8 空戦
敵の数は〈ノーヴァ・フィックス〉一機に〈バイパー〉が三機、計四機だった。〈バイパー〉は大方東京か群馬あたりから陸路で運び込み、筑波でパイロットを乗せて飛ばしたと思われる。監視は買収したのだろう。この程度の数ならごまかしが利く。
筑波の駐留部隊によるスクランブルはなかった。今頃大慌てで準備しているだろう。GDも整備を済ませて燃料、弾薬を搭載するなど準備をしていなければすぐには飛べない。事前に準備を終わらせていてすぐに飛ばせるのは緊急待機の二機だけである。
最前線とは少し距離がある筑波に駐留しているのは一個飛行隊だけなので、緊急展開できるのはその程度なのだ。また配備されている機体の半数は、敵の奇襲に備えて地下シェルターに隠してある。全戦力を展開しようと思えば、一時間は掛かる。
すぐに出せる土浦基地の二機は温存すべきだろう。他にファウストに策がないとは限らない。北極星は土浦基地にGDを出撃させないよう指示を出し、単機で〈ノーヴァ・フィックス〉を中心とした部隊に挑む。
「ファウスト、こんなところまで出張ってきて何が目的だ? わざわざ私に叩き落とされに来たのか?」
北極星はオープンチャンネルを使ってファウストを挑発する。ファウストは北極星にとって前大戦からの仇敵だ。お互いグラヴィトンイーター専用GDを駆って、何度も戦った。
そのときは互角だったが、今となっては差は歴然である。理由は簡単で、ファウストの所属する西日本アメリカ合衆国亡命政権がハワイの異世界人集団〈スコンクワークス〉と敵対しているからだ。ノーヴァシリーズの整備ができるのは〈スコンクワークス〉だけである。〈スコンクワークス〉の敵となったファウストはその支援を受けられず、アメリカ軍の量産GDのパーツを使って自身の機体を補修する他なかった。
結果完成したのが〈ノーヴァ・フィックス〉だ。一回り大きい〈バイパー〉の手足を流用したため胴に比して手足が不釣り合いに大きくなり、前面には〈バイパー〉用の追加装甲を取り付けた。
ノーヴァシリーズは本来電気推進で空を飛ぶ。それだけの出力をグラヴィトンイーターは得られるのだ。しかし電気推進のアークジェットスラスターを維持できなかったファウストはそれらを全て化学燃料を使用したロケットエンジンに入れ替えている。アメリカ製ロケットエンジンは推力が高く、最大出力だけならノーヴァシリーズのアークジェットスラスターにもひけをとらないが、重量がかさみ、燃費も悪い。
そのため機動性や航続距離は大幅に低下していて、〈ノーヴァ・フィックス〉は量産機よりは上だが〈ヴォルケノーヴァ〉には対抗できない機体となっていた。ファウストだけなら筑波市に侵入するのも簡単だろうに、無理して僚機を連れてきたのも〈ヴォルケノーヴァ〉との戦いを見据えてのことだろう。
『……答える義務はない』
北極星の挑発にファウストはそっけない返信をしてきた。どのみちファウストの目的はわかっている。〈エヴォルノーヴァ〉の手掛かりだ。情報源として進を狙っているのである。
〈ヴォルケノーヴァ〉はレールカノンを右手に携え、高空で散開する敵機に突撃する。北極星が最初に目を着けたのは陣形の端に位置する一機だった。他の三機とやや離れていて、各個撃破のチャンスである。〈ヴォルケノーヴァ〉は高度をぐんぐん上げながら敵機に照準を合わせる。
通常、空戦では高空に位置する方が有利である。高空から急降下することで加速し、位置エネルギーを攻撃力に変換できるからだ。逆に低空から上に向けて撃つと、火砲でもミサイルでも重力に引っ張られ、射程や威力が落ちてしまう。
GDも重力軽減が効くのは機体の周囲だけであり、主砲となるレールカノンもいくら初速が速いとはいえ影響を受ける。〈ヴォルケノーヴァ〉のレールカノンも基本的には量産機のものと同じであり、敵機が高空を占位しているこの状況では、先制攻撃を受けることを免れない。
