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天使が織り成す世界 ~マジメな天使とヘンな魔族が争う日々~  作者: ストレーナー
アルストリア領編

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第66-1話 正義とは

 いきなり消滅した礼拝堂の代わりに立ち上る、巨大な数本の炎の柱。


 そこから飛び出してきたのは一人の天使と一人の堕天使、そして巨大な体躯を持った一頭の赤毛の馬だった。


「なかなかに強引ですね我が主は。私好みの戦闘ではありますが、巻き込まれる側に立たされたとあっては、多少の恐怖を感じずにはいられませんでした」


 赤毛の馬の姿に戻っていたバヤールは、再び人間の姿になってアルバトールに不満を言うと、そのままジョーカーの方を向いてそちらに注意を払う。


[やれやれ、こちらがちょっと定石どおりで読みやすいと指摘しただけで、随分と粗暴で突発的な戦い方をするように……む?]


 何かの異常を感じたのだろうか。


 ジョーカーは自らの右腕に備えた腕輪に不審そうな視線を向ける。


 それに気付いたアルバトールも注意深くジョーカーが身に着けている腕輪を見ると、それに装飾されている宝石には細かいヒビがいくつも入っていた。


[ふむ、これは予想以上だな……まさか君がこれほどまでに力をつけているとは思っても見なかった]


 感心したようにジョーカーが呟いた途端、宝石は光を発して腕輪から外れて地面に落ち、粉々に砕け散る。


[ゲームは君たちの勝ちだ。腐敗の術を解き、ノエルの身柄を受け渡そう]


 そしてあっさりとゲームの終了を告げるジョーカーに、アルバトールたちは呆気にとられて目の前の堕天使を見つめたのだった。



「いいのか? そもそも……そもそも…………? ジョーカー、お前はここに何の目的で来たんだ!」


[ん? 言って……いなかったな]


 ジョーカーは顎に手を当て、カクンと首を曲げるとそのまま説明を始める。


[私の目的はそこにいるノエルの願いを叶えてやることだったのだが、村に攻め入ってきた天使たちに対して傷を負わせることも出来ないばかりか、あまつさえ私を危険に晒してしまうような不手際を見せたのでは、聞き届けるわけにはいかんな]


 説明を終えたジョーカーが指を鳴らすと同時に、ノエルの四方を囲んでいた物理障壁が消える。


 しかし障壁が消えたというのに、ノエルは立ち上がろうとすらしない。


 もしや既に腐敗の術で動けなくなっているのかと、アルバトールは彼女の元に駆け寄って様子を見ようとするが、ノエルはそれに構わず、怒りに体を震わせながら立ち上がり、ジョーカーに向かって指を突き付けた。


「それでは約束が違います! 私たちが領境で騒ぎを起こし、増援として天使が来た時点でアルストリア騎士団の一人に吸血を行えば、貴方がテオドール公を操って裏切らせたことを公表すると言ったではありませんか!」


「ジョーカーが……テオドール公を……?」


 ノエルが発した言葉が意味するところを理解できず、アルバトールは混乱する。


「誰も味方してくれず、すべてが敵に回り、頼るべき人たちを見失った私たちにあの方は言って下さったのです!『事情は全て把握している、例え誰が敵に回ろうと、正しく在る者たちをこのテオドールは絶対に見捨てはしない』と! そのような高潔な御方が国を、国王様を裏切ったなどと誤解されたままになるなんて、私は絶対に認めない!」


 そこに次々と告げられていく真実についていけなくなったのか、アルバトールは眼が眩んだように膝をつき、その傍らにバヤールが駆け寄って体を支える。


 うろんな瞳で見つめる先には、先ほどまで儚げに座り込んでいたはずの、三つ編みにした鮮やかな銀色の髪を持つ少女が、鮮烈なまでの光を放つ緑色の眼に激しい怒りを宿し、ジョーカーに舌鋒を向けていた。


「私は忘れない……! あの時の、あの御方の厳しくも優しい目を……!」



 それは二十年ほど前のこと。


 今現在、テオドールの私兵であった吸血鬼の集団エカルラート=コミュヌと、アルストリア騎士団が対峙している戦場で、若かりし頃のテオドールとガスパールも同じく馬上で対峙をしていた。



「正気かテオドール公! 幾ら王国一の権勢を誇る貴殿とは言っても、数国に跨って権力の根を下ろしている教会に逆らって無事で済むと思っているのか!?」


「誰が相手であろうが関係ない。ガスパール伯よ、物事の、自らの行動の正否を、相手によってたがえるのが汝の正義か?」


「そういう問題ではない! 我らの間だけで済む問題ではなくなるぞ! 教会に逆らえば、下手をするとリシャール陛下まで類が……!」


「そんなことはさせぬ」


 きっぱりと言い切るテオドールに、ガスパールは気圧されて押し黙る。


「テオドール=ヴォロンテ=アギルスの誇りに賭けて、我が家のすべてを賭けて教会と争ってでも、陛下に御迷惑はかけぬ」


「し、しかし吸血鬼たちをかくまうなど、教会が許すわけが……」


「そもそもこの者たちが吸血鬼になった理由が理由だ。教えを人の都合で捻じ曲げ隠滅を図る。そのような教会の許しなどいらぬ」


 尊き教えを世に広め、授けて回る教会に対し、恐れ多くも否定の言葉を向けたテオドールの姿に、ガスパールは目を剥いた。


「私の行いが間違っていると言うのであれば、天におわす主が自ら、あるいは主の御使いを私の元に遣わし、天罰をお下しになるだけだ。このテオドール主には従えど、決して過ちを犯した人の教えには従わぬ!」


