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第49-2話 働きに対する対価

「ジュリエンヌ殿。給与と申されても、天使は職業ではなく生き方だ。例えば人が人として生きることに、誰かが給与を払うものだろうか?」


 ジュリエンヌの問いに固まったままのエルザ。


 その姿を見かねてか、代わりにダリウスが給与に関しての質疑に答えるが、ジュリエンヌはそれで納得する様子はなかった。


「むー? でも人が生きるには、他の人と助け合うことが必要だよね?」


「それは勿論」


「つまりお互いの持ってる物を出しあうことが必要だよね? ウチのアル君は天使になってからずっと教会の為に頑張ってるのに、もう一方の当事者の教会は何もしてくれないっておかしくないかな」


「その言い分はもっともだ。しかし我々も高価な……むしろ値段を付けることすらおこがましいと言えるミスリル製の剣、鎧、盾を供出しているのだが」


 しかしジュリエンヌは、その説明を聞いた途端にプリプリと怒り始めてしまう。


「ズルイ! それってアル君の天使叙勲の時に支給したものじゃん! 天使として働く為に必要だから与えた物を給与にするなんてどういうこと!? アル君はエルザちゃんたちと対等の立場じゃない、一方的に労働を提供するだけの奴隷だって言うの!?」


「い、いやそれは……」


「ジュリエンヌ様、落ち着いてくださいまし」


 詰め寄るジュリエンヌに対し、狼狽するダリウス。


 しかしその時になって、ようやく我を取り戻したエルザが慌てて間に入り、自分たちの見解を述べ始めたのだが。


傍目はためには私たちが一方的に天使の働きを御子息に押し付けているように見えますが、今の天使アルバトールはフィリップ候の要請を受けて動いております。それを教会だけに金銭の負担を強いるのはこちらとしても不本意でございます」


 ジュリエンヌはそれを聞いて頬を膨らませ、顔を真っ赤にした。


「だって騎士団に所属してたら動きが取りにくいって言うから、アル君は騎士団を退団したんだよ!? それでお給与がエルザちゃんたちからも貰えないってなったら、アル君は丸損だよ! やっぱり奴隷だよ!」


「確かにそうではございますが、フォルセール教会のみでは何とも……せめて王都が陥落していなければ、王都の教会から工面してもらえたのでしょうが」


「エルザちゃん」


「何でございましょう、ジュリエンヌ様」


「あたしは教会と言う人の組織じゃなくて、天使を統括するエルザちゃん個人に給与を請求してるんだけど」


「え」



 その時、白熱した議論が繰り広げられている建物の外では、爽やかな風が涼しげな音を立てつつ木々の木の葉を揺らし、その風を起こした精霊に手を取られて舞った若葉の一枚が、クレイの鼻の上にゆっくりと落ちていた。


 むず痒いのか、それとも息苦しいのか、クレイは途端に泣き出してしまい、その周りで慌ててラファエラとアリアが彼をあやし始め。


 そして建物の外の騒ぎを余所に、静まり返った中の部屋でジュリエンヌの声が再び流れ始める。



「だって不思議じゃない? 教会が直接に天使を統括しているのなら、ここに現れる天使の名声や能力にあやかろうとして、すっごく大きな教会が建ってて、教会の偉い人がいっぱい来てると思うんだよね。でも実際には司祭のエルザちゃんだけ。ラファエラちゃんは確かに凄い子だけど、年齢と地位はまだまだだし」


「まぁ、私は教皇様に嫌われておりますから……」


「今までエルザちゃんに色々と理由は聞いたけど」


 ジュリエンヌは右の人差し指を唇にあて、天井を見上げる。


「そういうもっともらしい理由をつけて、さも何かを隠している、と言う風にしか感じられないんだよね」


「う……」


 たじろぐエルザに、ジュリエンヌはトコトコと近づく。


「じゃあ、さっきの質問の続き。アル君のお給与はどのくらいなの?」


「……月に金貨三枚、ですわね」


「いいのかエルザ」


 非難ではなく、確認としてダリウスはエルザに問いかけ、そのダリウスの問いにエルザは仕方ないと言う風に頷くが、ジュリエンヌはそれでは納得しなかった。


「エルザちゃん、ジョーカーって堕天使を退けて、アデライードちゃんを助けたことと、気絶して自らの役目、デュランダルの解放すら出来なかったダリウス司祭を初めとする王都騎士団の皆の名誉を救ったことへの報酬が抜けてるよ」


 ジュリエンヌはニッコリと笑いながらエルザに指摘をする。


「では、金貨二十枚を特別報酬としてお支払いしますが、そもそも給与や特別報酬の権利は天使アルバトールに有ります。従って本人に直接渡すのが筋ではありませんか?」


「領収書、借用書をこの場で書くから連名してね」


「参りましたわ。書式は御存知ですか?」


 いきなり立て板に水、と言った感じで進み始めた会話の内容に、横で顔をしかめていたダリウスが一石を投じる。


「しかしアデライード姫の一件も、騎士団に属する人であるなら当たり前のことだ。天使としての功績を問う言われは無いのではないか」


「ダリウス司祭」


 ジュリエンヌが表情から笑みを消す。


 ただそれだけで、部屋には嵐を予感させるざわめきが押し寄せ、同時に外を舞っていた風の妖精は姿を消し、部屋で進行する会話の内容を知らないはずのラファエラも、その表情に緊張を走らせた。


