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第28話 視察に秘められし想いたち

 今回出てくる此岸しがんは人間たちが住む世界のことで、彼岸ひがんとはあの世となります。

 この作品はちょくちょく宗教観がない混ぜになりますが、気にしないで下さい。

 ここで時と場所は再びアルバトールの部屋へと戻り、エルザの顔も悄然としたものから下世話なものへと変化を遂げる。



 何はともあれ下世話と言う説明から分かるように、アルバトールにはとてもエルザが真っ当な協力をしようとしているようには見えない。


 むしろ仕事が行き詰ったから息抜きにからかいに来た、と言う顔である。


(誰がこんな厄介な性格の持ち主を天使の統率者に……って、そりゃ決まってるよね)


 任命者が誰なのか考えるだに愚かしい、むしろ恐ろしい。


 アルバトールは溜息をつき、生き生きとした顔で場を引っ掻き回すエルザを見て、そんなことでいいのかと問いただしたい気分になる。


 だがこの場にはベルトラムがいる。


 これだけ周囲の者たちが天使ばかりなら、ベルトラムも天使なのでは、という疑いすら出てくるが、そんなあやふやな物を根拠にして糾弾する訳にはいかない。


 一般的には、偉大な天使にして聖なる存在として知られるミカエル。


 それが人に紛れ、人に対してロクでもない悪戯をしている事実は、やはり伏せておくべきであろう。



「問題は如何にして周辺警備の目を盗み、王女様に口では言えないようなことをするか、ですわね……お口を塞いで口封じ、なんてのもよろしいですわ!」


「その発想と発言からして問題です! いいから黙ってて下さい!」


 早速先ほどの決意が揺らぐアルバトールではあったが、とりあえずは危うい方向へ向かう話題を元に戻すのが先決であった。



 しかし当然の如く、エルザがそれを聞きいれる気配はない。



 海原に浮かぶ大渦に、船が巻き込まれた時の操舵手の気分はこのような物なのだろうかと泣き出しそうになったその時。


「……あら? なぜラファエラが? 接続は切っているのにおかしいですわね」


 エルザが不思議そうに呟くのを聞いたアルバトールは、聖霊との接続を強化して注意深く周囲の気配を探る。


 すると確かに門の衛兵に話しかけているラファエラが彼にも感じられた。



 しかもまた怒っている。



「……エルザ司祭」


「なんですか? 天使アルバトール」


「先ほどもお伺いしましたが、仕事の進行具合はどうなっているのでしょう?」


「大丈夫ですわ」


 微笑みの片隅に、ちょっぴり冷や汗を垂らしながら返答するエルザに対し、アルバトールは冷たい視線を返しつつ、後ろ手でベルトラムに入り口を塞ぐよう指示を出す。


「逃すな。だそうです」


「あらあら」


 エルザが少し首を傾げたと見えた刹那。


 彼女は一瞬のうちに飛行術を発動させる。


 しかし人の目では一瞬と見えた発動も、天使となった今のアルバトールには干渉できる余地があるものだった。


 彼はすぐさま術の安定から行使に移るタイミングでエルザの精霊に干渉する。


 途端に開いている窓から飛び出そうとしたエルザの体勢が崩れ。



 ゴツッ。



 見ている者が思わず頭を抑えそうなほど大きな音が響き渡り、窓枠におでこをぶつけたエルザが床に落ちて転げ回った後にうずくまる。


「ご観念を」


 アルバトールはエルザに素早く駆け寄り、うずくまっている彼女の片腕を捻り上げて組み伏せようとしたその時。



 城中を揺るがす大事件は起きた。



「いや~ん! アルバトール卿~! そんな所を触らないでくださいまし~!!」


「いきなりナニ叫んでんだアンタあああああッ!」


 周辺に聞く者がいれば誤解されかねない、むしろそれが目的と思われる叫びをあげたエルザにアルバトールは狼狽し、あろうことかその手を離してしまう。


「しまっ……!」


「ホーホホホ! まだまだ男としての修行が足りませんわね天使アルバトール! 今日はこの程度で勘弁して差し上げますわ!」


