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第35-1話 英雄を夢見た者たち

 聖テイレシア王国の王都と、王族が住まう王城は、名を同じテイレシアとしている。


 その王都テイレシアの中心に存在する王城の、かつて執務室と呼ばれた部屋。


 所持者だった老人の人柄を表す、執務の疲れを癒すための装飾を一切排した部屋の窓に、東の方角の空を見つめる人の影のようなものがあった。


 その姿はまるで道化師。


 その顔の部分には、中心で白と黒に分かれている仮面が張り付いていた。


 もしも見る者がいたなら、思わず目を逸らしてしまうであろうほどの禍々しさを発する人影の周りには、黄金色のプレートが次々に現れては消えており、そして誰に言うでも無い呟きと共に、すべてのプレートがかき消える。


(なるほど、聖霊力の回復より活用を選んだか)


 仮面の下にあるであろう、誰にも見せぬ素顔のアゴへ人影は手を当て、感心するように頷いた。


(確かに強制的に聖霊力の回復を行っても、その流れが滞っては意味が無いし派手な力の移動はこちらに見つかる可能性が高い。だが何らかの弾みで戻ることの多い、逆に言えばいつ戻るか解らぬ偏在の修復ならば、こちらに見破られぬと思ったのだろうが)


 人影は笛のような音を、断続的に口から漏らす。


(……しかし甘い。私が聖霊の動きをどれほど長い間見つめ、記録に残してきたと思っているのだ)


 その隣で、人影を気持ち悪そうな目で見る人物の目には、それはどうやら笑っているのだと感じられたのだった。



[動き始めたようだな。人の子らよ、天使たちよ]


[あん? 何だよいきなり。気持ちわりぃなジョーカー]


 ジョーカーと呼ばれた人影が視線を窓の外から部屋の中に移すと、そこには青い長髪を長く白いリボンでまとめた優男が一言ありげな顔で彼を見つめている。


[バアル=ゼブルよ、どうやら一働きしてもらうことになりそうだ]


 身体を小刻みに震わせ、笑いながら、ジョーカーは先ほど彼がバアル=ゼブルと呼んだ男に頼みごとがある旨を告げる。


 その仕草は彼の纏っている衣装と同じく、ひどく芝居じみたものだった。



[いやだね。つーか人に頼みごとをする時に口笛を吹くたぁどういう了見だジョーカー]



 そして負けずに芝居がかった口調でそう答えたバアル=ゼブルを見て、ジョーカーの動きは止まった。


 だがその口だけは何も無かったように、流れるように依頼の文言を紡ぎ出していく。


[東にあるベイルギュンティ領。そこを聖霊の偏在を修復しつつ、アルストリア方面へ向かっている天使がいる。その天使を倒して欲しいのだ]


[だからやだっつってるだろ人の話を聞け]


[お前は人ではなく神だろう]


[そういう問題じゃねえだろ子供かお前は]


 バアル=ゼブルはますます顔をしかめ、仮面の向こうにあるジョーカーの素顔に向かって唾でも吐き掛けるような勢いで話し始める。


[先日あれだけの大仕事をやらせておいて、今度は天使討伐だぁ? 流石の俺でも体力と魔力が保たねえよ! こんな体でベイルギュンティのそこかしこにある結界を潜り抜け、尚且つ天使と戦ってそいつを倒すなんて不可能だ]


 その説明を聞いてジョーカーは首をかしげると、聖テイレシア全土の地図を取り出して机の上に広げ、その一点を指で指し示す。


[向こうは今、かなりの速さで移動している]


[俺の都合はお構いなしかオイ]


 その指の先には、ある区切りを示す線が引かれていた。


[襲撃を行うとするなら、この領境付近。アルストリアとベイルギュンティどちらの管轄になるか、判断に迷う場所だ。そこで急襲し、倒した後に急速離脱を図る。それが出来るのは我らの中でも随一の速度を誇るお前しかいない]


[だーかーら! この前の反乱を鎮圧するのに何体の魔物を転移させたと思ってんだよ! 約百体くらいだ! 高速移動ならともかく、空間転移だと対象の魂が強大であるほど力を使うんだ! アナトはともかく、なんでモートまで偽の出陣に加えたんだよ!]


