表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/290

第39-2話 不死身の龍帝

 窮地に追い込まれたテイレシアの情勢を覆す為、一路アルストリア領に向かうアルバトールとベルトラムの二人。


 しかし彼らは出発早々、予想外の障害に遭遇することとなっていた。



「早馬に使う馬が無い!?」



 急使に必須である馬。


 その馬がいないと聞いたアルバトールは、それは本当なのかと慌てて馬屋の管理人に聞き直す。


 だがあまりに慌てた彼の様子を、激怒したのかと勘違いした馬屋の管理人は平謝りに謝り始め、その姿を見たアルバトールは先ほどの自分の発言を誤解だと伝えると、困った顔で傍らに佇むベルトラムと顔を見合わせる。


「馬が居ないとは困りましたな。如何されますか? アルバ様」


 アルバトールの視線の先に居るのは、銀髪を短く切りそろえたトール家の執事、兼護衛であるベルトラム。


 彼はいつもの執事服を鎧に変え、右手には剣の代わりに一本の魔槍を携えていた。


 ピサールの毒槍。


 その封を完全に解けば、町一つが溶解するほどの威力を秘めていると言われるその槍は、不気味な緋色の光を放ち、まるで生者の生き血を求めているようにも見える。


「う~ん……慌ててもしょうがない。とりあえず日も暮れてるし、今日はこのセロ村に泊まろう」


 しかしそれも封が解ければ、の話であり、二人にとって差し当たっての脅威はこの槍では無く、次に乗り換える馬の確保だった。


「承知いたしましたアルバ様」


 よってアルバトールは馬屋の管理人に数枚の銅貨を渡し、馬が戻ってきたら最優先で回すように伝えると宿へ向かう。


「よろしいのですか?」


「少なくともこちらに無断で馬を出すことはなくなるんじゃないかな。エルザ司祭に言わせれば、使うべき時に使わない財は無益なだけではなく罪悪。らしいよ」


 馬屋の管理人に銅貨を渡したことを尋ねるベルトラムに、アルバトールは軽く笑いながら答え、その姿に銀髪の執事はうやうやしく頭を下げる。


「御意。しかし伝令用の馬がすべて出払っているとは、流石に想定外でしたな」


「いや、想定してしかるべきだったんだよ……僕が迂闊だった。王都が陥落したことを知れば混乱し、皆が躍起になって情報を得ようとするに決まっている」


「では、明日の出立に馬が間に合わなければどうされますか」


 既に暗くなっている宿への道を歩きながら、二人は計画に修正を加えていく。


 そして彼らが泊まる宿が見えた時、そこから小さな人影がふらりと姿を現し、よろめきながらこちらに歩いてくることに気付いた二人は道を空けるが、その人影は酔っているのか、アルバトールが避けた先にそのまま突っ込んできて、彼に軽く接触する。


「おっとっと、大丈夫ですか?」


 小さな人影が発する、安酒特有の臭いにアルバトールは顔をしかめ、介抱するべきかどうかを確認すべく、その顔を覗き込む。


 するとそこには真っ赤になった、年を経た老翁の顔があり、顔を離していても感じられるほどのアルコール臭は、かなりの酒量を飲んだとすぐに判るものであった。


「どうぃじゅぅぶじゃりゃ……」


「とてもそのようには見えませんね、家まで送って差し上げましょうか?」


 軽く笑いながらアルバトールが老人を支えると、老人は体をうねらせてその手を突き放し、そのまま酩酊した足取りでその場を離れていく。


「大丈夫でございますか? アルバ様」


 その様子を一部始終見ていたベルトラムは、老人がアルバトールを突き放した後に近寄り、険しい顔で老人の去った先を見たが、既にその姿は闇の中に消えており、老人を家に送ろうにも出来ない状況となっていた。


「うん、大丈夫。お酒を飲むくらいのお金は持っているようだし、特に施しを与える必要もなさそうだしね」


「では、宿の中に入りますか」


「そうしよう。明日は場合によっては休憩をとりながらの旅になりそうだから、休息は取れるときに取っておかないとね」


 そして二人が宿の中に入って少しした後、その入り口から三つ先の路地裏でしわがれた声が小さく響いた。


「やるのう……ワシが騙されるとは何十年ぶりか」


 そううめいた老人の右手には小さな布袋があり、左手にはその中から出てきたウサギの毛を束ねたお守りがあった。




「では、次の街まで馬を換えずに行くと? 確かに今からこの街に戻ってくる馬と、我々がここに乗ってきた馬とでは殆ど体調は変わらないでしょう。しかし次の宿場町で馬を乗り換えた時に、我々の馬をフォルセールまで戻すのが一手間かかりますが」


