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第48-2話 見せるは建前、隠すは本音

 私利私欲の為ではない。


「なぜ放出しないか……それは……」


 断言したガスパールへの答えをアルバトールは考え、そしてすぐに行き詰る。


 身に余る物を持つ時、人は破滅する。


 そう教えられて育ち、それが正しいと思い込んでいる彼にとって、そこからかけ離れた価値観に基づいた答えを出すのは難しいことだった。



「答えがなかなか出ないようだな、アルバトール殿。それでは先にワシなりの答えを言っておこう。それは目の前の問題以上に何かとんでもないことが、近い未来に起こった時に備えて取っておこうと考えるから、と言うものだ」


「それは……確かにそうかも知れません。しかしそれでは、いつまで経っても貯めた財を使わないことになるのではありませんか?」


 アルバトールの指摘を聞き、ガスパールは苦笑いを浮かべた。


「その通りだ。蝗害を経験してから、ワシはそれまで以上に蓄財を進めるようになった。そして今ではこの通り、使うべき時に使う決断の出来ない領主に成り果てておる」


 ガスパールは自らの顎をなぞり、髭を弄びながら、更に独白とでも言うべき言葉を次々と綴っていく。


「そして貯まった財を見て自己弁護を始めるのだよ。これほど多くの財があるのなら、少しくらいなら自分で使っても良いではないか。大量に使えば取り返しがつかないが、これほど貯めた自分への褒美として、少しくらい使うならいいだろう、とな」


 どんなバカげたことを言っているか、自分でも判っているのだろう。


 ガスパールは軽く頭を掻いて話を続け。


「貯まった財を使わずにおくのは、テーブルに置かれた大量の御馳走を目の前にして、ずっとお預けを喰らっているようなものだ。まして親や祖先の時代からずっと貯まっている財を幼少より見て育てば、使いたいと言う気持ちは日々膨らんでいくことだろう」


 その顔を、虚しいものとした。



「いや……むしろ何故使わずに取っておくのか、財とは勝手に貯まっていくものではないのか、とすら思うようになるかも知れん。それがどのような経緯を経て貯められた物なのか、考えようともせずにな」



 アルバトールは自らの持っている酒盃に入っているワインを見つめ、考えに沈む。


 この酒盃の中に入っているワイン一杯分の金で、どれだけの人にパンを買い与えられるのだろうかと。


 ガスパールの考えに流されそうになっている自分の価値観を、そのままに繋ぎとめるいかりにしようとするが如く、彼はワインを見つめた。



「物心ついた時には既に膨大な金額に膨らんでいた、当たり前に存在していた財。それを使って世の中の贅沢と快楽を知った権力者は、財がどのように形成されるかを知らぬ権力者は、自らが負担すべき苦労を、すべて民衆に押し付けるようになる」


「……」


「これがワシの考える王侯貴族の腐敗の原因だ。アルバトール殿」


 アルバトールは顔を上げ、視線を酒盃の中のワインからガスパールの顔へと移し、質問とも、糾弾とも取れる厳しい口調でガスパールに問いかけた。


「それだけのことが判っていて、なぜ貴方はこのような酒宴を設けているのですか」


「……当然の質問だな。その答えは三つ。一つ目は死地に赴く部下を鼓舞する為の慰労。二つ目は領内は日常どおりであると民を安心させる為の演出。最後が我が領地は宴会が開けるほどに裕福であると外部に知らしめる為の宣伝。この三つだ」


 ガスパールにとってのみ都合がいいとも思える返答に、アルバトールは口を引き結んだまま答えない。


 ガスパールへの反論は既に思いついていた。


 しかし、それが口に出してもいいものかどうか、その判断がつかなかったのだ。


「納得がいかん、と言った所か。だがそれで良い。今は判らないかも知れん。ひょっとすると、判っていても判りたくないと拒絶をしているのかも知れん。しかし貴族の一員である限り、判らざるを得ない時が必ず来る。その時までに答えを出しておくことだ」


