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第41-1話 疾風

 聖天術。


 それは人が住む物質界より遥か高次元に存在する、天界に満ちる主の力そのもの。


 それを自らの体に降臨させ、敵へ放つ術のことである。


 しかし天界は、物質界とはまるで違った法則が支配しており、そこに満ちる神気は安定に欠け、制御することが非常に難しいために、基本的に攻撃にしか使用出来ない。


 降臨(天使の輪生成)制御(体内循環)放出(攻撃)返還(天使の羽根による天界への召還)の四つのサイクルから成る故に、発動そのものは精霊魔術より早い。


 だが一度使用するごとに神への感謝の言葉を捧げる必要があるというその性質上、連発は出来ない上に、効果の範囲も狭い。


 しかし神気を降ろした肉体、及び放った術(神気)は、物理界の定着、固着が作用しない特異点となっているため、術の展開速度は目で捉えることがほぼ不可能であり、また精霊魔術による障壁ではまず防げないほどの威力を持っている。



 聖天術、それはまさに天使にとって伝家の宝刀とも言える、切り札の術であった。


 

[クソッたれ! いくら聖天術だからって言っても、このタイミングでの反撃は早すぎる! どうなってやがるんだ!]


 バアル=ゼブルがそう毒づいた直後、先ほど彼が目にした赤い光に因るものと思われる大爆発が、その背後で起きる。


 障壁でダメージは抑えられているものの、その威力はかなりの物で、上位魔神であるセーレが少なからず負傷してしまう程の規模であった。


[おい! 大丈夫かセーレ!]


[な、何とかッ! しかし今の攻撃は聖天術ではありませんし、時間的に天使の連撃とも思えませぬ! それでこの威力とは……本当に天使の従者は人間なのでしょうな!?]


[知らん! とりあえず次の聖天術が来るまでに敵に近づいて接近戦に持ち込むぞ! お前は俺の後ろに隠れておいて、接敵と同時に槍を持った人間にかかれ!]


 そう叫ぶと、バアル=ゼブルは気合の声と共に暗黒魔術による暗灰あんかい色の障壁を前方に展開させて突っ込んでいった。



 天使のみが扱える、攻撃に特化した聖天術に対し、魔族が主に使用する暗黒魔術は、防御や闇に属する回復に特化している。


 その術の源は、セテルニウスとそれ以外の世界の狭間に漂う暗黒の物質、ダークマターと呼ばれるものである。


 その効果は法術と似て非なるもので、生き物を腐敗させたり、不死生物を作り上げたりする事ができ、また魔に属する者の回復を行ったりもできる。


 また暗黒魔術による回復は、場合によっては失われた肉体が一瞬にして元に戻るなど、その効果は法術に比べてさえ強力無比な物である。


 更に暗黒魔術は魔族のみならず、人間の身体を回復することも可能なのだ。


 光と闇を同時に許容できる適応性に長けた魂、それらを包み込む安定した肉の体。


 それらを兼ね備えた特別な存在として、主に作られたことがそれを可能としていた。


 しかし力が弱い存在や、力が弱った存在が使用すれば、術の源となっているダークマターを使役するどころか、逆にダークマターにその身と魂を喰われる可能性があり、安定して使用できる法術に比べ、諸刃の剣と言った術であった。



(暗黒魔術の障壁は聖天術の一撃すら防ぐが、一度展開しちまったらその方向へ他の術を使用できなくなるばかりか、視界も塞がれることになる。標的を逃がす可能性があるから、出来れば使いたくなかったんだが……そうも言ってられねえ状況みてえだな)



 前方に展開した障壁から軽い手ごたえが感じられると同時に、先ほどの赤い光によるものと思われる爆発が起きるが、今度は障壁に全て防がれ、そよ風ほどの感触すらバアル=ゼブルには感じられないものとなっていた。


(どうやら先ほど放った牽制の攻撃を、こちらの実力不足と受け取ったようだな。足を止めて戦ってくれるたぁありがてえ!)


 バアル=ゼブルは目を輝かせると歓喜の笑みを表情に浮かべ、はっきりと顔が見えるようになった金髪の天使へ名乗りを上げる。


[俺の名はバアル=ゼブル! 闇の四属性、風に座する者だ! 悪いが死んでもらうぞ若き天使よ!]


 同時に後方に控えていたセーレが、青い髪をなびかせる彼の頭上より飛び出し、前方にいる精悍な顔つきをした銀髪の青年に向かって飛び掛っていく。


[ほう! 我が一撃を防ぐとは!]


 だがセーレの鋭い手刀の一撃は、銀髪の青年の槍によって受け止められ、そしてその青年は体ごと槍を回転させると、下方の死角から石突でセーレの顎を狙う。


 しかしセーレはその一撃を読んでいたのか、黒いローブをはためかせながら素早く飛びのいて石突の攻撃をかわし、着地すると同時に右手に身長の二倍はあろうかという長大なハルバードを出現させ、それを持って中腰に構えた。



 そして銀髪の青年の他に、バアル=ゼブルの前方にいたもう一人の人物。


 今回の標的、くせっ毛の金髪を持つ幼い顔の青年は、半身になって盾にその身を隠しながら、バアル=ゼブルに返答をした。


「受けて立とう! 僕の名はアルバトール! 大天使の一員に列する者だ!」


 ベイルギュンティ領に程近いアルストリア領の南部に広がる平原。


 ここで遂に、天使と旧神、魔神の戦いは始まった。




(あのモートと同じ、闇の四属性、と言ったな……その割には隙だらけ……に見せているだけか。くそっ! こんなことをしている場合じゃないのに!)


