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第49-1話 ジュリエンヌのお出かけ

 アルストリア城で行われた宴会で、主賓であるアルバトールと主催であるガスパールとの話題に上ったフォルセールの財政状況。


 奇しくもその前日、フォルセール城では財政難についての話し合いが為されていた。



「有り体に申し上げると、お金がまったく足りませんフィリップ候。このままではフォルセールの守備で手一杯です。例え王都テイレシアに出兵し、そのまますぐに何もせずに帰ってきたとしても、帰路は飢えに苦しむ程度の額しか確保できませぬ」


「人間も伝説にある仙人の如く、かすみを食って生きていけないものか……冗談だ、顔が怖いぞベルナール」


「冗談で済ませられる状況ではございませんからな。場に出るのはチップではなく人の命、手札はカードではなく国全体の運命なのですから」


「それもまた随分な例えだな。そう言えば先月の給与支給日に、エンツォが真っ青な顔をして家に向かう姿をアルバが見ていたらしいが、ポーカーも勝ちすぎると怨みを買うぞ騎士団長」



 アルバトールが遠いアルストリア領に着いた頃、フォルセール城の執務室では城主フィリップと騎士団長のベルナールが、王都陥落の対応に追われていた。


 その中でも最大の問題点、出兵にかかる費用を負担するはずのフォルセール領の公庫とトール家の財政は、清貧と言えるフィリップの施政によって、単独で出兵の戦費を出すことはほぼ不可能と言えるものだった。


 文献に拠ると、過去の天魔大戦では王都に資金援助の要請をし、戦費を捻出してもらっていたらしいのだが、現在王都は魔族の支配化にあり、それどころの話ではない。


 従ってフォルセールは他の領地と連携をとり、戦費を工面してもらうしかないのだが、他国と国境を接する他領地の貴族たちの感情を考えると、それも厳しいと断言せざるを得ない状況で、つまりは自身の力で何とかするしかないのだが。



「備えあれば憂いなし、とは良く言ったものだ。まさか王都が先に落ちるとは思ってもみなかった」


「ですがフィリップ候、このまま状況の変化を待つわけには参りませんぞ。順調に行けば後二~三日でアルバトールがアルストリアから戻ってくるはず。彼が戻れば殿下探索にも人手と予算を振り分けることになりますから、ますます出兵は遠ざかります」


「ふむ……」




 二人の男性が重苦しい雰囲気を作り出している執務室から少し離れた、初夏の陽光に包まれた廊下では。


「ふむむー」


 そこを歩く薄いピンク色のドレス――に身を包まれた、小さい人影が首をかしげて腕を組み、眉根を寄せて、難しい顔をしながら歩いている。


 ライトブラウンの髪を高く結い上げている姿は、子供が大人に近づこうと必死に背伸びをする姿を連想させたが、彼女はこう見えてもれっきとした貴婦人であり、人妻であり、二十歳を少し過ぎた子供を持つマダムであった。


「内助の功! いい響きだね!」


 そして不安しか感じさせない独り言を残し、城主フィリップの妻であるジュリエンヌは執務室へ通じる廊下を、外へ向かって走り抜けていったのだった。




 そしてピンクのドレス……ではなく、ジュリエンヌが廊下から姿を消して数十分が経過した頃。


 ジュリエンヌと、ジュリエンヌに仕えるメイドの一人、短めの黒髪を白いキャップに包み、メガネで自らの視線を隠しているアリアが、城下の街にその姿を現していた。


「よろしいのですか? 警護も無しに城下を歩き回られては、また後でフィリップ様に大目玉を食らいますよ?」


「大丈夫! だってバレなければ犯罪じゃないってエルザちゃん言ってたよ!」


「……そろそろあの方も査問会にかけられる必要がありそうですね」


「大丈夫! 反省したら罪は許されるとも言ってたよ!」


「ジュリエンヌ様、自分に都合がいい箇所だけ記憶する会話のつまみ食いはおやめくださいませ」


「ぶー」



 街に午後の日差しがさんさんと降り注ぐ中、ジュリエンヌは大手を振って、鼻歌を歌いながら道を歩いていく。


 このフォルセールを治める、侯爵の夫人である彼女とすれ違う人々は、途端に恐怖で顔を引きつらせ、すぐに道を開けてうやうやしく頭を下げる……と言った雰囲気はまるで無い。


 それどころか皆明るい笑顔になり、親しい友人に話しかけるが如く近況を聞いてきたり、売り物をアリアに押し付けてきたりし、ジュリエンヌもそれらの人々に愛くるしい笑顔を向け、手を振って応えている。


 この小さな貴婦人が城下の人々に愛され、慈しまれる存在であることは一目瞭然であったが、しかし幾ら昼間の明るいうちとは言え、護衛も無しに誘拐や暗殺を恐れず市街を歩き回ることができるフォルセールは、この時代としては異常であった。

