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第35-2話 東方より来るもの

[と言う訳でだ。フォルセールに近く、また他の人間共と連携が取りやすい地である西のレオディール領。そこに向かった王都の隊を討ち取って貰いたい]


 ジョーカーはアナトに説明を終えると、向かいに居る彼女の反応を伺う。


 しかしジョーカーが見たのは、アナトの艶やかな黒髪と背中のみ。


 つまりアナトはジョーカーの方を向いてはおらず、ではどこを向いているかと言えば、彼女の視線と心は傍らに居るバアル=ゼブルに捧げている最中だった。


 ジョーカーは無言のまま、どう反応したものかとしばし思案をする。



 兄妹であり、夫婦でもある(あった)この二人の間には奇妙な繋がりがあり、ジョーカーと言えどもおいそれと割って入る事は出来ない。


 例えそれが、一人の一方的な思い込みであったとしても。



[では後は頼んだぞ、バアル=ゼブル]


 と言うわけで、アナトの想い人にすべてを任せることを決定したジョーカーはそう言い残し、その場を足早に立ち去ろうとする。


[オイコラちょっと待て。頼むってどう言うことだよ]


 当然、その丸投げされた相手はジョーカーを呼び止める。


[先ほど私が言ったことのすべてを再度アナトに説明することだ]


[いやそれお前の仕事だろ?]


[私が言っても聞いて貰えないようだし、これでは時間の無駄だ。私の口からアナトに直接説明できなかったのは残念ではあるが、これからフェルナンにあてがう二人目の副官と顔を合わせる予定があって、すぐに行かねばならないのだ]


[そんなもんはモートの仕事だろ!?]


 ジョーカーの襟を掴み、激しく前後に揺さぶるバアル=ゼブル。


 動揺する彼に、ジョーカーは前後に揺さぶられていることによって程よくビブラートの利いた、冷たく突き放した答えを返した。


[そのモートの推薦だ。最終的には私に判断して欲しいと]


[何でお前らは一番面倒な仕事ばっかり俺に回すんだよ! アギルス領やフェストリアの調略も俺に回しやがって!]


 少なからぬ怒りを込めたバアル=ゼブルの苦情。


 それを表情も変えずに聞くと(仮面なので変えられないのだ)ジョーカーは顔をややのけ反らせ、バアル=ゼブルの顔を見下ろした。


[魔物共の運用、理性を持たぬ下級魔物の統制、人間からの訴状、苦情の処理、その他諸々の雑用の仕事をお前に任せても良い]


[まぁ神にも堕天使にも向き不向きってモンがあらぁな]


 バアル=ゼブルは青い空と羽ばたく灰色の鳩に視線を向けて即答すると、アナトにすたすたと近づいて今回の出陣の戦略目的などを伝えていく。


 それを確認すると、ジョーカーは謁見の間を出て足早に執務室へ向かった。




 執務室でジョーカーを迎えたのは、一人の老人だった。


「何の用じゃジョーカー」


[何の用じゃ、とはご挨拶だなフェルナン。お前に頼まれていた二人目の副官を連れてきたと言うのに]


 副官の到着。


 フェルナンにとっては喜ばしい知らせ、のはずである。


 だが彼がジョーカーに対して向けた視線は、謝意を示すどころか冷たいもので、その口調もまた暗いものだった。


 それもそうだろう。


 かつての上官、大将軍であった自分を人質にとり、魔物の方から思いもよらず人間側に返却された、いわば棚ぼたと言った形で返却された退魔装備を強奪する暴挙に出た連中でも、フェルナンにとっては同胞はらからである人間である。


 その同胞である元騎士たちから三百名に上ろうかという犠牲を出した、その有様を先ほど自分の目で見てきたばかりなのだ。


 しかも目の前にいるのは、その指揮を執った本人そのもの。


 腰の剣を抜き、飛び掛らないのが不思議なほどと言えただろう。


「……それはありがたい。用件はそれだけか?」


[話が早くて助かるな。退魔装備は再び我らの預かりとする。異存はないな?]


「こうなる事を織り込んだ上で貸し出したのであろう。好きにするがいい」


 歯が砕けるのではないか。


 見る者が居れば、そう心配してもおかしくないほどに歯を食いしばるフェルナンに対し、ジョーカーは湧き出る優越感を含み笑いで表すと、部屋の外へ声をかける。


[では新しい副官殿を紹介しよう。遠く東の果てより、この地を内偵に来たとのことだ]


 フェルナンはその紹介を聞いて目をむいた。


 内偵、つまりこの地の情報が目的で来たと言うことは、いずれこの聖テイレシアに何らかの外圧、災厄をもたらす可能性があると言うことだ。


 なぜジョーカーはそんな人物を自分の副官に任命したのか。


 フェルナンは部屋の中に入ってきた男を見極めるべく、鋭い目つきで凝視する。


「面通しの際に内偵ではない、と言ったはずだが。故郷から追放され、流れ流れて行き着いた場所がここだったと言うだけだ。俺は職さえ斡旋してくれればそれでいい」


[それを聞いたのはモートであって私ではない。それにその真偽を確かめられるのはお前が死に、動けなくなった時のみだ。そもそも職を得るだけなら、この地に至るまでに幾度なりとも機会はあっただろう」