「そも天使にならなければ、私のアルバは天使と魔族の争いの渦中に放り込まれずに済んだのです。それを知っていて尚、貴方はそ知らぬ顔を決め込むのですか? それが司祭と言う重職を勤め上げる者の言うことならば、私は見過ごすわけにはいきません」


「……よし無いことを申し上げた。司祭として、人々を正しき道へ導く教えを説く者として、あるまじき言動。謹んでこのダリウスお詫びを申し上げる」


 口調が変わったジュリエンヌに、御使いたる自らの立場を思い出したダリウスは思わず膝をつき、ジュリエンヌの頭より低くこうべを垂れて謝罪をする。


 それを見たエルザは何か深く考えることがあったのか、それとも別の理由があるのか、目の光を鈍くさせ、少し視線を下へ向けた。


「あの子も覚悟の上とは言え、普通に人として生きていればこれほどまでに過酷な運命を背負うこともありませんでした。起こってしまったことは仕方ないとは言え、お腹を痛めてあの子を産んだ母親としては、せめて少しでも負担を軽くしてあげたいのです」


「……ジュリエンヌ様、金貨五十枚の件、了承しました。この司祭エルザの名にかけて明日にでも城へお届けいたしますわ」


「ありがとうエルザちゃん!」


 エルザの返答を聞くなり、再び子供のような容姿、印象へと戻ったジュリエンヌが無邪気に喜ぶ姿を見て、エルザもまた少女のような笑顔を浮かべ、エルザの口にした金額にダリウスは驚く。


「……たった今、バアル=ゼブルの奇襲を天使アルバトールが退けた、との報せを聖霊から受けました。この功績は計り知れない物であり、金貨五十枚に相当する物と判断いたしました」


「なっ……バアル=ゼブルと言えば、魔族を率いる旧神の一人ではないか!」


 そしてダリウスはエルザの報告に対し、先ほどの驚きに勝る驚愕した表情を浮かべ、その報告が信じられないと言った様子で額に汗を浮かべた。


 その横でジュリエンヌは急いで金貨五十枚の領収書と借用書を書き上げると、エルザとダリウスのサインを貰い、一礼をして部屋から出て行こうとする。


 しかしそれを引き止めるかのように、気がかりなことがあると言って、エルザはジュリエンヌの足を止めた。


「金貨五十枚ではとても出兵には足りませんが……よろしいのですか?」


 少し申し訳なさそうな顔をするエルザの方へジュリエンヌは振り返り、少しでもやましい心を持つ者であれば、とても直視出来ないと思わせる笑顔をエルザに向ける。



「でも、シルヴェール君の捜索には十分足りるよね」


 その指摘に、エルザは息を呑んだ。



「皆お金を戦うことばかりに使おうとしてる。諸侯に使者を出しただけで、シル君の問題が解決したような気分になっちゃってさ。実際にシル君を無事に連れてくることが大切なのに。王都奪還に目が眩む余り、目の前の命をおろそかにしちゃいけないよね」


「……しかし、諸侯の了解を取り付けなければ、殿下の探索もできませんぞ」


 少し口調が変わったダリウスがジュリエンヌに問いかける。


「フィル君がさっき言ってた。備えあれば憂いなしって。他の領主に気を使わなければいけないのは知ってるけど、出来る範囲の準備はしておかないとね。ハイキングの準備を当日の朝に全部終わらせるなんて、出来っこないんだから」


 ジュリエンヌは来た時と同じように、バタバタと落ち着きなく帰っていく。


 そして彼女が去った部屋に残された二人のうち、一人は口を押さえて笑い、一人は毒気を抜かれたと言った様子で扉を見つめた。


「……エルザ、彼女は何者だ?」


「ここフォルセールを治める、フィリップ候の奥方ですわ」


「私は人の肩書きを聞いているのではないのだが」


「人はしゅの一部である、子と言う存在。稀にあのような特別な存在が命を授かることもあるのですわ」


 顔に表したのは喜びそのもの。


 そのような表情となったエルザを見て、ダリウスは面食らったようにのけ反り、そして震える声で一つの仮定を口にした。


「まさか……聖母……」


「とは違うでしょうが、私にとってはどちらでも構いません。彼女は私にとって特別な存在であり、かけがえのない友人と言うだけで十分です」


 エルザがゆっくりと首を振り、ダリウスに静かに語ると、少しの間だけ部屋の中を沈黙が包む。


 だがすぐに城の方から、急を知らせる鐘の音が鳴り響き。


 同時に庭の方でちょっとした騒ぎが起こると、ジュリエンヌとアリアが慌てて城へ駆け出す姿がエルザの目に止まる。


「ラファエラ、申し訳ありませんがジュリエンヌ様とアリアを城へ送って貰えますか? どうやらジュリエンヌ様のお出かけが、フィリップ様に勘付かれたようですわ」


 エルザが窓から庭にいるラファエラへと呼びかけると、すぐに了承の意がエルザに届けられ、程なくジュリエンヌとアリアの体が宙に浮かんでそのまま城へ飛んでいく。



 授かったのはいのちか、めいか……



 エルザは自らの内に湧き出でた、ほぼ不安と言える内容の疑問を頭を振ることで消し去り、ダリウスに後事を任せると自らはフォルセール郊外の礼拝堂へと向かった。


 ジュリエンヌからの要請を叶える為、そして天魔大戦を勝利へ導く為に。

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