「……そこまで決意が固いのであれば、もはや何も言うまい」


 テオドールからテスタ村に関するすべてを聞いたガスパールは、幾つかの条件を出した後に軍を引く。



 一つ、テスタ村が穀物を供出したことによって吸血鬼になった事実を、双方が内密にすると言う条件。


 二つ、もし彼らが復讐の為にアルストリア領に攻め込んできた場合は、遠慮なく彼らを叩き潰すと言う条件。



「ではさらばだ。テオドール公」


 幾分、馬上の姿が小さくなったように見えるガスパール。


 その背中を遠く見送った後には、アギルス騎士団とテスタ村の住民たちが残されることとなった。



「これからそなたたちを、我が私兵として雇うこととする。戦う力を身につけてもらった後に、我が身を守る者としてな」


 馬上からかけられた唐突な宣言に戸惑いを見せるノエルたちに対し、テオドールは更に言葉を継いだ。


「不死なる者たちよ。力を持てど、それを活かすすべを知らぬ者たちよ。その力ゆえに、お前たちは間違いなく私より長く生きるであろう。しかし私が死んだ後、次にこの領地を継承する者がお前たちを私のように保護下におくとは限らぬ。人間である私が、いつまでも吸血鬼であるお前たちを守ってやれるわけではないのだ」


 顔を見合わせ、諦めた表情になるテスタ村の村民を見たテオドールは、途端に厳しい顔つきとなって手綱を握りしめた。


「……お前たちが戦いを好まぬことは十分に承知した。しかし争いを好まぬからと言って戦いを放棄し、自らの命を放棄するのは自殺と一緒だ。私はそのような生きる意志を持たぬ者たちを助けた覚えは無い」


 悄然としていた吸血鬼たちはその言葉におずおずと顔を上げ、次第にテオドールの顔に視線を向け始める。



「ここまで逃げ延びたのであれば、生き付く所まで生き延びよ。その為に必要なすべを覚え、運命に抗う力と意思を身につけよ」



 その場に居た吸血鬼たちは涙した。


 信じていたすべてのものに裏切られ、頼ろうとしたすべてのものに突き放された彼らは、ようやく拠るべき存在に巡りあえたことに感謝し、天ではなく、目の前の人物に祈りを捧げたのだった。




「あの時、私たちは誓った! この御方の為に生きようと! この御方に仇を為そうとするすべての者からこの御方を守るのだと! お前があの御方の名誉を回復しないと言うなら、この場でお前の喉笛を噛み切ってやる!」


 しかしノエルが腰を落としてジョーカーに駆け出そうとした瞬間、彼女は急に体のバランスを崩して倒れてしまう。


[おやおや、いきなり倒れこむとは大丈夫かねノエル。ああ、そういえば言い忘れていたことがあった。ノエルを吸血鬼にしたのは私だ。まぁ、当然これは彼女も知っていることだが、実に申し訳ないことにノエル自身にも言い忘れていたことがある]


 だが、そのジョーカーの説明を聞く者は誰も居なかった。


 下らぬ口上に付き合っている暇は無いとばかりに、アルバトールがノエルの身体の解析を始めていたからである。


 しかし精霊魔術は格段の成長度合いを見せてはいたものの、法術に関しては使用頻度が少なかったせいか彼の熟練度は低く、なかなかノエルが倒れた原因を突き止めることが出来ない。


 そんなアルバトールを面白そうに見つめながら、ジョーカーは自らの内に湧き上がる衝動を抑えきれないように、次々と仮面の下から言葉を紡ぎ出していった。


[ゲームに使用していたオーブだが、あれには私が昔ノエルから奪い取った生命の四元素である生気、意思、存在、融合が一つずつ入っていてね。ノエルからそれらを奪い取り、代わりにダークマターによる仮の生命を吹き込んで吸血鬼としていたのだが……]


「して……いた?」


 茫然とした表情でノエルから顔を上げるアルバトール。


 それを見たジョーカーは頭を抱え、激しく身悶えをして天を仰ぐ。


「非常に残念なことに、それがつい先ほどすべて失われてしまったのだよ。信じていた教会を裏切ってまでノエルや村人たちを守ってきた三人の騎士は、オーブの破壊を防ごうとして頑張ってくれたんだがねぇ……だが結局かつてノエルの幼馴染が殺された時のように、再び神の御使いである天使とその仲間によって殺されてしまったのだよ!]


「な……」


 ジョーカーの説明に、アルバトールはすべての血が体の中から抜け落ちたかのような喪失感に襲われる。


[んん~、つまりだね……? 君たちが迎えに来たノエルは、残念なことに君たち自身の手によって滅んでしまう結果となったのだよ……ああ、何たる悲劇! この世に神はいないのだろうか! もしもいるとするならば、それはとんでもなく人に対して残酷で、尚且つ人の生の営みに無関心な神なのだろうな!]


 興が乗ったのか、ジョーカーはいつになく雄弁に、大袈裟に、旋律を奏でるように、最後の言葉をアルバトールの耳の中へ滑り込ませた。



[こんな神ならば、居ない方がいい……そうは思わないかな~? ある~ばと~る、く~ん……? うひ~っひひいひひ!!]



 すべては手遅れ。


 そんな言葉がぐるぐると頭を回る中で、それでもアルバトールは必死に法術によるノエルの治療を続ける。


 しかし。


「もう……」


 ノエルは弱々しく手を上げ、アルバトールに治療の制止を求めたのだった。

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