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第44-2話 遠き思い出

[おいやめろクソジジイ昔みたいに人生終了させたいのか]


 だが話はバアル=ゼブルが発した暴言によって邪魔をされ、その無作法に不機嫌となったヤム=ナハルは発した張本人をじろりと睨み付けると、そのまま構わず口を開く。


[もうどれくらい昔か覚えてはおらぬが、ワシらは昔、このテイレシアとは違う別の国、別の大陸におった]


[おい!]


[えい、やかましい奴じゃの]


 ヤム=ナハルは近くで草を食んでいたバヤールに目配せをする。


 するとその意味を理解したのか、バヤールはバアル=ゼブルの首の辺りをくわえて軽々と持ち上げ、その場からのそりと離れていった。


[さて、話をするとしよう。その頃あやつはまだ純粋での。生まれ持った強大な力のせいもあったろうが、それでもいずれ劣らぬ力を持つワシらを支配し、その頂点に立ち、最終的には神々の王になると言って聞かなかった]


「神々の王とは、また途方もない望みですね」


[うむ。まぁワシらも紆余曲折はあったものの、最終的にはあやつの底抜けの明るさと優しさ、面倒見の良さを認め、とりあえずの舵取りとして王にしたのじゃ]


「……それから何かがあったのですね?」


 ヤム=ナハルは沈痛な面持ちになり、アルバトールの問いに黙って頷いた。


[だが、あやつの性根に問題があった。あやつは……真面目すぎたのじゃ]


 地に視線を落とすヤム=ナハル。


 先ほどまで感じていた重圧は嘘のように消え去り、恐ろしい敵であるはずの目の前の翁は、まるで人々が去った寒村に一人だけ残り、緩慢な死を待つ老人のように見えた。


[我々を信仰した人間たちは、他の神を信じる者たちとの争いに勝ち、どんどん教えを広めていった。あやつと言えば信者が何かを求めるたびに飛び回り、休む間もなく動き続け……そして、あの日が来た]


 アルバトールは唾を飲み込み、何かを待つようにじっと虚空を見つめているヤム=ナハルの言葉の続きを待つ。



 コンッ。



 そしてその視線の先であるヤム=ナハルは、とうとう何かに耐えかねるように石を拾うと、向こうで騒ぎ立てるバアル=ゼブルに石をぶつけて黙らせ、ようやくとばかりにぽつり、ぽつりと話し始めた。


[あまりに休み無く働き続けるあやつに対し、少しは休んだらどうだ、とワシは提言し、あやつはそれを受け入れた。そんな時に限って、信者たちから他宗教との雨乞い対決の頼みごとが舞い込んできての……]


「休暇中のバアル=ゼブルに、頼みごとを話したんですか?」


 ヤム=ナハルは即座に首を振った。


[いや、休みを提言した手前、ワシはあやつにそれを言うことはできなかった。それにワシにも水の神という、多少のメンツがあったからの]


「……その結果は?」


[それは……]


[いい、後は俺が話そうヤム=ナハル翁。そこまで喋ってしまえば俺が隠し立てしても意味がないだろう]


 話に没頭していた二人は、いきなり横から掛けられた声に驚いてそちらを向く。


 するとそこには、いつの間にかすぐ近くまで来ていたバアル=ゼブルがバヤールの口にぶら下がっており、少々ヨダレに濡れた肩をすくめてから彼は話し始めた。


[今ヤム=ナハル翁が話したとおりだ。俺が雨乞いの件を知らされたのは、すべての準備が終わった後、勝負の前日だった。その時点で俺がしゃしゃり出て我を張っても良かったんだが、それじゃあヤム=ナハル爺のメンツが丸つぶれだからな]


 そこまで喋った後、バアル=ゼブルはヤム=ナハルを気遣うようにチラリと視線を送り、それに気づいたヤム=ナハルは無言で頷いて、そして話は続けられる。


[だが、俺たちの信者の番では雨は降らなかった。そして雨乞い対決の相手、エリヤって奴の時に雨は降っちまったのさ。俺たちは負け……そしてその対決に参加した信者は皆殺しにされた。その数は千人にも届こうかと言うものだった]


