第56話 対魔の城
「元々フォルセールは、教会の土地だったものを譲り受ける形で成立いたしました。しかし不思議ではありませんか? 教会に王家や貴族が土地などを寄進することはあっても、教会が貴族に土地を譲り渡すなど滅多にあることではありませぬ」
「……確かにな」
フィリップの指摘を聞いたシルヴェールは頷き、そのまま横を向いて共に話を聞いているダリウスの横顔を見る。
しかし見つめたその顔に少しの変化も認めることは出来ず、彼はダリウスの図太さに舌を巻いてやや残念そうに視線を戻す。
そのシルヴェールの様子を見たフィリップは、若干の苦笑を浮かべつつ口を開いた。
「しかも所々に禁足地を残し、そこは教会の管理としたままに。普通に考えれば周囲の土地ごと教会の管理とした方が、色々と都合がいいでしょうに」
このフォルセールを預かる者として、極一部の者にのみ話すことを許された秘密。
それはフォルセールを守る騎士団の団長であるベルナールすら、着任当初は話されなかったほどのもの。
またかつてフォルセール近郊を荒らしていた山賊の首領だったエステル、エレーヌの両者――本来であれば法で裁かれるべき彼女たち――が無罪放免となり、仲間になった理由にも関係するものだった。
「つまり何らかの目的のもとに土地を譲り、フォルセールを作り上げたと言うことか」
フィリップは主君が正しい解答へ続く道を選択したことに一礼をし、話を続けた。
「天魔大戦を人や天使の勝利に導くため、対魔族を専門とする領地の成立。それが教会がこのフォルセールに課した、秘かな目的です」
「対魔族……」
それほど意外とは思えぬ答えに、だがやはり軽い衝撃を受ける答えにシルヴェールは思わず独り言を呟いた。
「このフォルセールに不必要なまでに人材や人外……いや、人を超えた能力を持つ存在が集まるのも不思議は無いこと。エルザ司祭を中心としたフォルセール教会の者や私どもが、秘密裏に動いて人を集めるからでございます」
「なるほどな」
「そしてこの異常な戦力が人に向けられることを防ぐため、このような内地の土地を選んで譲られたのでございます」
話の一区切りを受けてシルヴェールは椅子に体を預け、天井に向かって息をつく。
「教会がそのようなことを考えていたとはな……」
だがその一言は、即座にフィリップに訂正された。
「それは正しくありませぬ。どうやらフォルセール教会は、中央教会の意思とは独立して動いているようなのでございます。司祭様の性格が原因との可能性もございますが」
説明の終わりは苦笑を交えたものであったが、シルヴェールにはそれが可能性では無く、一つの真実を表すものとして受け止められる仕草であった。
「つまり裏事情にすべて通じているのは、エルザ司祭ただお一人と言うことか」
シルヴェールは腕を組み、眉間にしわを寄せた後、思い出したように口を開く。
「……ベルナールが先ほど言っていた、敵を欺くには味方から。つまりこの私にも伏せられていた、フォルセールの秘密は今のですべてか?」
その問いに、フィリップは軽く首を振り。
「殿下が先ほど気に掛けておられた書類。これにも独自の役目が絡んでおります」
そして少々浮かない顔となって、言葉を続けた。
「しかしこれが、少々厄介なことになっておりまして」
「厄介なこととは?」
「殿下は長い間人里を遠ざけておいででしたので、御存じないかもしれませぬが……」
そう前置きをしてから、フィリップは話し出す。
「王都を占拠した魔物たちが、仲間の身体の一部であったマジックアイテムの素材を買い取り、それを埋葬しているらしいのです」
「ほう、奴らにも仲間の死を悔やみ、弔う風習があったとはな」
シルヴェールは憎むべき敵の思わぬ風習に感心をするが、それを話すフィリップの表情には危機感が漂っていた。
「先ほども話した通り、フォルセールは天魔大戦に特化した領地。よって表向きには領内から得た収入のほとんどを返還するような施策をとり、防衛はできても、大量の軍資金を必要とする外征は不得手。との印象を内外に与えるようにしております」
「ふむ」
「そして天魔大戦が起これば王家から軍資金を借り受け、終われば少しずつ返済。それを繰り返しているのが殿下の知っているフォルセールでしょう」
「……それにも裏があると?」
実はフィリップこそが、裏で金を貯めこむ拝金主義者であったのか。
