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斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロス ~異世界からの侵略者~  作者: ニート鳥
斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロスFINAL ~世界の果てで口づけを~
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24 ルートB

 ワームホールをくぐった進は、〈ノアズ・アーク〉の真上に出現していた。眼下では日本空軍の〈疾風〉と〈スコンクワークス〉の〈エヴォルノーヴァ〉、反大坂派アメリカ軍の〈バイパー〉が激しい空戦を繰り広げている。日本空軍はかなり劣勢だ。時間稼ぎのためか小集団に別れて逃げ回っているが、いずれ全滅させられるだろう。


 今すぐ加勢したいところだが、進はこらえる。将棋は王将をとれば勝ちだ。逆に王将をとられれば負けとなる。進はやるべきことは北極星を助け、敵の総大将たるイカルス博士を討ち取ることだ。


 出現した〈プロトノーヴァ〉に反応して、すぐに〈ノアズ・アーク〉の対空レールカノン砲塔が上を向く。ぼやぼやしていたら蜂の巣にされて終わりだ。進は即座に荷電粒子ビームカノンを構える。狙うべきは木星級重力炉からは少し離れた場所だ。木星級重力炉とその近くにいる北極星を傷つけるわけにはいかない。


「ターゲット、ロックオン……! 荷電粒子ビームカノン、ファイア!」


 進は引き金を引いた。真下の〈ノアズ・アーク〉を真っ白な閃光が貫く。撃ち返してきた対空レールカノン砲塔の砲弾は全て蒸発し、進にダメージを与えられない。ビームの閃光が消えたとき、〈ノアズ・アーク〉の甲板には真っ黒な穴が開いていた。


 全長四十キロメートルを超える〈ノアズ・アーク〉の巨体と比べればあまりに小さな穴だ。ビームは甲板の表面を溶かしたのみで、内部には損害を与えられていない。進がつけることができたのは、せいぜい蚊に刺された程度の傷だ。〈ノアズ・アーク〉はそれまでと変わることなく航行していた。


 しかし甲板に穿たれた穴は、進の〈プロトノーヴァ〉が〈ノアズ・アーク〉内部に侵入するには充分だ。まだ生き残っている対空レールカノン砲塔の十字砲火をかわしながら、進は〈ノアズ・アーク〉内に入り込む。



 北極星とイカルス博士が戦っていた場所はすぐにわかった。ある一角が、GDによる戦闘で崩落していたのだ。進は〈プロトノーヴァ〉を降りて崩落していた下の階を調べる。そこにはグラヴィトンシードが残されたままの北極星の左手と、〈ヴォルケノーヴァ〉の指輪、さらに血を被った北極星の元帥刀があった。しかし、北極星とイカルス博士の姿はない。


「いったい、二人ともどこに行ったんだ……?」


 〈ヴォルケノーヴァ〉の指輪を手に、進はつぶやいた。



D4:Another world


「貴様、何をした!」


 北極星の周囲が、形を変えていく。飾り気のない無骨な船室の倉庫から、閑静な住宅街の一角へ。北極星は民家が並ぶ地区の道路に立っていた。


 左手を喪失した北極星の叫びに、イカルス博士は答えた。


「次元転移しただけだよ。君が反応できない速度でね」


「次元転移だと……?」


 北極星は民家のブロック塀に右手で触れてみる。北極星の右手は全く手応えなく、幽霊のそれのように塀を透過した。


 イカルス博士は北極星を三次元より上の次元に転移させたのだった。三次元と重なるように存在しているが、お互いの存在を認知できない次元。本来なら観測することさえできないが、グラヴィトンイーターなら侵入できる。


 北極星はイカルス博士に訊く。


「転移したのは次元だけでないであろう。ここはどこなのだ?」


 北極星の目はごまかせない。時間軸と世界軸も移動している。いったいイカルス博士は北極星をどこへと連れてきたのか。


 イカルス博士は意味深な笑みを浮かべる。


「ここは……君と私のいない世界だ」


「なんだと……?」


 北極星は前から歩いてくる二人を見て、ハッと目を見開く。進とエレナだった。しかし北極星の知る進とエレナとは、全く違う。


 まず進は今より五センチほど背が伸びていて、顔も引き締まっている。二十代後半といったところか。全体的に落ち着いた雰囲気になって、悪ガキの影が消えてしまった感じだ。身につけているスーツも皺一つなく綺麗にアイロン掛けされていて、どこかだらしなかった印象が一掃されている。


