13 それぞれの戦い
進を放送室に行かせた後、北極星はまず放送室と同じ二階にある職員室に行き、自分のクラスの担任を捕まえる。
「あれ? 焔先生、あなたは授業じゃ……」
「先生。不審者が校内に侵入しました。校内への放送と、うちのクラスをお願いします」
今、北極星のクラスには大人が一人もいない状態だ。放っておくわけにはいかない。校内放送にしても、担任に頼んでおけば確実である。放送設備は職員室にもあるのだ。進も放送はするだろうが、確実を期すために先生にも伝えておきたい。
「え? ちょ、焔先生!?」
言いたいことを言った北極星は職員室の窓を開け、上着を翻して飛び降りる。担任が窓から顔を出してあ然としていたが、構っている場合ではない。校庭を銃を手にした数人の集団が駆けてきていた。
「来たか……!」
周囲にGDの姿はない。ファウストは北極星に発見されるのを避けるため、〈ノーヴァ・フィックス〉の使用を控えたようだ。また市内に持ち込まれていた量産GDは昨日の戦闘で全滅していると思われる。
特務飛行隊諜報部の面々は校舎で遮蔽物に身を隠しながら小銃で応戦しているが、敵の数が多い。火力が足りないので、今のままでは水際阻止に失敗する。校舎内にも部隊は待機させてあるが、投入するか? いや、間に合わない。
北極星はすぐさま〈ヴォルケノーヴァ〉を呼び出し、ハンドバルカンとショットカノンで弾幕を張らせる。轟音で背後の教室の窓が割れ、土煙が吹き荒れる。流れ弾を受けた学校の塀が砕け散り、校門周りに植えられていた樹木が発火した。
射撃は数秒で終わった。それで十分だったのである。煙が晴れるにつれ、地面に横たわる赤黒い肉塊の姿が露わになっていく。
〈ヴォルケノーヴァ〉の弾幕を止めると同時に北極星は後ろに振り向き、保持していた拳銃を連射する。たとえ後ろからでも忍び寄っていた敵に気付かないほど北極星は鈍くない。こちらを奇襲しようとしていた四人の男は脳天を撃ち抜かれてばたばたと倒れた。
「こっちは陽動だな……!」
ファウストがいないということは、そういうことだ。本隊は別口から来ているだろう。
「焔元帥! 裏門から十数人が校舎に侵入したとの報告です!」
正門を守っていた部隊の指揮官が北極星に報告する。裏門にも正門側と同等の戦力を配置していたが、敵の数に抗しきれなかったらしい。校舎に入った敵を殲滅すること。敵をこれ以上校舎に入れないこと。この二つがさしあたっての目標だ。
「部隊の半分は裏門に加勢せよ。もう半分はここに残り、守りを固めるのだ。民間人を守るのが最優先だ。頃合いを見て避難誘導に移れ」
「ハッ!」
指揮官は北極星の命令を受けて行動を開始する。これ以上敵を校舎に侵入させないための手は打った。次は校内の敵の殲滅である。
校内で銃声が響く。一刻の猶予もない。進がうまく囮になってくれればいいのだが。北極星は〈ヴォルケノーヴァ〉を異空間に転送し、銃声がした方へと走った。
北極星は校舎の手前で敵の小集団を発見した。即座に襲いかかるようなことはせず、まずは靴箱の影に身を隠し、状況を確認する。
北極星はグラヴィトンイーターなので、重力子の振動を感知できる。つまり、動いている人物がいれば北極星にはわかってしまうのだ。その範囲は本気を出せばレーダーなどよりずっと広い。初めて進に会ったとき、指輪の在処に行き着けたのもこの能力を使ってだった。人間サイズのものをレーダー並みの走査範囲で捕捉するのは骨だが、校舎全体を探すくらいは余裕である。
北極星の想定より敵の数は多かった。四人ずつの集団が数組、校内に侵入しているようだ。銃声がしたのは放送室の方だが、一階にも数組がうろついている。
すぐにでも校内に待機している部隊が敵の制圧に動く手はずだ。しかし教室に踏み込まれて生徒や教員を人質にとられたら面倒である。時間との勝負だ。北極星は敵の行動を阻止すべく、自分も校内の敵と戦うことにする。
「あまり派手なことはしたくなかったが……仕方あるまい」
北極星は靴箱脇に設置された消火器ボックスを静かに開く。中に隠されていたのは、イングラムM10短機関銃だった。小型軽量で9ミリパラベラム弾をばら撒くことができる装備である。あらかじめ各種武装を校内に隠しておいたのだ。
陸軍の制式短機関銃は国産のM9だが、数が足りておらず空軍まではなかなか行き届いていない。そのため鹵獲した米軍のイングラムM10を空軍や海軍の一部では使用している。イングラムM10は旧式の装備であるが、大量生産されたため部品を入手しやすく、数を確保するには最適だった。
命中精度は悪いが、人質がいる状況でもない限り問題あるまい。北極星としては、人質をとられる前に敵を全滅させるのみだ。
北極星は靴箱から飛び出すと、イングラムをフルオートで敵小集団に銃弾の雨を浴びせる。すぐにイングラムは弾切れになるが、奇襲を受けた敵は沈黙した。
