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斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロス ~異世界からの侵略者~  作者: ニート鳥
斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロスFINAL ~世界の果てで口づけを~
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23 世界は走り出す

「私が弾道ミサイルを撃ち落としましょう」


 ジュダの言葉に、稲葉は耳を疑う。


「それは願ってもない申し出だが、なぜ……?」


 どうせジュダが本気で何かする気なら、北極星と進のいない日本軍には止めようがない。本当にロシアの核ミサイルを撃ち落としてくれるのならありがたい。稲葉は秋の戦争で中国南部でジュダと交戦したが、技量は確かだった。問題なく任務をこなせるだろう。


 ただ、ジュダに賭けるなら理由が必要だ。稲葉はジュダの真意を見極めなければならない。


 ここで美月が発言した。


「決心、ついたんですね」


 美月は嬉しそうに笑い、ジュダは微笑を浮かべる。


「ええ……。私は一歩引いてみることにしました。ドクター・イカルスを信じるなら、それしかない。ドクター・イカルスに考えがあるとすれば、私を戦場に近づけないために撃ったに違いないのですから……」


 稲葉には何の話か全くわからないが、イカルス博士に捨てられて腐っていたジュダを立ち直らせたのは美月のようだ。ジュダは稲葉に言う。


「ロシアの核ミサイルは〈スコンクワークス〉も狙っているのでしょう? ならば私にとって、ロシアは敵です。ツクバの木星級重力炉が破壊されたら、ドクター・イカルスの計画に支障が出ます。あなたは私が信用に足るか判断しようとしているのでしょう? 安心してください。私は間違いなくあなた方の味方です」


 敵の敵は味方。確かに納得できる理屈ではある。だが、イカルス博士の右腕ともいうべきジュダを自由にさせていいのだろうか。


 ジュダは稲葉の迷いを消すため、話を続ける。


「私は先日の戦いで、自分の正義がわからなくなったのです……。私は理性の支配する世界を作ることで争いを無くすため、今日までドクター・イカルスとともに戦ってきました。しかし理性が支配する世界を作る途上で、争わなくてはならない……。世の中に犠牲なしでなしえることなど何もないのはわかっています。しかし、これほどまでに犠牲が出るなら、考え直す必要があるのではないかと思えてきた……。そして、その迷いをドクター・イカルスに見抜かれ、切り捨てられました……」


 稲葉は黙って耳を傾ける。


「今の私は、〈スコンクワークス〉のジュダ・ランペイジではなくただのジュダ・ランペイジです。ただ、私は見ていたい。ドクター・イカルスの正義がどんな結末を迎えるのか。私にとって、何の正義もないロシアの核兵器はドクター・イカルスの正義に水を差すだけの邪魔な存在なのです。火事場泥棒は、私に任せてください」


 言いたいことを言い切ってすっきりしたのか、ジュダは晴れやかな顔をしている。嘘を言って〈スコンクワークス〉に寝返ろうという意図は感じられない。これは信じてもいいだろう。


「……わかった。土浦基地に弾道ミサイル迎撃用のガトリングレールカノンを用意してあるから、同行してほしい」


「了解です」


 稲葉はジュダを連れて病室を出る。「がんばってね」と美月は背中からジュダに声を掛けた。



 大坂。大統領官邸の一室で、トーマスは交渉していた。


「なあ、キング少将。世界の危機なんだぜ? 今、立ち上がらなくてどうする?」


「あなたが何を言おうと同じ事です。我々が出せる戦力は一切ありません」


 リンドン大統領の隣に座るキング少将はトーマスの要請をはっきりと拒否する。リンドンは困った顔をしていた。リンドンの正面に座るトーマスも渋い顔をする。


 トーマスは硫黄島に向かった進を見送ってから、自らGDで飛び、大坂に降り立った。そして大統領に会談を申し込んだ。


 普通なら相手にされないが、トーマスと大統領のリンドンは知己の仲だ。リンドンの日本領事時代にトーマスは何かと世話を焼き、その成功に手を貸した。当然、リンドンが表に出せないこともトーマスは知っている。リンドンはトーマスを無下にできない。


「キング少将、私も彼の意見に賛成だ。少しでも戦力を提供しようじゃないか。今ならまだ間に合う」


 どうやらリンドンは元々派遣派だったようで、トーマスとともにキング少将の説得に回る。キング少将さえ翻意させれば、合衆国空軍を動かせる。


 キング少将は冷静さを失わず、自らの主張を繰り返す。


「何度でも言わせてもらいます。中国軍に備えるため、合衆国空軍を動かす事はできません。そもそも、なぜ勝ち目のない戦いに部下を送らねばならないのですか? ただでさえ勝ち目が薄いのに、そちらは煌進が出撃を拒否している。ふざけるのも大概にしてください」


 キング少将は進が出撃拒否した件を知っていた。トーマスはニヤリと笑う。


「煌進か? やつなら硫黄島に向かったぞ?」


 その情報を聞いて、リンドンは身を乗り出した。


「本当か! 彼なら戦ってくれると信じていたよ! やはり彼は勇者の中の勇者だ!」


 リンドンは東京で行われたパレードで進を見て以来、進を気に入っているのだった。リンドンは興奮するが、キング少将は冷や水を掛ける。


「煌進が参加しても、勝ち目が薄いことに変わりはありません」


 キング少将は頑なだ。その判断もおおよそ正しい。軍人として、部下を静観の見込みがない戦いに追いやるなど絶対してはいけないことだ。しかし足下ばかり見ていて長期的展望を欠いているのではないか。