 しかしここでの戦いは、実はアルバトールにとって本意ではない。


 天使の討伐が目的のバアル=ゼブルたちとは違い、アルバトールの今回の任務はアルストリア領主、ガスパール伯爵に書簡を届けることが第一の目的である。


 旅の進行に支障が出るほどの傷を負うことは避けねばならず、ましてや書簡を失う、死んでしまうなどは絶対にあってはならないことである。


 それが分かっていながらも、ここでアルバトールがバアル=ゼブルを迎え撃ったのには理由があった。


(先に街へ向かった隊商を巻き添えにしないためにも、ここで何とかしなければ!)


 先ほどアルバトールたちは、下級魔物に襲われていた隊商を助けてこの先にある街へと逃れさせていた。


 よってこのまま街のほうへ逃亡すると、先に街へ逃げた隊商を巻き添えにする可能性があり、かと言って領境へ後退すれば退魔装備が整っていない兵士たち(しかも他領地の)を巻き添えにする可能性がある。


 つまり、アルバトールたちはどうあってもここで戦わなければならない状況だった。



 しかし彼らにとって、不利なことばかりではない。



 まずアルバトールが天使から大天使に昇格し、叙勲の時に受け取った退魔装備を複数身につけ、その能力が飛躍的に向上していること。


 それによって彼の感知できる範囲が以前に比べて大幅に広がっていたことに加え、聖霊の偏在を修復するために常に知覚範囲を広げていたことで。


 バアル=ゼブルたちによる奇襲を、彼は事前に感知することが出来ていた。


 精霊魔術の下級に属するとは言え、旧神と上位魔神による炎の矢の一斉射撃を受けながら無傷で済んだのも。


 どの方角から受けた攻撃か判らず、周囲に立ち上る砂埃に惑わされることも無く、迅速に反撃できたのも。


 以前ジョーカーと戦った時とは比べ物にならない力を、アルバトールが手に入れていたからであった。


 また、遠くに見える三体の人影のうち、牽制のつもりで真ん中の人影に放った聖天術が、偶然その隣にいた上位魔神の一人を射抜いたことも幸運だった。


 その上位魔神が、聖天術の一撃で滅されたお陰で他の二人の気を逸らすことができ、続けて着弾したピサールの毒槍の一撃が思った以上の効果をあげ、もう一体の上位魔神の力を削いでくれている。


 ”偶然”とは言え、まさに天恵とも言える戦果がアルバトールたちには訪れていた。



 それに対し、バアル=ゼブルは思ってもいなかった苦境に陥っている。


 確かに出発前、彼はジョーカーに上位魔神の二人を天使に殺してもらえ、と言う要請を受けていた。



 だがそれは天使討伐と言う目的の前では、二の次三の次なのだ。



 その天使討伐という大前提の目的を達する目星も付かないうちに、仲間の一人であるフェネクスは倒され、尚且つもう一人のセーレも手傷を負う結果を見るとは。


 幸い暗黒魔術によってセーレの負った傷は塞がったものの、プライドを傷つけられたのか、それとも相手を未だ侮っているのか、セーレの動きはいつもの慎重なものと違って一つの牽制も見せず、直接肉体を傷つけようとするものが殆どであった。



(チッ、自分であの銀髪の小僧の正体を疑っておきながら、あのザマは何だまったく)


 

 巨大なハルバードを振るうセーレの動きを見て、バアル=ゼブルは舌打ちをする。


 魔術で虚空から出したハルバードなのだから、当然見た目通りの重さがあるわけではなく、またセーレも見た目は貴公子然とした容姿だが、その外見通りに力がないと言うわけでは決してない。


 十分に牽制のための攻撃や体さばき、足さばきが出来るはずであった。


 しかしセーレがそれをしないのは、魔神たちによく見られる傲慢さで戦っている相手を侮っているだけ、としかバアル=ゼブルには思えなかった。


[やれやれ、人を率いるってのは面倒なもんだぜ]


 アルバトールの繰り出してくる突きや払いを受け止めもせず、慎重にその動きを観察し、クセを見破った後にアルバトールを一気に討ち取ろうとしていたバアル=ゼブルは、戦い方の変更を余儀なくされる。


 セーレに加勢する意味もあるが、元々この作戦は、アルストリア領の守備兵が救援に駆けつけるまでの間に始末をする、と言うのが成功に必要な要素の一つ。


 つまりじっくりと時間をかけ、この二人を始末する必要性は無いのだ。


 エカルラート・コミュヌによる陽動が西の領境で行われているとは言え、この周辺が全くの無防備と言う訳ではないのだから。


[つーわけで、そろそろ行くか。マイムール]


 呟くと同時に、だらりと下げたその右手に矛が現れ、バアル=ゼブルはそれを握り。


「な、なんだ……!?」


 同時に変化した周囲の雰囲気に、アルバトールが驚きの声を上げる。


 それはまるで、大気すべてが歓喜に打ち震えているかのようだった。


[っしゃあ!]


 いつの間に振り上げたのか。


 気合の声と共に、バアル=ゼブルは掲げた矛をアルバトールの頭上へと一直線に振り下ろす。


「甘い!」


 しかしその一撃をアルバトールは盾で受け止めると、がら空きになったバアル=ゼブルのわき腹に向けて剣を振ろうとする――。



 その瞬間、異変は起こった。



 バアル=ゼブルの身体にアルバトールの剣が届くと思われた瞬間、逆に彼の全身のいたる所に、裂傷がついて血が噴き出し始めたのだ。


「な……あッ!?」


 その痛みに怯んだアルバトールの胸に、バアル=ゼブルの矛が迫る。


[相手が悪かったな、天使のボウヤ]



 そしてアルバトールの体は、地面へと倒れ込んでいった。

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