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第34-2話 退魔と対魔

 再び聖霊との接続を強め、アルバトールはエルザとの遠話を試みる。


 だがエルザへと意識を伸ばす途中で、数回の軽い衝撃が彼の意思を揺るがしていた。


 しかしこれは、聖霊を介して他者と意識を接続する過程には必ず付いて回る物であり、その証拠に彼はすぐにエルザからの返信を受け取る。


≪あらあら、貴方の方から話しかけてくるとは珍しいですわね。どうしたのです? 天使アルバトール≫


≪天使アルバトール。もう少しウチの司祭様に意識を集中させて下さい。遠話の内容がこちらに漏れ出ていますよ≫


 だが遠話に慣れていないアルバトールは、接続の際に無駄な力を溢れさせてしまったのか、エルザの近くにいるラファエラにも意志を伝えていたようだった。


 彼はすぐにラファエラに謝罪をし、意志を絞ってエルザへ毒槍について尋ねる。


≪その緋色の槍を、ピサールの毒槍とドワーフたちは呼んでいました。これは受け取っても良いものなのですか? 良いのであれば、使用法も教えていただきたいのですが≫


 その質問を受け、しばしエルザからの反応は途絶えるが、それほど間を置かずに使用方法についての答え。


≪特に許しを請う必要もありませんわ。敵が居る時にのみ、ガブリエルの名を口中で呟けば結構です。後は使い手の意思を槍が読み取って力を調整してくれますわ。ただし天使アルバトール。貴方はその槍を使用してはなりません≫



 そして槍の使用者を限定する内容の答えが返ってきていた。



≪何故でしょう?≫


≪貴方、投槍の指南は受けておりますか?≫


≪指南は受けておりませんが、司祭様と会話をする時には幾度となく投げやりになる技術を発揮する必要があります≫


≪あらあら、私の話は随分と軽んじられているようですわね。貴方が使者の任務を終えて帰ってきた後も、舌の槍が無事に済むことを祈っておりますわ≫


 エルザの返答に含まれる毒を感じたアルバトールは戦慄し、思わず聞き間違った振りをして誤魔化しながら返答をしていた。


≪使者の任務が無事に済むことを、の間違いですよね!? えーと……? つまり、この槍を扱うには投槍の技術が必要だと?≫


≪その通りですわ。単に振り回すだけであれば当然必要ありませんが、その槍の真価を発揮するのであれば投槍の技術が必要になります≫



 エルザがそれほど怒っていないことを感じ取ったアルバトールは、内心で胸を撫で下ろしながら槍についての質問を続けるが、まだ油断は出来ない。


 何しろエルザほどの力の持ち主であれば、軽く撫で付けるような仕置きでもアルバトールを吹き飛ばす程の威力があるのだから。



≪もし技術を持たないものが、槍の力を発揮させようとしたら?≫


≪槍の力に巻き込まれ、持ち主がこの世から消えうせます。見た目こそ槍の形態を取っておりますが、その実態は世界の根源の一つである火の力そのもの。投げ方は勿論、投てきから着弾までのイメージをしっかり持てるほどの使い手でなければなりませんわ≫


