38 正義ではない正義の戦い
D11:Soul territory
北極星の精神は、グラヴィトンイーターの精神世界から本体へと帰還する。〈NXヴォルケノーヴァ〉は右腕を喪い、今にもイカルス博士の放ったビームバスタードに貫かれようとしているという状態だ。だが、北極星ならこの窮地を必ず切り抜けられる。
北極星は瞬時にブラックホールを展開し、空間転移で脱出を試みる。イカルス博士は反応し、北極星のブラックホールを潰そうとした。しかし今の北極星はこれまでとは違う。北極星はブラックホールのコントロールをイカルス博士に渡すことなく空間転移に成功し、イカルス博士の背後に出現。時間を巻き戻して〈NXヴォルケノーヴァ〉を修復する。
北極星の脳に、イカルス博士の声が響いた。
「なるほど……煌進との接触に成功したのだね。君のグラヴィトンイーターとしての力がまた増幅されている。ようやく私に勝てるかもしれないというところまで来ているね」
そこまでわかっていてなお、イカルス博士は断じる。
「だが、無意味だ。君の機体では私には勝てない」
〈NXヴォルケノーヴァ〉は未来から来た機体であるが、あくまで通常兵器で戦うことを想定したGDだ。イカルス博士の〈M・O・T・W〉のようにグラヴィトンイーターとしての能力を極限まで高めてくれるような調整はされていない。当然、イカルス博士の魂を砕ける武装もない。
「そもそも、万が一君が勝ったとして、三次元世界で煌進が負ければ何の意味もないということに気付いているかね? マリー・カスターの暴走は止まらない……! 彼女は煌進を討ち果たした後、喜々として日本列島を焦土に変えるだろう。そして筑波の重力炉に手を出し、世界を滅ぼす」
イカルス博士の言葉を北極星は鼻で笑った。
「馬鹿か、貴様は。進が負けるはずがない」
○
D3:My world
〈Xヴォルケノーヴァ〉のコクピットに戻った進は、強大な熱源がタンカーに接近しているのを察知した。進はグラスコクピットの拡張スロットに北極星からもらったUSBを突っ込むと同時に、積まれている木星級重力炉をフル稼働させる。進は〈Xヴォルケノーヴァ〉を上空に転移させて、熱源の突撃を避けようとしたのだ。
次の瞬間、進は生身のままタンカーの上空に出ていた。下の海面では、進が乗っていたタンカーが真っ二つにされ、轟沈しようとしている。幸い火災は起こっておらず、乗組員は救命ボートに乗って次々と脱出していた。美月もトーマスも無事である。越智がボートの上で「私の研究成果が~! 秘密兵器も持ってきたのに~!」と頭を抱えていたが、まあいいだろう。
タンカーに攻撃していたのは、マリーの〈エヴィルノーヴァ〉である。見ればマリーと戦っていたアメリカ空軍の飛行隊はその数を半分以下に減らし、残った機体も満身創痍となっていた。
進の姿を見つけたマリーは外部スピーカーをキンキン響かせる。
『いつの間に逃げてたの!? しかも何、その格好!?』
気付けば進の髪は紅く染まり、瞳は青紫に輝いていた。北極星の力を受け入れた影響だろう。進は元帥専用の真紅のパイロットスーツに包まれていた。
腰の左には北極星が皇帝陛下から賜ったという元帥刀を提げている。右にはエレナに選んでもらった愛銃グロック17が収まったホルスター。そして左手には〈Xヴォルケノーヴァ〉の指輪がはまっている。
『まあいいわ! 地獄に叩き落としてあげるから、大人しくしてなさい!』
マリーは距離を詰めて剣を振るうのも億劫になったのか、進に向けてプラズマウィップを伸ばす。進は天頂へと手を伸ばし、機体を呼ぶ。
「来い、〈Xヴォルケノーヴァ〉!」
空間をガラスのように突き破って、直上から〈Xヴォルケノーヴァ〉は進の前に飛び出した。〈NXヴォルケノーヴァ〉と同じように細く女性的な素体に、従来型の分厚い白の装甲。背中にはマントがなく、〈プロトノーヴァ〉が使っていたものと同型の荷電粒子ビームカノンを右肩に背負っている。スラスター類も〈NXヴォルケノーヴァ〉ほど小型化できてはおらず、小柄な戦士が重武装をしているような印象を受ける機体だ。
