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第33-2話 扉

 そんな深刻な会話が玄関のホールで交わされている頃。


 旅立った二人は、フォルセールの町中でたわいもない世間話に興じていた。


 ベルトラムは馬に乗りながら。


 そしてアルバトールは、人々の興味を引くのを厭わず飛びながら。



「……僕の顔に何かついてる?」


「はて、私は何も申してはおりませぬが、何か気に病むことでも?」


「気に病んでることは、これ以上は遠慮したいほど山積みだね。エルザ司祭に関する悩みだけでも引き受けてくれないかな、ベルトラム」


「私のような矮小な器しか持たぬ身には、あの方の深遠なるお考えに基づいた壮大なる行動は理解不能な物でございます」


「理解出来る人がいるんだろうか……解決は出来なくとも解消くらいはしないかな」



 先ほどエルザからの遠話を受けたアルバトールは、その中で今回の旅における注意事項をいくつか授かっていた。


 その中で無闇に魔術を使えばそれを探知され、魔族に発見される確率が高まると言うものがあり、今回の旅では出来るだけ飛行術は使わないように、と戒められていた。


 よって彼はしばらく使えないであろう飛行術を使い、日頃彼が乗っている馬にはベルトラムが騎乗していると言うわけである。


 衛兵であった昔であればいざ知らず、執事となったベルトラムが馬に乗るのは久しぶりのことだったが、それでも身体は騎乗方法を覚えているものらしい。


 ものの数分で彼は見事な手綱捌きを見せ、尚且つ先ほどのアリアが見せた感情について考えを巡らせる余裕すら生み出していた。



(熱い眼差しを遮るガラスの仮面、身体から溢れる情熱を封じる氷の鎧……か)



 特に目が悪い訳でも無いのに、高価な眼鏡に模したガラスの板の飾り物を顔に掛け、自らの想いを悟られぬように、特定の人物に対して冷たい態度を取る。


 だがその想いを周囲に気取られていないと思っているのは当の本人と、その想い人たるアルバトールだけであったろう。


(やれやれ、世話の焼ける妹分だ)


 出掛けに随分と杜撰ずさんに扱われた事を思いだし、ベルトラムは苦笑した。



 先ほどアリアに兄様と呼ばれはしたが、孤児である二人に血の繋がりは当然無い。


 孤児院で育った者同士である故に、家族同然に育った者同士であるが故に、慣れ親しんだ呼び方で呼んだだけである。



「兄貴分として、何とかしてやらねばな」


「ん? 何が?」


 考えにふける余り、ベルトラムは考えていたことをうっかり声に出していたようで、それをアルバトールの問いで気づいた彼は慌ててその場をとりなす。


「アリアのことです。先ほどアルバ様を見送った時の様子からもお分かりになると思いますが、あのような可愛げの無い性格では嫁の貰い手も居ないだろう。と心配しておりました」



「意外とそうでもないかもしれないよ」



 何気なく発した風に聞こえる(少なくとも彼の耳にはそう聞こえた)アルバトールの言葉に、ベルトラムは内心で動揺する。


 まさか以前からアリアの想いに気づいていたのだろうか? と。


(そう言えば……)


 彼はアルバトールがアデライードの想いに気づいていながら、それを表に出さない程度の芝居が出来るようになっていたことを思い出し、流石は我が主、と感服する。


 したのだが。


「ブライアンがアリアを紹介してくれって前々からうるさくてね。夜の遊びをやめてアリアだけに心を捧げるなら紹介するって言ったら、しょげちゃってさ」


 軽く笑いながら話すアルバトールを、ベルトラムは半眼で見つめた。


「やっぱり何かついてる?」


「私は何も申しておりませんが」


「目は心の鏡、だよ。何を言いたいのかは解らないけど、何かを言いたい、くらいは何となく解る。もう十年以上の付き合いなんだから」


 そう言ってアルバトールは、大きな目でベルトラムを見つめた。


 その視線を眩しく感じつつ、ベルトラムはブライアンの人となりに関する感想を述べ、アリアの尻に敷かれる生き様が今から目に浮かぶようで忍びない、と答える。


「じゃあアラン殿は? あの人もアリアのことを憎からず想ってはいるようだよ。あんな性格だから、自分から会わせてくれなんて言い出すことは望めないけどね」


「結婚まで持ちこたえられるかどうかが問題かと。敢えてどちらがとは申しませぬが」


 そこまで言った時、ベルトラムはアルバトールが顔をにんまりとした笑みをうかべていることに気付く。


「君はどうなんだい?」


 その手の質問は、ある程度予測がついていた。


 よってベルトラムはあっさりとした口調で、またさしたる動揺も見せずに答える。


「家族の一員としての愛情はもちろん持ち合わせておりますが、残念ながら恋人の恋愛の域には到達できないようです。そう言うアルバ様は如何なのですか?」


「う~ん、エルザ司祭に特別な感情を抱かないのと一緒かな」


 迷う様子もなく返ってきたその返事に、ベルトラムは内心で溜息をついた。


(おやおや、これはアリアの負け戦かな)