≪ベルトラムにはそれが出来ると?≫


≪衛兵の時の同僚に、投槍の元指導者がいたそうで、その方に学ばせてもらったと以前聞いたことがありますわ≫


≪わかりました、ではそのように≫


 アルバトールはエルザより得た情報をベルトラムに伝えると、彼は少し考え込む仕草を見せる。


「……判った。エルザ司祭に聞いてみよう」


 そしていくつか質問があるので聞いて欲しいと言うベルトラムから内容を聞いたアルバトールは、その内容に驚きつつもそのままエルザに問いかけることとした。


≪実際の槍ではなく、槍と言う概念を投げるのであれば、有効射程はどのくらいなのか、槍の威力に巻き込まれない距離はどの程度なのか、そして最後の一つ≫


 最後の質問。


 アルバトールはそれを伝えることを少し躊躇ためらうが、数瞬の後に彼は思い切ったように思念を送った。



≪人に対して使用することは出来るのか?≫


≪……それは槍が決めてくれるでしょう≫


 その質問に対し、エルザは珍しく明確な返答を避けた。



≪つまり有効射程も、巻き込まれないための最低限の距離も、人に対して使用して良いものかどうかも、全て槍が判断してくれると?≫


≪先の二つの質問に対しては、持ち主のイメージ次第と断言しますわ≫


≪分かりました。そのお言葉通りに伝えましょう……後は彼に判断を委ねます≫


 そのやりとりを最後にアルバトールは遠話を打ち切り、ベルトラムに説明する。


「……と言うことみたいだ。僕が判断するにその槍は、人に対してその持てる力を全て発動させると言うことはおそらく無いと思う」


「人はその手に余る力を持ってはならない、行使してはならない。ですか」


 ベルトラムはアルバトールの説明を微笑みながら聞き終わると、軽く頷いてからそのように返答をした。


「と言うより、一方的な虐殺を好まないだけに思える。ある一定の力の差は認めても、一方が一方を一方的に圧倒するような戦いを好まない……」



――誰が? ――



 アルバトールは脳裏を一瞬横切ったその考えに身を震わせ、すぐに思考を停止する。


 なぜかは解らないが、それ以上考えることがひどく恐ろしく思えたのだ。


「アルバ様?」


 そんなアルバトールに、何かを感じ取ったのか。


 ベルトラムがアルバトールの顔を覗き込むが、それに対してアルバトールは手を振ることで何でもないとの意思を示し、そして顔を明るいものとして口を開く。


「そう言えば大天使になった時に、エルザ司祭からエンツォ殿か君と軽く手合わせをしておくように、と言われてたんだ」


 そして、まるで先ほどの考えから逃げ出すかのように、アルバトールはベルトラムとの手合わせを申し出たのだった。


「それじゃそっちの扉から裏庭に出ようか」


 ドワーフたちに手伝ってもらい、ベルトラム用にしつらえた鎧を彼に着せると、二人は裏庭へ出て行く。


「軽く何合か打ち合わせたら出発しよう。今日中に隣のベイルギュンティ領の近くにある、セロ村までは行っておきたいしね」



 フォルセールに隣接する領地、ベイルギュンティ領。


 貴族の中では穏健派として知られる、エドゥアール伯爵によって治められているその地を通って彼らはアルストリア領へ向かうこととなっていた。


 互いの領地の境で、税に関わる問題をいくつか抱えてはいるものの、比較的良好な関係をトール家とは築いており、アルバトールも何度か顔を合わせたことがある温厚な伯爵の治める地であれば、何も問題なくアルストリア領へ着くはずだからである。



「それじゃあベルトラムから、牽制の突きと打撃を五回ずつ。それが終わったら僕から君へ篭手から頭への斬撃の型、これを二回行おう。互いに本物を使用するので慎重に」


 互いの剣先、穂先を合わせた後に、ベルトラムが気合の声と共に槍を突いて来る。


 そのベルトラムの動き、穂先の軌跡は、アルバトールの記憶にあるものよりずっと単純でゆっくりとした動きに見えた。


 彼は落ち着いてその穂先を盾で受け止め、あるいは受け流して相手の体勢を崩し、その隙に一撃を加える動きを見せる。


 その一連の動きの中で、盾と槍がぶつかる度に散る青い火花。


 それらがきらめきながら虚空へと還って行く様は、互いの装備に込められた魔力の高さを証明するものでもあった。


「では今度は僕から行くよ」


 ベルトラムの番が終わると、アルバトールはそう宣言してからベルトラムの左腕を狙い、軽く剣を振る。


 しかしその彼の動きにベルトラムが反応しきれていないのを見て、彼は剣の軌道を腕から遠い位置へ変更し、その後にベルトラムの頭上ギリギリで剣を止めた。


「上達しましたな」


 ベルトラムの賞賛の声に応えないまま、アルバトールは中断を告げて剣を納め、準備運動の段階で彼らの手合わせは終了した。


「まだ大天使になったばかりで、力に振り回されてる印象があるしこのくらいでやめておこうか。念の為に聞いておくけど、手は抜いていないよね?」


「正直に言えば手は抜いておりました。しかし、私が最初から本気であったとしても結果は同じだったでしょう」


 つまり、アルバトールが先ほどベルトラムが反応しきれていないと見たのは間違いで、実は彼が大天使へ昇進したことへ花を持たせただけなのだろう。


「いつまで経っても君に敵わないわけだ。明日にでもまた手合わせしようか」


 二人がドワーフから受け取った荷物をまとめ、表の木に繋いであった馬に乗って出発しようとした時。


「そういや言うのを忘れてただよ神父様」


 礼拝堂の中からそれを見送ろうとしていたドワーフたちが、何かを思い出したように慌ててベルトラムに走り寄り、話しかけてくる。


「その鎧は対魔装備って言う新しい装備らしいだ。自己強化だけだった退魔装備と違って、身に付けているだけで周囲に簡易的な結界を張って魔物達の力を抑える事が出来るらしいだ」


