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第31-2話 旅立ちの時

 非常呼集を知らせる鐘がフォルセールに鳴り響いてより一時間。


 フォルセール城の中心、領主の館にある執務室にはフォルセール騎士団の面々、及び王都騎士団の団長であるフェリクスの顔があった。


 それほど広くはない執務室のために、フェリクス以外の王都騎士団員には遠慮してもらっていたが、それでも急を受けて執務室に集まった者たちの体温により。


 否、集まった者たちの興奮によって、部屋の中は少なからず室温の上昇を見ていた。


「皆、集まったようだな」


 全員の顔をベルナールが見渡し、欠員が居ないことを確認すると、それを受けて椅子よりフィリップが立ち上がって王都が陥落したことを告げる。


「リシャール陛下は落命、シルヴェール殿下とリディアーヌ王妃は消息不明。だが大将軍であるフェルナン殿は存命だ」


 彼らの主君、及び王家の次代を継ぐべき者たちの消息が判らないと知り、執務室の雰囲気は一気に重いものとなる。


 だがそれは、フィリップが次に発した言葉によって一気に爆発的な変化を遂げた。


「王都が陥落した最大の要因は、目下テオドール公の裏切りと思われる」


 全員が発するどよめき、また怒気によって執務室の重い雰囲気は吹き飛ばされる。


 フィリップに詰め寄る者こそ居ないものの、全員の拳が固く握りしめられており、もしもテオドールがこの場に居れば激情に駆られた彼らによって、五体満足でこの部屋を出ることは叶わなかっただろう。


「フィリップ候よ、それでこれからの方針はどうなっているのだ」


 全員が思い思いにしゃべる中、女性ながらやや低めの落ち着いた声を持つエレーヌが口火を切り、その良く通る声を聞いた全員が口を閉じる。


 地位などをまったく意に介さないその口調は、彼女が振るう太刀筋と同じく心の奥深くまでまっすぐに切り込むもので、彼女が声を発すると不思議にその場は静かになることが多かった。


「まず他の領地を治める各領主へ使者を出し、王都陥落の報を告げ、シルヴェール殿下の捜索に尽力するよう要請をする」


「まだるっこしいな。王都に攻め込むか、もしくは殿下たちを我々の手で捜索する方が先ではないのか?」


 当然とも言えるそのエレーヌの疑問を聞いた者たちの中には、軽く首肯しゅこうして同意する者も見受けられる。


「そうもいかんのだエレーヌ」


 その疑問を払拭するため、フィリップはその場に居る者たちの顔をゆっくりと見渡すと、発する声に殊更に張りと重みを持たせた。


「魔物が使わした正式な使者はここフォルセールのみ。他の領地には使者どころか、王都の攻防戦に参加していた傭兵が向かっているだけらしい。敗戦によって報酬を得られず、それどころか王都にしばらくの間足止めをされて不満を持った傭兵たちがな」


 フィリップはそこで一度口を閉じ、説明の続きを固唾を飲んで見守る騎士たちへ鋭い眼光を向けた。


「つまり他の領主たちは、王家に対する忠誠心の欠片も持っておらぬどころか、不満を持った傭兵が主な情報源になっているのだ」


「しかし、たかが傭兵如きに何が出来ると言うのだフィリップ候」


 エレーヌの反論を聞き、フィリップは眉間のしわをさらに深いものとした。


「誤った情報が伝えられたならまだいい。恐れるべきは我々を陥れる情報が伝えられ、それが原因で他の領主と我々との間で同士討ちになることだ」


「なるほど」


「いや、我が家系を快く思わぬ貴族が一部居ることを考えると、特に陥れる情報が無くても、我々が少し動いただけで疑心暗鬼になるものも出てくるかもしれん」


 痛々しい表情で首を振るフィリップ。


「我々神殿騎士にとって、トール家の統治は美徳であり、尊敬すべきものなのですが」


 フェリクスのその慰めに返って来たのは、ベルナールの皮肉だった。


「天空を自在に行く天使と違って、大地に縛られた人の心は目の前のちょっとした障害、つまり価値観の違いを飛び越すことがなかなか出来ないものなのだよ」


 そう言った後に、ベルナールはアルバトールへ視線を向ける。


 トール家を疎ましく思っている貴族の筆頭、アルストリア領のガスパール伯。


 これからアルバトールはその男に会う予定になっているのだ。


 ベルナールの視線に気づいた他の者たちもそれに倣ったため、不可抗力的にその場に居る全員の視線がアルバトールへ向かうが、彼がそれに一向に気づく様子はなく。


 だがその固い表情が落胆ではなく、決意に溢れているのを隣で見ていたエレーヌは優しく微笑み、再び発せられたフィリップの声に前を向いた。


「話を続けよう。我らがフォルセール領は、王家直系の血筋であるアデライード王女殿下が滞在しているだけではなく、フェリクス殿やダリウス司祭等々の主力が逗留している為、王都が陥落する前と比較してすらテイレシア随一の物となっている」


