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第40-2話 雷光

 ジョーカーの告げた内容に、バアル=ゼブルは珍しく肝を冷やし、歯切れの悪い質問を返していた。


[……最初の二つの条件は問題ない。それどころかエカルラート・コミュヌの助力まで得られるとは、一天使に対する手管としちゃあ破格のモンだ。だが、最後の一つは……どう言うつもりだ? ジョーカー]


 その質問は当然であった。


 奈落の呪縛を解かれた魔物たちが、各地でその姿を現すようになってはいるものの、力ある存在はその中でも未だほんの一握りである。


 特にセーレはその一握りの中でも飛行術のスペシャリストで、今回の任務のみならず、これからの魔族と天使の戦いにとっても欠かすべからざる存在なのだ。


 それを天使に殺してもらえ、とは一体……?


 ジョーカーは何か言いたげなバアル=ゼブルの目を見ると、自らが指の上で回している書物に視線を落として口を開く。


[魔神の不満が思っていたより高まっている。このままでは外の天使との戦いによる敗北より先に、内の自壊によって戦わずして我々が崩壊する可能性が出てきている]


[それほどにか]


[魔神どもが未だに大人しくしているのが不思議なくらいだ。旧神であるお前たちが表立って我々に味方しているから良いものの、もし堕天使のみだったら奴らは既に街の住民を食い荒らし、自分勝手に他の領地へ攻め込んで不様な敗北を喫していただろう]


[やれやれ、ゾッとしねえな……つまりセーレとフェネクスは、魔神どもの不満を押さえつけ、吹き飛ばすためのスケープゴートになるってわけか]


 ジョーカーは指の上で回していた書物の回転を止め、書棚に向けて指先を伸ばす。


 すると書物はそのまま書棚に空いている一冊分の空間に、スッポリと収まるように飛んでいき、何事も無かったかのように元の場所に鎮座した。


 ジョーカーは指先を伸ばしたまま、自分が飛ばした書物が書棚に収まるのを見届けると、黙ってそのまま頷き、体ごとバアル=ゼブルの方を向く。


[こちらの立てた戦略、戦術の目的を理解した上で、それらでは対応出来ない状況に陥った時、その状況に応じた変化を自らの判断に拠ってとることは構わんが、自らの欲や不満に拠って勝手な行動をとられてはかなわんからな]


[生死をかけた戦いで手足が勝手に動くのは困るが、生きるための無条件反射って奴ならオッケーって訳か?]


[少し違うが……まぁいい。とりあえずセーレの能力は惜しいが、スケープゴートは捧げる生贄に価値があればあるほど効果がある。一罰百戒。この前の命令不服従の件もある。奴らには申し訳ないが、目立つ形で見せしめとして死んでもらおう]


 ゴミが目の前にあったから捨てた。


 一応は仲間であるはずの魔神の命を、ゴミ同様に何とも思っていないかのようなジョーカーの発言を聞き、バアル=ゼブルは先ほど八雲と交わした会話を思い出していた。



[俺もその生贄の一匹って訳か?]



 そしてバアル=ゼブルが皮肉めいた様子で言葉を発すると、ジョーカーは彼の顔をしばし無言で見つめ、呆れたように溜息をついた。


[自分がそれほど無価値な存在と思うなら、一人で勝手に死ねば良かろう。だがどうせ死ぬのならセーレやフェネクス同様、皆に見える形で価値のある死に方をして貰いたいものだな。命は無料では無いのだから]


 ジョーカーの発した言葉にかすかな揺らぎが感じられたのは、バアル=ゼブルの自尊心ゆえか、それともジョーカーの動揺によるものか、それとも……。


[わりぃな、ちょっとからかってみただけだ]


 予想外に重くなった場の雰囲気。


 先に根をあげたのは、その原因となったバアル=ゼブルであった。


[力を取り戻す為に休養させてもらう。出番になったら寝所まで来てくれジョーカー]


[分かった]


 バアル=ゼブルが出て行き、再び執務室に一人になったジョーカーは、書棚からまた一冊の書物を取り出すと、ゆっくりとそれを開き、目を通し始める。


『テッサリアの巫女』


 本の背表紙には、そう記されていた。




 それから三日後、城のとある寝室へ通じる扉から甲高い音が発せられる。


 ノックと思しきその音は、扉の外にあたるテイレシア城の廊下を延々と響き渡り、扉の中にいる人物にはある刻の到来を告げていた。


[標的は今日中にアルストリア領とベイルギュンティ領の領境へと着くだろう。頼んだぞ、闇の風バアル=ゼブルよ]


[任せな。全快とは言えねえが、これだけ力が戻ってりゃあ大丈夫そうだ]


 ジョーカーのノックに応え、寝所から姿を現したバアル=ゼブルの顔は、獲物を見つけた猛獣のような不敵な笑みが浮かんでいた。


[他の二人は謁見の間に待たせてある。兼ねてよりの打ち合わせどおり頼んだぞ]


[ああ。まぁ善処はするが、期待はするなよ? 本来の目的は天使の抹殺だからな]


 先ほど廊下に響き渡ったノックの音とは打って変わり、二人がする会話は廊下の壁や天井、床に吸い込まれるように消えていく。


 そして二人はそのまま周囲に音を響かせること無く、謁見の間へと消えて行った。



[ようやく出番かぁ? それにしても今から楽しみだなぁ……泣き叫ぶ天使をゆっくりと引き裂き、いたぶり殺すのは何度やってもたまらねえからなぁ……ヒヒヘヘヘ]