 財布をくすね損ねた老人が苦笑いを浮かべている頃、二人は食事をしながら計画の立て直しを計っていた。


 テーブルの上には湯気を立てる暖かいパン、エクルヴィス(ザリガニの一種)の塩茹で、ザワークラウト(キャベツの漬物)、シチューが並んでいる。


 春先に収穫された野菜が出回り始めているとは言え、これから長い戦争になるかもしれないと言う時にこれだけの食事が出るのは珍しい。


 聖テイレシア王国に於いて、いやアルメトラ大陸の西部に位置する国々の中でも随一の穀倉地帯を抱えるベイルギュンティ領。


 そのすぐ近くに位置し、恩恵を受けることのできるセロ村ならではのメニューと言えただろう。


「うん、認識票をつけておけばそれほど時間をおかずにフォルセールまで戻してくれるだろうし、法術をかければ疲労は補えるからね」


 外はパリっときつね色に焼き上がり、中はふんわりとした白い生地のパンが切り分けられている皿から一つ手に取りつつ、アルバトールは答える。


「もちろん水と草をむ時間は与えないといけないし、いくら法術で疲労を回復できるといっても、あまり長時間に渡って馬を走らせると、走ることを嫌がるようになるかもしれないから、適度に休憩は挟もう」


 この春先にとれたばかりと思われる小麦を使って焼いたパンは柔らかく、口に含むとかすかに甘い香りが鼻をくすぐる。


 またエクルヴィスの塩茹では、噛んだ瞬間に素材のうま味を含んだ熱々の汁が口の中で弾けて一瞬にして舌全体を包み、飲み込んだ後も思わず舌で口の中を味わおうと動かしてしまうほどであった。


 そしてザワークラウト、シチューは栄養を摂ることが主な目的、脇役になっているとは言え、それでも王都の食事に比べれば数段上の味を持っている。


 しばらく無口になってエクルヴィスの殻を剥き、口の中に運んでいた二人は。


「……あれ」


 皿に乗っているエクルヴィスが、残り一匹と言う段階になって我に還る。


 そして無言のままじっと見つめあうと、アルバトールがエクルヴィスを等分し、二人で分け合ってその日の食事は終了した。




 明くる朝、日が顔を出し始めた頃に二人の目は覚める。


 ベッドから起き上がり、朝食の前に軽く走って身体を温めると、アルバトールとベルトラムは再び剣を合わせて今の力を確かめる。


 そして朝食を摂った後に馬屋に行くが、やはり控えの馬は戻っておらず、仕方なく二人はここまで乗ってきた馬を乗り継ぐことに決める。


 しかし馬に乗って急いで村を出ようとした二人の前で騒ぎが起こっていた為、何事かと仲裁に入れば、そこには見覚えのある老人が村人から締め上げられていた。


「どうした? 何か揉め事か?」


 アルバトールは村人に尋ねながら老人の顔を見る。


 どうやら酔いは醒めているようだったが、その顔には何箇所かアザがついて唇からは血が流れており、既に少なからず暴力を受けているようだった。


「老人に暴力を振るうとは、余程のことでもあったのか」


 声に少なからずの怒りを込め、アルバトールは周囲にいきさつを聞く。


 するとどうやら最近セロ村に流れ着いてきたこの老人は昨日宿で無銭飲食をしたらしく、その件で村人から締め上げられている最中と言うことが判る。


 聞けば妻には先立たれ、息子は王都へ出稼ぎに行ったまま帰ってこない。


 王都から送られてくる少しの仕送りで日々の糊口ここうを凌いでいるとのことで、哀れに思った村人たちも最初は見逃していたらしかったが、度重なるとそれも出来なくなり、今回の騒ぎに発展したとのことだった。


