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斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロス ~異世界からの侵略者~  作者: ニート鳥
斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロスⅢ ~代償は、血と痛み~
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20 エレナ、最後の戦い

「よし、開きましたわ!」


「さぁ、君から行くんだ!」


 エレナの人生で最も長い数分間だった。エレナは稲葉さんと一緒に転がっていたバールで壁に穴を開け、外への脱出口を作っていたのである。


「美月さんは……!」


 エレナは美月も連れて行けないかと思い、美月の方を見る。いつの間にか体育館に侵入した一人のテロリストが小銃で美月を狙っていた。


「危ないですわ、美月さん!」


 警告するより先にエレナの体は動いていた。手持ちの拳銃でエレナはテロリストの女を撃つ。


 エレナの放った銃弾はテロリストの肩を撃ち抜き、テロリストの照準がわずかにずれる。テロリストは銃を乱射したが美月の体には着弾せず、背中のチューブをズタズタに引き裂いた。たちまちチューブから血液が噴出し、美月はその場に倒れる。


「美月さん!」


 エレナは美月に駆け寄り、助け起こす。美月は失血のショックで気絶しているようで、ピクリとも動かない。エレナは美月に刺さっていたチューブを抜き、自分の上着を巻き付けて止血する。今の美月はグラヴィトンイーターだ。エレナにはこの程度しかできないが、きっと助かると信じたい。


 稲葉さんもエレナと美月の元に駆けてくる。


「クッ……! エレナ君、君は彼女を連れて逃げなさい!」


 見れば、美月が操っていたロボット兵士たちは動きを止めてしまい、生き残っていたテロリストが体育館に向かって走ってきていた。迷っている暇はない。稲葉さんをしんがりに残し、エレナは美月を抱えて壁の穴から脱出する。エレナは美月をおぶって体育館から遠ざかってゆく。


 外に出て、皆は逃げ切れただろうかという疑問が浮かんだ。程なくしてエレナは答えに辿り着く。


「酷い……!」


 体育館裏の通路に差し掛かったところで、エレナは見つけてしまった。機能停止した美月のロボット兵士。その前に転がる無数の黒焦げ死体。どう見ても、エレナのクラスメイトのものだ。


 クラスメイトとの思い出が、エレナの脳裏を駆け巡った。軍人と二足のわらじを履いていたとはいえ、一年間皆と過ごしてきたのだ。普段の授業だったり、体育祭だったり、文化祭だったり。クラスメイトたちは敵国の血が混じったエレナを差別せず、輪の中に入れてくれた。こんな悲しいことがあっていいわけがない。


「エレナちゃん……私を置いて逃げて……」


 エレナの背中で、美月は蚊が鳴くような声で伝えてくる。美月が目を覚ましたのである。


「何を言っているのですか! そんなこと、できるわけがないでしょう!」


 美月は失血による体調不良で弱気になっているのだろう。エレナは美月を叱るように言った。


 しかし美月はエレナの背中でポロポロと涙をこぼし始める。


「これ……全部、私がやったんだよ? みんなが死んでもこいつらを殺さなくちゃ、どうしてもお兄ちゃんが危ないって思えて……。私、もうダメだ……。お兄ちゃんに合わせる顔がない……」


 美月の涙がエレナの首元を濡らす。美月の涙はやけに熱くて、エレナは体を震わせた。


「だからどうしたというのですか……!?」


 エレナは背中の美月に向けて感情を爆発させる。今の美月に優しく言ってもだめだ。強い言葉でないと、立ち直ってくれない。


「進さんも、本当にどうしようもないのなら、あなたのためなら、同じ事をするでしょう……! 進さんが、あなたのためにどれだけ頑張っていて、どれだけ危険な目にあっていて、どれだけ罪を重ねているか……! 私は絶対にあなたを死なせません! でも、それはあなたのためじゃない……! 進さんのためです!」


「エレナちゃん……!」


 美月が背中でうなだれているのがわかった。エレナは続ける。


「自分のやったことの責任をとるのも、生きていないとできません……。私に任せてください……!」



 エレナは校舎の中に入り、上へ上へと階段を昇っていく。敵は美月を狙っているが、エレナに美月を連れて逃げ切るだけの力はない。エレナには籠城策しかなかった。


 そして校舎に籠城するならベストなのは屋上だ。敵のGDは美月が排除した。敵は空から屋上を攻撃することはできないのだ。重火器の類も敵は美月のロボット兵士との戦いで失っている。屋上なら、下からの攻撃を凌ぐだけでエレナたちは生き残れる。


 問題は敵の侵入を防げるだけの武器を確保できるかだ。エレナの手持ちの拳銃だけではとても無理である。稲葉さんが時間稼ぎしている間に、武器も取りに行かなければならない。校内で武器を置いている場所は北極星から聞いていた。


 エレナは途中で職員室に寄り、北極星が自分のデスクに隠していた武器を回収する。あったのはイングラムM10短機関銃と手榴弾数個だ。これくらいなら美月を抱えたエレナでも屋上まで運べる。


 また屋上には64式小銃が収められたケースが置いてあった。これだけあればどうにか防戦できそうだ。エレナは美月を給水タンクの影に避難させた。美月は緊張の糸が切れたかのように再び意識を失ってしまうが呼吸、脈拍は正常だ。出血も止まっている。当面、心配はないだろう。


 エレナは手榴弾で階段にトラップを仕掛け、敵を待ち構える。


 敵はすぐにやってきた。まだ七、八人残っていた敵は校舎内を捜索する班と外を捜す班の二手に分かれていたようで、こちらに来ているのは四人である。階段の真上にいるエレナには、敵が昇ってくる様子がよく見えた。


