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第45-2話 バヤール

「アルバ様、騎士隊長殿との話はつきましたか」


 銀の髪を持つ執事、ベルトラムがうやうやしく頭を下げ、宿の一室でアルバトールを出迎える。


 街の中と言うこともあり、ピサールの毒槍と対魔装備である鎧は外している……が。


「……なんで執事服なの?」


「たまたま手に入りましたもので、つい」


「仕事中毒じゃないのかな、それって。それにしても、久しぶりに君が髪をあげている姿を見たよ」


「旅の途中では食事の用意をする必要があまりありませんでしたので、髪の毛が落ちないように布でまとめる必要がありませんでしたからな」


「なるほどね」


 久しぶりに見るベルトラムの執事服に、アルバトールはフォルセール城の人々の顔を思い出す。


 両親や騎士団、騎士団に連なる面々、フォルセール城の市民たち、アデライード、アリア、ラファエラ、ダリウス……。



 ……。……? ………、…………。



「頭を抱えてどうなされましたアルバ様。長旅でお疲れになりましたか? 具合が悪いのであれば、宿の主人に言って医者を呼んで参りますが」


「いや、ちょっとフォルセールのことを思い出しただけだよ」


(思い出したくない人物まで思い出した、とは流石に言わないでおこうか……)


 そんな主の考えを知る由もなく、ベルトラムは先ほどの旧神たちとの戦いの結果について、騎士たちから得た情報の報告を始める。


「左様でございますか。そう言えば我々をここまで連れてきてくれた騎士団の方に聞いたのですが、領境の警備隊の方々は最終的に重傷二名、軽症三名の被害を出して撤収したそうです」


