27 人類の滅亡
イカルス博士がまたも指を鳴らすと、北極星は時間と空間を超えて転移した。今度は、山の中である。GDがハエのように群がる無人機と戦っていた。
「あれは……〈ヴォルケノーヴァ〉!」
北極星は驚きのあまり声を上げる。乗っているのはもちろん進だ。この世界の人間はロボットと戦うため、専用GDを建造したのである。
カラーリングから武装まで、北極星の駆る〈ヴォルケノーヴァ〉と全く同じだった。コピーといっていいだろう。どうして〈ヴォルケノーヴァ〉がこの世界にあるのか。イカルス博士は勝手に解説を始める。
「この世界の煌進が戦う力を手にするため、我々の世界から設計図を盗み出したのだろうね」
イカルス博士と同等以上の力を持つこの世界の進なら、平行世界に移動することはたやすい。〈エヴォルノーヴァ〉などの〈ヴォルケノーヴァ〉より先の機体を選ばなかったのは、おそらく人工知能の補助を受けずに建造できないから。
「彼は本当にすばらしい……。GD側のグラヴィトンシードを自分の力で強化しているね。グラヴィトンシードに介入するようなことは、私にもできない」
強力すぎるグラヴィトンイーターが専用GDを使おうとしても、GDに積まれている制御用のグラヴィトンシードが耐えきれない。事実、イカルス博士はつい先日まで指輪をはめても指輪が砕けるばかりで、専用GDを得ることができなかった。この世界の進はその問題さえグラヴィトンイーターとしての実力で克服しているのだ。
人間の耐久力という制約がないおかげで、有人機より遙かに高い機動性を発揮する無人機だが、重力子を消せる専用GDにはかなわない。火力にしても無人機軍団が装備しているのは対空ミサイル程度で、近くで炸裂させても〈ヴォルケノーヴァ〉の装甲を貫くのは難しい。逆に〈ヴォルケノーヴァ〉が装備する火砲なら、装甲など無いに等しい無人機を一撃で葬れる。
問題となるのはロボット側から行われるハッキングだが、そちらも対策済みだろう。機体のネットワーク接続端末を全てはずしているのではないだろうか。この世界の進ほどの力があれば機体の整備など必要ない。必要があれば時間を巻き戻し、機体を万全な状態にするだけだ。弾薬、燃料もこの方法で補給できる。
進は近づいてくる無人機を片っ端から叩き落とし、孤軍奮闘する。
イカルス博士と北極星は、グラヴィトンイーターとしての力で魂領域から漏れ聞こえる進の叫びを拾うことができた。
『エレナと……歩を。みんなを、殺させてたまるか! 絶対に守ってみせる!』
見れば山の中に建物があり、建物の屋上から十歳くらいの子どもを連れたエレナが不安げに戦闘空域を見上げている。建物の中には重力炉の前身とでもいうべき人工ブラックホール発生装置があった。少数ながらこの施設に隠れている人間がおり、進が護衛についているのだ。
施設の人間がエレナに声を掛けるが、エレナは頑なに動かない。
「危険だ! せめて地下に……!」
「いいえ。主人は負けません……」
隣の息子もエレナに同調する。
「俺も父さんが負けるとは思ってない!」
そう言いながら、二人の体は小刻みに震えていた。エレナにわからないはずがない。単機での戦闘力だけなら進が圧倒的だが、無人機側は数の暴力で攻め込んでくる。
「最後まで見ています。だから、がんばってください、進さん……!」
無人機たちは単純に全方位からの攻撃を開始した。いくら〈ヴォルケノーヴァ〉でも、装甲のない推進器系に被弾すれば撃墜される。進は乱舞する全てのミサイルを避けるしかない。
「進にもっといい機体があれば……!」
北極星は歯噛みする。GD搭載型重力炉を持つ機体であれば、無人機などものの数ではないだろう。ブラックホールによる攻撃や空間転移による回避で、無人機が何百機来ても殲滅できたはずだ。しかし〈ヴォルケノーヴァ〉に重力炉は積まれていない。いくら進がグラヴィトンイーターとして最強クラスでも、燃料となる重力子が不充分では力を発揮できないのだ。