 エレナは直上から手榴弾を敵勢にお見舞いする。


「手榴弾だ! 逃げろ!」


 敵はすぐにエレナの攻撃を察知して、物陰へと退避した。手榴弾は階段を跳ねて敵のいる階を素通りしてから爆発し、エレナの攻撃は空振りに終わる。


「せめて一人倒せていれば全然違ったのですが……!」


 悔やんでいても仕方ない。敵はエレナがいる方の階段を避け、反対側の階段を使うだろう。校舎にもGDのレールカノンが着弾して被害が出ているので、破壊された場所を迂回する必要はある。敵が時間を食っている間に、次の策を練らなければ。


 どのみち屋上へとあがれる階段は一ヶ所、エレナがいる側だけである。この階段を守りきればエレナの勝ちだ。反対側の階段を使っても、最上階で廊下を通ってこちらに来て、エレナ側の階段を上がるしかない。


 あえてエレナは階段を降り、最上階で敵を待ち伏せる。階段を昇ろうとして上から攻撃されることは想定していても、廊下で攻撃されることは想定していないだろう。エレナは廊下に出て来た敵に向けて、フルオート射撃をお見舞いした。


 この世代の小銃としては、64式小銃はフルオート射撃の精度が高い方である。当時の日本人の体格に合わせて反動の小さい弱装弾を採用しているので、フルオートで連射しても扱いやすいのだ。


 それでも弾の行き先はかなりばらける。狭い廊下で跳弾も発生し、窓ガラスが次々と割れた。敵は慌てて教室に飛び込み、弾を避けるが間に合わない。結果、先頭の一人が盾になる格好となり、後方の三人だけが退避に成功する。先頭の一人は7.62ミリ弾に全身をずたずたに裂かれて血の海に倒れ、まずは一人倒せた。


 このまま廊下で全滅させられれば簡単だったのだが、敵も馬鹿ではない。エレナの奇襲を警戒し、敵は教室内を進むようになる。爆薬と工具を使えば教室の壁などあってないようなものである。すぐに敵はエレナが隠れている階段脇の壁まで到達するだろう。


 エレナはさっさと屋上の階段踊り場まで退避し、再び待ちの姿勢をとることにした。ここからが本番だ。エレナは64式小銃の二脚架を展開し、踊り場に伏せて階下に狙いをつける。エレナも爆薬を使って階段を破壊できれば一番簡単だったが、あいにく対人用の手榴弾しかない。


 敵は慎重で、まずワイヤーと手榴弾でエレナが作った階段のトラップを発見する。敵は教室の影からワイヤーを狙撃してトラップを破壊するが、その間わずかにエレナの前へと頭を晒していた。


 狙撃手に対抗するには狙撃手だ。エレナの64式小銃は狙撃銃としても正式採用されていた小銃である。命中精度は高い。専門の訓練を受けたわけではないエレナでも、この狙撃とはいえない距離ならやれる。


 エレナはア・タ・レと目盛りがついたセレクターを回し、レ(連発)からタ(単発)に切り替えた。ちなみにアは(安全)である。若干の緊張を覚えつつ、エレナは引き金を絞る。


 次の瞬間、敵の狙撃手は脳漿をぶちまけ絶命した。エレナは安堵の息を漏らすが、まだ敵は二人残っている。


 先は長いが、終わりは見えてきた。遠くの方から、ヘリコプターのローター音が聞こえる。まさか敵のヘリではないだろう。味方か、あるいはマスコミか。いずれにせよ日本軍側にヘリを飛ばす余裕が出てきたということだ。このまま持久していれば、もう少しで助けは来る。


 二人残った敵は階段を強行突破しようとせず、物陰に身を隠しながら小銃や手榴弾でチマチマとエレナを攻撃する。エレナは反撃するが、敵はすぐに隠れてしまうためなかなかダメージを与えられない。敵の攻撃も相応に精度が悪いためエレナは無傷だが、じれったい時間が流れていく。


(弾切れ狙い……? いや、増援待ちですわね……!)


 エレナはそう推測した。敵は校舎組と外回り組に別れている。敵は外回り組を呼んだのだろう。校舎組の二人だけで階段を突破するのは厳しい。しかし攻城戦には三倍の兵力だ。数が増えれば途端に屋上到達は現実的となる。


 外回り組が校庭に打ち捨てられている重火器を持ってくると厄介だ。しかしエレナにそれを阻止する手立てはない。今はエレナが防戦に徹しているからこそ膠着状態なのであり、前に飛び出れば殺されるだけだ。


(早く来てください、進さん……! 今ならまだ間に合います……!)


 焦る気持ちを必死に抑え、エレナは終わらない防戦を続ける。



 やがてエレナの危惧は現実のものとなる。増援の三人はM72 LAW 対戦車ロケット砲を持ってきていた。


 M72の外見はバズーカ砲とそっくりの大きな円筒形だが、中身は全く違う。M72は使い捨てのロケットランチャーだ。コストや簡便性を評価されてベトナム戦争時代から使われ続けている。最新の戦車には威力不足でも、ちょっとした装甲車くらいなら一撃である。建物に籠もる敵にも効果的だ。


 あんなものを撃ち込まれたらひとたまりもない。エレナはM72を肩に担いで構える女テロリストを撃ち倒そうとするが、他の敵からの銃撃が激しくなって狙いきれない。エレナは慌てて踊り場から屋上へと退避しようとする。直後にロケット弾が着弾し、エレナは爆風に吹き飛ばされた。

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