そう思ってシルヴェールは眉をひそめるが、どうやらそこには少し複雑な事情があるようだった。
「平時にテイレシア全土に部隊を派遣、人に害を及ぼす魔物たちを討伐し、得た素材は保管してマジックアイテムの価格管理に務め、天魔大戦が起こった時にマジックアイテムの急な値上がりを防ぐ為に放出、その儲けを軍資金に充てていたのが実情です」
ちなみに魔物討伐を行っているのが討伐隊と呼ばれる者たち。
かつてエステル、エレーヌが率いていた山賊の中でも腕が秀でていた者を核とした、非公式部隊である。
その結成理由、また構成する者たちの出自が出自であるので監査役が二人ついており、その任に就いているのがエンツォ、エステルの間に生まれた双子の子供である。
その為に今年で十二歳になる二人は、実家に戻るのは極稀なこととなっていた。
「今回もその準備をしていたのでございますが、王都の魔物が仲間を弔う行為を続けた結果、思わぬ弊害が起きてしまいました」
「弊害?」
「魔物の身体の一部を営利目的で取引する行為が忌避の目で見られはじめ、一部のマジックショップが有形無形の妨害を受けるようになったのです」
「待てフィリップ。取引が妨害とは誰の手によってだ」
「各地の裕福な市民の一部、そして中央教会の革新派。魔族と和議を結べば平和がもたらされる、と主張する一派です」
王都を取り戻すのに必要不可欠な、財と権力を持つ協力者たち。
それらの者たちが魔族に同情していると聞き、シルヴェールは顔をしかめた。
「この短い間に、そこまで魔族への信用度が上がっていたとはな……早く一戦交えて各地へ我々の勝利の報を届けねば、魔族に地盤を固められてしまう可能性がある」
「しかし情けない話でございますが、今のフォルセールには資金が無い故に外征は不可能。先ほどの襲撃も我々が一戦して退けたわけでは無いため、勝利の宣伝にするには少々説得力に欠けております」
「もともと魔族は群れることを好まぬ。はぐれている魔物を倒すと言うのはどうだ」
フィリップは難しい顔となり、シルヴェールに自らの見解を述べる。
「探すにしても時間と金が必要。つまり素材を売り払うしかありませぬが、無理にそれを行って余計な溝を民衆との間に産むのは得策ではありませぬ」
「言われてみればその通りだな。だが手を打たぬわけにはいかぬぞフィリップ」
手詰まりか。
しかしシルヴェールは目の前に積み上がった書類に鋭い眼光を向け、フィリップの言葉の続きを待った。
「つまりこれらの書類は、素材が売れないなら必要とされている場所に持って行けば良い。その遂行に必要なものでございます」
「言われてみれば簡単なことだが……ふむ」
先ほど机の端に移動させた、登山家に絶望をもたらす断崖絶壁のごとき書類の壁。
だがその隙間から話している相手の顔を見ていると、それだけで仕事をしている満足感が湧くというのは不思議な物だった。
例えそれが現実からの逃避であったとしても。
「テイレシアで売れないのであれば、売れる国へ持って行けば良い、か。思いつくだけなら簡単だが、それを実行する手間と労力はたやすくはない。そもそもどの国に……」
そこまで言った時、シルヴェールは机の上の書類の一つに、レオディール領の港湾使用許可証の文字を発見していた。
この聖テイレシア王国において、外洋の航海に耐えられる船舶が停泊できるほどの設備が整った港湾は、アギルス領かレオディール領に主に存在している。
つまりこの書類の示す所は、海路を使って他国との貿易を行う、と言う物であった。
「海か……しかし良いのか? 少しの物資しか運べぬが、そのぶん抜け道が多い陸路と違って、海路は多くの物資が運搬できる代わりに出航や入航の審査が格段に厳しい。手続きの間に、このフォルセールの機密が漏洩する可能性があるのではないか?」
シルヴェールの問いに、フィリップはにこりと微笑む。
「そこは教会に働いていただきましょう。布教は大事でございますからな」
「布教か……確かに商売目的ではなく、布教目的と言う事であれば多少審査も……いやいや、私はきちんとするからな?」
慌てて言い訳をするシルヴェール。
それを尻目に、ダリウスはフィリップの言った内容に驚いて反論を始めていた。
