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第52話 運命の扉

 レオディール領。


 フォルセールの西にあるこの領地は、聖テイレシア王国でも最も西に位置している。


 そのレオディール東部の領境、つまりはフォルセール領に面している領境から、中心たるフォルセール城へ向かう街道。



 そこを猛スピードでひた走る、二つの集団があった。



 先を走る一つの集団は、王領テイレシアからレオディール領に向かっていた、聖テイレシア王国に仕える宮廷魔術士を主とする四十人ほどの部隊。


 その筆頭であるレナが率いる、魔術や法術を得意とする術士たちである。


 そしてもう一つの集団は、魔族の中でも最上位に位置する旧神の一人、土のアナトが率いる二百体ほどの魔族の群れであった。


 だが、アナトが狙っているのは正確に言うとレナたちではない。



「レナ、魔物との距離は?」


「変わりません殿下。我らとおおよそ二~三分の間隔をおいて追走してきております」


 その狙いは飛行術で部隊を先導しているレナの隣、ラビカンに乗ったシルヴェール。


 彼は王領テイレシアの東に位置するベイルギュンティ領から、西に位置するフォルセールに向っていたのだが、何故か再び通りすごしてしまい、レオディール領まで入ってしまっていた。


 そこで運良くフォルセールに向かっていたレナの部隊と合流ができたものの、領境を超えてしばらく経った時に背後から魔物が攻撃を仕掛けてきた為、無理に転進して反撃する愚を避けてそのまま逃走をしていたのである。



「やれやれ、情熱的な姫君は宮廷に居る時に何度も出会ったが、これは情熱的と言うより執拗と言った類のものだな」


「御意。しかし騎乗中と言うのに喋ることが出来るとは、器用でございますね殿下」


「飛行術が使えぬ身では馬に乗るしかないのでな。いつの間にか身についてしまっただけだ。レナも今度私の練習に付き合うか?」


「術の研究が忙しくてなかなか。良き助手が見つかればそのうちに」



 シルヴェールとの会話が終わると同時に、レナはうなじの辺りで切り揃えたブラウン色の髪をなびかせながら、率いている部隊の最後尾の方まで位置を下げる。


 そして彼女たちに追いすがってくる魔族の姿を、術で強化した視力で伺った。


 魔族の先頭、そこを飛行術で飛んでいる女性らしき将は、長い黒髪を頭頂部付近でたばね、その身を金属鎧で覆いながらもかなりの速度で彼女たちを追いかけてきている。


 弱冠十五歳にして宮廷魔道士となり、二十五歳にしてその筆頭を務めているレナを以ってしても、黒髪の女性の攻撃を単独では防げず、部隊の術士数人と協力して張った障壁、簡易結界でようやくその攻撃を防いでいる有様であった。



「んー、結構揺さぶりをかけてるんだけど、だめっぽいわねー、自分勝手な性格ばっかりの魔物たちにしては生意気! ナターシャ、障壁の方は持ちそう?」


 レナは傍らで飛ぶ、フード付きのローブを被った女性に話しかける。


「この距離であればまだまだ余裕です」


 ローブを風ではためかせながら、ナターシャと呼ばれた女性は口早に答えた。


「私としては障壁より、魔物たちがバラけないのが気になります。まるで錬度の高い人間の軍隊のように、こちらが頻繁に移動速度を変えても追従してくる。二百を超える魔物たちが、纏まったままこちらを追撃しているとは信じられません」


 そして視線をレナから後方へと向け、後方に着かず離れず追ってくる魔族を見る。


「距離を一定に保ったままと言うことは、即ちこちらがフォルセールに逃げ込むタイミングに合わせ、城の中に我ら諸共もろとも突入することが狙いかと思われますが」


「そうねー、フォルセールは基本的にお金が無いから少数精鋭なんだよね。フォルセールの人たちが対応しきれない数で突っ込んで、市民を巻き込んだ市街戦で街を荒らし、すぐに離脱するってとこかしら。マティオ、フォルセールは何て言ってきてる?」


 レナは平然と呟くと、身体を半回転させてナターシャと反対側にいる男性、マティオと呼んだ男性の方を向く。


 レナやナターシャの白を基調としたローブとは違い、黒い修道服を着込んで馬に乗っている彼は、明らかに動揺をした様子で質問に答えた。


「そのままフォルセール城にお越しを、とのことでしたが……大丈夫なのでしょうか」


 十字架を握り、不安そうに問いかけてくるマティオを勇気付けるように、レナは歯を見せて笑うと背後から迫ってくる一撃に備えて障壁の一部を厚くする。


「心配ないって! 王都騎士団はかなりの人数が使者として各地に出払ったみたいだけどー、フェリクス団長は残ってるらしいし、それにあそこの騎士団はおっかない連中ばっかりなんだから!」