「ここではそんな装備を研究していたのですか?」


 アルバトールの問いに、近寄ってきたドワーフはこくこくと頷く。


「うんだ。上級魔物くらいなら楽に倒せるって、司祭様が言ってただよ」


 退魔装備すらその所持数が少ないフォルセール。


 だがそのような強力な装備が開発されていたとは、騎士団の隊長であり、領主の息子であるアルバトールでも聞いたことが無い。


(秘匿対象……任務を終えたらエルザ司祭に聞いてみなければならないか)


 そう考えるアルバトールだったが、そう言えば自分の剣、鎧、盾に関しては誰からも、何も聞いていない。


 純ミスリル製であることは知っていたが、特別な術は施されていないのだろうか?


 アルバトールはそう考え、慌てて遠ざかろうとしたドワーフを呼び止める。


「天使様のは退魔装備だな。ただし自己強化の上限を、他の物とは比較にならないほど強化されてるっぺ」


「結界の類は付与されていないのですか?」


「結界はその周囲に在る、人以外の存在である聖や魔の法外な力を、その種類を問わずに押さえつけるものだから、対魔装備を天使様が着ると、自己強化の効果と周囲弱体の効果が打ち消しあって、ただのガラクタになっちまうっぺよ」


「解りました。それではこれにて失礼します」


 だく足で馬を街道へ移動させ、そしてセロ村の方角へ馬首を向けた時。


「それにしてもアルバ様。これほど価値のある装備を、私などが拝領してもよろしいのでしょうか」


 久しぶりの鎧に緊張したのか、ベルトラムがやや不安げな声で疑問を口にする。


「いいんじゃない? どうもそれらの装備は王家やトール家の物ではなく、教会が所持しているものみたいだし」


(あるいは天使たちが……か)


 そしてそのベルトラムの質問を聞いたアルバトールは、世の中どころか将来自分が治めるべき領内ですら知らないことがあることに思いをきたし、ややショックを受けて下を向いてしまっていた。


「何か申されましたか? アルバ様」


 だがそれに気づかない、あるいは気付かない振りをしているベルトラムの声を聞いた彼は顔を上げ、手綱を握りしめる。


「いや、急ごうベルトラム。このままだとセロ村に着くまでに日が暮れそうだ」


「承知しました」


 馬に軽く鞭をあて、アルバトールたちは走り出す。


 既に日は中天を過ぎ、日暮れまでそれほどの余裕はない。


 だが走り出した途端にエルザより再び遠話が接続され、アルバトールは何かあったのかと慌てて聖霊との接続を強めた。


≪聖霊力の偏在をならす、ですか?≫


≪ええ、お願いしますわ。聖霊が歪んだままでは思うように意思のやり取りが出来ませんし、術の行使もままならないものとなります。ベイルギュンティとアルストリアを見渡した所、そこに居る天使は今のところ貴方だけですのでよろしくお願いしますわ≫


≪方法はどのように?≫


≪聖霊と自動接続してれば何とかなりますわ≫


≪何と投げやりな説明……ひょっとして先ほどの件を根に持っているのではないでしょうね≫


≪知りません≫


 拗ねたような返事をするエルザに更に説明を乞い、了解した旨を伝えてアルバトールは遠話を切る。


 それから精神を集中させ、知覚を常より格段に広げていき。


 そして聖霊から分かたれた、迷いし霊気達をその身に集わせると精錬し、聖霊へと返還していった。



 その頃、陥落した王都では。


[聖霊の偏在が修復されつつある……動き始めたか天使たちよ]


[どうしたジョーカー]


[バアル=ゼブルよ、どうやら一働きしてもらうことになりそうだ]



 動き始めた天使。


 それを見て、魔族たちもまた動き始める。

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