「待ってくれフィリップ候。今フォルセール教会で主だった地位に居るものはエルザ、ラファエラ以外には居ない。私にしても天使を導くという天啓の元に動いている以上、アルバトール殿が戻って居ない現在、下手に他国に赴くわけにはいかないぞ」
「いえいえダリウス司祭、そう心配しなくても大丈夫でしょう。書類の手続き、物資の搬出などの出航準備は未だ手付かずの状態ですし、船や船長、水夫の手配も整っておりません。それらの準備をしている間に我が愚息も戻ってくることでしょう」
フィリップの助言を聞いたダリウスが黙り込んだところに、ベルナールが口を挟んで若干の追加修正を提案する。
「フィリップ候。航海にもマジックアイテムを捌くにも、かなりの時間が必要になるでしょう。よってダリウス司祭には他国への顔つなぎだけしてもらい、実際の商売……いや布教には他の聖職者を充てるのがよろしいかと」
「心当たりはあるのか? ベルナール」
「説法の免許を持っている者がフォルセール教会に何人かおりますので、その者たちに任せましょう。あくまで本来の目的は天魔大戦の勝利でございます。布教の結果まで考える必要はありますまい」
「うむ、ではその人選もダリウス司祭に一任してよろしいですかな」
「ああ、それは構わないが……何となく釈然とせんのは気のせいか」
あれよあれよと言う間に決定していく事項に、ダリウスは不満気な表情となる。
「釈然としてもらわねば困りますな。このうず高く積もった書類を片付けるのに、迷いがあってはいつまでたっても終わりませんぞ」
それをまったく気にした風も無く笑顔で答えるフィリップも、ダリウスに負けず劣らずかなり図太い性格をしているようであった。
これらの書類、レオディール領の港湾使用の手続きには、密輸防止のために領主であるディオニシオの他に、国王の認め(国による荷物の確認)も必要となっている。
つまり机の上の大量の書類は、仮の荷主となるダリウスの他にシルヴェールの署名も必要となるのだ。
と、言うわけで。
「では当座の資金を得るための手段、素材の貿易に特段反論も無いようですので、殿下、司祭様のお二人で書類を確認後、署名と捺印をして頂きます。国王印は王都に残されたままですので私の印を代用、教会印はベルナールが今から教会に取りに参ります」
フィリップの宣言にゲッソリとした表情になり、のろのろと仕事に移る二人。
横でフィリップが笑顔を浮かべたまま、書類内容と二人の仕事ぶりの監視をし、ベルナールはエルザの見舞い、そして今後のフォルセール防衛に必要ないくつかの確認の為にエルザの元へ向かった。
その頃騎士団の詰所の一室では。
「レナ様ぁ~……アタシたちいつまで詰所で待たされるんですかぁ……お腹空きましたよぉ……」
「あ~、あたしだってペコペコなんだから我慢してよもう……殿下も王都から脱出されてから十日以上は野宿で気が休まる暇も無かったはずなのに、着いたばっかりであんなに頑張ってるんだからさ~」
「二人ともだらしがないですよ! 我々の行いは常に天から見られているのですから! シャキッとなさいシャキッと!」
シルヴェールと共にフォルセールに辿りついた、術師たちの部隊が休憩していた。
「うっさい! あんたと違ってアタシたちは結界や障壁を張りっぱなしで疲れてんのよ! あんたなんか馬に乗ってぎゃーぎゃー喚いてただけじゃない!」
「ぼ、僕だってフォルセールと連絡を……痛い痛い! 暴力反対!」
「……すまないが、ここは託児所ではない。騒ぎを起こしたいなら外でやってくれ」
「す、すまんなアラン殿」
「いや、こちらも客人の相手が出来なくてすまない、宮廷魔術士筆頭レナ殿。先ほどの戦いで使用した物資の在庫調査などで忙しいので、少しの間見逃していただきたい」
傲然とした態度で謝罪を言い放つアランの背中を見送ると、レナは未だに険悪な雰囲気を漂わせているナターシャとマティオの顔を見てため息をついた。
(なんか、あたし達場違いな所に迷い込んじゃったのかな~……ベルナール様、いつお戻りになるんだろ……)
そして幼稚な口げんかを始めた二人を見たレナは、立て続けにため息をついて憂鬱な気持ちになったのだった。
今回、港を出航するにあたっての許可として港湾使用許可証を出した訳ですが、実際にはもっと多くの使用許可、つまり税を払う事になっていました。
なぜそれらを書いてないかというと、掲載されていたサイトがどこだったか忘れてしまったのですショック。