北極星が狙った、やや離れていた一機は囮である。〈ヴォルケノーヴァ〉が囮に向かっている間に他の三機は〈ヴォルケノーヴァ〉の背後に回り込み、二機の〈バイパー〉が急降下しながらレールカノンを発射する。しかし、北極星は自分が狙った機体が囮だということは見抜いていた。
「……見えているぞ!」
北極星は叫び、サイドスティックを小刻みに動かして敵の砲火を避ける。
人型であるGDには頭部に二つのアイセンサーがついているが、これはレーザー測距装置や赤外線捜索追跡システム(IRST)を組み合わせた複合センサーだ。外部の映像を映すのは機体の各部に搭載されたカメラである。カメラからの映像をパイロットの脳に直接投影し、パイロットはその映像を元に機体を動かす。
このとき、パイロットの脳内には前だけでなく側面や後方、上方や下方に至るまで全方位が映っている。多くのパイロットは機体の周囲全てが映っていることをなかなか活かせず、前だけに気がいってしまうのだが、北極星は才能と経験が違った。後方の映像から敵機の加速の方向とレールカノンの構え方を見て弾道を瞬時に予測し、〈ヴォルケノーヴァ〉の機動性で避けたのだ。
レールカノンは一度撃てば砲身冷却で一分間ほど使用不能になる。腰のハードポイントに戻し、太ももの裏側にある放熱フィンを使用しなければならない。レールカノンを撃った〈バイパー〉二機は十分距離が離れているため、砲身冷却が済むまで戦力外だ。北極星は脇目もふらず孤立している〈バイパー〉に突進していく。
囮役を務めていた〈バイパー〉も正面からレールカノンを撃ってきたが〈ヴォルケノーヴァ〉は難なく避け、逆にレールカノンでロックする。次の瞬間〈ヴォルケノーヴァ〉はレールカノンを発射し、〈バイパー〉の頭を吹き飛ばした。
〈ヴォルケノーヴァ〉は着弾を確認することなくレールカノンを腰の裏に戻し、V字にターンする。推力に比して重量が異様に小さい〈ヴォルケノーヴァ〉の機動性なら最大戦速で鋭角に動くことも可能なのだ。
〈バイパー〉もグラヴィトンドライブによる重力軽減は働いており、従来型の航空機と比べれば格段に機動性は高いが、ノーヴァシリーズには劣る。〈バイパー〉が対空ミサイルを難なく避けられるほどの機動性なら、ノーヴァシリーズは自分を追尾するミサイルの背後に回り込めるほどの機動性を有している。〈バイパー〉たちは北極星の動きについていけない。
北極星が向かった先は、こちらを狙って〈ヴォルケノーヴァ〉の背後に回り込もうとしていた〈ノーヴァ・フィックス〉である。ファウストは古強者らしく〈ヴォルケノーヴァ〉が最も無防備になる瞬間、攻撃の終わりを待っていたのだ。
〈ヴォルケノーヴァ〉が向かってきても、ファウストは新兵のように慌ててレールカノンを撃ち返したりはしない。ギリギリまで〈ヴォルケノーヴァ〉を引きつけ、装甲の薄い肩を狙ってレールカノンを撃ち込む。
北極星は避けられないと見ると左手の盾でレールカノンを受け、右手で腰の脇に据え付けられているプラズマレンチを抜いた。電磁場の中に高温のプラズマを閉じ込めた装備で、剣のように使える。元は地上でトーチカなどを破壊するために開発された工具なので、プラズマレンチという呼称になった。
北極星は子どもの頃から剣道は得意だった。空戦でも、その腕は十全に発揮される。
すぐさま〈ノーヴァ・フィックス〉もプラズマレンチを抜き、〈ヴォルケノーヴァ〉と〈ノーヴァ・フィックス〉は互いのプラズマレンチをプラズマレンチで受けた。盾や本体装甲は実弾には強いが、プラズマレンチの高熱に耐えられるのは数秒程度だ。しかし電磁場同士が反発するので、プラズマレンチはプラズマレンチで受けられる。
オープンチャンネルを介して北極星とファウストは言葉を交わす。
「さすがだな……!」
『簡単には負けられない……!』
