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斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロス ~異世界からの侵略者~  作者: ニート鳥
斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロス ~異世界からの侵略者~
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9 帰宅

 日が落ちてきた頃、進はようやく追っ手をまいて自宅の玄関前で息をついていた。待ち伏せはないようで助かった。


 途中で特務飛行隊諜報部メンバーが援軍に来てくれたので、何とか逃げ延びられた。これも北極星の差し金だろう。最初に進の家に来たのも今思えば、進を護衛するにあたって現地を確認していたのだ。北極星には頭が上がらない。


 進は少し警戒しながら玄関を開け、「ただいま~」と叫んでみる。


「お兄ちゃん、お帰り~!」


 美月が返事をした。どうやら向こうも家までは手を出さなかったようだ。進はホッと息を吐いた。


 進は美月にみつからないように体を縮めながら風呂場へ向かった。林の中で泥だらけの傷だらけになった体を見せると美月を心配させてしまう。やたら木が密集した林に飛び込んだせいだ。


 なんでも学園都市に改装しようとしていたときにうっかり木を買いすぎ、もったいないので無理矢理植えたということらしい。そのような林が筑波にはいたるところにあった。さすが無計画都市とあきれるところだが、あの林がなければ進は今頃天に召されていたかもしれず、文句は言えない。


 美月は晩ご飯を作っているようだった。上機嫌に鼻歌を歌いながらキッチンでせわしなく動いている。こちらを振り返る気配はない。


 進は息を潜めてキッチンの前を通り過ぎる。その先のバスルームのドアをそおっと開けて、


「ぎゃああああああっ!」


 思わず進は大声をあげていた。


「お、お兄ちゃん、どうしたの?」


 美月が飛んでくる。


「悲鳴をあげるのはこちらの方なのだが……」


「な、な、なんでおまえがいるんだよ!」


 進は尻餅をついて後ずさる。


 ほどよく筋肉がついた背中に、さらりと広がった紅の髪。真っ白な臀部。そこには一糸纏わぬ北極星の後ろ姿があった。


「北極星さん? お兄ちゃんの知り合いなんでしょ? 汗だくだったからお風呂に入ってもらったんだよ」


 あきれた様子で美月は言った。


 北極星がトップを隠しながら向き直った。進の目に北極星の胸の双丘が飛び込んでくる。進は思わず後ろを向いたが、頭の中では北極星の乳房のエンドレスリピートだ。陶磁のような肌と、桃色の乳首のコントラストはくっきりと脳内に焼き付けられている。


 大きさはしいていうなら普通で、平原ではないし、巨乳とも言えない。しかし、そんなことはどうでもいいと思わせるくらいに、たおやかに張りつめて綺麗な形をしている。ただ見ただけなのに、柔らかい質感が伝わってくるようだ。


 肩のラインも均整がとれていて、しなやかに鎖骨が浮き出ていた。体の各部にはほどよく筋肉がついていて、無駄な肉は一切無い。昔から顔はよかったが、こんなに美しく成長しているとは思ってもみなかった。


「あ、わ、な、何を」


 進は慌てる。足音で北極星が近づいてくるのがわかった。


 激しく動揺する進とは対照的に北極星は平然としていて、進の隣にしゃがみ込む。シャンプーのいい臭いがした。


 北極星は進の耳元で囁く。


「落ち付け童貞野郎。外に居た不埒な輩は始末しておいたからな」


「そ、それはありがとう」


 進はとりあえずお礼を言ってみる。北極星はため息をついただけだった。


「もう、お兄ちゃん、行くよ!」


 進は美月に手を引かれ、ほうほうの体で退散した。一人では立てなかったのである。我ながら情けない。



「……なぁ、美月」


「なぁに、お兄ちゃん?」


 リビングでコップ一杯の水を飲み、気を落ち着かせてから進は美月に尋ねた。


「北極星ってさぁ、成恵だよな……?」


 進の質問を聞いて美月は眉間に皺を寄せる。


「成恵さん……? お兄ちゃん、何言ってるの?」


 美月の反応は鈍かった。進は首をひねる。


「え? いや、どう見ても成恵じゃん?」


「見た目は似てるけど……」


 困ったように美月は言う。進は目をパチクリとさせる。


「いや、口調とか性格もまんまだろ?」


「お兄ちゃん、なんでわからないかなぁ……? 成恵さんと北極星さんは全然違うよ。成恵さんはもっと優しい感じだった。北極星さんはなんだか……背負ってる感じがする」


 そう言って美月はかわいく首を傾げた。進はなおも反論する。


「十年経てば大人にもなる」


「だとしても変わりすぎだと思うけど……。北極星さんはすごく大人っぽいけど成恵さんはすごい子どもだったじゃん」


 確かに成恵は雰囲気は大人びていたが中身は子どもだった。極度の負けず嫌いが原因で勝つために冷静に思考するようになり、勝つためには何でもするようになったという質の悪い子どもだ。