「何にせよ、老人を集団でいたぶるのは良くない。これまでの代金の一部くらいなら僕が支払うから、見逃してやってくれないか?」


 アルバトールの申し出に村人たちは顔を見合わせるが、代金を支払うなら……と納得する様子を見せ始めた時、すぐさまベルトラムが彼に近づいて耳打ちをする。


(アルバ様、それは問題の解決になっておりません。我々がこの村を離れた後もこの老人が無銭飲食をしたら、アルバ様の支払いは全くの無駄となります)


 その様子を訝しがる村人に構うことなく、アルバトールは片手を上げてベルトラムを制止し、懐より路銀を入れた袋を取り出すと幾つかの銀貨を袋から宿の主人に手渡し、村人たちの了承を得たその足で村を出たのだった。




 村を出た二人は、しばらく無言で馬を走らせる。


 そして小川が近くに見える場所まで来ると、アルバトールはそこで馬に水と周囲に生えている草をませ始め、休憩を告げた。


「いい風だね、こうしていると何だか眠くなってくるよ」


 そして草の上にアルバトールは寝転び、傍らに控えるベルトラムに満足げに話す。


(ふむ……)


 主がくつろいでいる姿を見ながら、ベルトラムは先ほどの件について進言するかどうか迷ったように口に指をあて考え込む。


 だが彼が質問するまでも無く、それを察したようにアルバトールは喋り出していた。


「無駄だと分かっていてもやらないよりはいい。偽善と思うかもしれないけど、あの村に領主の息子である僕の名前と顔が知れ渡ると言う効果はあったから、無駄と言うのは早計と言うことにしてほしいな」


 苦笑しながら答えるアルバトールを眩しそうに見ると、ベルトラムは馬が休んでいる間、自分が見張りをするのでお休みください、と主に伝える。


 その言葉に甘え、寝転んでいたアルバトールが程なく軽く寝息をたてはじめると、ベルトラムは槍を持って周囲の警戒にあたる。


 しかしそれほど時間がたたぬうちに、寝ていたはずのアルバトールが急に起き上がり、きょろきょろと周囲を見渡し始め、何ごとかと思ったベルトラムが尋ねると。


「何だか不思議な夢を見てね」


 アルバトールは恥ずかしそうにくせっ毛の頭をかきながら、夢の内容を語り始める。


「夢の中で寝ていたらそこの小川に剣を落としてね、そうしたら今朝の御老人が川の中から出てきて、お前が落とした剣はこの金の剣と銀の剣のどちらじゃ、って聞いてきたんだよ」


 寝ぼけ眼で説明するアルバトールの顔に反し、その声は真剣なもので、そのチグハグさにベルトラムは思わず噴き出しそうになる。


 しかし主に対する忠誠心で何とか押さえつけることに成功した彼は、夢の内容について続きを求める。


「して、その後は?」


「うん、両方とも今まで帯びていた剣より価値が低い物だから、元の剣を返してくれって僕が言ったら、お前はなんと正直者じゃ! 褒美としてこの金の剣と銀の剣を両方ともやろう! って言われたよ」


「それはまた……人の言うことをまるで聞かないどこぞの御仁のようですな。おっと、お話の続きをお願いします、アルバ様」


 ベルトラムの発言を聞いたアルバトールは大きな目をくるくるとさせ、人の悪そうな笑顔を作ると話の続きに移る。


「まるで誰のようなんだかね。まあ、そこで旅の途中で時間が無いからと、腕ずくで元の剣を取り返そうとしたら、御老人が川の中へ逃げちゃってね」


 アルバトールはそこで一旦話を区切り、腰の剣に目をやってから再び話し始める。


「その時の台詞が、また何とも言えない物だった」


 アルバトールの声の調子がガラリと変わったことに気付くと、ベルトラムも表情を引き締め、慎重に言葉を選びながら最後の台詞を問う。


「……ワシの名はヤム=ナハル。何かこの先で迷うことがあれば、遠慮なくワシに助けを求めよ、とのことだった」


 その答えに、ベルトラムはごくりと喉を鳴らす。


「アルバ様、その名前は……」


 アルバトールはベルトラムに答えることなく、しばらく小川を見つめる。


 まるでそこに誰かが潜んでいるとでも言うように。


「ヤム=ナハル……闇の四属性の水の座に着くモノ……別名、不死身の龍帝だ」


 腰の剣に手をやり、その柄を握り締めながら、アルバトールは呻くようにその名を口から搾り出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