「……はい」


 アルバトールは今までのガスパールとの話の中で、独善的と聞いてきたガスパールの印象が変わりつつあった。


 確かに蓄財に精を出し、贅沢をして、その実情は確かに独善的ではある。


 しかし彼はそれなりに自分のやっている事に疑問を抱き、罪悪感も抱いていた。


 そんな二律背反した彼の姿を見てしまった為か。


 アルバトールは思わず失言を口にしていた。



「なぜ我が父フィリップを嫌われているのでしょうか。犬猿の仲と聞いておりますが、今までの話を聞いた限りではそこまで嫌う理由が無いように思われるのですが」



 アルバトールは即座に後悔した。


 しかし口から出てしまった言葉は、後から取り繕うことは出来ても完全に無かったことには出来ない。


 自らの迂闊さを呪いながら、アルバトールはガスパールの反応を待った。


「フッフフ。父の政敵、反対派筆頭であるワシの考えが気になるのは当たり前だ。そう畏まらなくてもいい。ワシは確かにそなたの父、フィリップ候が気に入らんからな。そしてなぜ気に入らんのかと言えば、先ほどまでしていた話に関連がある」


「と、言うと?」


 ガスパールはニヤリと笑い、ウィッグを右手で摘まむと懐へ直しこむ。


「奴はワシの主張の正当性を判っていながら、自己の清廉を保つ為に敢えて無視している。財があるから悪いのだ、使って無くしてしまえば迷うことも無いのだ、とな」


「それはガスパール伯の勝手な思い込みでは?」


 ウィッグを懐に直しこんだ。


 つまりは本心を知られたくないのだ、と言うガスパールの無言のメッセージをアルバトールは悟り、敢えて意地の悪い顔をしながら答える。


 自分の意図に気付いたアルバトールを見て、ガスパールは酒盃のワインに口をつけ、一気にそれを喉の奥に流し込んだ。


「そうかも知れんな。だが奴は、フォルセールが直接隣国に接していない利点を最大に活かし、それを実行している。先ほどワシが、領内に問題が起こった時に備えて財を貯めている、と言ったであろう」


 アルバトールは頷く。


「アレは内政や天災に対しての対策だけではないが、それが何か判るかな?」


「……戦乱、ですね」



 痛い所を突かれ、呻くようにアルバトールは答えた。


 昼間の会談で、フォルセールに戦力が集中する理由の一つとして自らが挙げた物。


 それをそのまま返されたのだから。



「そう。アルストリアやアギルスなど他国と隣接する領地では、突発的に起こる他国からの侵攻に対しても常に備えなければならぬ。こちらが元気な時に攻めてくれれば良いのだが、そんな阿呆な敵であればとっくに滅亡しているだろうからな」


「つまり、フォルセールは敵国と隣接していないのをいいことに、アルストリアやアギルスであれば戦いに備えて取っておく財ですら内政に回して楽をしている、と?」


「フッフフ、手厳しい回答だなアルバトール殿。そこまで剣呑な態度をとるのは、痛い所を突かれたからか?」


「これは失礼。昼間の自分の発言を思い出してしまいましたので」


 抜け抜けと言うアルバトールの顔を見て、呆れたようにガスパールは答えた。


「やれやれ、そう言えばフォルセール騎士団の団長はベルナールだったか。なかなか折れぬその性根、奴に師事したか?」


「そうですね、旅に……いや、天使になる前なら、たやすく伯の前に屈したでしょう」


「苦労を血肉に変えたか。可愛い子には旅をさせろ、とは良く言ったものだ」


 そう言ってじっと見つめてくるガスパールの視線に、アルバトールは複雑な感情を見たような気がした。


 ひょっとするとガスパールは、領境の戦地に赴いた長女ジルダを自分の姿を通して見ているのではないのか。


 そう思わせるような優しい目を、ガスパールはしていたのだ。


「ふん、話を逸らしてしまったな」


 ガスパールもアルバトールの目を見て何か気付いたのか、バルコニーの手すり越しに見える外の庭園に顔を背け、拗ねたように話を再開した。


「さて、戦乱に対する備えを内政に回すことができる、だったな。まぁそれ自体は良いのだが、それにかまけてばかりいて蓄財を怠っていると問題が出る。今のようにな」


「天魔大戦……ですね」


「いかに他国からの侵攻に程遠いフォルセールと言えども、散発的に各地に現れる魔族からは逃れられぬ。確かに私財を投じて内政に尽くす姿は美しいが、いざ肝心な時に、一番肝心なものを守れなくなることもあるのだ。民の命と言うかけがえのない物をな」