(まぁその理由はきちんとあるのだが、それを今さら説明するまでも無いだろう)


「じゃあ、あたしはエルザちゃんと話してくるね! アリアちゃんはその間自由にしてていいよ!」


「では、私は孤児院の方へ挨拶に行ってまいります」


 そして教会に着いた彼女たちは、一旦二手に分かれる。


 両手をぶんぶんと振り、建物の中に消えていくジュリエンヌを見送ると、アリアは教会に隣接する孤児院へと足を向けた。


 土と作物の匂いが漂う、懐かしい空気。


 アリアは気が緩んだのか、両手を組んで頭上に掲げ、背伸びをしながら教会に漂う清浄な気を胸いっぱいに吸い込む。


「……なんて羨ましい」


 その言葉にアリアが横を振り向けば、そこには赤ん坊のクレイを抱いたラファエラが、アリアと自らのものを見比べて落ち込んでいた。



「エルザちゃんの都合も聞かずにいきなり押しかけてごめんね。ちょっと急ぎの用事だったから」


「あらあら、気にしなくともよろしいですわジュリエンヌ様。フォルセール教会の門は、いつでもどなたにでも開かれておりますわ」



 ラファエラが現実の壁の分厚さと高さに打ちひしがれていた時、ジュリエンヌとエルザは、アルバトールが大天使に昇格した部屋で話を始めていた。


「今日は如何なされたかなジュリエンヌ殿。残念ながら聖霊による念話は、今はまだ天使アルバトールには通じないようだが」


 そして当然と言ったようにエルザの傍らに立つダリウスが、ジュリエンヌに厳格な顔を見せつつ現状を説明する。


 椅子に座り、行儀悪く足をバタバタさせながらその説明を聞いていたジュリエンヌは、融通の利かなそうなダリウスの顔へニンマリとあくどい笑みを浮かべると、椅子から上半身を乗り出して二人にお願いをした。



「お金ちょうだい!」


「え……」


 そして二人はそのジュリエンヌの言葉に、少しの間固まってしまったのだった。



「ええと、お金を……ちょうだい、でございますか? 貸して欲しい、ではなく?」


「うん!」


「……」


 あの、と称されるエルザにしては珍しく、彼女は目を白黒させながらジュリエンヌに真意を問いかける。


 他人を引っ掻き回し、引きずり回すことが何よりも、もとい好む傾向のエルザが、このように狼狽する姿は滅多に見られるものではない。


 ましてやそれがラファエラやダリウスなどの、彼女に諫言できる立場にある数少ない教会内の人間によるものではなく、教会外の人間によるものであれば尚更だった。


「ちなみに、お幾らほど?」


「えっとね、金貨五十枚くらい」


「申し訳ありません。流石に特別な理由も無く、それだけの金額を用意することは教会にはできませんわ……」


「ホントに?」


 無垢な瞳で、ジュリエンヌはじっとエルザを見つめる。



 その瞳は無限の深みを有しながらも一つの濁りも無い、所持者の心を写しだしたような澄んだ青。


 その瞳を見つめ返した者は、そのまま吸い込まれて別の世界に行きかねない。


 そんな底知れぬ恐ろしさを感じさせたかと思えば、次の瞬間にはすべての罪が洗い流され、奈辺とも知れぬ慈愛で包み込まれる心地にさせる。


 それは恐怖と慈愛を同時に内包する、およそ理解と言った言葉の埒外に存在する瞳であった。



 その瞳を見て動けなくなったエルザを庇うかのように、ダリウスがジュリエンヌに話しかける。


「ジュリエンヌ殿、教会は確かに財を持ってはいる。しかしそれは、教会全体で見ればの話だ。フォルセール教会のみの財は、教会の中の装飾や普段の粗食、また孤児院の子供たちの生活ぶりを見れば判る通り、殆ど無いと思うのだが」


「うーん、エルザちゃんホントに無いの?」


 納得がいかないといったジュリエンヌの問いに対し、エルザは無言を貫く。


 しかしその行動自体が既に自らの非を認めるものであり、最早そうするしか手段が無くなっている証だった。


 その困ったようなエルザの表情を見たジュリエンヌは、首を傾げて次の質問をする。


「じゃあ質問を変えよっか。天使としてのウチのアル君に出す給与を前借したいんだけど、いくらくらいになるの?」


「!!」


 その次なるジュリエンヌの質問は、エルザに無言による沈黙ではなく、絶句による沈黙をもたらしたのだった。

 聖テイレシア王国における金貨の価値は、大雑把に考えて1枚10万円分と考えて下さい。

 10万円金貨に倣って……ではなく、一応中世のとある国で、1枚12万円くらいの価値があった時代があったらしいので、それをキリよく10万円にしただけですけど。

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