4 罰
午後五時前、会場を閉める直前に進と北極星は軍高官用の送迎車でホールを訪れた。二人とも軍の正装で身を包み、空軍の正式な弔問という体裁だ。
元々、北極星は軍の代表として献花に訪れる予定だった。公人としての訪問なら権力でマスコミの類を排除できるので、訪問したいと主張した進を一緒に連れてきたのだ。
車を降りる前に、北極星は念を押す。
「いいか、何を言われても黙っているのだぞ。決して反論するな。絶対にもめる。どうせ後で軍の広報が正式な発表をするのだ。取材を受けないことを気にする必要もない」
「わかってる……」
進と北極星は車を降りて、まず警備員に敬礼する。待ち構えていたマスコミがフラッシュを炊いて写真を撮影した。
会場入りしようとする進と北極星の針路を邪魔するようにマスコミの連中がマイクを突き出す。
「煌准将! 今のお気持ちは!?」
「事件当日、あなたはどこにいたのですか!?」
「生徒を盾に逃げたというのは本当ですか!?」
「答えてくださいよ! 逃げたんでしょう!?」
失礼な質問をしてくる者も大勢いた。しかし進はじっと耐えて、ホールの中に入った。
ホールにはテロ犠牲者の遺族がまだぽつりぽつりと残っている。冷たい視線を感じながらも進と北極星は持ってきた花束を献花台に捧げ、黙祷する。
(みんな、ごめんな……。俺のせいでこんなことになって。俺はいくら恨まれても構わない。報いも甘んじて受ける。だから、美月だけは許してほしい……)
全てが終わった後、進と北極星はすみやかに退出しようと献花台の前を離れる。しかしそこで、一組の夫婦が進たちの前を遮った。
「人殺し! おまえのせいで浩介と愛花は……!」
夫は今にも掴みかからんという剣幕だ。妻の方は黙って夫を見守っているが、進に非難がましい目を向けている。進は思わず目を伏せた。
夫婦の顔には見覚えがあった。妻は進と同じクラスだった内牧さんによく似ていて、夫はパイロットとして土浦基地に勤務していた内牧中尉にそっくりだった。夫婦は二人の両親なのだ。夫婦の子どもは、二人とも進を狙うテロリストによって殺されたのである。
同級生の内牧さんは進に「学校をやめないで」と言ってくれた。その結果がこれだ。進はいったいどう詫びればいいのだ。
「……」
北極星に発言を禁じられている進は黙っているしかない。代わって北極星が前に出た。
「彼に罪はありません。全ては上官である私の責任です」
北極星の顔を見た夫婦は顔色を変える。
「あなたは焔先生……いや、焔元帥……!」
進は知る由もないことだが、内牧夫婦だけは北極星が教師と軍人という二重生活を送っていることを知っていた。子ども二人が関係者となるので隠し通せないと見て、北極星は極秘任務であると説明を行っていたのだ。
「私の力不足で、あってはならないことが起きてしまいました。こんなことになってしまい、どうお詫びすればよいのか。ただただ申し訳ない」
北極星は深々と頭を下げる。進もそれに習った。息子の上官にして娘の先生に頭を下げられ、夫婦は少しだけ冷静になる。夫は拳を震わせながら言った。
「本当は、彼のせいでないことはわかってるんです……! 息子は軍人だったので覚悟もしていた……! でも、この悲しみをどうすればいいのかわからない……!」
夫はむせび泣き、妻は夫を支えるように隣についた。二人とも、あまりの理不尽に怒りの矛先がなかっただけなのだ。なのでマスコミがやり玉に挙げている進に怒りを向けた。
「できる限りのことはさせていただきます。許してくれとは言いません。しかし、どうか理解してください」
北極星の言葉を聞いて夫はその場に崩れ落ち、号泣した。
さて、内牧夫妻のように行き場のない悲しみを進にぶつけようとしていた者ばかりではない。目的を持って、進を糾弾しようという集団もいる。次に進の行く手を遮ったのが彼らだった。
「人殺しども! 日本から出て行け!」
「憲法を守らないからこんなことになった!」
「軍隊は民間人を守らない!」
「筑波を平和な学園都市に戻せ!」
室内だというのに怪しい一団は横断幕や旗を掲げ、進と北極星に罵声を浴びせる。テロのショックで反戦団体も行動を過激化させているようだ。反戦団体はホールの出入り口を塞いでいた。進と北極星はホールから出ることができず、立ち尽くす。
「ホール内で騒がないでください!」
「通行路を塞がないで!」
すぐに警備員が飛んできて、反戦団体の構成員たちを排除に掛かる。今のうちだ。進と北極星は足早にホールから出た。
ホールから出てすぐ、進は頭に強い衝撃を受けてうずくまる。
「死ね、人殺し!」
手にした旗で、反戦団体の一人が進を殴ったのだ。ここまでやるか、と思うが仕方ない。これも進への罰である。進は立ち上がって歩き出すが、参列客は暴徒化し、事態は収拾不能に陥った。
「娘を返せ! クソ野郎!」
「何が英雄だ! 逃げ出した卑怯者め!」
「また逃げるのか!」
やがて矛先は進以外にも向き始める。
「やっぱり軍は俺たちを守る気はないんだ! 東京から逃げ出しやがって、十年前を忘れてないぞ、クズども!」
少なくとも進は逃げ出したことなんて一度もない。筑波を守るため、ずっと危険な戦いに身を投じてきた。
「軍の警備も逃げたんだろう! ふざけるなよ!」
雇われていた警備員は全員テロリストと戦って戦死していた。エレナも皆を逃がすため戦い、死んでいる。稲葉さんも重傷だ。
「俺たちを盾にすることばかり考えやがって! 軍なんかゴミばかりだ! おい、おまえのことだよ!」
一人の一般市民がホールの警備員に対して暴言を吐いていた。誰が市民を守ってきたと思っているのだろう。口先で平和を唱えれば戦争は起きないとでもいうのか。
何もかもが滅茶苦茶だった。進は北極星とはぐれ、もみくちゃにされながらゆっくり出口に向かって歩いていく。警備員はかなり増員したが、ほとんど暴動のような現状ではどうしようもない。
市民の進への絡み方は強烈だった。制帽はどこかに飛んでなくしてしまった。上着のボタンなどほとんどなくなっているし、袖は破かれて肩口からワイシャツが露出している。進は手や顔にひっかき傷を負い、見るも無惨な有様だ。
進は一切反撃せず、耐え続けた。ここで進が暴れれば、もっと軍の評判が悪くなる。もっと進の仲間たちが悪く言われる。自分のことはどうでもいいが、北極星に迷惑を掛けるわけにはいかない。
苦難の道を抜け、もうすぐ軍の送迎車が待っている地点へ辿り着く。先行している北極星はそこで待っているはずだ。進は大衆を掻き分け、前進する。
車の前で進が目にしたのは、北極星が殴られて膝をついている光景だった。怒りのボルテージは一気に限界を突破する。
「死んで詫びろ、人殺し!」
興奮した一人の男が、バールのようなものを振り上げる。次の瞬間、全身の血が沸騰したみたいに熱くなって、進の体は動いていた。
「北極星から離れろ、クソ野郎!」
進の拳が男の顔面に炸裂し、男は倒れる。衝撃の瞬間を捉えようとカメラのフラッシュが何度も瞬いた。