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第58話 戦場における判断

 この世界に於ける吸血鬼は、太陽の光を浴びても大丈夫な設定になっております。

 吸血鬼の設定って作品によって色々あるみたいなので、この世界でもそれに都合よく便乗していく予定です。

 吸血鬼の集団エカルラート=コミュヌと、アルストリア騎士団が戦っている領境。


 そこへの援軍を率いるアルバトールが城を出て三十分ほどが過ぎた頃、彼は隣を並走しているバヤールから念話による質問を受けていた。


≪私に乗って移動すればいいものを、なぜそのような平凡な馬にお乗りになるのです≫


≪僕一人で援軍に行くわけじゃないからね≫


 それを聞いたバヤールが、不満気な感情を発しているのを察したアルバトールは、苦笑を浮かべて説明を続ける。


≪それにまだ君の立場は正式に決定していない。僕としても君のような名馬に早く乗ってみたい気持ちはあるけど、エカルラート=コミュヌを討伐して、正式にガスパール伯から拝領するまで遠慮しておかないと、色々と不味いことになる可能性があるんだよ≫


≪不味いこととは?≫


≪例えばそれを口実に、次の難題を背負わされる、とかね≫


≪……なるほど。やはりあの男、殺しておくべきでしたか≫


 しばらく考え込んだ後、何やら物騒な考えを鼻息を荒くして伝えてくるバヤール。


≪えーと、僕にとってガスパール伯は同じ王国の仲間で、加えて上の身分にあたる人なんだからそれは止めてね絶対に≫


≪人の分際であの耐久力。私としたことが止めを刺せませんでした。力及ばず申し訳ありません≫


≪……主と決めてくれたのなら、せめて僕の話す内容はちゃんと聞いてね。そう言えば、何でいきなり僕を主って認めてくれたの?≫


≪主と私の、初めての夜のことを覚えておられますか?≫


≪紛らわしい言い方をしないでくれるかな!? それだと変な意味にとられるから!≫


≪しかし、人馬一体と申しますし≫


≪それも別の意味だよね!? あーもう……初めて会った日の夜は……確かバヤールはいつの間にか姿を消していたような?≫


 言っても無駄な手合いと気づいたアルバトールは、会話の進行のみに努め始める。


≪はい。主と別れたあの晩、実はまたヤム=ナハルと会って話をしまして、その時に主が旧神であるバアル=ゼブルを自らの力で退けたと聞いたのです≫


≪え? でもあの時は最終的にヤム=ナハルに僕が助けてもらったって聞いてるけど≫


≪ええ、ですので次の日の朝、失礼ながら主の力を試させてもらったのです≫


≪ああ……あれね……≫


 領境近くの町、ファーレンタームからアルストリア城に向かう日の早朝。


 朝もやの中を馬に乗って走っている最中に、いきなり横から飛び出してきたバヤールに轢かれたことをアルバトールは思い出し、そこから自分の小さい頃を思い出す。


 幼少の頃から馬車との衝突に慣れていたことといい、よほど自分の人生は馬に縁があるものなのだろうかと、アルバトールは思わず落ち込んでしまっていた。


≪手加減していたとは言え、あの時かなりの力を込めていたのですが、その私の必殺……いえ、私の一撃を受けても難なく立ち上がり、私の非を咎めず、更に女性と見ると即座に騎士としての礼を行い、立ち去る主のその高潔な魂に私は屈服したのです≫


≪なるほど、気になる所はあったけど判ったよ。じゃあ領境へ急ごうか≫



(……しまったァァァァァァアアアア!!)



 あの時、何らかの選択を迫られていたかに思えたアルバトールは、選択肢そのものを飛ばす行動をとったのだが、まさかそれすら選択肢の一つであり、尚且つバヤールを心服させる"真"正解ルートだったとは。


 これも主人公の力、あるいは主人公に課せられる試練なのか。


「アルバ様?」


 どんよりと沈む主人を見て、不安に駆られたベルトラムが近寄ってくるが、何でもないと言うようにアルバトールが手を振ると、忠実な執事は黙って引き下がる。


 代わってアルバトールに近づいてきたのは、元々この小隊を率いていた小隊長、スタニスラスであった。


「アルバトール様、隊を率いる者が悄然としていては、隊全体の士気に関わります。例え何があっても胸をお張りになって、堂々と隊を率いて下さいませ」


「あ、ああ……すまない」


「お気になさらず。進言も副官の仕事でございますれば」


 やや短めのライトブラウンの髪を持つスタニスラスはそう言って微笑むと、少し下がってベルトラムの横に馬を付けた。



 ここアルストリアの住民は、男女ともに大柄、骨太な体格が多い。


 その中にあって、下手をすると華奢にすら見えるスタニスラスは、身長の方もそう高くはなく、アルバトールより低い程である。


 だが、彼の肉体は別だった。


 見た目には細く見える筋肉は、常人離れした力に加えて高い持久力を持ち、彼自身が剣術や槍術、弓術(弩)に非凡な才能を見せることもあって、アルバトールとほぼ同年齢であるにも関わらず、スタニスラスはアルストリア騎士団の小隊長を務めている。