校内にはまだ武器を隠している。北極星は侵入者を制圧しながら、進を捜すことにした。
○
放送室の鍵が開いていないかもしれないということに思い至ったのは、放送室に着いてからだ。進は放送室のドアに手を掛けるが、押しても引いても開かない。
すでに校庭からは銃声がひっきりなしに鳴り続けていて、各教室もざわめき始めていた。北極星の救援は期待できない。しかしこのまま敵を校舎内に入れると人質にでもされて、生徒や職員に死傷者が出る可能性が高い。
「鍵開けてないならそう言ってくれよ……」
進はぼやいたが後の祭りである。北極星的には進がついてこなければ、それでよかったのかもしれない。進が北極星に貼り付いていると集中攻撃を受けてしまう。進が一人で校内を逃げ回れば、危険だが攪乱になる。
授業中なので当たり前だが、不気味なほど校内は静かだ。鍵のある職員室は二階の東端で、西端にある放送室のちょうど反対側である。近くに敵の気配はないが、鍵を取りに行くのは危険すぎる。
「時間との勝負だな……!」
進は懐に隠してあったピッキング器具を取り出し、放送室の扉を解錠しようとする。これでも進は秘密組織の構成員なのだ。人手不足のせいで、泥棒のまね事など何度もやらされている。学校のシリンダー錠くらいなら三分で破れるだろう。
一応銃は持っているのでドアを撃って開けるという手もあるが、跳弾が怖い上に発砲音が響いて進の位置がばれる。論外だ。
進は緊張で震える手を押さえつつピッキング器具を鍵穴に突っ込んで操作し、鍵を開ける。進はすばやく放送室に身を滑り込ませて鍵を閉めた。
放送室はそこそこ広いスタジオに、放送機器の置いてある細長い調整室が面しているという構造だった。進は上履きを履いたまま調整室に上がり込み、機器に取りつく。
放送機器には放送委員が使うためだろう、使用するボタンにシールが貼ってあった。進はシールのついたボタンを片っ端からオンにして、マイクに向かう。
「生徒、教師の皆さん……! 現在、校内にテロリストと思われる不審人物が侵入しています! 絶対に教室から出ずに落ち着いて騒がず、冷静に行動してください!」
ひとしきり喋ってから進はマイクを切り、息をつく。とりあえず校内への通知は果たした。次は自分がどうするかだ。このまま放送室に隠れていて、大丈夫だろうか。相手が進の声を覚えていた場合は危ないが、可能性は微妙だ。
進が迷っていると廊下の方からバタバタと足音が聞こえてきた。進は体を硬直させ、耳を澄ませる。
「ここが放送室か!?」
「ピッキングの形跡がある……! よくわからんが、中にいるようだ!」
「大尉の言った通りだな!」
数名の敵が扉の向こうにいるようだった。大尉というのはファウストのことだろう。進はファウストに声を覚えられていたのだ。
「開けるぞ! 下がれ!」
外からの声を聞いて進は慌てて床に伏せる。次の瞬間、轟音とともに放送室の扉は爆破された。放送室の扉は防音のため厚くなっているのだが、それにしても乱暴な連中だ。進が爆煙を振り払いながら顔を上げると覆面を被り、小銃を携えた敵が踏み込んできていた。慌てて進は立ち上がるが、狭い放送室の中では逃げ場がない。
「動くな! 手を挙げろ!」
敵はそう叫び、進に銃口が向けられるが、進は迷わず背を向けて窓へと突進する。ここは二階なので、飛び降りても大事にはならないはずだ。
敵は何やら怒鳴っていたが、もう進の耳には入っていなかった。敵の目的は進を捕らえ、指輪の行方について尋問することだ。いきなり殺されることはない。窓ガラスを破る衝撃とともに、進の体は空中に投げ出される。この間、敵の発砲はなかった。
進はなんとか空中で姿勢を整え、転がるようにして裏庭に着地する。すぐさま進は起き上がって、二階から狙われないようにひさしの下に退避する。進は周囲を見回し、敵の姿がないことを確認した。幸い敵も下には張っていなかった。あるいは北極星が掃討してしまったのかもしれない。
全身のあちこちが痛むが、動けないほどではなかった。せいぜい打撲で、骨は折れていないようだ。グズグズしているとまた敵に追い詰められる。進は校舎の入り口へと駆け出した。
目的地は自分の教室だ。先程襲ってきた敵の中には、ファウストの姿は無かった。ファウストもここに来ているとすれば、向かう先は北極星の所か美月のいる教室である。ファウストは進のことをかなり調べたようなので、身内の美月のことも知っているだろう。北極星といきなり激突するのは愚作であるため、おそらく美月の確保に向かったに違いない。
北極星の指示は無理に進が戦いに向かわず、どこかに隠れることだが、美月を放っておくわけにはいかない。北極星もおそらく美月のところに向かっているので、仮にファウストと遭遇することになっても北極星が来るまで時間を稼げば負けない。
進は痛む体に鞭打って、校舎に突入した。