〈Xヴォルケノーヴァ〉は機体の前面にアンチビームプラズマフィールドを展開し、マリーのプラズマウィップを弾き返した。〈NXヴォルケノーヴァ〉のものと比べれば極弱いものであるが、通常のプラズマ兵器を防御するには充分だ。全身を覆うと出力をかなり喰うため多用はできないが、〈エヴィルノーヴァ〉のプラズマウィップを防げるのは大きい。
進は〈Xヴォルケノーヴァ〉に乗り込むと、すぐさま稲葉さんとキング少将に通信を送った。
「こいつは俺が引き受けます!」
グラヴィトンイーターに対抗できるのはグラヴィトンイーターだけだ。マリーを倒すのは進の仕事である。
すぐに稲葉さんとキング少将は決断した。
『進君、済まない……! 後は任せた』
『全軍撤退……! 硫黄島飛行場へ着陸する!』
稲葉さんとキング少将は残存部隊を纏め、いったん硫黄島飛行場跡に退く。硫黄島沖では、反大坂派アメリカ空軍と日本空軍の戦いがまだ続いていた。態勢を立て直してもらって、通常部隊の戦いに加勢してもらおう。
進はアンチビームプラズマフィールドを表面に展開した盾とGD標準装備のレールカノンを構え、マリーと相対する。
『やっと準備完了? いちいちあんたは遅いのよ! 苛つかせないでよ!』
マリーは吠えるが、進は気にしない。
「あんたのことなんて知ったことか。降伏するなら今のうちだぜ?」
あからさまな挑発にマリーは少し頭を冷やしたのか、声を低めて問い掛ける。
『仮にあんたが私を倒せたとして、ホムラ・ホッキョクセイが負ければ何の意味もないのよ? あんた、状況わかってる?』
進を動揺させようという一言だが、今の進は全く意に介さなかった。
「馬鹿か? 北極星が負けるわけないだろ」
進もマリーも動き出す。進はマリーと距離を保ちつつ、レールカノンやショットカノンで応戦する。〈プロトノーヴァ〉よりずっと小回りが利いて、加速もいい。それだけ推力が高く、かつ軽量化されているのだ。
例によってマリーは装甲を頼みに強引に距離を詰めようとするが、〈Xヴォルケノーヴァ〉の機動性に翻弄され、思うように接近できない。単純な速度だけなら〈エヴィルノーヴァ〉の方が上だが、機動性とは速度のことではない。腕のせいでもあるのだろうが、マリーは旋回半径の小さい〈Xヴォルケノーヴァ〉を追い切れず、進に好き放題攻撃される。
進の断続的な射撃でみるみるうちに〈エヴィルノーヴァ〉はボロボロになっていった。マリーは時間を巻き戻して装甲を修復し、果敢に突撃を繰り返すが、いつかは限界が来るだろう。
『卑怯ね! 男なら正面から受けて立ちなさいよ!』
「お断りだね!」
アウトボクシングに徹して無傷で判定勝ちするのもプロの仕事だ。マリーに見せ場など与えない。動きが鈍ったところで荷電粒子ビームカノンを撃ち込み、確実に勝つ。それを実現できるだけの機体性能が、〈Xヴォルケノーヴァ〉にはあった。
ただ、進はグラヴィトンイーター特有の爆発力を計算に入れていなかった。〈エヴィルノーヴァ〉は感情制御システムでその爆発力をある程度操れる。
『埒が明かないわね! だったら私は、たとえ世界を滅ぼしてでもあんたを殺す!』
ろくでもない宣言をしたマリーは空中で止まり、機体の重力炉からブラックホールを出す。
「正気かよ!?」
進は対応せざるをえない。マリーがコントロールを放棄したブラックホールを無力化し、爆発を起こす前に機体の重力炉に収める。その間、進は無防備となった。間髪入れずマリーは進に接近する。
「クッ……!」
『ほら、捕まえた』
〈エヴィルノーヴァ〉の中でマリーが笑ったのがわかった。マリーは高温のプラズマを帯びた実体剣で斬りかかってくる。進は盾で受け流しつつショットカノンのゼロ距離射撃で対抗するが、装甲が厚すぎて倒しきれない。