「然り。エルザ司祭がいらっしゃるだけではなく、若様も天使となられ、ラファエラ侍祭やエレーヌ小隊長もいれば、手前味噌で恥ずかしながらワシもそれなりの使い手と自負しております。また我が妻エステルの術も聖テイレシア有数のものなれば」


 エンツォの感想に、その場に居た全員が同意を示す。


 今までは退魔装備の数が少なかったことが弱点と言えば弱点であったが、フェリクスを筆頭とする王都騎士団が来た今、その弱点すら補われてしまっていた。


「聖テイレシア最大の戦力である我々が、もし他の領主に使者を送らないままシルヴェール殿下たちの行方を探そうとすれば、王都が陥落した混乱に乗じ、聖テイレシアの覇権を握るべく動き出したと他の領主たちに受け取られかねん」


 そのフィリップの言に、部屋に集った全員の顔が緊張に引き締まり。


「首尾よく殿下を我々が真っ先に捜し当てれば、殿下の後ろ盾の下に申し開きをすることも出来よう。だがもしも他の領主が先に殿下の身を保護すれば、我々は謀反人との汚名を着せられかねんのだ」


 続けて発せられたフィリップの言葉に、執務室の中は静まり返る。


「他の領主様たちには聖霊による遠話で連絡を取り、しかる後に殿下の捜索を行うと言うのはダメなのでしょうか?」


「駄目だ。天魔大戦が始まってしまった今、聖霊による遠話が各領地に届く可能性は著しく低い。それに返信がこちらに戻って来るかどうかが一番重要なのだぞブライアン」


 ベルナールに否定されるも、ブライアンはさほど悔しい表情も見せずに謝罪する。


 彼の狙いが部屋に澱んだ沈黙を吹き飛ばし、再び活発な議論をもたらすためにあることを知っているベルナールもまた、詳細な説明をしていなかったことを全員に詫びた。


「元より遠話には、情報の発信主の身分を証明する蜜蝋の封が出来ぬ。さらには遠話をする者同士が余程の力を持っていない限り、互いの身分を証明することも出来ぬ。仮にその二つの問題を解決しても、守備戦力を残した片手間で殿下の捜索など不可能だ」


 シルヴェールたちが入った隠し通路の出口がどこにあるのか判らず、従ってシルヴェールの現在の居場所も知れぬのだからこのベルナールの説明は当然と言えた。


 そしてその説明に納得した面々の顔を見て、フィリップは今後の方針を伝える。


「つまり今の我々が取るべき道は、各領主へ使者を出し、正確な情報を共有し、殿下を捜し当てた後に相互に連携して魔族に対抗すること、になるな」


「フィリップ候、少し疑問がございます」


「申せエンツォ」


 フィリップは女性に関する問題以外では信のおける臣、エンツォの疑問を受けてその発言に耳を傾けた。


「では発言の許可を頂いた上で申し上げます。王女様の御姿が見えぬようですが、今はどちらに? またテオドール公の裏切りが王都陥落、陛下落命の因となったのであれば、その縁者である王女様もただでは済まぬと思われますが、その処遇や如何に」


 発言者の体と同様、重みと厚みを感じさせるエンツォの質問に場がざわめく。


 確かにテオドール公の地位や権威を以ってしても見逃される類の罪ではなく、その単身を以って償える類の罪でもない。


 加えて彼は既に死んでいる身であり、その亡骸もここには無いためにどのような状態であるのか――現存するのか――すら不明であった。


「アデライード王女殿下は、現在体調が優れぬ故にジュリエンヌとアリアに介抱を頼んでいる。またその処遇であるが、現在の法の下では死罪以外はありえぬ」


 フィリップのその答えに、エレーヌが面白く無さそうに鼻を鳴らして応える。


「ふん、自らの身すら護ることもできぬ娘に、自らの身に拠らぬ責をとらせるとは。それほど人間は法という物が大事か? エルフであればその場で合議をし、現状に合わせた罰を与えるだけではなく、罪を犯した者以外に罰は与えぬぞ」