[仕方あるまい。そうでなければ人間が我々を手薄と思ってくれなかっただろうからな。各個撃破は場所だけではなく、時間的な運用も出来る。戦って降伏させ、装備を剥ぎ取った後、手ごわかった敵を討ち易き敵としてから討つもまた戦法]


[人でも魔を討てる退魔装備。だがその使い手がいなければただのガラクタってか? ホント性格わりぃよなお前さんは]



 彼らの話し合いに先立つこと五日ほど前。


 ジョーカーはフォルセールに使者を出す少し前から王都にある噂を流し、出陣の準備をさせていた。


 一つ目の噂は、第一王位継承者であるシルヴェールがフォルセールに着き、王都を奪還するための準備を進めているとの事。


 二つ目、魔物たちがフォルセールに使者を出したのは宣戦布告のためであること。


 三つ目、フォルセール方は少数であるため、王都テイレシアから各地に散った戦力にフォルセールに集合するようシルヴェールは呼びかけており、魔族はその戦力が集結する前に総力を以って攻め入り、完全にテイレシア王家を滅ぼすつもりであること。


 などなどであった。


「馬鹿馬鹿しい。手を出せば火傷をすることが判っている城に攻め入るものか。狙うなら攻めやすき野におり、更には少数である部隊の方じゃ」


 元大将軍、今は自警団の団長を務めるフェルナンは、副官に就任したセファールからいくさになるかも知れないと聞いてはいたが、その噂を鵜呑みにはしなかった。


 しかし、街でくすぶっていた騎士たちはそうではなかった。


 シルヴェールが王都より脱出してから数日が経ち、フォルセールに着いていてもおかしくない時間が経過していたこと。


 またこの王都に魔物が攻め込んできた時、直前に宣戦布告がされていたこと。


 そしてフォルセールに出陣する魔族は、アナトやバアル=ゼブル、モートなどその中核を成す魔物が殆ど入っており、フォルセールを攻めるには十分な戦力に見え。


 留守役を務めるジョーカーからは、彼らの出陣によって王都の下級魔物を抑えておく人員が減るため、万が一に備えて自警団に退魔装備を貸与するとの連絡があり、また実際に貸与されていた。


 それらの噂。


 あるいは事実が。


 シルヴェールの動きと呼応して内部から魔物たちを討つ計画を彼らに立案させ、決起させることになった。



 しかし、彼らは噂の出どころを調べようとはしなかった。


 彼らが決起する機である、と言う都合のいい条件が揃っている噂の出どころを。


 時間が無かったこともあるだろうが、それだけではない理由が彼らにはあった。


 彼らはこの噂の内容を信じたのではない。



 この噂の内容に逃げ込みたかったのだ。



 武装解除され、怨敵の魔物たちが目の前を通り過ぎても何も出来ずに過ごす日々。


 常に尊敬の眼差しを送ってきた市民たちから放たれる、あからさまな侮蔑の眼差し。


 彼ら自尊心に長けた一部の元騎士たちは、それらの引け目から酒に溺れた。


 それが更なる自己嫌悪と、冷笑に満ちた眼差しを招くだけと知りつつも。


 それでも自らを勇敢で献身的と信じ込んでいる彼らは、自分たちに与えられるべきだった未来に手を伸ばそうとした。


 聖テイレシアの王都を占領した魔物たちを討伐し、再び周囲から敬意を以って歓待を受ける未来、救国の英雄と讃えられる姿を頭に思い描き、実行しようとしたのだった。


 つらい現実から自分たちを甘く包み込んで守ってくれる、無想の産物を夢見て。



 使者がフォルセールに発った二日後、魔物たちが見せかけの出陣をした翌日。


 騎士団に所属していた三百余名が蜂起し、自警団の本部を襲撃し、団長であるフェルナンを人質にとると団員たちに支給されていた退魔装備を奪い、城へ攻め込んだ。


 しかし城に攻め入った元騎士たちは、昨日彼らの目の前で確かに出陣したはずの魔族が、バアル=ゼブルの転移によって一瞬にして戻ってきた姿を目にする。


 その結果、留守を預かるジョーカーを討ち、指揮官を失って混乱する魔族を各個撃破する、と言う急ごしらえに過ぎた、計画とも言えない計画に基づいた作戦――夢――の内容に指すらかけることもできず、彼らは恐慌に陥り、壊滅した。



「これも計画のうちか?」


 人質から解放され次第、城に向かったフェルナンが見たのは、中庭の中央に作られた人間の死体で出来た山。


 物言わぬ死体の数々となった彼らの傍らに、ぽつんと佇んでいたフェルナンにジョーカーが近づくと、フェルナンは振り向きもせずに先ほどの言葉を呟いた。


[自衛の結果だ。そもそも私がお前を自警団の団長に任命したのは、円滑な統治に必要な円満な治安維持が出来ると期待したからだ。まず責めるべきは、起こるべくして起こった反乱を止められなかった自らの無能であろう]


 鋭いジョーカーの指摘に、フェルナンは反論できず押し黙る。


[騒ぎに加わった者で存命のものは、裁判によって処遇を決める]


 ジョーカーはフェルナンにそう言うときびすを返し、今度は本当の出陣を行うため、隊の指揮を執るアナトへ指示を伝えるべく彼女の元へ向かった。

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