 そして美月は決定的な一言を付け加える。


「第一お兄ちゃん、北極星さん本人が否定してるんだから違うんでしょ」


 本人が否定しているという事実を突かれると弱い。進は口籠もり、美月は眼を細め、さらに続ける。


「それで、お兄ちゃんと北極星さんってどういう関係なの……? まさか、彼女……? 成恵さんに似てるからって、何考えてるの?」


 魔王の笑みを浮かべて美月は進を問い詰める。進はたじろぎながらも釈明する。


「し、仕事の知り合いだよ……。知り合ったばっかだし、そういうんじゃない」


「ふうん……?」


 美月はがっしと進の両肩を掴み、進の瞳を覗き込む。思わず進は顔を背けるが、そうすると次は顔を鷲掴みにされた。


「な、何だよ……」


 進はか細い抗議の声を上げるが美月は一顧だにしない。じっと進の目を覗き込み続ける。


「嘘はついてないみたいだね……」


 一分ほどして、ようやく美月は手を離してくれた。わかってもらえたのだろうか。


「お兄ちゃん。一つ言っておくことがあります」


「何だよ、改まって」


 真剣な顔をする美月に、進は戸惑う。


「北極星さんはいい人だと思うけど、成恵さんじゃないんだよ? 成恵さんの代わりにしようとしたら、絶対失敗するんだからね? もしお付き合いするんだったら、別人としてちゃんと真面目にお付き合いしてね?」


 美月の剣幕に、進はうなずくしかない。


「よろしい。北極星さんは成恵さんとは違うんだから、迷惑かけちゃだめだよ」


 美月の発言に進は誠に遺憾だと言わんばかりに、反論する。


「俺がいつ成恵に迷惑かけたんだよ。むしろ逆だろ」


 大抵、進は成恵に引っ張られて厄介事に首を突っ込んでいた。断じて進が自ら事件を起こした事はない。


「何言ってんの、お兄ちゃん。成恵さんはお兄ちゃんが辛そうにするからみんなを助けようとしてたんじゃない。気付いてなかったの?」


 美月にいわれて進は大きく首を傾げる。


「いや……俺、そんな辛そうだったか?」


 確かに進は身の回りで起こる理不尽な出来事が、大嫌いだった。しかしだからといって顔に出すほど、進は馬鹿ではなかったはずだ。


「すごい辛そうだったよ。護摩行でも始めそうなくらいに」


 どういう例えだ。美月の言葉に納得がいかず、進は憮然とした表情を浮かべた。



「……おまえ、ひょっとして泊まる気なのか?」


 パジャマ姿でバスルームから出てきた北極星に進はジト目で尋ねる。パジャマは猫のイラストが描かれたかわいらしいものだった。美月から借りたのだろうが、女にしては背の高い北極星にはサイズが合っていない。サイズだけなら進が服を貸した方が合っただろう。第一ボタンが閉められないのか北極星は胸を開いていて、胸の谷間が見える。


「それがどうかしたのか? 結構似合っているであろう? 私もまだまだいけるな」


 そこまで大きくはない胸を張って北極星は答え、自分の姿を確かめるようにその場でくるくると回る。しかし露出している谷間はなかなかに扇情的だ。大きすぎるよりかえっていいのかも……ってそんなことを考えている場合ではない。


「……守ってくれるのか?」


 進は声をひそめて聞く。どうやら自分が狙われているのは確かなようだが、北極星の真意がどこにあるのかわからない。


「ん? 私としても貴様らが殺されると寝覚めが悪いからな」


「そ、そうか……」


 礼こそ言わなかったが、進は北極星に感謝した。〈ヴォルケノーヴァ〉をいつでも呼び出せる北極星がついていれば敵も簡単に我が家に手は出せないだろう。自分だけならともかく、美月まで巻き込むわけにはいかない。



 会ったばかりだというのに、美月はずいぶん北極星になついていた。


 夕食時には美月は昔住んでいたという東京の話を聞き出しては驚き、楽しそうに笑っていた。おかげで進が帰ってきたときに酷い格好をしていたのにも目がいかなかったようだ。


 進はそんな美月の姿をぼんやりと眺める。


「進、どうした?」


 呆けていた進に北極星が声を掛ける。


「べ、別に」


 仕事は忙しく、たまの休日でも昼間はずっと寝ているのが常だった。稲葉さんのおかげで今年からは一緒の高校に通えるが、さっそく今日仕事で休んでしまった。美月にも寂しい思いをさせてきたのかもしれない。


 しばらく北極星に任せておこう。進は食器を下げて風呂に向かう。考えることは山ほどある。



 いくら湯船の中で考えてみても、敵の襲撃をまぬがれる手段は思い当たらなかった。今は北極星がいるので手を出してこないが、すでに身元も突き止められている。詰んでいるようなものだ。


「外国に亡命でもするか……」


 稲葉さんに頼めば、どうにかしてくれるかもしれない。しかし、自分一人だけだ。美月を置き去りにすることになる。それに、パイロットとしての高収入も失うことになる。


 筑波市内に一軒家を維持して、進も美月も高校に行けるのはパイロットとしての危険手当のおかげだった。古い家なので維持修繕費はそれなりに掛かるし、立地もいいので固定資産税だって馬鹿にならない。家はともかく土地の税金は毎年春に進の頭を悩ませていた。美月が土地と家を売り、学校を辞めて働くなんて、考えたくもない。