「え? たったそれだけ? いや、重傷者が出てるのにそれだけって言い方は失礼だけど……」


「そのように聞いております」


 アルバトールは首を傾げ、ベルトラムへ生返事を返し、そして思い出すだに寒気のする、警備隊に放たれたヤグルシの威容と威力に身を震わせる。


 あの雷撃は、まさに神の領域。


 人に……いや、天使でさえ同じ威力の物を再現することは、不可能とさえ思わせる物であった。


 それが重傷二名、軽症三名とは、到底その報告内容が信じられないものであった。


「聞けば、あの御老人と思われる方が飛び込んできて、雷撃を退けてくれたとか」


「あの御老人……不死身の龍帝か」


 好々爺と言った印象を持ちながら、彼に髪の毛一本すら動かす事を躊躇ためらわせるほどの殺気を放った旧神の姿をアルバトールは思い出す。


「その直後、求められもしていないのに自ら率先して警備隊の方々に名乗り、次に我々に敵対した時にはこのヤム=ナハル容赦せん。と言い残したとか」


「……えっと、出来ることであれば、二度と会いたくないな。確かに恐ろしい相手だけど、それとは違う理由で、ね」


 アルバトールは溜息をつき、窓の外へ目を向ける。


「殺し合いをする相手と、仲良くするもんじゃないね……」


「で、ございますな」


 先ほどの戦いで、旧神二人に得体の知れぬ存在と認められたベルトラムは、主人に対して二心を持たぬ完全な同意を示した後に、明日からの道程について意見を乞う。


「戦いの前に逃がした馬は無事保護されてたし、それに騎士団の馬を融通してもらえることにもなったから、明日からそっちに乗り換えて一路アルストリア城だね」


 この街でしばし休んだ馬たちは、首につけていたプレートの刻印に基づいてフォルセール方面の早馬として使われ、少し時が経てばフォルセールに戻ることになるだろう。


 アルバトールは馬屋の方へ顔を向け、馬のことを思いやった。


「しかし、バヤール馬に関してはちと惜しいことをしましたな。あの神馬があれば、これからの戦いに於いてかなりの戦力になっていたでしょうに」


「それは仕方ないよ。フォルセールにあの馬が住んでいれば僕が乗っても良かったんだろうけど、アルストリア領の森に住んでいるのではね」


 そもそも二人ともバヤール馬に認められていないのだが、二人ともそれをおくびにも出さずに次の話題へと会話は移っていった。



 そして明くる日、まだ朝もやが煙る中、二組の人馬がファーレンタームを出立する。


「では、先に出立させていただきます。アルストリア城で再びお会いしましょう」


「一刻も早くガスパール様に謁見できるよう祈っておりますぞ」


 そう言ってうやうやしく馬上の彼に一礼をする騎士隊長に礼を返すと、アルバトールは馬を駆ってメインストリートを走り始める。


 馬は中央、人は端と、通る場所が明確に分けられているこの街では、思う存分に馬の速度が出せるため、人と馬との事故が起こった場合は人が重傷となることが多い。


 よって朝もやがまだ出ている時間帯と言うこともあり、アルバトールは馬の手綱を絞って慎重に騎乗していた、が。



 予測以上の速さで向こうからぶつかってきた場合は別である。



 出立早々、アルバトールは脇道から殺意を感じられるほどの速度で飛び出してきた何者かに跳ね飛ばされ、宙を舞う。


 地面にへばり付いた彼が慌てる声に上を見上げれば、そこにはフード付きのローブを頭から着込んだ女性が彼にわざとらしい口調で謝罪をしていた。


「ああっ! 申し訳ございません! 何てことでしょう! こんな朝日も昇りきっていない時間に、メインストリートを騎乗して通行している人がいるだなんて!」


 いきなりぶつかってきた女性の、言葉の奥底に漂うモノに既視感を感じつつ、アルバトールは何とか立ち上がろうと歯を食いしばる。


 彼が感じたのは、他者の意思をかんがみることのない、自分以外の存在を捻じ伏せるが如き強引な口調。


 それに抗う無力を彼は脳裏に浮かべると、それなりの覚悟を決めて女性に返答し。


「問題ありませんのでこれにて失礼」


 女性からの返答を待たずにアルバトールは即座に立ち上がると、その身を素早くひるがえして馬に飛び乗り逃走を図ろうとする。


 その姿はまさに静から動。


 だが逃げ出そうとしたアルバトールは飛び出してきた女性に襟首を掴まれ、そのまま猫のように片手で摘み上げられ、くるりと体ごと女性の方へ向けられてしまう。


「そうはいきません私の体当たりを喰らって無事だなんてこれも何かの縁かもしれませんお詫びを兼ねてどうか一緒に連れて行ってくれませんか」


(……何で過程をすっ飛ばして起因から直接結論に至ってるんだろう)


 かなりの長いくだりを息継ぎもせず、淀みなく一気に話した女性が使っている言語は、間違いなく聖テイレシアで使われている共通言語である。


 しかし話す内容は動詞と形容詞の組み合わせがおかしく、一般常識との乖離かいりも激しいそれは、とても常人が理解出来るモノではなかった。


 無理に例えるなら、それはまるで夢見心地のままに、話し相手の頭上を跳び越し、どこか遠くに離れているものと話しているかのような、そんなモノ。


「そもそも人が馬に体当たりをして大丈夫とは思えませんが……体に痛みはありませんか? マドモアゼル」


 そんな主人の困惑を見て取ったのか、彼の後方に控えて無傷だったベルトラムは女性から庇うかのようにアルバトールの前へ進み出で、片膝をひざまずきながら女性の手を取り、低く甘い声で囁く。


 ベルトラムはアルバトールに仕える執事と言うこともあって、トール家に仕えるメイドくらいしか日頃女性と接する機会はなく、アルバトールがこのような彼を見ることは滅多にない。


 だがやはり彼も年頃の青年なのだろう。


 今のベルトラムの様子を見る限り、それなりに女性に関する興味も知識もあるようではあった。


「ええ、この通り」


 なかなかの長身……と言うより、ベルトラムですら見上げる必要があるほどの巨漢である女性は、ベルトラムが差し出してきた手を軽く力を込めて握りかえし、にっこりと笑って返事をする。