 エルザは悪役そのものの捨て台詞を吐き、再び窓から体を躍らせ。



 そのまま叫びを上げながら下に墜落していった。



「私の前で飛行術を使えるとでも思いましたか? 今日はみっちり真夜中まで仕事をこなしていただきますよ司祭様」


 一度止んだ悲鳴が再び響いてきた下を見れば、そこにはラファエラと、ラファエラに耳を掴まれているエルザがいた。


 窓から顔を出したアルバトールに気づいたラファエラはぺこりとお辞儀をし、そのまま教会の方へ戻っていく。


 助けを求め、アルバトールへすがり付くような視線を送るエルザ。


 それを見たアルバトールは悔いるように首を振り、目頭を押さえながらそっとカーテンを閉めてその姿を遮ると、明日の打ち合わせを再開するべく後ろを振り返る。



「いえ違います。逃げようとしたエルザ司祭を押さえつけて手を捻り上げただけで、先ほど上げた声で出来たこちらの隙を突かれたらそこの窓から逃げられただけで」


「アルバ様……それでは女性に乱暴しようとして逃げられただけにしか聞こえません」


 そこにはベルトラム以外にもジュリエンヌ、アリア、そして彼と共に視察に出かける予定のアデライードが顔を揃えており。


 動揺して色々と重要な項目を抜かしたままに説明を始める彼を、白い目で見ていた。




 事件が起きた翌日。


 フォルセールの街のメインストリートを歩く、一組の男女の姿があった。


 一見すれば、貴婦人とその護衛を務める騎士に見える二人。


 だがよく見れば、女性は不機嫌そのものと言った雰囲気を発しており、対して男性はおどおどした表情を周囲に隠す余裕もないまま、その後ろを歩いていた。



「アデライード様、あちらが行商人たちが露天を開く通りです」


「そうですかアルバトール様」


 前を歩く女性、アデライードの機嫌をとろうと後ろを歩く男性、アルバトールが恐る恐る説明を行う。


 しかし返って来たのはそっけない返事のみであり、アデライードは振り返ることもなくスタスタと歩いていく。


 日頃であれば二人に気さくに話しかけてくる街の住人達も、その様子を見た途端に目を伏せ、あるいは上げかけた手を降ろし、慌てて仕事に戻る有様であった。


(何でこうなるんだ……)



 アルバトールは昨日、エルザが逃走した直後に部屋を覗いていた三人の女性に対して自らが潔白である説明をしたのだが、なぜか今朝になってもアデライードの機嫌は低気圧を保ったままだった。



(エルザ司祭の一件に関してはきちんと説明したし……かと言ってこの状況で不機嫌になっている原因を聞いたら、余計に雰囲気が悪くなりそうだし……)


 動揺したまま説明をした結果、彼は昨日のエルザとのやりとりに関する説明があやふやになっていることに気づいていない。


 そのために昨日アデライードに聞かせた説明が、支離滅裂で正確に伝わっていないことにも気づいていなかった。


 そして今もこの重苦しい雰囲気を打開する方策について考え込んでいるため、彼を気にかけるようにチラチラと振り返るアデライードの視線に気づいていない。



 そのアデライードと言えば、苛立ちを紛らわせるように日傘をくるくると回し、白い帽子の幅広いツバが邪魔だとばかりに、その端へ恨みがましい視線を送っている。


 そのプレッシャーは後ろを歩いているアルバトールにも伝わり、彼はアデライードの後姿――裾の若干短い白いブリオーを着て、豊かな黒髪を三つ編みにして左肩より前に下げている――に戦慄した。


 そのブリオーの上からでは判りにくいが、彼女の腰の辺りには幅広の帯が必要以上に固く締め込まれている。


 アデライードの細い……つまりはスラリとした身体を強調するために。


 決してトップを目立たせる為では無いことも、ここに強調しておこう。


 いずれにしても、彼女の今日にかける意気込みが相当なものと感じさせるその装備は、今のところ彼女の苛立ちを高めることにしか役立っていないようだった。



(もう! もう! 一言謝罪してくだされば、こちらも謝るきっかけが出来るのに……もう! じれったい!)



