25 賢明なる決断
次に北極星とイカルス博士が出現したのは、地下室と思われる薄暗い部屋だった。近くに濃密な重力を感じる。おそらくここは木星級重力炉の施設だ。部屋の一角で数人の科学者と思しき男たちが集まり、頭を突き合わせて話し合いをしていた。
「試してみたけど、ブラックホール発生装置を使わせてもらえば空間転移や時間転移は可能だった。多分、平行世界とか別の次元とかにも行ける」
そう話す進の左手には、銀色のグラヴィトンシードが埋め込まれていた。この世界では、進が第一号のグラヴィトンイーターとなったのだ。この進であれば北極星とイカルス博士が別の次元に潜んでいることも看破できそうだが、進は議論に没頭しすぎてこちらに全く注意を払っていない。
早くも進は己のグラヴィトンイーターとしての能力を把握したようだった。さぞ喜んでいるかと思いきや、会議の様子は重苦しい。進と同年代と思われる科学者たちは、静かに議論を進めていく。
「空間転移に時間転移か……。それほどのエネルギーを兵器に転用すればどれほどのものが作れるかね?」
「冗談抜きに太陽系を破壊できるでしょうなぁ」
「制御可能な範囲で考えても、ブラックホール爆弾を作り地球を破壊する程度なら楽勝ですね」
「いや待て、この力が拡散する方が危険だ。進君のようなグラヴィトンイーターは、何人も作れるものだろうか?」
「無理でしょう。このグラヴィトンシードが手に入ったのは全くの偶然ですから」
「しかし同じ仕組みの動力炉なら簡単に作れますぞ」
「〈ファントムワークス〉は大喜びで量産するな……」
会議に参加している者たちは、重力子関連の技術が拡散して兵器に使われていることを恐れているようだった。やがて会議の参加者たちは結論を出す。
「なかったことにしよう、全て。ブラックホール発生装置からは何も出てこなかった」
「賛成です。他にないでしょう」
「〈ファントムワークス〉は我々から資金を引き揚げるだろうな……」
「な~に、我々ならすぐに、新しいスポンサーを見つけられますよ」
「そこは心配していない。だが、我々に回るはずだった資金が他所に行くとなると……」
「行き先は無人兵器──AIでしょうなぁ。ま、今の人類に宇宙破壊爆弾を渡すよりはマシです」
「機械がいつか我々の敵になるかもしれない」
「そのときはそのときです。この宇宙を破壊せず、超人間知性に引き渡せるのだとしたら、私としては本望です」
ここで進が発言した。
「……このグラヴィトンシードも処分すべきかな」
進はそう言って左手のグラヴィトンシードを掲げて見せる。科学者たちは口々に反対の意を示した。
「進君。俺は君が世界を滅ぼすとは思っていない」
「左様ですぞ。君には安全弁になっていただきたい。我々以外の誰かが同じ方法でグラヴィトンシードを入手しないとは限らないのですから」
「辛い役目を押し付けることになりますね……。引き受けてくれますか?」
科学者の一人に尋ねられ、進は苦笑いしながらうなずいた。
「……そういうことなら、俺はこの力を持ち続けるよ。エレナと……もうすぐ生まれる子どものために、絶対に正しく力を使う」
進は宣言する。傍から見ている北極星にも、この進なら道を誤ることはないと思えた。
会議は終わった。進や科学者たちは三々五々に部屋を出て行く。イカルス博士は思い出したように口を開き、北極星に言った。
「どうだね? 私の言ったことがわかっただろう? この世界の人々は我々より遙かに賢明だ。人類の手に余る力を、はっきりと拒否したのだよ」
「確かにそうかもしれぬな。貴様と違って賢明だ」
皮肉を込めて北極星は返す。このようにイカルス博士がグラヴィトンイーターの力を公表せずに封印していれば、北極星たちの世界も平和だったかもしれない。
想定通りの答えが返ってきたのだろう、イカルス博士はニヤリと笑う。
「しかしこの世界も滅びるのだよ。人類の愚かさ故にね」