 入ってくるなり、長い黒髪を持つその男は嫌そうな顔をしてジョーカーに文句を言い、ジョーカーは他国から来たと言うだけで疑いに足る、と反論をしていた。


[フェルナン、この口の減らない男が新しい副官だ。お前がこの男の一日を監視することも兼ねて、お前の護衛役に着けることとする]


 どうやらこの副官は、自分を手助けするのではなく自分の仕事を増やすために斡旋あっせんされたらしい。


 フェルナンは鼻にしわを寄せ、副官に紹介された男の風体の観察を始めた。


 顔はやや痩せ気味。


 だがその瞳は黒曜石のように奥底深い光を放ち、背中まで伸ばした黒髪は絹のような艶やかさを持っている。


(ふん、不思議な雰囲気を持つ若者じゃの)


 フェルナンは目の前の男に気圧されている自分に気付き、自らを鼓舞するように鼻を鳴らした。


 何故なら目の前の男を見ていると、石壁に包まれて澱んでいる部屋の中の空気が、外の爽やかな空気と入れ替わったような気持ちになったからである。


 モートには及ばぬまでも、人より抜けた長身。


 腰には細身の剣を帯び、その意匠は一見簡素に見えるも、よく見れば柄や鞘に細かい紋様がびっしりと刻み込まれている。


 チュニックにも似ている衣服にはテイレシアの様式とは若干違いが見られ、更に袖と裾は紐で軽く結ばれ、丈を調整し、動きやすいようにしてあり、使われている布も絹織物のような上等な物にフェルナンには見えた。


「名は?」


 フェルナンの問いに、男は少し考えるような仕草を見せる。


「八雲」


 フェルナンは髭に手を伸ばし、弄びながら更に質問をした。


「本名は何と言う」


 八雲と名乗った男は目を細め、質問の意図をフェルナンに尋ね返す。


[セファール、ちょっと持ってきてもらいたいものがある]


 ジョーカーはその脇で面白そうに二人の様子を見ていたが、すぐにフェルナンの副官に就任して間もないセファールに、自警団の現在の組織図と、人員の名簿を持ってくるように指示をした。


「やれやれ、まだ内偵と疑っているのか。俺の本名……この場合は言霊に通じる真名だが、それは故郷を追放された時に封じられているために教えることは出来ん」


「封を解くとどうなるのだ」


荒魂あらたまとなるか、和魂にぎたまとなるかのどちらか、だろうな」


 そう八雲が答えた途端、先ほどまでフェルナンが感じていた爽やかな雰囲気は消え、吹きかけられる空気は鬼気となる。


 フェルナンは額に汗をにじませると、ジョーカーへ非難めいた視線を向けた。


「ジョーカー、この男は何者じゃ? ワシは確かに人の副官を要請したはずじゃぞ」


 セファールに遊撃隊の仕事内容について聞いていたジョーカーは、さも興味が無いと言わんばかりの雰囲気を醸し出しながらフェルナンに答えた。


[東方の神、あるいは魔だろうな。だが存在の源である土地、そして信仰する民から離れるなど、余程のことがなければありえん。だから東方からこちらに内偵に来たとしか思えないのだ]


 ジョーカーは仮面の下に光る眼を細め、八雲を見つめながら説明をする。


[お前の副官につけて監視するのも、我々が手を出さないのも、東方に在る者に介入する口実を与えない為だ。それにお前が真に望んだ人選は、要は我々の息がかかっているか、いないかだろう。その男は人ではないが、間違いなく我々の陣営には属さぬ存在だ]


「東方に在る者とは?」


[多種多様。世界は人の目に見える物と耳で聞こえる物だけが存在しているのではない]


「ふむ」


 そのジョーカーの返答を受け、フェルナンは決断を下した。


「セファール、自警団の隊長たちを呼んでくれ」


 セファールは琥珀色の瞳を伏せて了承の意とすると、白く長い髪をその身に纏わせつつ凛とした姿勢で部屋を出て行った。


「それとジョーカー。この男の監視を引き受ける代わりに、退魔装備のすべての返却を要請させてもらうぞ。神とも魔とも判別のつかぬ輩、しかも味方か敵かも判らぬような存在を副官として使い、監視をするにはそれくらいしてもらわねば割に合わん」


[監視を遂行できぬ、ではない……か。よかろう、退魔装備の全ては無理だが、一部であれば返還しよう]


 ジョーカーはフェルナンを見るその眼を、面白そうに細めて頷いた。


[少しは駆け引きと言う物が分かって来たではないか。しかも一介の人間であるお前が、堕天使である私に対して図々しい要求をしてくるとはな。なかなか面白い人間になってきたぞ、フェルナンよ]


 その視線の先にいる老人は、冷ややかな眼でジョーカーの視線と発言を受け止め、東方より来た存在に対して胸を張って挨拶をした。


「ようこそ聖テイレシア自警団へ。我々は貴殿を歓迎する」

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