「それでもやらなきゃならないのが今だろ。あんたほどの地位にあるなら、イカルス博士の計画が嘘でもハッタリでもないことがわかっているだろう?」


「……」


 トーマスの言葉に、キング少将は黙り込む。合衆国側も〈ノアズ・アーク〉に住まう〈スコンクワークス〉が異様なくらいに従順なことを知っている。むしろ日本側より正しく認識しているといっていい。


 ハワイからの情報だと、〈スコンクワークス〉構成員は食糧難で餓死者を出しても配給の行列を整然と守り、一度も反乱を起こさなかった。どんな独裁者でも宗教の指導者でも、こんなことは無理だ。遺伝操作を信じざるをえない。


 〈スコンクワークス〉構成員たちの過去も洗ったが、出身は様々でイカルス博士の管理を受けていた形跡はない。それだけに、イカルス博士が過去に遡って介入したとしか思えないのだ。人類そのものを遺伝操作した新人類に置き換えるというイカルス博士の計画を、絵空事と笑うことはできなかった。


「逆なんだよ。これはチャンスなんだ。煌進と焔北極星という二人のグラヴィトンイーターがイカルス博士に挑んでるんだぞ? 他の誰が戦うより、勝率は高い」


 トーマスは断言する。ロシアは核兵器を撃ち込もうとしているらしいが、イカルス博士に通じるとは思えない。わずかでもイカルス博士を倒せる可能性があるのは、イカルス博士と同じグラヴィトンイーターだけだ。進や北極星の信念が、イカルス博士を打ち倒すと信じるしかない。


「今戦わずに五年後、やつの支配を受け入れるのか? 世界は平和になって、人類は豊かになるのかもな。だが、俺は真っ平ごめんだ。あんたはどうなんだ?」


「……」


 キング少将は沈黙してうつむく。畳みかけるようにリンドンは言った。


「君は常々言っていただろう。真に守るべきは領土や民族ではなく、魂だと。これは魂を守るための戦いだ。たとえ勝ち目が薄いとしても、立ち上がらねばならないのではないかね?」


 なおもキング少将はうつむいたまま逡巡し、やがて顔を上げた。


「……出せるのは一個飛行隊だけです。硫黄島は遠い。空中給油機を随伴させても、それが限界だ」


「キング少将……!」


 感極まったようにリンドンがキング少将を呼ぶ。キング少将は淡々と決意を語った。


「指揮は、私が執ります。私は部下を死地へと追いやる責任をとらなくてはならない。せめて、私が同行することをお許しください」


「何を言っているんだね、キング少将。真に責任を取るべきは私だ。本当は私が日本政府に働きかけ、条件のよい日本本土での決戦を決断させねばならなかった。それならば我々も、かなりの戦力を展開できただろう。だが、私には日本政府を説得することができなかった。待っているだけしかできない自分が悔しい」


 覚悟を決めたキング少将の手をリンドンは握る。


「君に責任をとらせるためではない。勝つために私は君に命令する。キング少将、君は自ら一個飛行隊を率いてイオージマの日本軍に加勢してくれ」


「了解しました」


 キング少将は笑みを見せる。話はまとまった。合衆国も、参戦する。トーマスは手配していた燃料や弾薬を提供すると申し出て、具体的な話を詰めに掛かった。



 勇んで東京から飛び立ったのはいいものの、進は洋上で困り果てていた。硫黄島の位置がわからないのだ。


 空から見れば硫黄島などケシ粒のようなものなので、なかなか見つからないのは当たり前である。広い海では他に目印もない。進はジャイロコンパスを頼りに硫黄島方面へと飛行し、近づけば硫黄島飛行場の管制塔の発する電波を捉えて急行する予定だった。ところが、いつまで経っても電波が入ってこない。


 方向を間違えたか、通り過ぎてしまったか。あるいは「黒い渦」の影響が強まっているのか。


 ともかく進は迷子になっていた。進は硫黄島飛行場が〈ノアズ・アーク〉の荷電粒子砲で壊滅しているとは知る由もない。このままだと戦いに間に合わないばかりか推進剤が尽きて太平洋にドボンだ。何しに来たのかわからない。


 進がコクピットで頭を抱えていると、ふいに進のグラヴィトンシードが光り始め、頭の中に映像が飛び込んでくる。


「これは……!」


 狭い場所で北極星とイカルス博士が戦っている。北極星はイカルス博士の攻撃を受けて左手を切り落とされ、絶体絶命のピンチに陥っていた。北極星は拳銃で果敢に反撃するが、イカルス博士には通じない。


 混乱する頭で進は必死に事態を飲み込む。この映像はおそらく本物で、かつリアルタイムの状況だ。宿主の危機に、北極星のグラヴィトンシードが救難信号を発していると思われる。北極星と強い繋がりを持つ進だけが、その信号を受け取れたのだ。場所は〈ノアズ・アーク〉艦内で間違いない。


 今すぐ助けなければ。幸い、この映像を見たことで進は〈ノアズ・アーク〉の現在地を直感的に知ることができた。そこに向かって、空間跳躍する。


「待ってろよ、北極星……!」


 進は硫黄島直上へのワームホールを開き、飛び込んだ。

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