に美月のことを頼まれている。ここで外に出すわけにはいかない。


「離してよ……! お兄ちゃんを捜さなきゃ……!」


「そうだ、落ち付け煌! 今出ると危険だ」


 担任も駆け寄って美月を制止するが、美月はエレナの手を振りほどいて教室のドアを開け、教室を飛び出す。


 しかし、美月は教室を出た途端弾き返されるように教室に押し戻され、尻餅をついた。エレナは扉の向こうの人物を見て、叫びそうになる。


 左右に巻き角の生えた黒いマスクで顔を覆い、ローブ風のだぶだぶの軍服を着た男だった。


「ファ、ファウスト……!」


 エレナは思わずつぶやく。進から聞いていた、ファウストの姿そのものだった。エレナは慌てて美月をファウストから離そうと動くが、ファウストの方が動きは早かった。


 ファウストは美月に手を差し出して助け起こし、美月の服についた埃を払う。その仕草があまりにも自然だったので、エレナも含めて周囲は全く動けず、美月もファウストになされるがままだった。


 一呼吸置いてエレナは自分の役目を思い出す。エレナは叫んだ。


「美月さん、その人から離れてください! その人はアメリカの軍人です!」


 しかし美月はエレナの言葉が頭に入っていないのか、ファウストの前で立ち尽くしたまま動かない。ぼぉっとファウストを見上げるばかりだ。ファウストは二人を遠巻きにしてざわめくエレナたち学校の生徒を一顧だにせず、美月に話しかける。


「……俺と一緒に来てほしい」


「……はい」


 面の下から発せられたくぐもった声に美月はうなずき、エレナは耳を疑う。美月は正気を失っているのだろうか。なんとかしなければならないが、進の話によるとファウストはグラヴィトンイーターだ。ファウストの近くに他の仲間は見当たらないが、強硬的手段に訴えてもエレナ一人では勝ち目はない。


 エレナにできるのは美月が教室に留まるように声を掛けることだけだった。美月の方を翻意させることができても、ファウストが実力行使に出れば結局の所エレナに阻止する術はない。しかし仮に北極星が来てくれたら、助かる確率が全く違ってくる。


 廊下に出るファウストと美月に、エレナは必死に声をあげる。


「その男は危険です! 敵です! 美月さん、こちらへ……!」


 エレナの呼びかけに美月はこちらを向くが、ファウストのところから離れようとはしなかった。美月はエレナに言う。


「大丈夫。この人は、悪い人じゃないよ」


 美月の声はしっかりとしていて、錯乱した風ではなかった。いったい何が美月の琴線に触れたのか。


「民間人を人質にするなど、軍人として恥ずかしくはないのですか!?」


 苦し紛れにエレナは叫んだ。軍の秘密部隊に所属しているエレナが言えたことではないが、ファウストが少しでもこの場に留まってくれればしめたものだ。ファウストに対抗できるのは北極星だけなので、北極星が戻ってくるまで時間を稼ぐのがエレナのやるべきことである。


 ファウストはエレナを一瞥してつぶやく。


「おまえは……!」


 声でファウストが驚いているのがわかった。エレナの方には全く心当たりがない。まさかファウストの正体はエレナの知る人物なのだろうか。


「まさかとは思っていたが……! そうか……間違いない、その金髪、忘れたくても忘れられない。おまえが生きていてここにいるということは、こっちでは……! どおりでぬるかったわけだな……。今も……!」


 ファウストは忌々しげに吐き捨て、廊下の側に持っていた拳銃を向けた。


「美月を離せ!」


 銃口の先には進がいて、ファウストに拳銃を向けていた。



 教室の近くまで行くのは意外にも簡単だった。銃声がした所を迂回するだけで、進はあっさり自分の教室の階まで上がることができたのだ。銃声からして北極星はサブマシンガンくらいは持ってきているようだ。たった一丁の拳銃しか持たない進が合流しても大して変わらないだろう、と判断した進は北極星に加勢することなく、上の階を目指したのだった。


 しかし教室のある三階には敵の主力がすでに来ている可能性がある。さすがの進も慎重になり、まずは教室の様子を階段からうかがう。


 見えたのは、美月の前に立つファウストだった。ファウストと美月の姿を見た瞬間、進は我を忘れて廊下に飛び出す。完全に頭から消し飛んでいたが、制服の下には防弾チョッキを着込んでいる。少々無茶しても進は死なない。


 次の刹那、進は叫びながらファウストに銃を向ける。


「美月を離せ!」


 ファウストはこちらに銃を向けたが、進が発砲する方が早かった。立て続けに発射された三発の弾丸がファウストを襲う。反動を制御しきれず最後の一発は明後日の方向に飛び、窓ガラスを割るが二発はファウストを捉えていた。