どうにかしてもう一度距離をとらなければ。進はブラックホールを展開して空間転移することを考えるが、マリーもお見通しだ。また自爆覚悟でブラックホールを外に出し、進の行動を妨害する。
『さぁ、死になさい! あんたはパパも……仲間も! 私の全てを奪った! 生きている資格は無い!』
必死にブラックホールを処理しようと奮闘している進に、マリーは容赦なく攻撃を加える。まともに剣を受けてしまい、盾が割れた。プラズマウィップが絡みつき、〈Xヴォルケノーヴァ〉の右足は切り落とされる。
マリーの言い分はわからないでもない。進はマリーの父を殺した。その影響で亡命政権陸軍の対日強硬派は瓦解して国賊扱いされ、マリー自身にも累が及んだはずだ。大坂のアメリカ合衆国亡命政権は、対日強硬派を根絶やしにする勢いで粛正していた。
逆転のためマリーたちはテロリストに身を落として東京で行われるパレードを襲撃したが、進たちによって撃退された。進の高校を襲撃したときも、最後は進によってマリーは撃たれている。進を恨むのは当然だろう。
だからといって大人しく殺されるつもりはない。進は生きて北極星を待たなければならない。この世界を守らなければならないのだ。
正義のヒーローであれば、マリーの気持ちを受け止めた上で改心させ、マリーの命は奪わずに済ませるのだろう。しかし進は正義のヒーローではない。わかりあえないならば殺す。妥協できないのなら殺す。敵であるなら、殺す。
ブラックホールを出し続けて進を拘束するというマリーの作戦には穴がある。相応の重力子が発せられるため、進はその分エネルギーを溜め込めるのだ。〈Xヴォルケノーヴァ〉にはGD搭載型重力炉が積まれているので、合わせれば通常の二倍程度のエネルギーを進は得られる。
このエネルギーで生み出す出力を使って、切り札を起動させる。
「量子テレポーテーション通信システム、起動……!」
思った通りだ。量子テレポーテーション通信は莫大な出力を喰うため実用的でないと聞いていたが、今進が得ているエネルギーを使えば、システムを動かせる。「黒い渦」の影響を受ける現在の地球では、電波による通信はほとんど通じない。しかし電波を用いない方法──量子テレポーテーション通信なら関係ない。
目標は沈没しているタンカーだが、まだ水深の浅いところを漂っているため、通信は可能である。進はタンカー内に残っている越智の秘密兵器に通信を送り、起動させた。
マリーは進を攻めるのに夢中になっている。進はプラズマレンチでマリーの攻撃を凌ぎつつ、オープンチャンネルで話しかけ、マリーを惑わす。
「おい……! 後ろにも注意した方がいいぜ……!」
『何言ってんの! あんたを助ける人なんか……!』
そこまで言ってマリーは慌てて回避機動をとる。後ろから数機のGDが迫っていたのだ。日本空軍の〈疾風〉でも、アメリカ空軍の〈バイパー〉でもない。試験中の新型量産機、〈飛燕〉だ。越智がタンカーに積んで、ここまで持ってきてくれていたのである。進は量子テレポーテーション通信で起動信号を送り、海の中から〈飛燕〉たちを呼び出したのである。
当然、人は乗っていない。進が量子テレポーテーション通信を用いて遠隔操作している。コントローラーを使ってアクションゲームをやるのと同じ要領だ。
簡単な動作パターンがプログラムされているので、進はそれらを組み合わせて〈飛燕〉たちをそれっぽく動かしている。量子テレポーテーション通信の情報量と通信速度があってこそ可能なやり方だった。よく見れば飛燕たちは直線的で不細工な動きをしているが、混乱しているマリーは気付かない。
小型で機動性の高い〈飛燕〉はマリーの周囲を飛び回りながら射撃し、翻弄する。〈飛燕〉がマリーにまとわりついているうちに進は距離をとり、〈飛燕〉を操るのに集中する。複数の〈飛燕〉を操るのはなかなか骨だし、量子テレポーテーション通信を維持するためには出力をこちらに注ぎ続けねばならない。マリーとやり合いながらは無理だ。安全圏からマリーを削り殺す。