 領地を治めるミュール家が武に秀でた才を持つ者を多く輩出する故に、軍における要職がほぼ領主の血縁で占められているこの地において、二十を越えたばかりの平民出身者が小隊長と言う身分についているのは、前代未聞の異例であった。



(プレッシャーだなぁ……領主の息子である僕でも隊長職なのに、この年で小隊長につくような才能の持ち主を率いることになるなんて思わなかったよ)


 内心で溜息をつくアルバトールだが、実は彼が思い悩むことでも無かった。


 フォルセール騎士団は、既にエレーヌと言う逸材が小隊長を務めていた為にアルバトールが隊長職に就くことになっただけなのだから。


 今は天使と成っているアルバトールだが、人であった頃の彼の能力も、スタニスラスに比べてそれほど劣っていたわけではない……が、どうやら彼自身はそうは思っていないようだった。


≪我が主。馬に乗っている時は、出来れば目線を上げていただけた方が我らは楽でございます≫


≪あ、また下がっちゃってたか……忠告ありがとうバヤール≫


 他領地とは言え、領主の嫡子。


 また天使として小隊を率いる役に就いたこともあって、自信有り気な態度をとろうとするものの、その内心は穏やかではいられないアルバトールであった。




「報告! 左翼より突入してきた数人の吸血鬼により、陣中が混乱に陥っております!」


「構わずに正面の敵に向かって突撃! 相手を押し返せ! 側面から突撃した吸血鬼はまともに相手せずやりすごすように! もし足を止めて混乱を拡大しようとした時には、隣接した隊が包囲殲滅せよ!」



 アルバトールたちがアルストリア城を出立して二日が経った頃、アギルス領とアルストリア領の領境では、激しい戦闘が連日連夜繰り広げられていた。



 不死者であり、個々に於いての能力が人とは比較にならないほど上である吸血鬼。


 疲労を感じることのない彼らは、昼となく夜となくジルダが率いる軍にたびたび攻撃を仕掛け、それに相対しなければならない兵たちの疲労はかなりの物となっていた。


 兵の思考は混濁し、日頃から積み重ねた激しく厳しい訓練の成果も発揮できず。


 いつもであればジルダの指揮に応じて素早く動いてくれる彼らも、この時ばかりはその指示に対する動きが緩慢なものとなりつつあった。


「単純な指示に応じることも難しくなってきたか……指揮系統はどうなっている。隊長で誰か負傷した者がいないか確認せよ」


 しばらく立ったまま指揮をとっていたジルダの新しい指示を聞き、近くに控えていた一人の騎士が馬に乗って前線に向かう。


 その姿を悠然と見送るジルダだったが、しかしその内心は穏やかではなかった。


(単純な戦いであれば押しつぶすのみだが、奴らは戦おうとしながらその実、こちらと真正面切って戦いに挑もうとはしておらぬ。その真意はどこだ)


 ジルダは漆黒のフルフェイス、フルプレートによって覆い隠した端正な顔を歪め、アルストリアの女性の中でもひときわ背の高い身体を簡易式の椅子に降ろすのだった。



 彼女は両親のどちらにも顔立ちが似ていない。


 小さい頃は、自分の両親は別にいるのではないかと疑ったこともあった。


 しかしその疑いは、無骨で不器用ではあるものの、子供に対して嘘をつけない父にはっきりと否定され、さらに彼女の下に二人の後継者、つまり弟が産まれた現在となってはどうでも良いことではあった。


 何より、彼女にガスパールが向けてくれる笑顔と愛情は、本物であることに疑いは無かったのだから。



らちが明かないな。兵の疲労も大きいし、一旦退却したいところだが……周囲の民の避難はどうなっている?」


「進んでおります。ですが奴らの狙いが判明しない以上は、一体どこまで避難させればいいことやら」


 一向に進展する様子の無い戦況に焦れたジルダの質問は、脇に控える副官から即座に答えが返ってきていた。


(そういえばそうだったな……)


 昨晩の軍儀でも出た議題。


 それを再び聞いた自分を見て、この者はどんな感想を抱くだろうか。


 ジルダは自嘲し、そして誤魔化すように再び立ち上がる。


「出るぞ。馬を用意してくれ」


 唐突なジルダの出陣宣言。


 周囲の側近たちは慌てふためき、止めようとするが彼女が聞く様子は無かった。


「このまま持久戦を続ければ、いくら数で優位に立っていても疲労により軍としての統制が取れなくなる。寄せ集めの集団まで堕ちる前に敵に楔を打ち込んで、こちらが退く時の布石としておかねばな」