 そして彼女の後ろを歩くアルバトールが、彼女の不満を解消する糸口を見つけられずにいるのと同様、アデライードも自分の苛立ちを抑える方法を見つけられずにいた。


 今まで男性とはパーティ上での表面的な付き合いしかしておらず、こう言った駆け引きに慣れていないアデライードと、男ばかりの騎士の養成所に入っていた都合上、女性の微妙な心理に慣れていないアルバトール。



「何をやってるんだか、あの二人は」


 第三者から見ればどちらもどちらと言った微妙な態度をとる二人を、やきもきしながら遠巻きに見守る人影が二つあった。


 フェリクス、エレーヌの二人である。



 両者ともに服の下に皮鎧を着こんでおり、エレーヌは豪商の夫人に偽装してはいるが、いざと言う時には突剣としても使える日傘をさしている。


 また従者に偽装したフェリクスは、鉄板を仕込んだカバンの中に牽制用のスローイングダガーを三本とショートソードを二本仕込んでおり、二人ともアデライードに何か起こった際にはすぐに駆けつける用意をしていた。


「ふう、どうもこのブリオーとか言うワンピースはヒラヒラして動きにくくて適わんな。おまけに下半身がスースーと風通りがするし、どうも落ち着かん……おやフェリクス殿、顔が日焼けで真っ赤になっているぞ」


「いや、その……あ、従者と言う職業に扮するのが、少し恥ずかしいのですよ」


「ふふ、私も王都騎士団の団長様が従者とは気恥ずかしいがな。せいぜいフェリクス殿が付き添っても恥じないような、美しい貴婦人を演じて見せるとしようか」


 そう言ってエレーヌが笑うと、結い上げた髪と顔を隠すベールが風で揺れる。


 彼女はそれを抑えようとするが、今度は手と肩に引っ張られた裾がひるがえり、足が露わとなってしまっていた。


 その仕草にフェリクスは更に顔を赤くすると、灰色のフェルト帽を深く被って顔を隠し、護衛対象の若い二人を横目で見つめる。


 上半身をピッタリと覆う赤いコタルディと、下半身に黒いズボンを着込んで一応の変装を試みているものの、彼の大柄な体は周囲に隠しきれるものでは無い。


 よってフェリクスは先ほどから目立たぬように腰をかがめ、エレーヌの日傘に隠れるようにして歩いていた。


 無論そのせいで逆に周囲の注目の的となっているのだが、幸いにも彼らが見守っている二人はお互いを意識するあまり、周囲の視線に気づいていないようであった。


「これでは視察と言うより、囚人の護送だな」


 その言葉と共に、風が止んで服を抑える必要が無くなったエレーヌがフェリクスの隣に並んでくるが、いつもの癖が出てしまったのだろうか。


 それとも前方を歩くアデライードとアルバトールに注意を向け過ぎたのか。



 エレーヌは知らず知らずの内に、フェリクスの腕に身体を密着させてしまう。



 その感触を十分に味わってしまったフェリクスは、朦朧とする意識の中、出かける際にベルナールに受けた注意事項を思い出していた。



「ではこちらの目論見どおり、アデライード様は視察の護衛をアルバトール殿に頼んだのですな?」


 確認をしてくるフェリクスに対し、ベルナールはニヤリと笑って首を縦に振る。


「元よりあの二人は憎からず思っている間柄だったし、問題はないと確信していた。これで二人の仲が深まれば、アデライード様の婚姻話に対する牽制となるだろう」


 満足そうにうなづくベルナール。


 だが同時に彼の表情には、不安を感じさせる何かがあった。


「だがそれを妨げるかも知れぬ不安要因が一つ、このフォルセールには存在する」


 両手を顔の前で組み、フェリクスをじっと見つめるベルナールの顔は、ベルナールの背後にある窓から入ってくる光と、彼の肩の辺りまで伸びている緩やかにウェーブのかかった白い髪で良くは見えない。