 考えがまとまらないまま風呂から上がり、リビングへ向かう。


 ドア越しに女二人の嬌声が聞こえる。美月がこんなにはしゃいでいるのを見るのは、いつぶりだろうか。進は立ち止まり、聞き耳を立ててみる。


「えっ! そんなとこせめるの!?」


「ハッハッハッ、よいではないか、よいではないか!」


「あ、ダメ! そこ触っちゃダメ!」


「ふふっ、興奮するだろう!」


「……っておまえら何やってんだよ!」


 勢いよくドアを開いて部屋に飛び込む進に、美月と北極星はキョトンとした顔を見せる。


「何って……ゲームだが」


 ポッキーを口にくわえたままの北極星が答えた。二人の手に握られているのは、ゲームのコントローラーだ。テレビの画面を埋め尽くすように大量のゾンビが映っていた。


「だからこの部屋はだめだって言ったのに~! 北極星さんのいじわるぅ~! お兄ちゃんも何か言ってよぉ~」


 口では抗議していたが顔は笑っている美月を見て、進は脱力する。そんな進に北極星はおかしそうに言う。


「フフッ、進のことだから、私たちがエッチなことをしているとでも思ったのだろう」


「もう、お兄ちゃんってほんとエッチなんだから。これくらいなら、女子同士のスキンシップの範疇でしょ?」


 北極星の馬鹿な発言に美月は同意して、ニヤニヤしながらワサワサと指を動かしながら北極星の胸に手を近づける。


「ほう。美月ちゃんが望むのなら、私も全力で応えねばなるまい!」


 北極星も悪ノリしてニヤニヤしながら、手術前の医者がメスを求めるように両手を顔の前まで挙げる。進は土気色の顔で嘆息した。


「美月には揉むほど胸、ないだろ」


 美月の胸は洗濯板と見間違わんばかりに真っ平らである。Fの衝撃を持つエレナの胸と違って、夢も希望も詰まっていない。そこまで大きくはないが美乳の北極星と比べても、はっきり膨らみがない。


 代わりに美月は子どものようにほっぺたを膨らませる。


「酷~い! 気にしてるのに! 毎日牛乳飲んでるから、絶対大きくなるよ! ねぇ、北極星さん!」


「そ、それはどうだろうな……」


 北極星は苦笑しながら目を逸らした。うん、まぁ、お子様に現実を突きつけるのはよくないよね。


「……もう寝る」


 進はそう言い残し、寝室に引っ込むことにした。疲れた。いろいろな意味でハードな一日である。



「……そうだ、明日すぐにでも動く。準備をしておけ」


 筑波市内某所、深夜──事前に確保しておいた隠れ家で、ファウストは電話を使い、部下に指示を飛ばしていた。盗聴されてもいいように会話は全て暗語を用いており、関係者以外にはわからなくなっている。


 隠れ家といっても別人名義でとあるマンションの一室を貸し切っているだけだ。その場所はファウスト自身しか知らず、部屋にはファウスト一人しかいない。机とベッドくらいしか置いていない、殺風景な部屋だ。


 さすがに目立つので、いつも着けている黒い角付きのマスクはマンションに入る前にはずしている。しかし代わりにサングラスをかけて、人相がわからないようにしてあった。この世界にとって異物でしかないファウストには、他の者たちのように素顔で泣いたり笑ったりする資格はない。よって、ファウストは部屋で一人になると同時に、またマスクを装着する。


「〈エヴォルノーヴァ〉さえあれば、やり直せる……」


 一通りの指示を終え、ファウストは電話を切ってつぶやく。危険を冒してファウストが敵地である筑波に潜入しているのは、〈エヴォルノーヴァ〉の指輪が目的だった。煌進を襲撃したのも、手掛かりが彼にしかないからだ。進の身柄を確保できていれば〈エヴォルノーヴァ〉の指輪がどうなっているか知ることができただろう。


 しかしファウストの目論見は焔北極星によって阻まれた。北極星の行動はファウストも予測していて、GDまで持ち込んで北極星を引きつけ、その間に別働隊が進の身柄を拘束するという作戦だったが、やはり筑波はアウェイだ。進を追った別働隊は土地勘のなさが原因で進を取り逃がした挙げ句、日本側の特殊部隊に殲滅された。東京から連れてきたならず者では、北極星が用意した部隊に勝てない。


 かくなる上は北極星が戦いにくく、進が逃げられない状況を作るしかない。進の高校を占拠するのだ。ファウストとしてもやりたくない作戦だが、目的を果たせなければファウストが生きている意味がない。


 この作戦で、あの男が作り上げたスパイ網は何もかもが露見し、いよいよ壊滅するだろう。進の周囲を急いで探らせたせいで、すでにメンバーの一部が摘発されている。しかしすでにファウストたちは崖っぷちまで追い詰められていた。座して死を待つくらいなら、どんな手を使ってでも〈エヴォルノーヴァ〉を奪取して逆転を狙う。


「卑怯な俺を許してくれ、美月……」


 ファウストは懐から薄汚れたピンク色のリボンを取り出し、握りしめた。

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