 何のわだかまりも無く、淀みなくバアル=ゼブルの話は続く。


 しかし、犠牲者の数を話した時だけ……その言葉は震えていた。



 泣いているのだろうか。



 ふとそう思ったアルバトールはバアル=ゼブルの表情をうかがうが、その顔は長い髪によって見えはしなかった。


 日頃は透き通るような青である彼の髪。


 しかしこの時ばかりは、どんよりとした暗い冬の空の色とアルバトールは感じた。


[……つまらねえ過去話はこれまでだ。行くぜヤム=ナハル翁。そろそろ街の警備隊が来る頃合だろう。ここで脱出に失敗しちゃあ、お前に命を助けてもらった意味が無い]


[まだ話は残っておるじゃろ]


[おい、さっきまでと言ってることが違う……]


 首を振り、ヤム=ナハルは言葉を続けた。


[バアル=ゼブルはその出来事があってから目立って塞ぎこむようになった。ワシを責めることもせず、何かから目を逸らすように、ただ信者の頼みを聞き続けた。そう、それが自分を信じて死んだ信者たちへの償いとでも言うように]


 バアル=ゼブルは苦虫を噛み潰したような顔となるが、しかしヤム=ナハルの話を止めようとはしない。


 それは冷たい怒りを秘めた、だが寂し気な、それでいて悲し気な表情であり、過去の失敗を教訓とし、決して繰り返すまいとする賢者の顔であった。


[バアル=ゼブルの力は雨乞いの一件からどんどんと衰弱していたが、ワシは勝負に負けた引け目から、こやつに再び休養をとるように提言することが出来なかった。そしてバアル=ゼブルは信者の願いに飲み込まれ、倒れ伏し、やがてワシらの存在とワシらの教えは、今お主らが信じる教えに飲み込まれて消えた]


 そして彼らの過去を知ったアルバトールは、一言も喋ることが出来なくなる。


――自分に何か――


 あやうく口をついて出そうになった言葉を、アルバトールは慌てて飲み込んだ。


 知らなかったとは言え、彼らの目から見れば勝者の立場にたつ自分が、その場面に立ち会っていない自分が、何をしてくれとも言われていない自分が、彼らに助けを申し出るその傲慢。


 アルバトールにはそれが優越感から出た偽善に思え、口にすることが出来なかった。


[だが何が起きたのかは判らんが、それからさほどの時を経ずにワシらは唐突に意識を取り戻した。それも見知らぬ場所にな]


「……で、復讐のために天魔大戦に参加したと言う訳ですか」


[ん? まぁワシはあまり気にしておらんから、再び我らの信仰を取り戻すために色々と動いておるがの。お前さんは気に入ったが故に良くしてやったが、本来ワシは人間の願いしか聞かんのじゃから、ありがたく思うがいい! ……思うがいいぞ?]


 しかしアルバトールから返事は無い。


 先ほどの話を聞いてからアルバトールの顔色は悪く、それを見て元気付けようとしてかヤム=ナハルは殊更に声を張り上げて喋るが、快い反応は得られず。


[……チッ、だから俺は止めたんだ。この天使のボウヤ、今にも死にそうな顔になっちまってるじゃねえか]


 バアル=ゼブルは毒づき、帰るぞ、とヤム=ナハルに告げ、今度は返事も聞かずに飛行術の発動をして宙に浮きあがる。


[言っておくが、先ほどの雨乞いの前にも俺たちとエリヤのいさかいはあったし、その時にはテメエらの方にも犠牲が出ている。戦いは双方に犠牲が出るのが付きモンだ。こんなことで落ち込んでるようじゃ、テメエこの先どんな信念の元に戦うつもりだ]


「……」


 去り際にバアル=ゼブルが残した言葉。


 その内容を聞き、慌ててアルバトールは顔を上げるが、その時には既に彼の姿は遠い所にあり、声を掛けようとしても届かない位置にあった。


[さて、ワシらの話はここまでじゃ。今の話にあった通り、お人よしで純朴すぎる者は問題を、重荷を他者に背負わせることを良しとせずに、すべて自らの肩に背負って自滅してしまいがちじゃ]