互いの側面を狙いながら二、三度斬り結んだところで、北極星は〈ヴォルケノーヴァ〉を反転させた。そろそろ〈バイパー〉のレールカノンの砲身冷却が完了する。そちらに対応しなければならない。当然〈ノーヴァ・フィックス〉は〈ヴォルケノーヴァ〉を追いかけようとするがプラズマレンチに代えて右手に装備したハンドバルカンで牽制し、思うように戦わせない。
レールカノンを撃てるようになった二機の〈バイパー〉は北極星がファウストと戦っている間に高度を稼いでいて、またも急降下しながらレールカノンを撃ち下ろしてくる。〈ヴォルケノーヴァ〉は一発を避け、もう一発を盾で受けた。
盾も二、三発レールカノンが当たれば防御力を失うので潔く〈ヴォルケノーヴァ〉は盾を捨てる。〈ヴォルケノーヴァ〉は右手の装備をプラズマレンチに戻して、空いた左手に72ミリショットカノンを持ち、同じくショットカノンを装備して白兵戦を挑もうとする〈バイパー〉二機に接近した。
〈ヴォルケノーヴァ〉は二機の〈バイパー〉の側面にすばやく回り込み、二機が〈ヴォルケノーヴァ〉に対して直列になる位置取りをする。こうすれば後ろの一機は前の一機が邪魔になって戦闘に参加できない。
敵が反応するより前に〈ヴォルケノーヴァ〉は72ミリショットカノンを放った。
72ミリショットカノンは信頼性がウリの従来型火薬式カノン砲である。レールカノンより射程は短く威力も低いが、連射性能はこちらが上だ。バナナ型弾倉を交換することで対装甲用のAPFSDSだけでなく、散弾や焼夷弾など様々な砲弾を撃つことができる。
今回北極星が使ったのは散弾である。正面から撃っても装甲を突破できずあまり効果はないが、至近距離から装甲化されていないロケットエンジンを撃てば別だ。
ショットカノンが吐き出す無数の徹甲弾を受けた〈バイパー〉は肩のロケットエンジンが爆発し、墜落する。続けて〈ヴォルケノーヴァ〉はもう一機の〈バイパー〉に関節を狙ってプラズマレンチを振り降ろし、手足を斬り飛ばして戦闘不能に追い込んだ。
GDに戦闘機動をとらせ、レールカノンを撃って当てるという動作はある程度誰でもできるようになる。集団戦ならそれができれば充分戦力だ。しかし少数同士の戦闘なら白兵戦は避けられず、白兵戦のスキルはパイロットの差が如実に表れる。普通レベルのパイロットに北極星が負ける要素はない。
これで残るは頭部を破損した〈バイパー〉とファウスト自身の〈ノーヴァ・フィックス〉だけだ。頭部を破壊されたGDはレールカノンの照準がかなり怪しくなる。頭部のない〈バイパー〉はレールカノンを抱えて〈ヴォルケノーヴァ〉に接近してくるが、こちらのレールカノンも砲身冷却が完了して発射できる態勢になっていた。
直線加速してレールカノンの発射態勢に入る〈バイパー〉を引きつけ、〈ヴォルケノーヴァ〉は闘牛士のようにサッと横に回り込む。レールカノンの発射時には充分に加速して射程と威力を伸ばすというのが基本だが、常に基本通りというのは馬鹿のやることだ。
〈ヴォルケノーヴァ〉は横に滑るように機動しながらそのまま進路を変えず、レールカノンを撃った。加速をつけているときほどの威力は無くても側面装甲なら問題なく貫ける。〈バイパー〉は爆散した。
「さて、貴様で最後だな……」
北極星はファウストに呼びかける。
『……』
ファウストは何も答えず〈ノーヴァ・フィックス〉は北極星に背を向けて遠ざかっていった。久しぶりに本格的な戦いをしたせいで思った以上に消耗しているのか、気付けば北極星は汗だくだった。
GDを操縦するには非常に体力を使う。コクピットにも重力軽減が働いてパイロットの体重も軽くなっているため、急加速や急旋回で消耗するということはないのだが、頭は疲れるし集中力を要する。機体の脳波制御や外部映像の脳内投影で脳を酷使しているのだ。
北極星はファウストを追いかけることなく地上に着地し、機体から降りた。
進につけておいた発信器を確認すると、進は元気に動いていて、自宅を目指しているようだった。特務飛行隊諜報部に進の護衛も命令してあることだし、この分なら大丈夫そうである。北極星も進の家を目指すことにした。