 これに対し、ファウストは体の前で腕を一閃する。ファウストの体に突き刺さるはずの銃弾は、一向にファウストのところへ到達しなかった。ファウストが何をしたか気付き、進は愕然とする。


「嘘だろ……!?」


 進は思わずつぶやいていた。


「全く、後先考えない無鉄砲さだな……。美月のことで頭に血が昇ったか? 北極星はこんなことをしろとは指示していないだろう。早死にするぞ……?」


 ファウストが握っていた掌を開く。ポロポロと金色の銃弾が床にこぼれ落ち、音を立てた。ファウストは素手で進が放った銃弾を止めたのだ。


「拳銃程度で俺を傷つけられると思うなよ……」


 ファウストは言う。ファウストはグラヴィトンイーターなので重力子を分解することができる。よって理論上は銃弾の質量、慣性を減殺して銃弾を受け止めることも可能だ。だが理論と実践は全く違う。


 GDやグラヴィトンイーターは重力子を限りなく薄くすることはできても、ゼロにすることは事実上できない。負担が大きすぎるのだ。大きく息を吸い込んで空気をなくそうとするようなものである。GDなら被弾したときに重力子を急速分解するが、気休めに過ぎない。


 そもそもGDやグラヴィトンイーターの重力子消費による運動エネルギー遮断はかなり限定的なものである。銃弾などが有する運動エネルギーは微弱な力としてしか作用しない重力などとは比較にならないほど強い力なのだ。


 GDが大空を縦横無尽に飛び回れるのは、重力子消費による運動エネルギーの遮断効果より質量の軽減効果の方が大きい。グラヴィトンドライブの重力子低減でGDの推力はある程度減衰しているが、それ以上に重力遮断と質量低減で機体が軽くなっているのだ。


 無論、銃弾は質量だけでなく運動エネルギーで相手にダメージを与える。いくら重力子を薄くしても、銃弾が命中すれば人を殺せる程度の力が伝わってしまう。真の意味で周囲の重力子をゼロにできなければ銃弾は防げない。なので銃弾を止めるというのはグラヴィトンイーターといえど白昼夢に過ぎない。


 だがグラヴィトンシードの能力を限界まで引き出せば、一瞬だけなら重力子をゼロにすることも可能だ。ファウストはそれをグラヴィトンイーターの力で銃弾相手にぴったりのタイミングでやったのである。


 GDに乗っていてもレールカノンを無効化できるパイロットなどまずいない。北極星でも無理だろう。拳銃の弾はレールカノンほどの速度は出ないとはいえ、生身で銃弾の慣性を殺せるとは、ありえない反応速度である。


 しかし進もここで引くわけにはいかない。北極星はまだ下の階にいる。今この場で美月を守れるのは進だけなのだ。


「うおおおっ!」


 進は雄叫びをあげてファウストに掴みかかった。ファウストが発砲し、肩に焼けるような痛みが走る。掴み合える距離まで接近すると防弾チョッキは意味をなさない。が、ファウストの目的はあくまで進から情報を引き出すことだ。ファウストは進の命を奪うまではしないだろうと考えていた進は、構わず強引に前進してファウストの服を掴んだ。


「同じ事だ!」


 ファウストは苛立たしげな声を上げ、進を投げ飛ばす。進は床を転がりながらまだ弾が残っていた拳銃を撃った。不意打ちなら当たるかもしれないと思ったのだ。


「効かないと言っている!」


 ファウストはまたも素手で銃弾を止め、少し冷静になったのか美月に銃を突きつける。美月はとうの昔に気絶して、ぐったりとしていた。突然の銃撃戦でショックを受けたらしい。これなら進が発砲したことも後で夢だとでもごまかせそうだ。


「これ以上抵抗するならおまえの妹の命はない……!」


 ファウストはそうまくしたて、進は立ち上がって憤怒の形相を浮かべる。


「美月に手を出すな!」


 進は言ったが、ファウストは黙って美月に銃をぐりぐりと押し付ける。ファウストの要求を聞かねば、美月の命の保証はないというサインだった。


「俺の目的はおまえらを殺すことではない……。必要な情報を白状すれば、命は助けると約束する。〈エヴォルノーヴァ〉の指輪はどこだ。特務飛行隊中枢の貴様なら知っているだろう」


 進はファウストの言葉を聞き、内心舌を巻いた。進が特務飛行隊所属であるということまで調べがついているとは、恐ろしい調査力だ。進が特務飛行隊の幹部であるというのは間違いだが、おそらく階級を見て誤解したのだろう。なぜこれだけの調査力があって〈エヴォルノーヴァ〉の指輪の行方がわからないのかと進は恨めしく思った。


「指輪は……」


 まさに進が口を開こうとしたときだった。鋭い声が廊下に響く。


「進、伏せろ!」


 ファウストの背後に、北極星が飛び出していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