「はい……」


[バアル=ゼブルが止める中、ここまで話したのじゃからお主はバアル=ゼブルと同じてつを踏むでないぞ。それと言っておくが、バアル=ゼブルが守備兵に撃ったヤグルシは本来の十分の一程度の力じゃ。次に会う時までに少しは精進しておくことじゃの]


「なっ……!」


 そしてヤム=ナハルも飛び去り、その場に一人残されたアルバトールは、体を震わせながらその言葉を噛み締め、そして嬉しそうな顔で両手を握りしめる。


(まだまだ……か……)


 そして徐々に耳に入ってくる、彼の名を呼ぶベルトラムの声を聞きながら、アルバトールは今日の戦いを生き延びることが出来た幸運を神に感謝する。


 そしてアルストリア城に向かうため、彼は遠くでのんびりと草を食むバヤールへと視線を向けた。



「ではセロ村で助けたあの御老人……ヤム=ナハルがバヤールと言う馬を届けてくださり、尚且つアルバ様を助けてくださったと?」


「うん」


 バアル=ゼブルとヤム=ナハルから聞いた話は伏せ、アルバトールはベルトラムに今までの出来事をつまんで説明する。


「しかしあの馬、あぶみはおろか、手綱や鞍すらついておりませんが……あの御老人、本当に何と言うかどこかの司祭様に……」


「あー……まぁ何とかなるんじゃないかな? 乗る人数に従って体の大きさを変えるらしいし、手綱なんかが無くても二人とも乗れるのかも知れない」


「一頭の馬に二人、でございますか?」


「ん……? あ、そうだね、まぁとりあえず乗れるかどうか確かめようよ」


 ヤム=ナハルが先ほどした、バヤールについての意味深な説明を思い出してしまったアルバトールは、ベルトラムに考えていることを気取られないように平然とした態度でバヤールに近づき。



 頭を噛まれる。



「ぎょおおおおっ!?」


「だ、大丈夫でございますかアルバ様!?」


「だ、大丈夫……しかし気性が荒いなぁこの馬」



――自分を打ち負かした騎士にしか――



 そして先ほどの意味深ではない方のヤム=ナハルの説明を思い出し、アルバトールは肩を落とした。


「あー……そう言えばこの馬、自分を打ち負かした騎士にしか騎乗を許さないって言ってた」


「打ち負かすとは?」


「さあ」


 思わず顔を見合わせて二人は途方に暮れるが、魔族との戦いの直前に、既に彼らの馬は街に向けて解き放っており、つまりはこのバヤール馬を乗りこなすしか先へ進む方法はない。


 しかし仕方ないと覚悟を決めた彼らの眼に――。


「アルバ様、あれは……」


「助かった! 多分あれは街の警備隊だよ!」


 遠くから近づいてくる砂塵。


 程なく目でその姿が判るほど近づいてきた彼らは、真っ直ぐにアルバトールたちに近寄り、馬から降りると彼らの元にいるバヤール馬へ近づく。


(あれ?)


「間違いありません隊長! この毛並み、体躯、何よりも額にある銀の星! 森の守り神とも言われたバヤール馬です!」


(……えーと? そう言えばどこから連れてきたか、どうやって連れてきたか聞いてなかったような?)


「ではこやつらが盗っ人か! 武装までしてバヤールを無理矢理に奪おうとは何と卑劣な輩よ! ひっ捕らえて街まで護送せよ!」



(…………まぁいっか、話を聞いてくれる雰囲気じゃないし、街まで連れて行ってくれるみたいだし)



 そう考えたアルバトールはベルトラムに自らの意思を告げ、図らずも二人は一緒の馬と言うか荷車に乗せられて街へと連れ去られる。


 そして罪人と間違われ、街へ連行されていく彼らの後を、バヤール馬がかっぽかっぽとのんびり着いていくのであった。

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