進の乗る〈ヴォルケノーヴァ〉は全方位からの飽和攻撃を受け、ボロボロになっていく。進は致命傷を受けるたびに時間を巻き戻して〈ヴォルケノーヴァ〉を修復するが、グラヴィトンイーターにだって限界はある。あと何回修復できるのか。
そのうちに地上からも人型サイズのロボットが武器を手に、進が守る施設を目指して山中を進軍し始める。進は陸と空、両方を気にしなければならなくなった。
やがて進の防戦は破綻する。地上の防衛を優先したため、無人戦闘機の群れを拘束しきれなくなったのだ。無人戦闘機は対地ミサイルを撃ち込み始め、進は対応しきれない。
今まで、全てのミサイルを撃ち落とせていたのが奇跡だったのだ。着弾したミサイルは大爆発を起こし、エレナたちごと施設を粉々に吹き飛ばす。
『エレナ、歩ーッ!』
進は絶叫するが、もうどうしようもない。〈ヴォルケノーヴァ〉は一瞬動きを止め、血も涙もない無人機はその隙を見逃さない。無数の対空ミサイルが〈ヴォルケノーヴァ〉に突き刺さる。時間を巻き戻す暇もない。〈ヴォルケノーヴァ〉は爆散した。
「馬鹿者め……!」
北極星は唇を噛む。なぜ〈ヴォルケノーヴァ〉などをコピーしたのだ。そもそも設計図を盗むのではなく、重力炉を搭載したGDの実機を盗めばよかった。そうすれば、ロボットなどに決して負けなかっただろう。
もっといえば、エレナと自分の息子だけでも連れて別の世界に逃れればよかったのだ。ロボットたちに追われるとしても、勝てない戦いをするよりは逃げ回った方がマシである。しかし進は自分たちで建造した機体で、正面から無人機たちと戦う道を選んだ。
「彼にとっては、それが正義だったのだろうね。これが平和なこの世界に育った彼の限界だったのかもしれない」
この世界の進は別世界から実機を盗み出すことも、別世界に逃げることもよしとしなかったのだ。北極星なら勝つために、生き残るために朝飯前にやってのけただろう。北極星の知る進でもそうしたと思う。
イカルス博士はさらにこう続けた。
「だから私には君が必要なのだ」
気付けば、北極星とイカルス博士は鈍い闇色の空間に出ていた。十次元世界である。眼下では無数の三次元平行世界が光の大河という形で可視化され、伸長を続けている。しかし伸長を止めた世界も多くあるし、伸長が続いているからといって人間の世界だとは限らない。
「……歴史改編で人類を家畜化した後、貴様とともにロボットと戦えというのか?」
北極星の質問にイカルス博士はうなずく。
「概ねその通りだ。本来なら人工知能の開発を永久凍結したいところだが、愚かな人工知能が世界軸を超えて侵攻している未来も見ている。人類を守るためには、君たちの力が必要だ」
人工知能が開発する新技術に対抗するためには、こちらも人工知能が必要だった。人工知能をグラヴィトンイーターの力で押さえつけ、こちらも同じ技術を手にする。確かにイカルス博士一人では厳しいだろう。
「私ではなくジュダ・ランペイジでいいであろう?」
「もちろん彼女も計算に入っているさ……。ジュダに覚悟を決めさせるためには、一度突き放すしかなかった」
酷い男だ。ジュダを試すため、あえて傷つけたのである。
「私とジュダだけで彼らに勝てる未来が見えたというなら、私は君を誘ったりしない。私の未来は、必ず彼らに敗れて終わっているのだよ」
人類を遺伝操作した新人類に置き換えなければ、馬鹿者の暴走で世界が終わる。新人類の世界を作っても、人工知能の侵攻で世界は終わる。人工知能の脅威をグラヴィトンイーターの総力をもって封じるというのが、イカルス博士の計画だった。
イカルス博士は北極星に問う。
「さぁ、どうかな? 私に協力してくれるだろうか? 君もそろそろ、逃げるのをやめるべきではないかね?」