 主君に真っ向から逆らうエレーヌの言葉に周囲は騒めく。


 それを諌めたのはベルナールだった。


「エルフと違い、人間は数が多い。ゆえに価値観もそれに伴って豊富だ。法と言う明確な範を作らねば、我らは統一した行動を取れぬ。数が少ない昔は、我々人間もお前が言ったように街中で裁判を開き、意見を求め、それに拠った刑罰を与えていたらしいが」


 その説明に納得できず、なおも食い下がろうとする意思を見せるエレーヌ。


 だがその口が開かれる前に、執務室はフィリップの声で静まり返ることとなる。



「王女殿下を救う、たった一つの方法がある」



 つい先ほどまで、喧騒と熱気に包まれていたはずの執務室。


 それがその一言だけで、一瞬にして静まり返っていた。


 しかしそのフィリップの言葉がにわかには信じられなかったのか、すぐにフェリクスがその大柄な体でフィリップに詰め寄り、動揺を隠せないままに質問をした。


「しかし謀反、謀叛に加え、大逆の罪を父であるテオドール公が犯してしまった以上、縁者であるアデライード様はその罪に対する連座は免れ得ないのでは」


 フィリップは静かにフェリクスの目を見つめ、そしてその場に居る全員に視線を合わせ、ゆっくりと話し出す。


「それを覆すたった一つの例外がある。そしてその例外を成し遂げる為にも、各領主に使者を出す必要があるのだ」


 その場に居合わせる全ての者たちの顔に疑問符が浮かぶのを見て、フィリップはニヤリと笑みを浮かべた後に詳しい説明を始める。


「まず各領主に使者を出し、我々が表立って動いても構わない状況を作る。そして魔族より先にシルヴェール殿下を保護する。その前に殿下がフォルセールにいらっしゃるかもしれんがな」


 テイレシア城の隠し通路がいつ完成を見たのかは不明だったが、齢数百年とも言われるエルザがここに居を構えていると言う観点から見れば、通路の出口がフォルセールに近いところに作られていても不思議は無い。


 フィリップはシルヴェールが、間違いなくこちらに向かっていると予想していた。


「そして無事シルヴェール殿下を保護出来れば、リシャール陛下の後を継いで、シルヴェール殿下が新しい王に就くことになろう」


 フィリップの言葉を聞いた何人かが、そこで顔を明るくし。


「つまりその時点で、罪人に大赦が出せるようになる。新王誕生と言う慶事の名の下に出せる、アデライード王女殿下を救う最大の機会が訪れるのだ!」


 言い終えたフィリップの顔を見て全員が歓喜の声をあげ、その横でアルバトールは誰にも気づかれないように固く拳を握りしめる。


 その場の者たちより一足早くその説明を聞いていた彼は、すぐにでも執務室を飛び出して使者に発ちたい気持ちだったが、それを抑えて更なる説明を待つ。


「もう一度確認する。我らが今やるべきは各領主へ使者を出し、正確な情報を共有し、魔族より早くシルヴェール殿下を捜し当て、王位に就いて頂き、聖テイレシア全土の動揺を静め、恩赦の下にアデライード姫を救っていただくことだ!」


 館を揺るがすほどの歓声はすぐにフィリップとベルナールによって静まり、次々と使者に出す者の名前が言い渡されていく。


 そして貴族の中でも有数の権力者であり、フィリップを快く思っていない貴族の筆頭であるガスパール伯が治めるアルストリア領へ出す使者の名前が、ベルナールの口から発せられた。


「天使アルバトール、アルストリア領」


 それを受け、アルバトールは足を一歩踏み出して拝命の復唱をする。


「各領主へ渡す書簡は今より製作し、完成した順に各員の呼び出しを行う。それまで使者に任命されたものは出立の準備をしておくように! それでは解散!」


 ベルナールが解散の指示を出すと共に、使者に任命された者たちが部屋より一斉に飛び出し、フィリップとベルナールは急いで書簡の製作に取り掛かる。


 シルヴェールの無事を祈りながら、そしてアルストリア領へ使者に発つアルバトールの行く末を案じながら二人の作業は進められた。



 しかし、そんな二人を所在なさげに見つめる一人の女性が、仕事を妨げるのは何となく気が引けるが、と言った口調でぽつりと呟いた。


「……私は使者に出なくていいのか?」


「宣戦布告の使者であれば君を真っ先に指名したのだが」


「もういい」


 そのやりとりを最後に、フィリップとベルナール以外にもう一人執務室に残っていた人物は出て行き、執務室はインクの匂いとペンの走る音が支配する空間となった。

念話と遠話。


基本的にこの二つは同じ物ですが、意志を繋げる相手との距離によって違いが出ます。


遠話が出来る術者はそれほど居る訳では無く、また身分の証明も出来る者となればほんの一握りだけです。

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