何度失敗しても、進は手を変え品を変え同じ戦略で挑む。遠距離からの封殺が、最も勝率が高い戦略だからだ。高性能な〈Xヴォルケノーヴァ〉を手に入れたからといって、進に慢心はない。マリーの爆発力を空回りさせて、確実に殺す。
『何でなのよ……! あんたも私も、一人のはずなのに……! どうして私は勝てないの!?』
「俺は一人じゃないからな!」
進が戦えるようになるまで、稲葉さんたちが時間を稼いでくれた。エレナのフライトデータが入った〈飛燕〉はマリーにその影を踏ませない。北極星の魂を受け継いだ〈Xヴォルケノーヴァ〉は進に応え、進の手足となって動いてくれる。
力は、どこまでも自由だ。動機が復讐だから勝てないのではない。守るための戦いだから負けないのではない。強いから、負けない。何が目的であれ、強ければ勝てる。
だが、強さとは一人で追求するものではない。強くなるためには、勝つために必要となる戦力を手に入れるためには、同志と力を合わせる必要がある。その意味で、正義は存在するのだ。誰もが納得するような目的のためでないと、強さなんて得られない。今、進はとある正義の一つを代表している。なので、たった一人のマリーには負けない。
〈飛燕〉の猛攻で〈エヴィルノーヴァ〉は装甲を削られ続ける。マリーは時間を巻き戻して修復するが、エネルギーを攻撃ではなく回復に使っているということだ。決して有利にはなっていない。
『私にはあんたを超える力があるのに……! 卑怯だわ! アンフェアだわ!』
「あんたには俺を超える力なんてないよ。あんたの力はイカルス博士からの借り物だ」
たまたまグラヴィトンシードとの適合率が高い素人が、グラヴィトンイーターになって専用GDを手に入れただけ。これがマリーの正体だ。ロボットアニメなら主人公になるのかもしれないが、進の噛ませとなるのが現実だ。
『いつからそんなに偉くなったのよ……! パパを殺したクソ野郎のくせに! 正義のヒーローを気取ってるの!?』
進の挑発により、マリーは怒りを爆発させる。一瞬であるがマリーのグラヴィトンイーターとしての力が上昇し、マリーは〈飛燕〉たちの前から消えた。マリーはブラックホールを作って空間転移したのだ。
出現した先は当然、進の真ん前である。マリーは振りかぶった実体剣を振り降ろす。もの凄い成長力だ。空間転移をいきなり使えるようになるなんて、進には無理である。進はファウストの記憶に触れて、ようやく〈プロトノーヴァ〉の重力炉に気付き、使えるようになった。マリーの執念と才能は進が持ち得ないものだ。進は素直にマリーを褒めたい気持ちになる。
だが、今現在強いのは進だ。将来、マリーに勝てなくなるというなら、進は今マリーを殺す。マリーの剣は一機のGDを切り裂き、大破させたが、それは進の乗る〈Xヴォルケノーヴァ〉ではなかった。その事実に気付いたマリーは愕然とする。
『なッ……! まさか!』
マリーが破壊したのは一機の〈飛燕〉だった。空間転移くらい、進にだってできる。進は〈飛燕〉たちと自分の位置を入れ替えたのだ。
マリーが倒した〈飛燕〉は一機だけである。マリーにこれ以上何かする時間を与えないため、進は撃墜されることを覚悟で〈飛燕〉全機を突撃させる。マリーは必死で剣を振るい、次々と〈飛燕〉を撃墜していくが、進には手を出せない。防御用のブラックホールを展開する余裕さえない。その間、進は悠々と荷電粒子ビームカノンを撃つ準備をしていた。
マリーは叫ぶ。
『こうやってパパを殺したのね……! あんたはどこまで卑怯なの!? 恥知らず! 死ね、悪魔!』
進は無視した。
「ターゲット、ロックオン……! 荷電粒子ビームカノン、ファイア!」
『パパ……! ごめんなさい……』
白い閃光が、〈エヴィルノーヴァ〉を貫く。ほぼ同時に、マリーの声がコクピットに響いた。
「悪い……! 俺はあんたのことを、すぐにでも忘れるよ」
〈エヴィルノーヴァ〉は爆散し、マリー・カスターはこの世から永久に退場した。