 だが丁度その時、喋るレナの背後で何かが爆発したような轟音と共に土煙が立て続けに上がり、それを見たマティオは悲鳴を上げてしまう。


「何よ! あんたアタシの張った障壁に不安があるっての!?」


 途端にローブの女性、ナターシャが眉を釣り上げ、マティオに向けて声を荒げた。


「だ、だって後ろから迫ってくる女の人って、旧神の中でも最強だって……」


「だから何さ! 防御に徹したアタシの障壁を破壊できる人なんていないんだからね!」


 真ん中を飛んでいるレナ越しに、仲良く口論を始める二人。


 それを見たレナは間に挟まれたまま苦笑し、そして後ろから不敵な笑いを浮かべて追いすがってくる女性を見つめた。


「まーま、二人とも喧嘩はそのくらいにして、行儀良くしておいてね。これからあたしが防御に徹した障壁を簡単に壊す、世界一おっかない女性がいる城に行くんだから」


 やんわりと仲裁をするその言葉に、若く経験も浅い二人は首をすくめて口をつぐみ、彼女たちはそのままフォルセールへ城への道を進んでいった。




「さて、不味いことになったな。ベルナール、エルザ司祭のご容態はどうなっている」


 しかし彼らが逃げ込む先のフォルセール城の中では、マティオに告げた返答からは想像しにくい内容の話題が繰り広げられていた。



「依然として意識が回復していないとの由。法術も効果が見られず、考えられるのは力の浪費による気絶。もしくは消費した力の回復を早める為に、特定の干渉がない限り目覚めない『魂の眠り』と呼ばれる回復術を使った可能性がある、とのことでした」


 それを聞き、シルヴェールとレナたちが向かっているフォルセール城の主、フィリップは深いため息をつく。


 合流する為にそちらへ向かう、と連絡があったレナたちから届いた、シルヴェール発見の報に喜んだのもつかの間。


 魔物の集団に後背を突かれたこと、しかも彼女たちを追う魔物たちを統率しているのが旧神アナトであること。


 その報告もフィリップのため息の原因の一つではあったが、それすらフォルセールに発生したエルザの昏倒と言う問題の前では些事とも言える物であった。


「およそ私が知っている限り、怪我どころか病気すらかかったことの無いエルザ司祭が、シルヴェール殿下がフォルセールに向かっているこの時、しかも旧神のアナトに追われているという危機の時にお倒れになるとは」


 フィリップの嘆きに、その傍らに佇む騎士団長のベルナールも同意をする。


 だがもう一人、その場にいる騎士アランは殊更に明るい顔を作って見せ、この状況は逆に旧神の一人を討つ良い機会だとフィリップ、ベルナールの両者を励ますが。


「簡単に言ってくれるがアラン、まず戦略を立ててその後に戦術を駆使し、戦果はそれらが成功した結果だ。エルザ司祭が倒れた今、我らの戦略の根幹を成す結界の能力は普段とは比較にならないほど低下している。王都テイレシアが陥落した最大の要因、忘れたわけではあるまい」


 ベルナールが重々しく答えると、アランは目を伏せ、体を小さくする。


 その様子を見かねたのか、エレーヌが続いて発言を始めたのだが。


「だが一昨日、私が司祭殿を詰問した時は言い逃れ、減らず口、悪口雑言と元気そのもの……なんだ皆その目は。い、言っておくが、私は職務を遂行したまでだぞ!?」


 それはやぶ蛇だったようで、アランに続いてエレーヌも狼狽を始めてしまい、フィリップはそんな二人を見て苦笑しつつ一つの決断を下した。


「何にせよ、玉体となられるべきシルヴェール殿下のお命、またこれからの天魔大戦の行く末を大きく左右する戦力となる術者たちを見殺しにする訳にはいかん。街の皆には多少苦労をかけるかもしれんがな。ベルナール、指揮は任せたぞ」


「御心のままに」


 フィリップの指示を聞いたベルナールはうやうやしく一礼をすると、アラン、エレーヌを伴って騎士団の詰所へ向かった。

 