 そのように結論付けたベルトラムだったが、直後にアルバトールが彼の方を見ずにその発言をしたことに気付く。


 おまけに少し口を尖らせているその様は、悪戯を咎められた子供のよう。


「もうすぐ詰所だ。馬を交換したら礼拝堂に行って、目指すはアルストリア領!」


 加えて何かを誤魔化すような、何かを期待してもいいような発言をしたとあっては、主の思惑を深読みする許可を得られたと言っても良かっただろう。


 主が何を考え、何をしようとするか、何を所望しているかを想定しておくことは、執事にとって常である。


 よって今のアルバトールの真意を推量することは、これはもう執事であるベルトラムにとって何を置いても成し遂げなければならない、それほど重要な仕事であった。



「時間はある……か」


 騎士団の詰所に入り、その馬屋に向かう道中でベルトラムはそう一人ごちた。



 詰所で馬を換え、フォルセールの郊外に出た二人は、一路礼拝堂へと向かう。


 修行を終えた後、城に戻ってからまだほんの数日しか経っていないはずの礼拝堂。


 しかし周辺の麦畑が全て刈り取られていたこともあってか、アルバトールはまるで数ヶ月ほど経ったような印象を建物や周囲の景色に感じていた。


「うーん、ドワーフの夫妻は畑には居ないみたいだね……それにしてもいつの間に全部刈り取ったんだろ?」


 城へ帰る時にはまだ相当な広さが刈り取られずに残っていたはずだが、まさか不眠不休で刈り取ったのだろうか?


 アルバトールは不思議に思ったが、ドワーフであればそれも可能なのかと自らを納得させて礼拝堂の入口へと向かう。


 理解できない物に無理に手を伸ばし、無駄に時間を潰すような余裕は今の彼には無いのだから。


「アルバ様、礼拝堂とはあの建物のことでございますか?」


 ベルトラムが指差した方向には、アルバトールが天使になるまでは存在すら知らなかった礼拝堂が、雑木林に囲まれてひっそりと建っている。


 今回は長居する予定は無いため、馬は建物の中へは連れて入らず、二人とも表に生えている木に馬を繋ぐ。


 そして管理者である夫妻に面識があるアルバトールが、率先して扉を開け……。



「エールはそっちの器にまだ入ってるだー」「やー、そろそろお客人が来る頃だで、切り上げっぺよ」「例の品を渡すだけだんべ? せっかく収穫も終わった事だしのんびりしたいだよ」「あんれー? まだ残ってたはずのエールが消えてるんよー?」「客人がきただー」「きただー」「きた……」



 おかしい。



 開けた礼拝堂の扉を即座に閉めたアルバトールの第一印象はそれだけ。


 扉の向こうにあった光景を理解できなかった為、思わず扉を閉めてしまったが、閉めたからと言って先ほど見た光景が無かったことにされる訳でも無い。


「アルバ様?」


 不穏な空気を感じたのだろうか。


 アルバトールの後ろに控えているベルトラムが、心配そうに声を掛けてくる。


「いや、何でもないよ……ちょっと心の準備が出来てなかったと言うか、えーと」


「差し支えなければ、私が開けましょうか?」


 本来であれば、扉は主のアルバトールではなく、執事であるベルトラムが開けるものである為、その申し出は当たり前と言える。


 しかし今のアルバトールにとって、ベルトラムに扉を開けてもらう事は現実からの逃避に思えた。


 以前と違い、今や彼は天使となった身。


 人々の盾であり、矛であり、神威の守り手たる存在である。


 いくら目の前に広がった光景が理解できなかったとは言え、他人の手にその解決を委ねる訳にはいかなかった。


「せーの!」


 覚悟を決め、アルバトールは気合の声と共に扉を開ける。


 しかし、その決意の対価は惨憺さんたんたる物に終わった。


「天使様だー」「天使様だー」「天使様?」「天使様らしいだよ」「天使様だー」「おらのエールどこだー」「それならさっきおらが飲んじまっただよ」



 扉を開けると同時に中から走り出てきた数十人のドワーフにより、アルバトールは押しつぶされた。

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