 だがその口調は、不安要因を憂慮する様子がありありと感じられるものだった。


「しかしベルナール殿、天使であるアルバトール殿が護衛につくのであれば、常人であればまず手は出せますまい。何も問題は無いように思えますが」


 ベルナールは応えず、ゆっくりと立ち上って書棚から一冊の書物を取り出す。


「フェリクス、君はヴァルプルギスの夜を知っているか?」


「確かアギルス領やフェストリア地方で行われる、春の到来を祝う祭りだったかと」


 フェリクスは自らの頭にある情報をそのままなぞり、ベルナールに伝える。


「だがエルフの間では別の意味を持つ。それは召喚の腕を競うと言うものらしいが」


 ベルナールが書棚より取り出した書物は、古代の栄光の残滓、ルーン文字で表題が刻まれていた。


 ルーン文字に詳しくないフェリクスにはその内容が判らず、彼はベルナールに苦笑いを返すことで返答の代わりとする。


「ヴァルプルギスの夜は此岸しがん彼岸ひがんの境界が薄れ、精霊界と物質界の狭間も近づく。よって精霊の召還が容易になるらしい」


 ベルナールは書物をめくり、目当てのページを見つけたのかそこで指を止める。


「それを利用して召喚に使う依代の性能を伸ばしたり、神代の製作にいそしんだり、自らに神の意思や知識の一部を降ろし、マジックアイテムを作ったりするようだ」


 そして納得したようにうなづくと、本を書棚に戻してフェリクスへと顔を向けた。


「我が国の退魔装備も、素材の一部となるマジックアイテムをそのヴァルプルギスの夜で作ると聞いたことはあるが、まだ確証は得ていない」


「なるほど……」


 フェリクスは腰のデュランダルの柄を握り、ひょっとしたらこの剣もその産物なのだろうかと考える。


「そして数百年前、エルフたちはそのヴァルプルギスの夜に一つの試みをする。それは自分たちの身に神の一部ではなく、神そのものを降ろす実験をすること」


「不遜ですな」


 フェリクスは首を振って、かつてエルフ達が行った蛮行に呆れた。


「まぁ彼らが降ろそうとしたのは、現在我らが信じている神ではなく信じられていた神々、つまり今では力が衰えている旧神だったそうだ」


「しかし幾ら魔術に長けた彼らとは言っても、幾ら旧神とは言っても……」


 ベルナールは頷き、フェリクスの懸念を肯定した。


「その魂の強大さに、神代として選ばれたハーフエルフの少女は耐え切れず暴走して周囲に大きな被害をもたらす。奇跡的に落命する者は居なかったが、エルフの里は壊滅的状況に陥り、その原因となった少女は追放されて姉とともに旅に出たそうだ」


「何と身勝手な!」


 フェリクスがエルフたちに憤慨すると、ベルナールもそれに同意して説明を続けた。


「そしてその身に神を降ろした後遺症で性格や身体的能力に神の影響を残すこととなったハーフエルフの少女は、長い旅の末にこのフォルセールの地に辿り着いた」


「……その少女の名は?」


「エレーヌ。旧神アテーナーを宿した影響として、並外れた戦闘術の知識と桁外れの身体能力を持つようになり、尚且つ少年を好んで愛するようになったハーフエルフだ」


「……何故少年を?」


 しばし悩んだ末、フェリクスはベルナールに質問をする。


「それについては良く判らん」


 だがさすがのベルナールも、その経緯は良く知らないようであった。


「いま重要視すべきは、少年の面影を強く残すアルバトールの容姿であり、尚且つ彼が老いから解放された天使たる身と言うことだ」


「しかしそれなら、明日の二人の護衛につけなければ良いだけの話では」


 その当然の疑問に対し、ベルナールは頭痛を抑えるかのように右手で顔を押さえた。


「本来なら明日は休日だったのを、無理に護衛役に仕立て上げたのだ。同行者に名を借りた監視役をつけなければ、本当に何をしでかすか判ったものではないからな」


 手の打ちようが無いとばかりに嘆くベルナール。


 そんな姿を見てしまっては、フェリクスに残された行動は一つしかなかった。


「このフェリクス、微力を尽くして明日の視察に起こり得るあらゆる状況に対応し、アデライード様とアルバトール殿をお守りすることを誓います」


「頼んだぞフェリクス。君の肩にはフォルセールの、そして聖テイレシアの未来がかかっているのだ」



 そこまで思い出すと、フェリクスは隣のエレーヌを見る。


 性格に難はありそうだが、美しく、しなやかで、抑揚に満ちた肉体を持つ女性。


 もしベルナールから詳細な話を聞いていなければ、初めて会った時に恋に落ちていたことだろう。


(ハーフエルフの寿命は人の数倍……幾ら美しくても、彼女たちが通常の人間と恋に落ちることはないだろうな)


 その中でも例外の存在はある。


 勿論エステルと結婚しているエンツォのことだが、彼も人というくびきに縛られぬ存在であるために参考にはならなかった。


(余計な事を考えずに集中、集中、と……)


 そんなフェリクスとエレーヌが見守る中、アデライードとアルバトールはメインストリートにつながっている道を曲がり、ある建物へ向かっていく。


 そこはこのフォルセールで最も聖なる場所であり、安全な場所であり、特定の人物にとって危険な場所。


 つまりは教会であった。

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