 しかしこの時、シルヴェールとレナたちを追う魔物の群れも思わぬ標的、シルヴェールが現れたことにより、ある種の混乱が産まれていた。


「アナト殿」


「なんだアンドラス」


「まさかこのままフォルセール城の中へ突入するおつもりではありますまいな」


「そんな危険をこの私が冒すと思ったか? まぁ状況によってはそうするつもりであったが……奴らの動きがどうも気になる」


 思っても見なかったアナトの返事。


 巨大な黒狼に跨った、人間の体に鳥の頭と羽根を持つ異形である上位魔神アンドラスは、興味深げにアナトの顔を見つめる。


「黙って人の顔を見つめるとは、お喋りな貴様にしては珍しいことだな」


 それに対して冷たい視線、言葉を返してきたアナトにアンドラスは、数日前に王都を出発した時のことを思い出していた。



 上位魔物と下位魔物、そこに上位魔神を加えた二百あまりの魔族を従え、レオディール方面に向かったテイレシアの部隊を叩く為に出陣したアナト。


 その統率に手間がかかったこともあり、進軍は早いものではなかったが、逆にそれがアナトに幸運をもたらしていた。


 王都からアギルス領に向かっていた、神殿騎士を主とする部隊。


 その道中で王都陥落の報を聞いた彼らが、テオドールの本拠地であるアギルス領を避けてレオディール領に入ったところを偶然に発見し、殲滅することが出来たのだ。


 また本来の狙いであるレオディール領に向かった部隊。


 つまりレナを中心とする魔術師の部隊がレオディールに逗留せず、フォルセールに向かおうとした所を補足することが出来、更にそこには聖テイレシア王国の第一王子、シルヴェールが合流していたのだから。


 魔物たちにとって脅威の武器であるジョワユーズの所持者シルヴェール。


 それが合流したのであれば、レナたちの部隊を討てばまさに一石二打と言うことになるのだから、魔物側にとっては好都合と言うものであった。


 そう考えるアンドラス。


 しかしこの時アナトの興味は、実はシルヴェールやレナとは別の所にあった。



(やれやれ、相変わらず小うるさい奴だアンドラスめ……とりあえず奴の言うことに頭を適当に振っておけば、これ以上の小言を聞くこともあるまい)


 そう心の中で毒づくと、アナトは兄であり、夫でもあったバアル=ゼブルの顔で心の中を満たし。


(とりあえずフォルセールを兄様の神殿にする為に、今の内に偵察だけでもしておかねばな。ああ……兄様の喜ぶ顔が今から目に浮かぶよう!)


 そして綿密に調べ上げたフォルセールの内情を報告した時の、バアル=ゼブルと彼女のロマンスな場面を想像したアナトは顔をニヤけさせ、残酷な笑みに見えなくもない表情となる。


 そしてそのニヤけ……前方の敵に向けて残酷な笑みを浮かべるアナトを見て、彼女の傍らに控えていたアンドラスは畏敬の念を抱き、その身を歓喜に震わせた。



(これは……ひょっとして将として一皮向けたかも知れぬ)



 人が編み出した、"策"と呼ばれる精霊などの他者の力を借りない術。


 王都陥落の際にジョーカーが用いた策の目に見えぬ効果、そして目に見える結果を目の当たりにしたアナトが、人が動く時には何らかの意図があり、こちらを陥れる為の準備をした上で行動を開始している。


 それに気付いたのではないのかと考えたアンドラスは、まさに小躍りをする思いであった。


 当のアナトは、彼が思いもよらぬ次元できらびやかな妄想を展開しているのだが。



(王都を十日以上前に脱出したシルヴェールが、未だレオディールとフォルセールの領境辺りをうろついているのは如何にも不自然。しかも発見した際に少しだけ見ることが出来た奴の騎乗している馬は、間違いなく神馬ラビカン)


 そしてアンドラスは先ほどまでの浮付うわついた心を抑え込み、なるべく冷静かつ沈着な分析を始める。


(脚の速さなら世に並ぶもの無し。そのラビカンに騎乗しながら未だ領境に居るシルヴェール。この二つの不自然な状況が意味するものは、シルヴェールは我らを誘う囮ということ。このまま奴らを追えば、我らを待っているのは伏兵による挟撃に他ならぬ)


 程なく一つの答えを導き出したアンドラスは、その結果を進言しようとするが、寸前で彼はそれを思いとどまる。


 何故なら彼の目を以ってしても伏兵の存在は見当たらず、伏兵に適した地形も見当たらない。


 よって彼は進言の機会を見いだせず、アナトの判断に任せることを決めたのだった。



 フォルセール城の近郊に広がる街道の一つ。


 そこでそれぞれの勢力が、それぞれの思いを描き、それぞれの成り行きを想像する。


 しかし同じ道を走ってはいても、彼らの辿り着く終着駅はそれぞれ違っており、そしてその行く先を決定付ける運命の扉、フォルセールの城門はすぐそこに迫っていた。

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