 謁見の間でバアル=ゼブルとジョーカーを待っていたのは、巨大な鳥に人の手足が生えたような姿である魔神フェネクス。


 その彼が下卑た笑いと共に発した言葉の内容に、一見しただけでは優し気な顔立ちをした青年にしか見えない魔神セーレが顔をしかめる。


[慎めフェネクス。どんな弱者でも追い詰めれば何をしてくるか判らないのに、良くそんなことが言えるものだな]


 だがその後に発した彼の発言も、とても誉められたものではなかった。


[三人で確実に天使を叩き、戦いの結末が定まった後は、私はもう一人の人間の方をゆっくりと料理しよう。原型を留めないほどに]



(ああ、こりゃ手遅れだな……)


 まず天使とどのように戦うかではなく、既に天使と戦った後のことを考えている二人の魔神を見て、バアル=ゼブルはジョーカーの指示に今更のように得心をしていた。



(しかし囮にして突っ込ませるとしても、天使になりたてのボウヤじゃあこの二匹を倒せるかどうか怪しいもんだ。となれば天使ごと吹き飛ばすしかねえが、流石に今の俺じゃあ二匹同時は無理そうだな)


 考えるバアル=ゼブルの目の前では、フェネクスとセーレが人間の魂の取り分で言い争いを始めている。


 そんな彼らをバアル=ゼブルは一喝し、出発の合図を告げた。


(ともあれ、まずは天使討伐を最優先だ。この二人の始末は、出来なければ出来なかったでジョーカーの奴が何とかすんだろ)


 不服そうな顔をする魔神二人に構わず、バアル=ゼブルは飛行術で飛び立つ。


 それを無言で見送った後、ジョーカーはアナトが向かったレオディール領の様子がどのようになっているかの定時報告を受けに、一人で謁見の間へ戻っていったのだった。




 一方、天使討伐に飛び立った三人は、その途上で作戦の摺り合わせを始める。


[作戦についてジョーカーに聞いちゃあいるだろうが、念のためにもう一回この三人で最終確認をしとく。標的の名前はアルバトール。くせっ毛の金髪で、中肉中背、大きな目を持った、一言で言えば童顔のボウヤだそうだ]


 その説明を聞き、楽しみが増した、と含み笑いを始めるフェネクス。


(やれやれ、まったく俺たちとは価値観が合いそうにねえな)


 バアル=ゼブルは思わず唾棄しそうになるが、何とかこらえてもう一人の人間について説明をする。


[短く切りそろえた銀髪で、こっちはそこそこ背丈があるらしい。赤く光る槍を持っているらしいから、すぐに判るはずだ]


[赤く光る槍ですか。何か由来があるとか?]


[いや、ジョーカーは何も言っちゃいなかったな]


 セーレは眉を寄せ、しばらく無言になった後に再び口を開いた。


[人間が使用できる程度であればそれほど脅威ではないかもしれませんが……しかし気になりますな。槍もそうですが、ただの人間が天使に随伴するものですかな?]


 意外と鋭い質問をしてくるセーレに、バアル=ゼブルは内心で感心する。


[天使のボウヤに仕えているらしい。飛行術も使わず馬で移動していることと言い、こっそりと聖霊の偏在を修復していることと言い、隠密に行動しているようだから、おそらく身の回りの世話をするために随伴しているのではないか、とのことだ]


[なるほど]



(まぁ、ジョーカーからそう答えろって言われただけなんだけどな)



 ジョーカーがそのような指示をしたのは、おそらくはセーレ、フェネクスに油断してもらうことが目的なのだろうが、彼らとて魔神の上位に位置する強者であり、油断していてもそうそうただの天使に後れをとるとは彼にはどうしても思えなかった。


 例え天使最大の切り札である聖天術があるとしても。



 そうこうしているうちに、彼らは領境に近づき。


 魔術に集中するため、バアル=ゼブルは作戦に関する最後の説明を行う。


[まず標的の足留めをする。敵に感知されないギリギリの距離に近づいたら合図を出すから、二人とも同時に炎の矢の術を撃ってくれ]


 二人が頷く。


 それを見たバアル=ゼブルはとりあえずの安心をし、説明を続けた。


[俺は正面から攻撃をしつつ突撃、標的の注意をひきつける。フェネクスは右、セーレは左からそれぞれ旋回しつつ左右から標的に向かい、挟み撃ちにしてくれ]


 二人の魔神が了解したことを確認すると、バアル=ゼブルは飛行術の速度を更にあげ、一気に標的、アルバトールへ近づく。


[三、二、一、よし、撃て!]


 バアル=ゼブルの合図と共に、前方に広がる平原で馬を走らせていた二人組に向かって、三人が放った数十、いや数百にも及ぶ炎の矢の術が突き刺さっていく。


 標的とその周囲でもうもうと立ち上がる砂煙を見て、バアル=ゼブルがセーレとフェネクスに展開の合図を送ろうとした瞬間。



 彼は砂埃の中に、赤い光点が浮かび上がるのを見た。



[気をつけろ! 反撃が……]


 だが、それを最後まで言い終わる前に。


(なん……だ……?)


 彼は一筋の光が、脇を通り過ぎるのを見る。


(赤い光はまだこちらには来ていない……しまった!?)


 そしてその光が通り過ぎた後に、遅まきながら彼は光が通り過ぎた所にいたはずの魔神、フェネクスを慌てて探し、そしてその努力を実らせる。


 だがその実ったはずの努力は、彼に味方が一人減ったと言う落胆の事実を教えただけだった。


 上位魔神フェネクス。


 先ほどの光に貫かれた証拠である、胸に大きい穴が開いた彼は、自分に何が起こったのかを理解しないままの表情で、その体を塵芥ちりあくたへと返還させていった。

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