「なりませぬジルダ様! せめて援軍を待ってからになさいませ!」


「援軍が来るからこそ敵を討ち、士気を上げておくのだ! 援軍にこのような情けない顔をした友軍を見せられるか!」


 ジルダはそう叱咤すると、共に行く五人の騎士を指名して前方の戦場へ向かった。



「左翼から突っ込んで来たと言うのはあの黒装束たちか。一目でそれと判る服装をしてくれているというのは、実にありがたいことだな」


 馬に乗って駆けていくジルダたちの前方で戦っている味方の軍の中には、離れた所からでも三~四人ほどの黒い影が動き回っているのが見て取れていた。


 無駄に深手を負わそうとせず、武器を振り回しながら牽制の攻撃を周囲に行い、アルストリア騎士団の猛者たちを掻き回しながら素早く移動をしていく彼ら。


 疲労に囚われている自軍は、側面からいきなり現れては攻撃してくる吸血鬼に慌て、混乱し、前方に突撃せよとの先ほどのジルダの命令を遂行できずにいた。


「追加の簡易結界を展開せよ! 吸血鬼に真の姿と力を解放させる隙を与えるな! 私がそやつらを仕留める間、そなたたちは前方の敵のみを倒すことに集中せよ!」


 ジルダに付き従ってきた五人の騎士のうち、二人が陣の中に入り込んで新しい結界を発動させ、ジルダと他の三人の騎士は、逃走しようとした吸血鬼の進路に立ち塞がる。


 しかし、立ち塞がる敵の姿を見た吸血鬼たちは懐から何かを取り出し、それをジルダたちに振りかけた。


(こ、これは……!?)


 同時に周囲には緑色の煙が湧き起こり、ジルダたちは激しい目の痛みと全身のかゆみに怯んでしまう。


 その隙に乗じて吸血鬼たちは逃走を図るが、ジルダは小さい頃に預けられていた修道院で初歩の法術を身につけていた。


「待て吸血鬼!」


「お待ちくださいジルダ様!」


 よって彼女のみが法術による治癒を行い、吸血鬼を追う。


 しかし吸血鬼である彼らに追いつくのは、馬の脚を以ってしても容易ではなかった。


(これ以上の単独行動は危険か……よし)


 そこでジルダは馬に結び付けてあったクロスボウを取り出し、それに聖水を塗った矢が装填されていることを確認すると、吸血鬼の一人に向けて照準を合わせ、矢を射る。


(せめて一人だけでも連れ帰れば尋問が……!)



 しかし、それは間違った考えだった。



 確かに今までの戦闘では吸血鬼たちはまともに戦うことは無く、ジルダたちは負傷者は出しても死者は殆ど出ていない。


 それによる油断が、彼女にあったことは否めないだろう。


 何となれば、ジルダの放った矢が背中に当たり、傷の痛みに転倒した仲間を見た他の三人が、一斉にジルダに飛び掛ってきたのだ。



 ジルダは思っても見なかった彼らの反撃に悲鳴を上げて落馬してしまい、全身を打った痛みに悶絶し、呼吸すら満足に出来ない状態となる。


 そこに黒い衣装で身を包んだ吸血鬼たちが、その纏っている衣装とは真反対の色の真っ白な顔、肌を見せながら、短剣を抜いて彼女にゆっくりと歩み寄った。


(こ、この……!)


 ジルダは法術を使って治癒を行おうとするが、全身を覆う鈍い痛みに体の解析が捗らず、その間にも吸血鬼たちはゆっくりと彼女に近づいていく。


 奥に闇がわだかまっているような、真っ白な顔の真ん中には、裂けているのではないかと思えるほど開ききった真っ赤な口。


 その中は尖った牙の間を涎が乱れ飛び、赤黒い舌がチロチロと歯の間から伸ばされては引っ込んでいく。


 その様子がはっきりとジルダにの目にも判るほどの距離まできていた。


「ここで死んでは……私を信じて討伐隊を任せてくれた父上に申し訳が立たぬ!」


 叫びを上げて自らに気合を入れ、全身を包むフルプレートの重さを呪いながら懸命に立ち上がろうとするジルダ。


 しかし既にその時には。


(ダメか……すまない皆……)


 フルプレートアーマーの数少ない弱点の内、最大の急所である視界を確保する隙間。


 そこに短剣を持った吸血鬼の手が差し込まれ、ジルダの眼球へと短剣が迫っていた。


 そして程なく一つの悲鳴が、無数の怒号が行きかう戦場に加わった。

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