 北極星は眼前の進を探ってみるが、グラヴィトンシードの気配はない。この世界にはイカルス博士がいないので、進が大人になってもグラヴィトンシードが発見されなかったということだろう。グラヴィトンイーターとならず、普通に歳をとれば、進はこんな大人になるのだ。


 エレナも美しい大人の女性に成長していたが、特筆すべきことは一つだけである。ゆったりしたワンピースの下で、お腹が膨らんでいる。エレナは妊娠しているのだ。


 突然エレナは立ち止まって進に言う。


「あ、今動きましたわ。私のお腹を蹴ってます」


「本当か!? ちょっと待てよ!」


 進は道端だというのに目を輝かせて座り込み、エレナのお腹に耳を当てる。その仕草の一つ一つが北極星の知る進と全く同じで、北極星はなぜか目を背けたくなる。


 やがて進は嬉しそうに顔を上げた。


「本当だ! 凄く元気な子だな!」


 エレナがクスリと笑って返す。


「ええ。どちらに似たんでしょうね」


「どっちに似てもいい子に育つさ!」


「そうですわね……」


 進は少年に戻ったように得意げな笑みを浮かべた。エレナは母親のまなざしが交じり始めた目を進に向け、優しげに微笑む。二人はどちらともなく手を握り合い、再び歩き出した。北極星はその場に立ち尽くしたまま一歩も動けず、進とエレナを見送る。


 しばらく北極星は何もアクションを起こすことができなかったが、やがて怒りに声を震わせながらイカルス博士に尋ねる。


「……こんなものを私に見せて、何がしたいのだ?」


 北極星には、こんな幸せを掴むことなどできない。グラヴィトンイーターである北極星は全く歳をとらないし、妊娠することだって不可能なのだ。人間としての成長も、女としての幸せも、北極星にはない。北極星の前にあるのは、ただ血と硝煙に彩られた戦場のみである。


 さらにいえば北極星は、こんな普通の幸せを進から奪っていた。もちろんグラヴィトンイーターになることを望んだのは進本人である。だが北極星がそうなることを望み、後押ししたのは紛れもない事実だ。


 またエレナの死にも空軍の最高指導者たる北極星の責任は非常に大きい。筑波市内のテロリスト対策は充分だったか。進が通う高校の警備体制は万全だったか。いずれも結果が物語っている。千人を超える死傷者を出して、イエスだなんて答えられない。


 西日本編入に伴う軍の再編や東京の治安維持、復興事業でリソースを割けないという事情はあった。北極星自身もジュダの訪問で高校から離れざるをえなかった。テロ対策の主体は陸軍、警察であるため北極星の権限が及ばない部分も多い。


 それでも現場を仕切っていた北極星が責任を免れることはできない。マスコミを中心に北極星の責任追及と罷免を求める声は上がり続けていた。


 北極星がもっとうまくやっていれば、民間人に千人以上の死傷者を出すことなどなかったかもしれない。エレナも死ななかったかもしれない。そうすれば、進はグラヴィトンイーターとして戦いの道を邁進しながらも子を作れていたかもしれないのだ。


 激しい怒りと自責の念で顔を歪める北極星に対し、イカルス博士は一切表情を変えない。ただ唐突な質問を投げかける。


「グラヴィトンイーターになれる人間はどんな人間か、君は知っているかね?」


「決まっている。心が強い人間だ」


 北極星は即答し、イカルス博士はうなずく。


「その通り。グラヴィトンシードは人間の精神の強さを感じられる。彼らは強い人間を選んでいる」


 無論、肉体的な適性は大前提だ。その上でグラヴィトンシードは重力の出所と同じ、十一次元魂領域にある人間の魂と呼ぶべき意識体を探る。感情の力で三次元に流れ込む重力は増加させることが可能であり、その分得られるエネルギーも大きくできる。感情の爆発力と、それを操る得る強い信念。この二つを併せ持つ強力な精神の持ち主を、グラヴィトンシードは宿主とする。


「精神の強さなら、我々の世界の煌進も充分に備えている。私や君に比べれば大したことがないとはいえ、彼もグラヴィトンイーターの端くれなのでね。しかしこの世界の煌進は、ここから私や君を超える力を得ることになる」


「……」


 自分の子どもを授かることで、この世界の進は精神的にさらに進化するのだ。北極星やイカルス博士さえも置き去りにするくらいに。グラヴィトンイーターとなったとき、この世界の進は北極星もイカルス博士も超えた存在となる。


「ただ、この世界がすばらしいところは、彼がいることだけではないのだよ」


 イカルス博士が指を鳴らし、北極星の周囲が形を変える。また転移が始まった。

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