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斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロス ~異世界からの侵略者~  作者: ニート鳥
斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロスⅢ ~代償は、血と痛み~
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21 最終局面

 敵の驚異的な粘りに苛立ちつつも、マリーたちは着々と煌美月を追い詰めていた。煌進がいないのは残念だが、美月でも日本政府との交渉材料になりそうである。日本軍の要人を人質に捕虜となった仲間たちの解放を要求するという〈合衆国解放戦線〉の作戦は成功の目が出てきた。


 体育館の瓦礫を盾にゲリラ的な攻撃でマリーたちを苦しめた中年男は、負傷させて撤退に追い込んだ。校舎を守っていた兵士たちも、迫撃砲を撃ち込んで黙らせた。屋上への階段を塞いでいた美月の護衛と思われる白人系の女も、M72の一撃を受けて無事では済むまい。死なないまでも戦闘能力は喪失しているはずだ。


 迫撃砲で直接屋上を攻撃すればもっと簡単に護衛を排除できたが、美月を殺してしまう可能性を考えると実行できなかった。校舎班に二人の犠牲者を出してしまったのは痛いが、必要な犠牲だったといえる。


 まぁいい。日本側の重要人物と思われる美月の確保は確実だ。代わりに煌進は殺しても問題ないだろう。仲間たちの命は、煌進の命で償わせる。


 マリーは仲間たちに言った。


「さぁ、さっさとカガヤキ・ミツキを屋内に移動させるわよ。時間を掛けすぎると私たちも危なくなる……!」


 M72の一撃で階段は完全に崩落していたが、マリーたちは倉庫にあった梯子を持って上がっている。梯子を掛ければ簡単に屋上に到達可能だ。マリーは肩を撃たれて負傷していたが、興奮で痛みはない。ただただ熱いだけだ。


 風向きからして後五分程度で屋内に退避すれば、マリーたちはリーダーが投下した切り札の被害を受けずに済む。煌美月の身柄を材料に、ゆっくり校舎内から日本政府と交渉すればいい。


 後からのこのこと煌進が屋上に現れれば、その瞬間にマリーの勝ちは確定だ。せいぜい苦しんで死ねばいい。父の恨み、思い知れ!



「クッ……!」


 一瞬気を失った後、エレナはすぐに目覚める。とっさに壁の影に退避したが、それでもダメージは深刻だった。着ていた体操服はズタボロで、全身が傷だらけ。苦痛でうまく呼吸ができない。


「エレナちゃん、いったい何が起き……」


 あまりの爆音で気絶していた美月が目を覚まし、様子を見に来る。しかしエレナは気合いで立ち上がり、叫んだ。


「来ないでくださいまし!」


「エレナちゃん、腕……!」


 美月はエレナの姿を見て、その場に立ち尽くす。エレナの左腕は、肘から先がなくなっていた。


「大丈夫です、あなたは必ず私が守ってみせます……!」


 弱気を見せないよう、エレナは笑顔を作って言った。美月は血相を変えてエレナのところに駆け寄る。


「大丈夫じゃないよ! エレナちゃん、死んじゃうよ!」


「いいから、隠れて!」


 近づいてきた美月を、エレナは突き飛ばす。尻餅をついた美月は呆然とした顔でエレナを見上げる。


「……これがあなたのやったことの代償です。私がやったことの代償です。でも私は後悔なんかしていません。進さんのことを命に代えても守りたいと思っているから。あなたのためにも、死んでも構わないと思っているから」


 進はエレナの大切な人だが、同じくらいに美月だって大切だ。東京で進に助けられて筑波に来たばかりのとき、世話を焼いてくれたのは美月だった。クラスメイトたちとも美月がいなければ仲良くなることはできなかった。


 美月は言葉が出ないようで、そのまま俯く。エレナは転がっていた布切れで左腕の傷口を縛り、止血した。最後の最後まで戦い抜く。エレナはとうの昔に決意していた。



 敵は自分で階段を壊してしまっていたため、梯子を掛けて屋上に上がろうとしていた。屋上まで来られたら終わりである。最後の水際阻止作戦が始まった。


 エレナは職員室から持ち出していたイングラムM10短機関銃で弾をばらまき、敵が屋上に来るのを阻止した。梯子の中ほどまで昇っていた敵は慌てて飛び降り、難を逃れようとする。しかし空中で弾を避けるなど人間には不可能だ。二人ほどが被弾して床に叩きつけられる。


 続けてエレナは口で手榴弾のピンをはずし、階下に投げ込む。梯子程度なら手榴弾で破壊できるのではないか。そんな期待を込めた一撃だ。オレンジ色の閃光とともに、真っ黒な粉塵がエレナのいるあたりまで噴き上げてくる。梯子は真ん中から折れて下に落ちていった。防衛成功だ。


 しかしエレナは手榴弾を投擲した後、無防備になっていた。片手しか使えないので、ハーフパンツに突っ込んでいたイングラムを取り出し、引き金に指を掛けるまでエレナは何もできない。一瞬の隙をついて、敵は反撃を浴びせる。


 エレナは右手を撃たれ、イングラムを弾き飛ばされる。映画か何かのように銃だけとはいかない。人差し指と薬指を持っていかれた。まだ拳銃はあるが、人差し指がなければトリガーを引けない。もうエレナは銃を撃てない。


 さらに射撃は続き、エレナは後退を余儀なくされる。エレナは残っていた手榴弾を投げることで抵抗するが、あまり効果はなさそうだ。下が見えなくて狙いがつけられないし、指が二本欠損した状態ではうまく投げられない。


 エレナは屋上入り口から距離をとる。そして激痛を堪えて服の下に隠していたホルスターからナイフを抜き、構えた。もうほとんど握力がなくなっていて、戦えるとは思えない。でも、エレナの牙はもうこれだけだ。


 梯子はもう一本あったのだろう、敵は悠々と屋上まで昇ってきた。エレナは一番前にいた白人の女に向け、ナイフを腰だめに構えて突撃する。


 エレナと同年代に見える女は冷静に対処した。女は即座に小銃を構え、射撃する。足を撃たれたエレナはもんどりうって転倒し、女のところに辿り着けない。


「敵ながらあっぱれというところね。降伏しなさい。命だけは助けてあげる」


 油断なくエレナに銃を向けながら、女は英語で降伏勧告をしてくる。そうしている間に女の仲間は美月を取り囲み、銃を向けて確保した。


「お断りしますわ。私、テロリストって大嫌いですから」


「ハッ、今のあんたに何ができるの? 自殺志願ってこと?」


 女はエレナの答えを嘲笑った。実際、エレナにもう打つ手はない。しかしエレナは大の字に寝転んだままで、茶目っ気たっぷりに微笑んだ。


「正義のヒーローは、最後の最後に登場するものですわよ?」


 エレナの目には、屋上へと急行する〈プロトノーヴァ〉の姿が映っていた。もう大丈夫だ。美月は助かる。

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