 確かにガスパールの言うとおりであった。


 フォルセールの財政は領地の狭さもあって決して豊かとは言えず、トール家の財産も他領主に比べれば雀の涙も同然。


 魔物の侵攻に備えて傭兵を雇うことはおろか、他領地への侵攻、つまり王都の奪還に向かおうにも食料や兵士達への報酬、武器、防具などの手配をするだけの金が無い。



 戦争は金が全て、とは誰が言った言葉だったか……。



「ガスパール伯の仰りたいことは判りました。伯のやり方を認めた訳ではございませぬが、一長一短、すべての行動に正誤を当てはめる必要もないと承知しておきましょう」



「それでよい」



 優しい言葉、優しい顔。


 星を背後に語り掛けてくるガスパールの姿を見て、アルバトールは軽く息を呑んだ。


「国はそこに住む多くの者で支えてゆき、そこに住む多くの者を守っていく物。その国を支える柱が一つであれば構えも必然的に小さくなり、少しの者しか守れぬことになるが、国を支える柱が増えればその構えは大きい物となり、より多くの者を守れることとなろう。救える者を、敢えて見捨てることもあるまい」


「柱……ですか」


「ちと恥ずかしい例えをしてしまったか。柱は価値観と置き換えて良い。世の中を全て正しいことで塗り替えてしまっては、羽目を外して楽しむことも出来なくなってしまう。目上の者をからかうことすら出来ぬ、窮屈な世の中を過ごしたくはなかろう?」


「ですが踏み込んで欲しくない私事にまで、どかどかと笑顔で踏み込んでくるような輩を放置する訳にもいきません。何事も程度と分別を弁えればよろしいことかと」


 目上をからかうと聞いたアルバトールは、同時に一人の司祭を連想してしまい、思わず必要以上にきつい口調で答えたことをガスパールに詫びる。


 しかしガスパールはまったく気にした様子は無く、もしくは他にもっと注意が向いていたのか、すぐに一つの思い出を口にした。


「一つの例外は他の例外を呼び、それは更なる例外を呼ぶ……まだワシがアルストリア領を継ぐ前、王都で騎士としての経験を積んでいた時に、ベルナールから諫言された時の言葉だ。……ちと話しすぎたか、今宵の話は他言無用にしておいてくれ」


「それは構いませんが……」


 ガスパールに生返事を返したその時、アルバトールは何が正しいのか、何が間違っているのかの境界線を必死に探していた。



 その理由は決してワインを飲んで酔ったからではない。


 自分が信じてきた価値観を揺るがす別の価値観。


 それが無視できない勢いで、自らの内に流れ込んできたことに起因するものだった。


 生生流転せいせいるてん、人は人、自分は自分。


 そもそも正誤を神ならぬ人の身、いや天使の身で決めることが間違っているのか。



「なぜ私にこのような話を? 他言無用の話を私にしてくれたと言うことは、それほどまでに私を信用してくれた証と受け取ってよろしいのでしょうか」


「ん? ……フッフフ、天使になったことで思い上がっているのではないか? アルバトール殿。今の話はそなたを信用しているからでは無い。信用していないからこそワシの思惑通りに動くように今の話をしたのだと思わぬか」


「顔に全く説得力がありませぬが」


 ニヤニヤと笑うガスパールの顔を見て、アルバトールは呆れたように両手を広げた。


「真面目な話はここまでだ。やれやれ、酒が入るとどうも余計なことまで喋ってしまうから困った物だ。アルバトール殿もそうは思わんか」


 懐に手を入れ、ガスパールはウィッグを再び自らの頭頂部に乗せる。


 途端にウィッグは酔っ払ったように彼の頭上でふらふらと舞い始め、その姿はアルバトールに心からの笑顔をもたらした。

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