「それはよろしゅうございました。では我々は先を急ぐ身。そのたおやかな御手、涼しげな御面、儚げと見える御体に何も無いのであれば、すぐにでもこの場を立ち去りたいのですが……」


 しかしその時ベルトラムは、女性に話している内容とは程遠い鬼気迫る表情で、握り返された手に力を込めていた。


(これは……)


 傍から見ていたアルバトールは、信じられないといった表情で二人の様子を見る。


 幾ら細身に見えるとは言え、ベルトラムは男性であり、尚且つアルバトールの護衛を任されるほどの手練れである。


 その彼が女性に力で押される姿を見ることになろうとは、今の今までアルバトールは想像すらしていなかった。


「とりあえず手を離していただけますか、マドモアゼル。フードを被ったまま自己紹介もせずに、連れて行ってほしいの一点張りでは、いくら騎士道の尊さを知る我が主と言えども、貴女に背中を預けて馬に乗せるわけには参りません」


「……それもそうですね。いえ、むしろ当然のことでしょう」


(あれ? 僕が後ろに乗せるの?)


 アルバトールは思わずベルトラムに文句を言いたくなるが、本人の前と言うこともあり、アルバトールはその衝動をぐっと堪えてフードを上げた女性の顔を見つめる。


(これは……)


 一瞬。


 アルバトールが、フードの下から露になった女性の素顔に目を奪われるに値する時間は、それだけで十分だった。



 彫刻の名匠が一気に彫り上げたとでも言うような、くっきりと目立つ一筋の眉。


 その目は巨大な黒真珠のような艶やかさで、彼の目をまっすぐに見つめていた。


 顔の中心の鼻梁びりょうは、まるで神々の住む山オリンポスを思わせ、その佇まいは然程の強調も必要とせずに周囲にその姿を誇示している。


 その下にあってオリンポスを受け止める唇は、ふっくらとつややかに、あでやかに、薔薇を敷き詰めたグラスにゼリーを流し込んだかのような官能的な輝きを放ち。


 神の寵愛を受けた部位のみが収まる神殿とすら思わせる顔の輪郭は、あくまでもすっきりと、春先の小川に流れこむ高山の雪解け水のような清涼さを感じさせ。


 そしてローブに包まれていた肢体は、無駄な部分を一切感じられぬ隆々と引き締まった物で、その抑揚に満ちた肉体に視線を向けない者は居ないと確信させる程のものであった。



 そして驚くべきことには、彼女の姿を表すそれらすべてに、女性の容姿を語る時には通常使われることの無い“力強い”と言う頭文字がついていたのだった。



(何と雄々しい……いや、猛々しい……、じゃなくて神々しい、かな?)


 万が一にも女性に自分を見た印象について聞かれた時に備え、第一印象とは別の形容詞を用意した後、ローブで隠されていた女性の迫力にアルバトールは思わず感嘆した。


 そして彼の視線の先に在る女性は、口を開けたまま自分を見つめてくるアルバトールに目を伏せ、恥じらいの感情を見せながら自らの名前を告げる。


「私の名前はバヤール。昨日、貴方たちの旅にお供するようにヤム=ナハルに告げられた者です」


 意外と言えば意外であり、予想通りと言えば予想以上に予想通りの名前が、女性の口からアルバトールの耳に伝わり、脳の髄を痺れさせる。


「これも天使になった者の運命、なのかなぁ……」



――いいえ、神がお与えになった試練ですわ――



 アルバトールは脳内に響いた空耳を、頭を振ることで追い払う。


 そして再び会いたくないと言ったばかりのヤム=ナハルに、何故か再会と復讐を自らの剣に誓うと、アルバトールは傍らの女性のように見ることは一応可能と思われる女性のようなしかしてその正体は馬の存在を連れ。



 騎士隊長の元へ戻っていった。 

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